第26話 たどり着いた先に
全力でオーレンへ向かって疾走するラティアたちの視線の先では、幾多の光線が空に向かって伸びていき、空中からはまばゆいばかりの赤い玉が地面に向けられ放たれては地上で大きな花を咲かせる。
まだ街が見えないときは何か異変が起こっているとしかわからなかったが、視界に街が入ってきた段階で、壊滅的な出来事が起こっていると否が応でも感じられた。
常人の目にも止まらぬ速さで走りながら、2人の表情は苦しげではない。
しかし上空に飛ぶ存在をはっきりと確認できた瞬間、アルトゥールは目を見開き、その顔が苦々しいものに変わった。
「火龍だと!? なんでここに出てくるんだ」
「ベポナ火山は火竜の住処だから、その主が起こって出てきたとか?」
「ベポナ火山にいるのは雑魚の通常火竜だ。あいつは火龍。大規模レイドのイベントボスでゲーム内では伝説の存在と言われていたやつだ。ラティアにわかりやすく言うなら至高の紅玉を落とす龍だ」
「あー、至高の紅玉の龍ね。あれはいい素材だったなぁ。んっ、ということはかなりやばい敵じゃない?」
遅ればせながら事態を理解したラティアの問いに、アルトゥールは冗談など全く感じられない真剣な表情でうなずいてみせた。
「高位の存在である龍の中では最初に実装された龍だし、他の龍と比べれば若干弱めではあるんだが……1万を超えるプレイヤーが総力を結集させてなんとか倒せた龍だぞ。個人でどうにかなる相手じゃない」
「アルでも?」
「無理だろうな。まず地面に落とすのが難しい。魔法や弓などの一斉攻撃でその時はなんとかなったが」
「私も遠距離攻撃はないしね。武器は豊富に持っているから投げるくらいはどうにかなると思うけど」
ポンポンと自らのマジックバッグを叩きながらラティアはどうすべきか考える。
そのマジックバッグの中にはラティアが人形たちのためや、エルフたちとの交渉用に用意した物、資金稼ぎに売る用、はたまた暇つぶしに造った武器や防具などがたくさん入っている。
マジックバッグの容量が格段に多いため、ラティアが整理をさぼった結果でもあるのだが。
「街から引き離すためにも、なんとかうまく引き付けて撒くしかないな。ゲームと違って死んだら終わりだが」
「命がけの鬼ごっこか。そういうの勘弁してほしいんだけどね」
大まかな今後の方針を決めている間にも、ぐんぐんと街は近づいていく。そしてそれに従ってその悲惨な状況が明らかになっていった。
すでに夜も更けており普通であれば見えないその被害は、赤々と燃え上がる炎を照明代わりにゆらゆらと揺れながらその身をさらしている。
街を守っていたはずの防壁の半分近くはすでに影も形もなく、その奥に見える街並みも……
「せっかく造った街が……」
「急ぐぞ」
崩壊というのも生ぬるい破壊され尽くした街並みを目の当たりにし、さすがのラティアも言葉を失う。
そして街まであと数分、地上を走り回りながら空に向かって光線を放つシスルの姿がはっきりと視認できる距離まで2人が近づいたとき、上空を飛び回っていた火龍の首が、ぐりんと向きを変える。
「ねえ、アル?」
「視線を引き付けることには成功したようだな。なぜか」
「なんか滅茶苦茶怒ってる気がするんだけど」
「ああ」
先程まで火龍はシスルの光線を避けながらもどこか余裕ありげに空を飛び回っていた。
しかし今、ラティアとアルトゥールを見つめ空中で静止するその表情は、つり上がったその目を見るだけでも怒りに染まっていることが明らかである。
「GYAOOO!!」
そう雄叫びをあげた火龍は、これまで見たことのない火龍の顔が見えなくなるほどの大きな火球を口の前で練り上げていき……地上から飛んできた光線にその胴を貫かれた。
がくんとその体を揺らした火龍の目の前で、制御を離れた火球が大爆発する。広がる爆炎の中、自らの炎に包まれた火龍は翼を畳んだ状態で姿を現し、そして落下を始めた。
「倒した?」
「いや、そう考えるのはまだ早い」
くるくると回りながら落下していた火龍だったが、地上に衝突する直前にその翼を広げる。その身を包んでいた炎が花火のように広がる中、火龍はぐんぐんと上空に向けて飛び上がっていった。
ドラゴンが憎々しげに視線を向ける先には、ラティアたちに向かって近づいてくるシスルの姿があった。
「シスル、大丈夫!?」
「私は問題ありません。ですが、街は……」
ちらりと背後に目をやり、沈痛な面持ちをしながらシスルが火龍に鋭い視線を向ける。
ラティアはそんなシスルをさっと観察する。そのメイド服は爆風などの影響を受けて多少すすけてはいるものの、どこにもほつれや破れもない。直撃は受けていないというのは明らかだったが、その筒の飛び出た両腕は赤くただれ、その皮膚部分はぼろぼろになってしまっていた。
