第23話 人形師の性
翌朝、準備を万端に整えた2人は、それぞれ別々にダンジョンに入って奥へ進みボス部屋の前で合流した。
ゲームではパーティを組むことでボス戦などに一緒に参加できるようになるのだが、ここではそんなものはない。
もし一緒にダンジョンに入っただけでパーティを組んでいるとみなされる可能性を考えた結果、ラティアは少し道中の不安を覚えながらもボス部屋の前で合流することにしたのだ。
「よっ、楽しそうだな」
「はい。昨日のうちにゴブリンの棍棒の納品依頼もギルドに出してきましたし、他の材料も仕入れてきました。人形を造る準備は万端ですよ」
少し気だるげな様子でやってきたチェイスに、列に並んでいたラティアがとびきりの笑顔を見せる。満開の花畑を思わせる明るいラティアの顔に、チェイスは微笑んで返した。
ラティアの前には1組の冒険者たちがおり、ボス部屋が開くのを待っている。チェイスが来たことに気づき驚く彼らと、昨日と同じようなやりとりをしてチェイスは列の最後尾に並ぶ。
それを眺めていたラティアが、ふと思いついたように尋ねた。
「そういえば皆さん、ずいぶん朝が早いんですね。冒険者は皆そうなんですか?」
自分自身、時間を気にすることなく生産職として活動してきたラティアにとって、朝一番にやってきたはずなのに既に何組もの冒険者がボス戦に挑もうとしているこの状況は少し新鮮だった。
それに対してチェイスはニヤリと笑い、扉が開いて今まさに中に入っていった若い冒険者たちを指差して話しはじめる。
「ここをクリアすると鉄級になれるんだよ。ようやく初心者脱出ってわけだ」
「はい」
「強い冒険者が増えることはギルドにとって望ましいことだから、お祝いとしてその日はギルド関連の施設が半額で利用できるんだ。それを最大限有効活用しようって奴が多いってことだ」
「私はなにもありませんでしたけど?」
「そりゃ、ラティアは銀級だしな」
納得のいかない様子で首をひねるラティアに、チェイスは笑顔のまま肩をすくめたのだった。
その後、前の冒険者たちがボスを倒し開いた扉にラティアはさっさと入っていった。そして出てきたマッドゴーレムを瞬殺して解体を終えると、現れた魔法陣を無視して扉に向かい外に出る。
「よっ、相変わらず早いな。じゃ、俺も行ってくる」
「お願いします」
壁に背を預けていたチェイスが体を軽くほぐしながら扉に向かうと、ラティアが出たことで閉まった扉が勝手に開き始める。
その扉の動きは、昨日ウィリーたちの挑戦後に再びボスが現れたときと同様であり、ラティアはキラキラとした瞳でチェイスが消えた扉をじっと眺め続けた。
そして、それほど時間をおかずチェイスが再び扉から現れ、その背後で扉が自動的に閉まっていく。
「どうでした?」
「ああ、出たぞ」
そう言ってチェイスがマッドゴーレムのドロップアイテムである魔石を見せると、ラティアは誰しもが見とれるような花が咲いたような笑顔を浮かべ、楽しげに駆け出す。
「わかりました。では、行ってきます」
待ちきれないといった様子のラティアの背中をチェイスが苦笑しながら見送る。
そしてラティアの目の前で自動的に開いていくボス部屋の扉を確認し、今日は1日付き合うことになりそうだと覚悟を決めたのだった。
夕方、木だま亭に帰ってきたラティアは、カレンが作る夕食を椅子に座って待ちながら笑みを浮かべていた。
足をぷらぷらと楽しそうに揺らし、機嫌よさげなラティアの視線の先には拳ほどの大きさの茶色の球体がゆっくりと淡く明滅を繰り返している。
「ラティア、本当に嬉しそうだね。はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
カレンの差し出した食事を受け取り、それに口をつけながらもラティアの視線はその球体、マッドコアから外れることはない。
そんなラティアの様子にため息を吐きながら、少しだけ気持ちのわかるカレンは注意することなく自分の食事を始める。
「それで、その玉がラティアの欲しかった素材なんだよね」
「うん。マッドコアって言って、マッドゴーレムから採れるんだけどその確率はだいたい1%って言われてるんだ。それが今日だけで20個も集まったんだよ!」
