第7話 それぞれの道
その後、チェイスたちは職人たちを教える教育区画を案内された。
一体何人の職人を育てるつもりだと言わんばかりの規模の生産施設や素材の倉庫が立ち並ぶその光景は、3人に衝撃を与えた。
もちろんゼギオン王国においても学校のような教育機関は存在する。しかしそれらは基本的に上流階級のためのものだったり、そうでない場合は単に読み書きを教えるだけのものだ。
生産に関する技術に関しては、基本的に弟子入りという形で親方について習熟していくのが普通なのだ。
なぜなら生産技術はその工房ごとに秘匿された事柄が少なくなく、門外不出としている工房もあるせいだ。技術を広めることは、自らの優位性を捨てるような行為であるのだから当然かもしれないが。
ラティアたちが造っていた生産施設はそれを全く考慮していない。大規模な工房において多くの者を一度に教える、完全に効率重視の考え方で造られていた。
技術の秘匿など考えていないこの生産施設が稼働すればどうなるのか。職人ではないが、それらの人々と関わりも少なくないチェイスたちの頬に汗が伝う。
「ねえ、ラティア。これって大変なことにならないかしら。こんな風にしたら反発も多いんじゃない?」
心配そうに尋ねるルドミラに、ラティアは首を傾げる。そしてポンと手を打つとうんうんとうなずきながらしたり顔で口を開く。
「確かにこんなランクの設備だとある程度までしか育てられませんからね。でもここは生産の基礎を教えるだけなので、個々の研鑽は各自でしてもらう方針なんです。さすがにそこまでは面倒見きれませんし」
「いやそうじゃなくて、ここで教えられた人って凄く速く成長するのよね?」
「いやいや、今の育て方が悪いだけでそれが普通なんですって」
「リックやオリガ、ユースタスの成長もラティア殿からすれば普通でござるな?」
「うん」
確認のために聞いたアシュリーに、ラティアは当然とばかりにうなずいてみせる。
半ばそれは予想された反応ではあったため誰も驚きはしなかったものの、3人は顔を見合わせ同時にため息をついた。
エルフであるオリガは例外だとしても、リックやユースタスはまだまだ冒険者になってからの日は浅い。
しかし彼らは既にメルローの迷宮の50階層を普通に探索できるほどの実力を身に着けているのだ。
チェイスやルドミラも異例の早さの昇級とかつて言われたものだが、彼らの成長スピードを考えれば見劣りがしてしまうくらい驚くべき速さなのだ。
今や彼らはメルローにおいて上位層の冒険者たちである。
それと同じことが職人の世界でも起こるとしたら……
「まず、確実に混乱は引き起こされるでしょうね。そしてその後は淘汰が始まるかしら」
「だな。一般市民は利益を享受できるから歓迎はされるだろうが」
「その辺りは、シルヴィア殿下の手腕に期待するしかないのではないでござるか?」
アシュリーの意見に、チェイスとルドミラは難しそうに表情を歪めながらも首を縦に振る。
実際こんな国家規模の話について、一冒険者である彼らができることなどほとんどないのだ。むしろ一個人でこんな問題を巻き起こしそうなラティアのほうが変なのである。
「私達が考えるとしたら冒険者への影響かしら? 高難易度の素材の納入依頼が増えそうよね」
「そうでござるな。冒険者の手が足らなくなりそうでござる」
「いや、それよりももっと大変なことがあるぞ」
神妙な顔で首を横に振ったチェイスに2人の視線が集まる。
「下手したら冒険者より強い生産職が量産されることになる。冒険者全体の底上げをしねえと俺達の存在意義が薄れる可能性もあるぞ」
「つまりこの計画が始まる前に冒険者を育てる必要が……」
「そうすると、それを取り締まるための騎士や兵士も育てる必要があるでござるな」
話を続けるだけで次から次へと湧き上がってくる問題の数々に、3人が自然と黙り込む。
そしてルドミラとアシュリーに視線で促されたチェイスは、ダメだろうなぁ、と内心で思いつつラティアに向き直った。
「なあラティア、この計画って延長する予定は?」
「ないね。それにエルフやドワーフからはすぐにでも始めてくれって言われているらしいよ。だよね、シスル」
