第20話 新人冒険者らしいこと
翌日、ラティアは朝早くから店の掃除だけをして外を出ると、冒険者ギルドに向かっていった。店の手伝いができないことを昨日のうちにカレンに伝えたうえで。
料理のレパートリーが少々増えたとはいえお客が急に増えるわけがないし、そもそも手伝いもドラゴンモールの皮を売った報酬で払っているため、本来であればラティアはする必要がない。
今までラティアが手伝っていたのは半ば恩返しのようなものであり、それについて承知しているカレンも笑ってそれを承諾していた。
そもそもカレンはこれまで1人で店をまわしていたのだ。ラティアが入ることで多少スムーズにはなっていたけれど、カレン1人でも営業できないということは当然なかった。
家々の窓が開き、活動を始める声を聞きながらラティアは眠気を全く感じさせないさわやかな笑顔を浮かべている。
人形であるラティアは厳密に言えば睡眠が必要ない。しいて言えば体の動きを止め、エネルギーの消耗を限りなく減らす省エネモードがそれにあたる。
夜に自然にそうしているラティア本人にとっては薄く意識を保ちながら眠っているという感覚なのだが、起きた瞬間に眠気が残ることはないのだ。
「さて、朝のギルドはどんなものかな?」
若い冒険者らしき男が慌てたように目の前でギルドに飛び込んでいくのを気楽な様子で眺めていたラティアが、彼に続いてその扉を開く。
そして目の前で広がっている、まさしく争奪戦といわんばかりのもみ合い状態になって依頼をもぎ取ろうとする冒険者たちの怒声と必死な姿にパタリとその扉を閉じた。
「うん、やめよう」
あっさりと中に入ることをラティアは諦め、ダンジョンのある北に向かって歩き出す。
元々が引きこもって人形造りにばかり精を出していたラティアだ。希少な素材が得られるというわけでもないのに、あんな人ごみに入るなどという発想は全くなかった。
そもそも冒険者ギルドに寄ったのだって、せっかくなら冒険者らしいことを一度くらい体験しておくか程度の動機だったのだ。あんな状態だと事前に知っていれば寄ろうとさえ考えなかっただろう。
ルーフデンの街は円形の防壁に囲まれており、その中央には伯爵家とそこに仕える騎士や貴族たちの住む区画がある。
身の丈ほどの塀で囲まれたそこに入ることができるのは、一定の身分を持った者や許可証を得た商人などだ。
身元も定かではないラティアは当然入ることができるはずもなく、その塀に沿うようにして大回りしていたのだが……
「よっ、ラティア。珍しいところで会ったな」
「おはようございます、チェイスさん。今日はお休みですか?」
いつも身につけていたドラゴンモールの胸当てなどをしておらず、ゆったりとした青シャツに黒いパンツという軽装のチェイスの姿に、ラティアがそう尋ねる。
それに対してチェイスは歯を見せて笑いながら答えた。
「面倒な依頼がやっと終わったからな。しばらく休養だ。そういうラティアはどうしたんだ?」
「私はちょっと始まりのダンジョンを探索してみようかと思いまして」
その返事にチェイスが眉根を寄せて首を傾げる。
たしかにドラゴンモールを倒せる実力者が、始まりのダンジョンに行く必要はない。始まりのダンジョンを攻略するより、ドラゴンモールを狩って皮を手に入れればよほどその方が稼ぎになるからだ。
それでもラティアには始まりのダンジョンに向かう理由があった。それを説明しようとラティアは口を開け……
「いや、始まりのダンジョンに向かうならあっちの曲がり角を北に行くんだぞ」
その言葉で、やっとラティアはチェイスが首を傾げた理由を察し、頬を赤く染めて照れたのだった。
結局、このままラティアを放ってはおけないということでチェイスはその格好のままダンジョンについていくことになった。
ブーツこそ金属で補強された頑丈そうなものだが、それ以外の装備は防御力という点で見れば紙同然でしかない。武器も腰に差していた大型のナイフのみだ。
しかしチェイスの表情には余裕しか感じられなかった。
「って感じで、ボスの扉の前で待ってる奴がいたら並んで順番を守るのがここのマナーだな。まあここだけじゃなくて他でもそうだが」
「ほうほう」
ダンジョンを歩きながら解説をしてくれるチェイスにラティアが相づちを打つ。
始まりのダンジョンは洞窟型に分類されるダンジョンであり、いま二人が歩いている最も広い通路は半径4メートルほどの半円状をしている。
壁も床もむき出しの土であり、そこにあるくぼみや岩などが死角を生み出し、冒険者たちの探索を困難にしていた。
