第20話 変わること、変わらないこと
「狙いと言われても、生産職全体のレベルが上がればいいなと思っただけですよ。今の環境だと私が好きに人形を造れないですし。職人のレベルを上げるのに有用な国として周辺から認められれば、そこに所属する私の後ろ盾にもなるだろうって狙いもありますけど」
特になにも隠す気のないラティアは自分の考えを純粋に打ち明ける。しかしその説明にすんなりと納得する者は、その本性をよく知るアルトゥール以外にいなかった。
あからさまに顔をしかめるような者はいない。しかしその場の空気が一段冷えたことをアルトゥールは感じていた。
「国を興す。それにかかる時間、労力、資金。莫大となるそれらに対して、貴殿の狙いはあまりに小さすぎる」
「自由に人形を製作できることが小さいと?」
急激に冷えたラティアの声に、このまま続けるのはまずい、と思わず体が動きそうになったアルトゥールだったが、その前に壮年のエルフは首を横に振ってラティアの言葉を否定した。
「生産にかける者の情熱を私は知っている。その気持ちに嘘はないのだろう。だが、支払う対価に対して得られるものが少ない。特に人という短い時を生きる者にとっては」
壮年のエルフは、真っ直ぐにラティアを見つめながらそう告げた。
感情の読めない声でありながら、その言葉の端々に職人に対する理解を感じさせるその言葉にラティアの心が落ち着きを取り戻す。
そして彼の言わんとすることを理解したラティアは、うーん、と声をもらしながら少しの間悩み、突如として自らのシャツのボタンを外してその白い胸元を露にする。
「おい、ミツキ!」
「心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと考えてのことだから」
「いや、人前でいきなり脱ぐな!」
あまりに異常すぎる奇行にさすがの長老たちが固まる中、アルトゥールがそれを止めようと手を伸ばす。
しかしラティアはそれをするりとかわすと、その後の言葉を聞かずさらけ出された胸の中央に手をやり巧妙に隠されていた扉を開けた。
その奥にあった虹色に明滅するコアが長老たちの視線を釘付けにする。それはラティアが人間ではないということを示すのに十分すぎる光景だった。
「私は人間ではなく人形です。と言うわけで寿命は短くないんですよね。だからこれからずっと好きな人形を自由に造り続けられるのなら、国を造る程度は瑣末なことに過ぎないんです。つりあっていないというなら逆の意味でそうかもしれませんね」
胸の扉を閉め、シャツを着なおしたラティアがそう言ってニコリと笑う。そこにはこれで理解できましたよね、という意図がありありと見てとれた。
さすがに長い年月を生きたエルフの長老たちにとってもこれは理解を超えた事態であり、一同の表情は驚きに染まっている。
そんな珍しい姿に苦笑しながら、アルトゥールはラティアに問いかけた。
「人形であることを話してよかったのか?」
「うん。面倒だから話していないけど、いつまでも姿が変わらなければいずれバレるしね。エルフは長生きだから付き合いも長くなりそうだし、もう話しちゃってもいいかなって」
「それもそうか」
ラティアの言葉に納得したアルトゥールが微笑む。
たしかにラティアの姿は、この世界にやってきてから全く変わっていない。人形は成長しないのだから当たり前だ。
成長期でもあったカレンなどは、当初にラティアと出会ったときよりも背が伸び、体つきも女らしく変わっている。
チェイスもわずかではあるが歳をとって皺が増え、貫禄のようなものが出てきているし、その他の人々もどこかしらに変化はあった。
エルフであるルドミラやアルトゥールはまだ大きな変化は感じられないが、それでも少しずつ着実に体は変わっていく。
しかしラティアにはそれが全くないのだ。
ラティアが人形であるという事情を知らない者も、今はまだ違和感程度であったとしても、いずれは普通の人ではないと気づく日がくるのは明白だった。
「で、これどうしたらいいの? もう分かったみたいだからコアもらいに行きたいんだけど」
「いや、少し待ってくれ。皆、想定外の出来事に対して思考しているんだ。そしてそれは普通の人よりもはるかに長い。長い時を生きるエルフの癖みたいなものだな」
「へー、長生きの種族って言うのも大変だね」
そういっていそいそとマジックバッグから布を取り出して縫い始めたラティアを眺めながらアルトゥールはため息を吐く。