「へー、よかったね」
嬉しそうに返してきたラティアに、カレンが微笑む。
冒険者ではないカレンはわかっていなかった。マッドコアが1日で20個も出ることがどれだけ異常なことなのか。そもそもダンジョンのことなど、ほとんど知らないカレンにそれを察しろというのも酷な話ではあるのだが。
鼻歌でも歌わんばかりに微笑みながら、ラティアがわずかに頭を左右に揺らす。
「これがあれば自動人形が造れるんだ。マッドコアだと単純な命令しかこなせないけど、料理を運んだりとかはできるよ。どんな子がいいかなぁ」
「あー、それで昨日慌てて工房の掃除を始めたんだね。そういえば人形ってどうやって造るの?」
昨日、昼前に帰ってきてラティアが工房の掃除をいきなり始めた理由に納得しつつ、なにげなくカレンがそう口にする。いや、口にしてしまったと言うべきか。
その瞬間、ラティアの目がキラリと光り、先ほどまでマッドコアから外れなかった視線がカレンを的確に捉えた。
「聞きたい? 聞きたい?」
「えっ、いや……あの、聞きたいかなぁ」
「いやー、そこまで言われたら話さないとね。基本的にここの人形は普通に外見を造るだけでも人形師の力があればある程度動かすことが出来るんだよね。でも、それは基本の話。その造りこみ具合によって性能も変わってくるんだ!」
「えっと……そうなんだ」
「そうなんだよ。で、私が造る人形は球体関節人形をベースにしているんだけど、これはね人形に球体で擬似的に関節を作ってやることで人間のようなスムーズな動きを……」
「……」
まるで流れるように人形造りの説明を続けるラティアを見返しながら、カレンは少し引きつり気味の笑顔を浮かべてその話をじっと聞いていた。
結局、ラティアが満足するまで話を聞いたカレンは、せっかく出来たてだったのに完全に冷めてしまった食事を食べながら、ラティアに人形の話を振るときは注意しようと心に決めたのだった。
夕食を終え、カレンが寝室に向かう一方で、ラティアは工房の中央にある大きな机の前に立っていた。その表情は真剣でありながら、どこか楽しげにも見える。
徹底的に掃除をしたため埃だらけだったその部屋は綺麗に整えられていた。ラティアの細い指がその机を撫でるようにすべり、その手をじっと見つめたラティアは満足げに微笑みを浮かべる。
「じゃあ、始めようかな。とは言っても素材が足りないから2体が限界か。だとしたら造るのはやっぱりククとチノかなぁ」
そんな独り言を呟きながら、机の周りをラティアは歩き始める。楽しげに体を揺らしながら思い浮かべるのは、ゲームのときに木だま亭を手伝っていた2体の自動人形のことだ。
木だまという店の名前に関連して、古事記の木の神であるククノチノカミから名をとったククとチノは、ラティアとしても思い入れ深い人形たちである。
しばらくしてラティアは足を止めると、小さくうなずいた。
「よし、やっぱりククとチノにしよう」
そう決断したラティアは、さっそく腰に提げたマジックバッグから人形造りの素材を次々と取り出していく。
ダンジョンで得たゴブリンの棍棒、ベーシッククレイとマッドコア。街の商店で仕入れたガラスと布、各種染料に化粧道具、髪の毛となるホワイトホースというモンスターの毛。
それらを眺め、ラティアは眉根を下げながら小さく息を吐く。
「うーん、本当に必要最小限って感じだよね。あー、もっといいグラスアイも造りたいし、色の選択肢も少ないから可愛くするにも限度があるし、本当に足りないものばかりだ」
そんな不平をひととおり漏らしたラティアだったが、ふんっ、と鼻から息を吐いて気合を入れるとニカッと笑う。
「でも造れる! 待っててね、クク、チノ。今、造ってあげるから」
そう素材たちに話しかけ、ラティアはゴブリンの棍棒を手に取るとそれをナイフで削り始める。
そして工房にはラティアの人形を造る音が、途切れることなく静かに響き続けたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
毎日更新できるよう頑張ります。




