第3話 服飾の依頼
そしてふと、チェイスの頭にある考えが浮かぶ。
「たしかにカレンの言うとおり王都には珍しい食べ物も多かったな」
「チェイスさんは王都に行ったことがあるんですか?」
きらきらとした尊敬の眼差しをカレンに向けられ、少し照れくさくなったチェイスはぽりぽりと鼻の頭をかく。
「まっ、仕事でな。国の中心だけあって人が集まるし、冒険者ギルドだけじゃなくて大商店とかの本店も王都にあることが多い。ここにはない珍しい素材や装備とかもたくさんあったし、なにより希少品を取り扱うオークションが……」
「オークション! もしかして人形に使えるような希少素材も……」
「出るかもな。ここでうだうだ考えているよりも気分転換がてら行ってみるのもいいんじゃねえか?」
チェイスの提案に、ラティアが腕を組んで真剣な表情で考え出す。
組んだ腕に持ち上げられ存在を主張するラティアの胸をどこか物欲しそうな顔で見つめるカレンの姿に、チェイスは思わず微笑みそうになってしまい慌てて平静を装った。こういったことで油断すると大変な目にあうことをチェイスは知っていたのだ。
素知らぬ顔で食事を続けるチェイスの隣でラティアはうなっていたのだが、しばらくしてその腕を解く。
「わかった。王都に行くよ」
「よし。ギルドへの説明は俺がするから、ラティアはなにか聞かれたときに答えるくらいでいいはずだ。それが終わったら素材探しでもなんでも手伝ってやる」
「なんでも、ね。うん、楽しみにしてる」
にんまりと笑うラティアの顔に、なんでも、は言いすぎたかと少しチェイスは後悔したが、まあラティアの性格ならそこまでひどいことにはならないだろうと問題を先送りした。
「それで、出発はすぐ?」
「いや召喚状に書かれた期日から逆算すれば、1週間くらいは旅の準備をする猶予があるな。その間にこの店の問題も片付けたほうがいいだろ?」
「「問題?」」
チェイスの言う問題に心当たりのなかったカレンとラティアが、声をそろえて聞き返す。
本当に仲がいいな、と小さく笑いながら、チェイスは説明を始めた。
「このまま放置すると今日みたいなことが起こるぞ。それだけならまだマシで、下手をすれば衣装を盗もうと考える馬鹿が出る可能性もある」
「えー、それはないよ。だってこの衣装ってそこらで売ってる普通の素材で作ったものだよ。たしかにデザインにはこだわったけど」
「そのこだわりに価値があるっていってんだよ。少しは自分の非常識さを自覚しろ!」
けらけらと笑ってそんなことはありえないと断言するラティアに、チェイスが呆れた目を向けながら強く忠告する。
そんなことないよね、と同意を得ようとカレンに視線を向けたラティアを待っていたのは、こくこくとチェイスの意見に同意するカレンの姿だった。
「盗む人が来るかはわからないけど、この衣装がすごいってのは私にもわかるよ。だってすごく可愛いし。普通に売られている服ってぜんぶ同じだし、自分だけの一着ってそれだけで価値があると思う」
「カレンのほうが良くわかってるじゃねえか」
「あー、そういえばこっちではスキルで作れる服ばっかりが売ってたんだったっけ」
以前に下着などを買いに店を回ったときのことを思い出し、ラティアがやっとのことで状況を正しく理解する。
ゲームの世界ではそれこそ裁縫士は数え切れないほどいたし、それに加えてラティアのように裁縫士を経由して別の職業に就いた者もいた。
それらの人々が好きに衣服を作っていくため、街には様々な格好をした人々であふれていたのだ。
「うーん、別に私の作った服じゃなくてもいいと思うんだけど。それこそオリジナルのデザインが出来るくらいの腕があればいいわけでしょ。低レベルのスキルで作れる服ばっかりだから似通っちゃうんだし、スキルを上げて種類を増やせば、それだけでも十分だと思うんだけどな」
そんなことをぼやき、ラティアがため息を吐く。
正直に言って気乗りしない。そんな様子がありありとわかるラティアの姿に、カレンとチェイスが顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
普通に注文を受けた人形であればラティア自身で衣服についても作っていたが、服飾についてラティアよりもはるかに腕の立つ存在がゲームにはごろごろいた。