「はい。シルヴィア様の元にまだか、まだかと催促の手紙が毎日のように届いております」
「あー、ごたごたのせいでもともとの計画が止まっていたから、そりゃそうなるか」
がりがりと頭を掻いたチェイスはため息を吐き、しばらくの間ルドミラの方を見て考えごとを始める。
その様子を不思議そうに眺めていたルドミラが、なにごとかと尋ねようとする前にチェイスは自分自身を納得させるように大きく首を縦に振り、微笑んだ。
「なあミラ。俺、冒険者をやめようと思う」
「えっ、なに突然。冒険者をやめるって本気で言ってるの?」
「ああ。とは言っても完全にやめるわけじゃなくて、ダンジョンの攻略なんかをやめて後進の育成に時間をかけようと思うんだ」
「変化に備えるための準備をしようってこと? それならギルドに任せるなりすることで……」
「理由はそれだけじゃないんだ」
個人で対応できるようなことじゃないでしょ、と続けようとしたルドミラの言葉を遮り、チェイスが首を横に振る。
そして少しさみしげな瞳で真っ直ぐにルドミラの瞳を見つめ返した。
「俺は獣人だ。エルフのミラとは寿命が違いすぎる。いつかミラを残して死ぬことになるだろう」
「やめてよ、チェイス」
その事実を理解していながらも聞きたくないと頭を振るルドミラを、チェイスはぎゅっと抱きしめる。
そしてその背中を撫でながら、ゆっくりと諭すように優しく話し続けた。
「俺がたとえいなくなっても、ミラが過ごしやすい未来になるようにしたいんだ。冒険の日々も楽しくはあったが、俺の体力もそのうち落ちていくし、2人でゆっくり過ごせるという感じでもなかったしな」
「……」
黙り込んでしまったルドミラの顔をチェイスは少し強引に上げさせる。
そして赤くなった自身の顔を見られないように、視線を外しながら早口に続けた。
「それにミラとの子供も欲しいしな。獣人とエルフの子、どちらが生まれるかはわからないが子供を育てる時間を考えればそろそろ引退も考えてはいたんだ。金は十分すぎるほど溜まったしな」
「チェイス……」
「ミラ……」
背けられていたチェイスの顔を両手で引き寄せたルドミラが瞳を潤ませる。その瞳に囚われたように身動きできなくなったチェイスに、ルドミラは顔を近づけていき……
「そういうのは個室でやってくれるかな。アシュリーが真っ赤だよ」
「いや、その、愛を確かめるのはいいことだと思う」
「ほら、侍言葉を忘れるぐらいに動揺してるし」
忘れかけていた状況を思い出したチェイスとルドミラが、バッと音が出そうな勢いで距離をとる。その速度はさすが一線級の冒険者と言わんばかりのものだった。
そして皆の顔のほてりが取れたところで、チェイスとルドミラは目を見合わせ、そして同時にアシュリーに向けて頭を下げる。
「すまない、アシュリー。俺達の勝手な都合になっちまうんだが、パーティを解散させてほしい」
「本当にごめんなさい」
「いやいや、騎士を首になり露頭に迷っていた拙者を助けてくださったのはお二人ではないでござるか。むしろこれまでありがとうと、拙者の方こそ感謝するべきでござろう。それに拙者もこれで決心がついたでござる」
さわやかな笑顔で2人の言葉を受けたアシュリーは、迷いが晴れたすがすがしい様子でラティアの前に立つ。
そして自らの腰に差した刀を鞘ごと抜くと、片膝をついてラティアに捧げた。
「騎士と同様に、侍も主君に仕える者。拙者の忠誠をラティア殿に捧げるでござる」
「うーん、主ってガラじゃないんだけどね」
刀を受け取り、頭を垂れたままのアシュリーを見つめラティアは苦笑いする。
そして抜き放った刀をアシュリーの肩に添えた。
「私は私がしたいことのために進む。アシュリーがそれを手伝ってくれたら嬉しいな」
「我が刀は主殿のために」
「主殿はやめてね」
「はい、ラティア殿」
刀を納めたラティアが、それをアシュリーに手渡す。
立ち上がりそれを腰に差したアシュリーの顔は、いつにも増して凛々しいものになっていた。
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