第19話 長老会
「本当に入れた」
「いや、だから普通に入れるって何度も言っただろう」
オーリュ大森林のおよそ中央に位置する森都ユグド。その象徴とも言える雲のかかる高さまで伸びた大樹を見上げながら、呆然と呟いたラティアにアルトゥールは苦笑する。
森都を囲む木々が連なってできた防壁の門を、ラティアはなんの支障もなく通過することができていた。
むしろアルトゥールの知り合いということで歓迎までされる始末だった。
ラティアとアルトゥールがオーレンを旅立って半月弱。通常であれば数か月かかるような旅路をその能力の高さを十二分に活かし、2人はここまでやってきていた。
その間もラティアはアルトゥールが言っていることが本当なのか半信半疑だったのだ。
しかし事実としてラティアは今、森都ユグドに入ることができている。それはアルトゥールの言葉が正しいことの証左だった。
その事実を認識したラティアは、大樹から視線を外して周りを見回す。
都とつく割に密集しているわけでもない家々は、まるで巨大な切り株をくり抜いて造ったかのような特殊な外見をしている。
その様子に、ああ、確かにこんな感じだったかも、などと思い出しながらラティアは視線をアルトゥールに向けた。
「で、コアは?」
「相変わらずそういうところはブレないな。だが、まずは報告が先だ。そのために帰ってきたという名目だからな」
「はーい」
不服そうに返事をしながらも、それ以上は文句を言わないラティアを引き連れアルトゥールが森都の中心部、つまり大樹に向けて歩き始める。
2人して歩いていると、周辺にいるエルフたちからの視線が自然と集まってきた。1つはアルトゥールという生きる伝説とも呼べるエルフの英雄へと向けられる憧憬のものであり、もう1つは……
「ねぇ、アル。なんか私、注目されてない?」
「まあ、そうだろうな。森都にエルフ以外がいることはあまりないから珍しいんだろう」
「そうなの?」
たしかに言われてみれば見かけるのはエルフばかりで、人間や他の種族の姿はそこにはない。
「オーリュ大森林と交易をしている者は多いが、森都まで来る者はまれだからな」
「そうだっけ?」
ラティアの記憶にある森都ユグドはそれこそ様々な種族が入り乱れており、アルトゥールが言うような閉鎖的な印象は全く無かった。
入るための条件が面倒で雰囲気が違うだけで、他はほとんど変わりがない。だからこそラティアの記憶にもあまり残っていなかったのだが……
「ゲーム時はプレイヤーがいたからな。新しい地域に行くのはどうしても戦闘職のプレイヤーが先行することが多いし、ミツキが来た頃にはそういった者たちがいたんだろう」
「そっか」
アルトゥールの説明にあっさりと納得したラティアは、興味津々といったような目でこちらを見ている子供のエルフに軽く手を振って笑いかける。
まさか自分に反応すると思っていもいなかった子供エルフは驚きに目を見開き、ピューっと音が出そうな勢いで家の中に逃げていった。
その後姿を見送りながら、ラティアがポツリと漏らす。
「えっと、私が入ったことで本当に問題って起きないよね?」
「大丈夫だ、と思う」
「そこは言い切ってよ」
そこまで深刻さを感じさせない気安いやりとりをしながら、2人は歩を進めていく。遠くに見えていたはずの大樹は、その大きさのせいであまり判然とはしないものの着実に近づいていた。
森都ユグドは都と名がついているものの正確に言えばエルフの国ともいえるオーリュ大森林の首都というわけではない。
そもそもエルフたちはいくつかの集落に分かれて暮らしており、それぞれが独自の裁量権をもってその周辺の森を管理し治めている。いわば、その里自体が1つの国のようなものなのだ。
ただそれぞれがバラバラに動いてしまっては、最もエルフたちが重要視するオーリュ大森林を守るということができなくなってしまう。
それを防ぐために各集落の代表者が集まり、エルフ全体としての方針を示す長老会が組織されているのだ。そして、それが設置されているのが森都ユグドだった。
「おおー、本当に大きいね」
「ユグドラシルだからな。言っておくが、折って素材に、とか考えるなよ。さすがにそれをしたら俺でもかばいきれん」
「ソンナコト、カンガエテマセン」
「先に言っておいて正解だったな」
視線をあさっての方向に向けて、変なイントネーションでラティアが声をもらす。アルトゥールの指摘は、ラティアの内心をずばりと言い当てていたのだ。