とは言えそれはこのダンジョンを普段から探索するようなルーキーたちに限った話だ。
このダンジョンを知り尽くしたチェイスは言うに及ばず、ラティアにしても高い能力のおかげで始まりのダンジョンに出る程度のモンスターなど相手にならないからだ。
「このダンジョンは広い道をずっと行けばボス部屋までたどり着ける。脇道に入らなきゃあ罠もないから安心だしな」
「わかりました。あっ、ゴブリン発見」
言うが早いか、ラティアはその左手を振るって聖龍のひげを操ると物陰に隠れていたゴブリンを切り裂いていく。
戦闘と呼ぶのがはばかられるほどの一方的な蹂躙を見せた後、消えていったゴブリンがいた場所に残されたのは、30センチほどの長さの不恰好な木の棒だった。
それを見つけたラティアが少しだけ嬉しそうに口の端を上げる。
「やった。ゴブリンの棍棒だ」
「おっ、おう。嬉しそうだな。普通だとハズレアイテム扱いなんだが」
「私にとっては使い道があるから。でも、もしかしてハズレアイテムならギルドで安く買えたりします?」
「普通の冒険者ならまず捨てていくからな。ちょっと高めの値段で買い取り依頼でも出せば喜んで皆持って帰ると思うぞ」
「そっか、教えてくれてありがとう。必要になったらそうしてみます」
天使のような笑顔を浮かべるラティアに、ほんのわずかに顔を赤くしたチェイスがぽりぽりと頬をかく。
そして気を取り直すようにこほんと咳をしたチェイスは説明を再開し、それを聞きながら進んだラティアは1時間程度で最奥のボス部屋の扉の前にまでたどり着いた。
「あっ、本当に待ってるんだ」
「だから言っただろ。ほれ、少し離れて並べよ」
扉の前で少し緊張した面持ちをしながら話していた5人組の若い冒険者たちが、チェイスの姿を認めて驚く。
ラティアに指示を出したチェイスは、やってこようとする彼らに軽く手を振って気にするなと伝えると、扉に描かれた幾何学的な模様を楽しげに眺めていたラティアに説明を始める。
「ここのダンジョンのボスはマッドゴーレムだ。動きは鈍重だが、耐久力が高い。攻撃は大振りだからしっかり見れば避けることは可能だが、ときおり飛ばしてくる泥には注意が必要だな。油断せず時間をかければそこまで難しい相手ではない。まあ銀級冒険者のラティアなら問題ないと思うが」
あえて前で待っている冒険者たちにも聞こえるような大きさの声で説明するチェイスに、ラティアがくすりと小さく笑う。
先ほどの若い冒険者たちは、その説明のおかげか少しだけ落ち着いた様子でなにごとかを話し始めていた。マッドゴーレムへの対応を考えているのだろう。
「チェイスさんって、良い人だよね」
「なんのことだ?」
「そういうところも含めてね」
素知らぬふりをするチェイスを見て、ラティアがくすくすと笑いを漏らす。
しばらくして扉が開き、彼らはボス部屋の中に入っていった。しっかりと地に着いた足取りで進む彼らがマッドゴーレムにやられることはきっとないだろう。
閉まった扉の前に移動した二人は、雑談をして時間を潰す。
だいたい10分ほどだろうか。そういえば借りたお金を返していないことに気づいたラティアがその話題を出そうとしたところで目の前の扉がゆっくりと開いた。
「おっ、開いたな」
チェイスが部屋の中をうかがうが、先ほど入っていった若い冒険者たちが出てくる様子はない。
ボスを倒せば入り口まで戻れる転移の魔法陣が現れるらしいので、きっとそれで帰ったのだろうとラティアは判断した。
「じゃあ行きますね」
「了解。基本的に俺は手を出さないからな。まあドラゴンモールを圧倒できるラティアなら問題は起こらないだろうし」
ラティアに続いて部屋の中に入ったチェイスは、少ししたところで足を止める。
気楽そうなその言葉とは違い、いつでも助けに入ることのできるような体勢をとるチェイスの姿にラティアは軽く頭を下げて感謝を伝えると、そのまま一人で奥に向かって歩いていった。
所々に身を隠せそうな岩のある円形の部屋の中央に魔法陣が浮かび上がり、そこから少し黄みがかった茶色の巨体をうねうねと動かすモンスターが現れる。
落ちくぼんだ目と口を威嚇するように吊り上げたそれは、この始まりのダンジョンのボスであるマッドゴーレムだった。
ラティアの頬がピクリと震え、その口元に笑みが浮かぶ。
「さて初めてのボス戦だ。予想が当たってくれると嬉しいんだけどな」
そう呟くと、ラティアはまるで踊るようにその両手を振るい、戦闘態勢をとった。
お読みいただきありがとうございます。
本日も2話投稿させていただきます。
次話の投稿は午後8時過ぎの予定です。よろしくお願いいたします。