寿命のない人形であるラティアのほうが、エルフよりも長く生きるかもしれないんだけどな、と内心で思いながら。
エルフの長老たち全員が思考の森から抜け出してきたのは、30分余りの時間が経過してからのことだった。
言葉を交わすことなく視線だけで意思を疎通した長老たちは、つんつんとアルトゥールに突かれて顔を上げたラティアを見つめる。
「理由はわかった。しかしそれが我々にとって良きことであるのか様子を見させて欲しい。その結果次第で貴殿らの国、オーレンを我々は正式に国と認めよう」
「わかりました。とりあえずこのまま進めていいってことですか?」
「そうだ」
「では、改めて使節団についての報告を私からさせていただきます。ミツキは、まあ生産してていいぞ。必要になったら呼ぶから」
「えっ、あっ、そう。ありがとう」
アルトゥールにそう言われ、ラティアは再び布を縫い始めた。これが終わればアルトゥールから結構な数の宝石系のコアをもらえる予定なのだ。
つまりコアがなくて造れなかった人形が再び造れるようになる。そのための服等が大量に必要になる。
さすがにこの場で人形を造ることはできないが、そこまでの希少な素材を使わない服等を作るだけであれば設備の整っていないこの場で作っても問題はなかった。
「ふふーん、ふーん」
もうすでに自分の役目は終わったと考えているラティアは、これから造る人形たちをどんな風にしようかと想像しながら楽しげに鼻歌を奏でる。
すいすいと進むその手はエルフの熟達の職人もかくや、と言うほどの冴えを見せ付けているのだが、オーリュ大森林の中枢を担う長老たちを前に普通はすることではなかった。
アルトゥールから報告される半ば信じられない、派遣した使節団がラティアに心酔する様子や、既に稼動できる寸前まで来ている国の状況などを聞きながら、長老たちは感じる。
世界がとてつもない勢いで変わり始めている兆候を。
そして多くのエルフにとって苦手な、急激な変化に対応するにはどのようにすべきなのかに考えを巡らせていく。
熟慮と呼ぶにしても長すぎる時間をかけて行われた報告だったが、最終的な結論が出ることはなく、日が暮れアルトゥールとラティアを帰させた後も長老たちは延々と議論をし続けたのだった。
翌日、森都ユグドから2時間ほど離れた距離にある森の中をラティアはほくほく顔で歩いていた。
その隣には森を慣れた様子で歩くアルトゥールがおり、想像以上のコアをもらったことでご機嫌なラティアを微笑ましそうに眺めている。
「で、そのダンジョンってもうすぐなんだよね?」
「ああ、旅立ちのダンジョンは……ほら、見えてきたぞ」
前方を指差したアルトゥールに従って、ラティアが首を伸ばす。しかし身長差のせいでまだラティアにはその姿は見えなかった。
抑え切れない気持ちを表すかのようにラティアは少しジャンプすると、その視界に2人のエルフがそばに立つ崖にぽっかりと開いた穴が入ってきた。
「あれがトパーズコアのダンジョン」
「いや、旅立ちのダンジョンだからな。外界に出たいエルフたちにとっては結構重要なダンジョンなんだぞ。あそこで強くなって一人前と認められて初めて森の外に出られるんだから」
「へー、じゃあアルとかルドミラさんとかも通ったの?」
「俺は通ったな。ルドミラは……どうだろうか。ここだけしか旅立ちの許可が出ないというわけではないからな」
「ふーん、色々あるんだね」
適当なところで会話を切り上げ、足早にラティアが旅立ちのダンジョンへと近づいていく。
エルフではない人間のラティアの姿に一瞬入り口の近くに立っていたエルフたちの表情に警戒が浮かぶが、遅れてやってきたアルトゥールの姿にそれは一瞬にして緊張へと変わった。
「警戒ご苦労。今は何人が入っている?」
「はっ、現在47名のエルフがダンジョンに入っております」
「そうか。彼女を連れて少しダンジョンに潜る。長老会の許可はとってあるから気にしないでくれ」
「「承知しました!」」
まるで上官に対する下級兵士のような返事をするエルフたちの姿に、ラティアが困惑の表情を浮かべてアルトゥールを見つめる。
それに苦笑を浮かべながら
「ではいこうか、ミツキ」
そう言ってダンジョンへと歩を進めたのだった。
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