第10話 王都への旅路の始まり
リックとサラにドラゴンモールレベリングを行った2日後、いつもどおりの白いシャツに深い赤色のスカート、そして袖つきの深緑のマントを身にまとったラティアはルーフデンの南門の出口で立っていた。
その隣には大きな鞄に腰掛けたカレンが少し緊張した面持ちで行き交う人々を眺めている。
「ねえ、ラティア。なんかみんながこっち見てる気がするんだけど?」
「そう? 気のせいじゃない?」
「気のせい、じゃないでしょ。絶対」
カレンが視線を向けた冒険者らしき男が、慌てた様子で目をそらす。その態度からしても自分たちが注目されているのは明らかだった。
「うー、早く来てチェイスさん」
「大丈夫だって。門番が見ているこんな場所でからんでくる馬鹿はいないし、私やカレン、ククやチノがいないってことを示す意味もあるんだから」
「やっぱり注目されてるんじゃん。うー」
顔を真っ赤にしてうつむくカレンの横では、ククとチノがすました顔でカレンを守るように控えている。
カレンたちが揃いで着ているのは、ラティアがこの旅のために用意した旅装だ。それもあいまって妹を守る2人の姉のように他人からは見えているだろう。
その旅装はそこまで時間があるではないので、動きやすくて、最低限身を守れるものをというコンセプトでラティアがつくった衣服だ。
生成り色のフードつきのポンチョに黒いパンツというシンプルなものであるが、ポンチョの胸に入った小さなワンポイントや淵のひらひらとした細工など、随所にこだわりは見られる。
ただラティアからしてみれば間に合わせで作った衣装の域にしか過ぎないため、そこまで目立つとはラティアは考えていなかった。
ただそれがどう見られているかは、今の周囲の状況を見れば歴然だったが。
「うーん、やっぱり素材が足らないなぁ。王都でいろいろ仕入れられるといいんだけど」
そんなことをぼやきながらラティアは人々の視線を全く気にすることなく受け止め続ける。そして……
「悪い、待たせたみたいだな」
そう声をかけてきたチェイスに、カレンが顔を上げ表情を明るくする。チェイスの背後には行商人が使うような幌つきの馬車が止まっていた。
その御者台に座っていた小太りの気の良さそうな男が、ラティアたちに向けてかぶっていたハンチング帽を軽く上げて挨拶をする。
「いやー、チェイスどんの紹介やからどないな人かと思ったんやけど、えらい別嬪さんぞろいでんな。あっ、わいハンスいいますねん。別の国出身やさかい、ちょい言葉が聞き取りにくいかもしれへんけど、かんべんな」
「いえ、大丈夫ですよ。私はラティア、こっちの子がカレンで左がクク、右がチノです」
「カレンです」
立て板に水のようにすらすらと言葉を紡ぐハンスに、ラティアは面白そうに、カレンはおずおずとしながら挨拶を返す。
そんな反応に慣れているのか、ハンスは歯を見せて笑うと荷馬車を指差した。
「ラティアはんにカレンはん。あとククはんにチノはんやな。よっしゃ、覚えたで。道中よろしゅうな。ほな、さっそくわいの特級馬車の特等席に座ってや。時は金なり、言うやろ」
ハンスに促され、ラティアたちが荷台に乗るとさっそくとばかりに馬車が動き出す。荷台には荷物らしい荷物は前方に固められたぐらいしかなく、床に敷かれた厚い毛皮のおかげもあってそこまで振動もひどく感じなかった。
「うわー、ラティア。なんかこの毛皮ふわふわで気持ちいいんだけど」
「そうだね。ファーリーベアの毛皮かな? 冬用のコートとかを作るときに使ったことがあるよ」
「コートかぁ。たしかにこれで作ったらあったかそうだよね」
「うん、サンタコスバージョンとかが滅茶苦茶売れて儲かったなぁ。1着200万エルとかだったし」
あれはクリスマスに乗じたお祭りだったな、と初期の頃の金策を懐かしく思い出すラティアの横で、ファーリーベアの毛皮に寝転んでいたカレンがぴしりと動きを止める。
そしてだらだらと汗を流しながら、履いていたブーツをそっと脱いで毛皮の外に置いた。
「よっ、なにか問題はないか?」
「ひゃう!」
御者台から荷台に入ってきたチェイスに声をかけられ、カレンがびくりと体を震わしよくわからない悲鳴をあげる。
そのあまりの驚きようにラティアはくすくすと笑いを漏らし、チェイスは不思議そうに首を傾げた。
恐る恐るチェイスのほうに近づいたカレンが、その耳元で小さな声で伝える。