実際、現在ラティアが着ている装備はほぼ全て、その道のトッププレイヤーたちに作ってもらったものだ。ラティアに最高の装備を、と考えるとそうせざるを得ない。それが生産職としてラティアが下した冷静な判断だった。
もちろんそれが全く悔しくないということはない。
しかし人形師として常に腕を磨いてきたからこそ、それ以外の道を極めんとする者に劣ってしまうことは仕方ない。だからこそ生産は面白いとラティアは感じていた。
別の見方をすれば、ラティアの服飾のスキルに対する自己認識は、この世界で周りが認識するよりもはるかに低かったのだ。
だからこそ別に自分でなくても、という考えがラティアの頭から離れなかった。
「いっそのことカレンも王都に付いてくる? ちょっと店をお休みして」
「えっ、いいの? あっ、でもお客さんたちが困っちゃうかもしれないし」
「旅費については私が迷惑かけちゃってるんだから心配しないで。お客さんは、まあ明日にでも相談してみたら?」
「うん、ちょっと皆に聞いてみる。あっ、チェイスさん片付けますね」
「ありがとう、うまかったぞ」
空になったチェイスの皿をカレンがさげ、奥の厨房に向かって歩いていく。その軽い足取りからは、カレンが王都行きを楽しみにしているのが透けて見えるようだった。
ラティアとチェイスは微笑ましくその後ろ姿を見送ると、表情を元に戻して小声で話しはじめる。
「おいラティア。今回はそれでよくてもただ問題を先送りするだけだぞ」
「わかってる。でもこの街に職人の知り合いなんていないし、身代わりになってくれるくらい腕の立つ人なんて……」
そこまで呟いたラティアは、頭の中でなにかが引っかかるのを感じて言葉を止める。
そしてルーフデンにやってきてから、1度だけラティアの生産職としての心が騒いだことがあったことを思い出した。
にんまりと笑みを浮かべたラティアに見つめられ嫌な予感の止まらないチェイスだったが、問題を片付けてほうがいいと自分で言い出した手前、ここで逃げることなど出来るはずがなかった。
「なんでもするって言ったよね?」
「王都で説明が終わったら、なんでも手伝ってやるとは言ったな」
「じゃ、それを前借りしよう。すぐにご飯を食べちゃうからちょっと手伝ってよ。会いたい人がいるんだ」
「ラティアが会いたいって、どんな奴なんだ?」
「さあ? でもきっと楽しい出会いになると思うよ」
ふふっと笑ったラティアが残った食事を食べ始める。
かなりのスピードで消えていく料理を見つめながら、チェイスはなにを手伝わされるはめになるんだろうと戦々恐々としていたのだった。
食事を終えた2人は大通りまで一度戻り、そしてどこか薄暗い路地を進んでいた。
チェイスが先に立って道案内をしているのだが、その顔は険しい。
「スラムには近づくなって警告しておいたはずなんだが、まさか初日にやらかしていたとはな」
「いや、なんというか足の向くまま進んでいたら、偶然ね」
「普通の奴はやばそうだと思ったら引き返すんだよ!」
「でも、そのおかげでこうして手がかりとも出会えたんだし、結果オーライということで」
あまりに危機感のないラティアに、思わず言葉を返してしまいたくなるチェイスだったが、その頭のどこか冷静な部分ではあれだけの強さがあれば仕方ないのかもと考えていた。
それに加えて人形であるラティアには眠り薬や痺れ薬なども効かないことをふまえると、実質ラティアをスラムの連中がどうにかできるわけがないという結論に至ってしまうのだ。
「まあ次から気をつけろよ」
「わかった」
「本当かよ。っと、ラティアの話からしてこの辺か?」
足を止めたチェイスに促されて、ラティアが周囲の景色を確認していく。
この路地自体が同じような景色が続いているため、なんとなく見覚えがあるような、ないような、といった具合で確証はなかったが、チェイスが言うならきっとそうなんだろうとラティアは自分で判断するのを放棄する。
そしてラティアは小さくうなずくと、すっと息を吸い込んだ。
「リック君、あっそびましょー!」
鈴の音のように澄んだラティアの、馬鹿らしいほどにこの空気に似合わない大声が狭い通りを反響していった。
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