言うまでもないが、伝説の木の代表格とも言えるユグドラシルは生産職にとってのどから手が出るほどの希少素材である。
しかしゲーム時においては、そもそも進入不可の領域に設定されており触るどころか近づくことさえできなかったのだ。
現実世界で1か月に1本か2本程度NPCからの供給はあったものの、それでは需要には全く足りていない。
その結果、当然のごとく価格は高騰、いや暴騰の一途をたどることになっていた。
もちろんラティアも生産職としてはトッププレイヤーだった。プレイヤーの中でも上から数えたほうがはるかに早い、個人としては異例とも言える資金力をもっていたが、それでもユグドラシルの素材を手に入れたことはなかった。
魔法との親和性が高いその性質上、木工師などが杖に加工するのがベストであり、様々な素材を人形に使うラティアにとって、ユグドラシルの素材だけに資金を注ぎ込むわけにはいかなかったからだ。
もしかしてこの世界なら総ユグドラシル製の人形が造れるかも、と一瞬心踊ったラティアだったが、なにがなんでも造りたいというわけではない。
むしろゲームの時のように競争相手がいないこの世界なら、いつかは手にすることもできるだろうとあっさりと思考を切り替えることに成功していた。
少し不安げな表情のアルトゥールの様子に小さく笑いながら、ラティアは問いかける。
「それで、その長老会の人達に報告するんだよね?」
「ああ、報告は基本的に私がするから、ラティアは向こうの代表として笑って立っていてくれればいい。簡単な問いかけなどはあるかもしれないが、その辺りは適当に流してくれ。俺もフォローするから」
「わかった。笑って適当に答えればいいんだね」
「……なぜかそこはかとない不安を感じるんだが」
「いや、アルがそう言ったんでしょ」
それはそうなんだが、と内心思いながらアルトゥールは人の丈の倍以上ありそうな木の根の間に備え付けられた扉へと手を伸ばす。
そして開かれたその扉の先には、円卓に並ぶ10人のエルフと2つの空いた椅子が2人を待っていた。
「ナナミの里、アルトゥール。ただいま帰還しました」
「危険な旅路、ご苦労であった。いや、アルトゥール殿にとってはまるで散歩のようなものであったかな?」
「その言い方。未だに彼に負けたことを根に持っているのかしら、クシシュトフ?」
「そんなものはない」
「ならば言葉には気をつけることね。お帰りなさい、アルトゥール。そちらの彼女があちらからの大使ということでよいのかしら?」
「はい、ミレナ様。かの国の設立者の1人で人形師のラティア・ミツキです」
「……」
どこか棘のある男女のエルフの長老のやり取りをぼーっと眺めていたラティアは、その紹介ににっこりと微笑んで返した。
本当であれば改めて名乗ってほしかったアルトゥールは、ラティアに視線を送って促してみたが、その意図にラティアが気づくことはない。
心の中で嘆息し、まあ笑っていればいいといったのは自分だしな、となぜかラティアをフォローしながらアルトゥールは10人の長老たちに目を向ける。
長老と言っても、ここにいる10人はエルフの年齢で言えば中間層に位置する若さの者たちばかりである。
長い経験を積み、判断力などの低下のない最もエルフとして熟した者が里を率いているのだ。
そんな彼らの内心を表情から読み取るのは非常に難しい。それこそ初めて会ったラティアのような者にはわかるはずもない。
しかし彼らと同年代のエルフとして過ごしてきたアルトゥールには、わずかな動きからある程度の感情を察することはできていた。
多くの者がラティアに向けているのは、純粋たる好奇心。外界の刺激の少ないエルフにとって当然の感情だった。
「では、座っていただいて使節団の報告を……」
そう言って先ほど話した女エルフの長老であるミレナが2人に着席を促そうとしたとき、最奥に座っていた10人の中で最も年配であろう壮年に見える男性エルフがそれを手で制した。
「ラティア殿、こたびの発案について貴殿の狙いを聞きたい」
染み入るような低い声が部屋の中に響き、長老たち全員の視線がラティアに集まる。
完全に聞いていた話と違うことに、ジト目でアルトゥールを睨みつけたラティアはすまなそうな顔で謝る彼から視線を外し、心を落ち着けるために1つ息を吐いた。
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メリークリスマス!