「こ、これ高い毛皮だってラティアが。私ブーツで踏んじゃったんですけど……」
「いや、ラティアなんて今も踏んづけたままだぞ」
「それはそうなんですけど」
眉根を寄せ困った顔で見つめてくるカレンを安心させるようにチェイスが笑う。
「まっ、別にいいと思うぞ。本当に大事な物はちゃんとしまってあるだろうし。というか聞けばいいか」
「えっ?」
手をあわあわさせ止めようとするカレンをよそに、チェイスはあっさりと御者台で馬を操るハンスに聞いてしまう。
「なあハンス。この毛皮って自由に使っていいのか?」
「ええよー。というかそれ人を乗せるときに使っている物やねん。座るなり、寝るなり好きにしてや」
「だとさ。まあ旅は長いんだ。カレンは初めての旅になるんだし、色々気を使っているともたないから気にせず休めばいい」
ニカッと笑ってそういい残すと、チェイスは御者台へと戻っていった。
何事かを話し、楽しそうに笑うチェイスとハンスの背中を眺めていたカレンに、ラティアが声をかける。
「気づかいチェイスの名に恥じぬ働きだね」
「ふふっ、そうだね」
やっと笑顔を見せたカレンは少し躊躇しながらもその毛皮の上に寝転がり、ごとごとという馬車の振動に頬を緩ませたのだった。
そうして始まった王都への旅だったが、1日目も2日目も問題なく過ぎていった。日中に馬車で移動し、夜は街道途中の町の宿にあるベッドでぐっすりと休む。
そのあまりの快適さに、旅というものはもっと過酷だと思い込んでいたカレンは拍子抜けしてしまっていた。
「私、旅ってモンスターに襲われる恐怖と戦いながら野営をするとか、そういう危険なものだと思ってました」
「ははっ、確かにそういうイメージはあるよな。まあそういう場所もあるにはあるぞ」
「ここは国の主街道やからな。騎士や兵士が巡回しとるし、町や休憩所なんかも整備されとる。カレンはんは、ちょっとそういうの期待しとったんか?」
「本当にちょっとだけですけどね」
荷台から身を乗り出して前方の景色を眺めていたカレンが親指と人差し指でわずかに隙間を作って笑い、御者台に座る2人が楽しげに頬を緩ませる。
最初は少し気後れしていたカレンだったが、持ち前の明るさと人懐っこさを十分に発揮し、すでにハンスとも気軽に話せる仲になっていた。
「ほな、どこかで一泊くらい野営してみよか?」
「そんなこと言って宿代を浮かせたいだけだろ?」
「いやー、チェイスどんは疑り深くていかんわ。わいはただ、カレンはんの美味しい食事を少しでも多く食べたいだけやで」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、私なんかまだまだです」
「いや、そないな歳でここまで料理を作れるのはえらいことやで」
盛り上がりを見せる3人の話を耳にしながら、ラティアは毛皮の上に座ってドラゴンモールの皮を縫っていた。その縫い目は馬車の揺れがあったと思えないほど均一に整っており、ラティアの職人の腕を感じさせる。
すいすいと針を進めていたラティアだったが、しばらくしてピタリとその針を止めて顔を上げた。
「チェイス?」
「ああ、聞こえた。ハンス、どうする?」
「うーん、ちょっと運動不足やさかい、カレンはんのご飯を美味しく食べるためにも行きまひょか」
「えっ?」
前方の街道脇にある森を見つめる3人を、唯一事態を理解していないカレンが不思議そうに見回す。
「まっ、カレンはんはここに残っとき。特等席で見学するお大臣っちゅうところやな」
「あのっ、なにが?」
「まあまあ見とき。チェイスどん。後ろは気にせんと助けてやり」
「了解っと」
チェイスがタンッと音を立てて御者台から飛び降り、森に向かって一直線に駆けていく。
「ではカレンを頼みます」
そう言い残して荷台から飛び出たラティアもチェイスの後を追って走り始めた。先行するチェイスにみるみる距離を詰めていくラティアを眺め、ハンスが苦笑いする。
「こりゃ、わいの出番はなさそうやな。ほな、一緒に高みの見物といきまひょか」
手綱を操り馬車をゆっくりとハンスが走らせる。
なにを、と聞こうとするカレンの視界の先に森から4人の男女が飛び出してくる姿が映る。そしてそれに続いて次々と飛び出してくる狼の群れの姿も。
お読みいただきありがとうございます。
やっと王都に向けて旅立つことが出来ました。