「シスル、何発打った?」
「わかりません」
「だよねぇ。修理が大変そうだよ。で、当たったのは?」
「先ほどが初めてです」
悔しげな口調で告げられた事実にラティアがその眉をひそめる。
ラティアの知る限り、シスルは人形としては最高の性能を誇っている。
元々がゲームのボスとして想定されていたこともあり、その圧倒的なまでの攻撃力を含めてプレイヤーの作成できる人形とは一線を画しているのだ。
オリハルコンコアという超絶レアドロップやその他にも最高峰の素材を使い、そしてゲームにおいてトップ人形師であったミツキが作り上げたラティアだからこそ、その性能にかろうじて追いつくことができた。
しかしシスルが万全の状態で、こと機械人形が得意とする戦闘面に限れば、自身の力はシスルに及ばない。そうラティアが考えるほどに。
「かなりまずいね」
「完全に不意をうたなければ当たらないと考えたほうがいいかと」
「なら私とラティアが囮となって動く。シスルさんは隙を見て奴に攻撃をぶちこんでくれ」
手短に方針を決めたラティアたちは、街から離れる方向にラティアとアルトゥールが、そしてそこから逸れるようにシスルが離れる。
2手に分かれたラティアたちを見つめる火龍は、迷うことなくラティアたちの後を追った。
「ねえ、アル。なんか火龍に恨まれることでもした?」
「いや、ここに来てからは初めて目にする。ベポナ火山の火竜であれば何度か討伐したが」
「部下を倒されて怒っちゃったとか?」
「いや、そんなイベントはなかったはずだが。それに最後に倒したのは100年以上前だ」
そんな軽口を叩きつつ、ラティアはマジックバッグから取り出した斧や剣などを糸を使って勢いよく空中に投げ飛ばしていく。
それは上空を飛ぶ火龍まで届いていてはいたが、速度の落ちたその投擲はあっさりと避けられてしまっていた。
「ちょっとでかいの呼ぶから、しばらく頼む」
「了解」
ぶつぶつと詠唱を始めたアルトゥールの横で、ラティアは一層激しく投擲を始める。
火龍はそんな2人の姿を鋭い視線で睨みつけながら、何かを観察するかのように攻撃を控えていた。
「さっきのシスルの攻撃がよっぽど痛かったのかな」
そんなことを呟きながらラティアは、そっと片方の手の糸をアルトゥールの体に巻き付けておく。
アルトゥールの視線は火龍から外れていないものの、詠唱している今の状態では機敏に反応することはできない。最悪の場合、ラティアが糸で引っ張って無理やり避難させるためにそうしたのだが、それを見てラティアはふと気づく。
そしてラティアがアルトゥールに話しかけようとしたとき、ちょうどアルトゥールの詠唱が完了した。
「古の盟約に従い顕現せよ。祖の名はウンディーネ、水の王なり!」
長々とした詠唱の最後の一言を告げたアルトゥールの周囲の地面に、どこからともなく水が浮かび上がって走り、それが複雑な幾何学模様を描いていく。
そして完成した魔法陣は上空に向けて強烈な水流を打ち上げると、そこから姿を表したのは透明な水でその全身を象った麗らかな乙女だった。
その乙女は流れる髪を揺らしながらずぶ濡れのアルトゥールの頬にキスをし、そして上空に向けて音もなく飛び立っていく。
そして火龍と相対したウンディーネは、澄んだ瞳でその姿を見つめるとゆっくりと手を差し出す。次の瞬間、そこから押し流さんばかりの水流が火龍に襲いかかった。
「あれがでかいの? 確かに身長は4メートルくらいありそうだけど」
「そっちの意味じゃないけどな。しかし久しぶりにしたが、やはり消費がエグい」
濡れて前に垂れた髪を払いあげ、マジックバッグから取り出した魔力の回復するポーションをアルトゥールがぐいっと飲み干す。
「召喚も使えるんだ。最上級職だよね」
「ああ。ただ特化させていないから本職には……」
そうアルトゥールが言い終わらないうちに、飛んできたシスルの光線を避け、ウンディーネの水流を食い破って進んだ火龍がその青い喉元に食らいつく。
そして頭と胴体を真っ二つにされたウンディーネは、その体をはじけ飛ばし幾多の水滴となって大地に降り注いだ。
「やはり無理か」
半ば予想していたかのようにアルトゥールは小さくため息を吐く。
対空中戦、そして属性相性も含めた切り札というべき召喚術を破られた今、火龍への対抗策は思いつかない。しかし諦めるという選択肢はアルトゥールになかった。
雨のような水滴をその身に受けながら、次の手へと思考を巡らすアルトゥールの真剣な表情を眺め、ラティアが微笑む。
「ねえ、アル」
「なんだ?」
「私をアルにあげるよ」
そう言うとラティアは、その白く細い指をアルトゥールの手に添えたのだった。
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