第21話 マッドゴーレム
始まりのダンジョンのボスであるマッドゴーレムは、その名のとおり泥の体をしたゴーレムである。
ゴーレム系統のモンスターの特徴である高い耐久力は持っているが、その泥の体は柔らかく武器を弾かれるといったことはない。
ただその4メートルに近い巨体から繰り出される攻撃は重く、いかに攻撃を受けないように立ち回るかが重要になってくるモンスターだった。
「お手並み拝見っと」
ラティアが振るった聖龍のひげがマッドゴーレムに向かって伸びる。
マッドゴーレムはその糸を払うこともせず、ラティアに向かって前進を始めた。しかしその動きは速いといえるようなものではない。
彼我の距離とその速度から、おおよその到達時間を計算しながらラティアがマッドゴーレムの首に巻きつけた聖竜のひげを引く。
ラティアの意思に従い、その糸はマッドゴーレムの首を締め付けようとし、そしてそのままあっさりとその首を切り飛ばした。
その瞬間、前進していたマッドゴーレムはその膝を地面につき、そのままの勢いで地面に体を叩きつける。
先ほどまでは分厚い体を構成していた泥がどろりと形を崩し、床一面に広がっていく。
「あれっ?」
疑問の声をあげ首を傾げるラティアの姿を後ろから眺めていたチェイスは、まあそうだよな、と考えながらため息を吐く。
ダンジョンのボスとは言え、ここはそもそも初心者が通うような難易度の低いダンジョンだ。ドラゴンモールを瞬殺できるラティアが戦えばどうなるかは最初から明らかだったのだ。
「始まりのダンジョン制覇おめでとう、ラティア」
「えっと、ありがとうございます?」
「なにを呆けてやがんだ。ドラゴンモールを倒せるお前が、こんなマッドゴーレムにてこずるわけがないだろ。ほれ、さっさと解体して出るぞ。次の冒険者が待っているかもしれないしな」
「それもそうですね」
チェイスに促され、ラティアが床に広がった泥の一部分にナイフを突き入れ、その泥をなぞるように動かしていく。
次の瞬間、マッドゴーレムの体は光となって弾け、一抱えほどの大きさの土の塊と魔石が残された。それを確認したラティアが少しだけ目を細める。
「まあ最初から大当たりってわけにはいかないよね」
そんなことを呟くと、ラティアは土の塊と魔石を拾ってマジックバッグに収納する。
ラティアがこのダンジョンに来た目的は、マッドゴーレムのレアドロップであるマッドコアを手に入れるためだった。
ゴーレムから得られるコアは自動人形造りに必須であるのだが、そのドロップ率はかなり低い。
しかしラティアがドラゴンモールを倒す最中に気づいた、倒し方によってドロップするアイテムに偏りが出る、ということを考えればコアの入手がゲーム時よりも容易になるのではと仮説を立てたのだ。
とりあえずドラゴンモールで実績のある首への攻撃で様子を見てみたラティアだったが、結果としてマッドコアは得られなかった。
とはいえラティアの顔に落胆の様子はない。残念には思っているが、そんなに簡単にいくものでもないだろうと最初から考えていたからだ。
そしてなにより
「ついでに人形の素材も手に入るから一石二鳥だしね」
先ほど手に入れた土の塊はベーシッククレイという生産素材であり、その性質は陶磁器などを造る粘土に近かった。もちろん皿などを作ることは可能で、その他にも鋳造武器の型として使用することもできる便利な素材だ。
そしてラティアにとっては、人形の体を造るために必要な素材の一つだったのだ。
もちろんラティアが以前使っていたレベルには遠く及ばない素材ではあるが、着実に人形造りのための準備が整っていると考えると、ラティアの頬は自然に緩んでいく。
ラティアがドロップアイテムを拾い終えたためか、部屋の中央に幾何学的な魔法陣が光を放ちながら現れる。
この魔法陣に入れば、ダンジョンの入り口脇にある小部屋に戻ることができる。話には聞いていたが、体験したことはないラティアはそれを見つめ、近づいてきたチェイスに問いかけた。
「チェイスさん。魔法陣を使わずに外に出た場合ってどうなります? ボスから逃げることはできるという話ですから、出ることは出来ますよね?」
「ボスを倒したのに部屋を出るのか?」
「はい。ちょっとマッドゴーレムのコアが欲しいんですが、何回も入り口からここに戻ってくるのは時間の無駄ですし面倒なので」
そこらの銅級冒険者が聞いたら卒倒しそうなことを平然と述べたラティアに、チェイスが苦笑を返す。
そして改めてその質問の答えをしようとして、はたと気づく。チェイス自身、いままで一度もそんなことをしたことがなかったという事実に。
これまで冒険者としていくつものダンジョンを攻略してきたチェイスだが、ボスを倒し、魔法陣が現れたらそれを使って帰る。その一連の流れを当然のことと考えており、そこに疑問を抱いたことはなかった。
あごに手を当ててしばしチェイスは思案し、閉ざされた出入り口の扉に視線を向ける。
「そういう事情ならとりあえず試してみるか。魔法陣を使って脱出しないと次のボスが現れないってことも考えられるしな」
「それはそうですね。他の人の迷惑になったらだめですし」
「だな。じゃあとりあえず外に出てみるか」
ラティアとチェイスはうなずきあうと、二人揃ってボス部屋から出ていく。
ラティアが一撃でボスを倒してしまったため、ほとんど時間が経過していないこともあって他の冒険者がやってきていることはなかった。
周囲を眺める二人の背後で、ボス部屋の扉がゆっくりと閉じていき、その境界は完全に閉ざされる。
「待っている人もいないみたいですし、とりあえずもう一回入ってみます?」
「そうだな。これでボスが再出現していたらちょっとした革命が起こるな」
少し待ってみたが扉が開かなかったため、扉に手をかけたラティアの背後でチェイスが苦笑を浮かべる。
これまで様々なダンジョン攻略をしてきたチェイスにとって、もちろんダンジョンボスの攻略も死と隣り合わせという意味での大変さはあった。しかしそれ以上に、そこにたどり着くまでのダンジョンの攻略の日々の労苦の方が大きかったのだ。
特に高難易度のダンジョンではそれが顕著であり、ボス部屋にたどり着くと、やっとこの生活が終わるとほっとするほどのものだったのだ。
しかしラティアの考えどおり、ボスを倒した後に魔法陣を使用せず部屋から出れば再出現するということになれば、これまでのダンジョン攻略の常識が覆される可能性があった。
期待と少しの不安の抱きながらチェイスは、扉を開けてボス部屋に再び入っていくラティアの背中を見守る。
ラティアはさらりとした赤い髪と深緑のマントをその足取りにあわせて揺らしながら、迷うことなく部屋の中央へと進んだ。
そしてボスの出現を告げる魔法陣が……現れなかった。
少し首を傾げてしばらく様子を見ていたラティアが、くるりと振り返ってチェイスに向き直る。
そんなラティアに、チェイスはなぜか少しほっとしながら声をかけた。
「だめだったみたいだな。まあ、真面目に攻略しろってことだろ」
「うーん、そうとも言いきれない気がするんですよね。もう少し付き合ってもらってもいいですか?」
「まあ乗りかかった船だしな」
そう気軽に応じたチェイスは、さっさと扉に向かって歩き始める。
ラティアは大きなその背中を少し申し訳なさそうに見つめ、そしてちらりと視線をずらして帰還するための魔法陣が消えていることを再度確認するとチェイスの後を追って小走りに部屋を出た。
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とりあえず今日で複数話投稿は終わりになります。
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