第31話 布石
その7日後の夜、ラティアはアレキサンドライトコアで造った自分そっくりな人形であるティアのコアをゴールドコアからアレキサンドライトコアに引き継ぎを済ました。
そして深夜になったところで休眠状態になったラティアは、マジックバッグに自らの身体を入れてもらうとホークによって暗い夜空へと運ばれていく。
ホークは迷う様子もなく空を飛び続け、そして徒歩であれば10日以上はかかるであろう距離にある小さな森を見つけると降下していく。
そこは周辺に街などのない、放置された森だった。無秩序に太い木や若木、雑草などが行く手を阻み中への侵入を阻んでいたが、上空から見るとその中心部に切り開かれた土地があるのがわかる。
そしてそこにはルクレツィアとシスルが待機していた。
やってきたホークからマジックバッグを受け取ったシスルは、その中からラティアを取り出す。しばらくしてゆっくりと目を開けたラティアは、覗き込むようにして待つ2人に微笑みを浮かべた。
「お疲れ様。待たせちゃってごめんね」
「いえ、あれだけのことをしたのですから監視は厳しいでしょう。正直にいえばもっと遅くなるかと思っていました」
「いちおうホークと猫たちが大丈夫だと判断してくれたし、問題はないかな。最初の頃はオレーシャさんがいたらしいけど3日で外れたらしいし」
ラティアの報告を聞き、シスルがわずかに微笑む。
「そうですか。スラムの住民からの反応はどうですか?」
「うーん、最初は結構敵意を感じたけど、今はそれほどでもないかな。スラムの人を雇って家の修復を手伝わせて、ついでに炊き出しをしたらかなり落ち着いた感じ。建材や食材の仕入れをマクシム殿下が配慮してくれたおかげでお金はそこまで使ってないんだけどね」
ラティアはこれまでの7日間、ラティア自身が壊したスラムの住宅の建て替えに従事していた。
スキル製そのままのスラムの住宅の建築などラティアにとっては朝飯前の作業であり、むしろ崩壊した建物の撤去などのほうが手間といえるほどだった。
最初はこの惨事を引き起こしたラティアに向けられる視線はそれは厳しいものだった。
自分がやったほうが早いからとスラムに向かうラティアを必死に騎士たちは止め、作業中には心配して護衛についた騎士がピリピリしながら周囲の警戒を続けていたくらいだった。
そんな緊張感あふれる現場の中で、ラティアは全く気にもとめずに作業を続け、次々に家を建てていった。
最初は自分の住む場所を壊され怒りに燃えていたスラムの住人たちだったが、その信じられないほどに早く建っていく家々を眺め考えが変わり始める。
元々住んでいた場所は雨漏りや隙間風が入ってくるようなぼろぼろのものだった。それがこんなにしっかりとした家になるのならむしろ得なのではないかと。
自分の住む家が早く出来るようにと手伝い始めた住人にラティアが賃金を手渡すと、それを見ていた者たちが我も我もと参加し始め、瓦礫や破材の撤去は驚くべき速さで進んでいく。
そしてあまり力がなく参加できない者たちにラティアは金を渡して、手伝っている者たちへの炊き出しを頼むと、ラティアに向けられる視線は一気に変わっていった。
もちろん隣人や仲間を殺され、胸の内に恨みを抱いている者もいるだろう。
しかしスラムの、いつ誰が死んだとしても不思議ではない、という価値観を持っている彼らにとって、今自分の利になる選択を与えてくれるラティアの存在はありがたいものだったのだ。
もちろんいつの間にか噂として広がっていた、ラティアの実力がオレーシャに匹敵するということもあるのだろうが。
「チェーニに狙われるということはありませんか?」
「ないね。猫たちからもそれらしき人はいないって聞いてるけど」
「そうなると、やはり」
「はい、そうでしょう」
ラティアの報告に、シスルとルクレツィアが顔を見合わせてうなずきあう。
唯一共通の理解を得られていないラティアが首を傾げていると、ラティアに向き直ったシスルが補足を始めた。
「これだけ派手にやれば、普通の組織であれば報復を考えるはずです。しかしチェーニに関してはその動きが全く見られない。騎士に警戒されているからといっても逃げないように監視する程度は行うでしょう」
「まあそうだね。直接手を下したシスルがいない今、私がそこに繋がる唯一の手がかりだし」
「つまり彼らは監視などしなくても情報が手に入る、もしくはそもそも報復するつもりがない、という可能性が高いわけです」
「んっ?」
監視しなくても情報が手に入るというのはラティアにもわかる。つまり自分の護衛兼監視としてついてくれている騎士、もしくはその上層部にチェーニの手の者がいるということだろう。
しかしそもそも報復するつもりがない、というのはラティアにはわからなかった。
ラティアやシスルの力を恐れて報復を諦めたというのなら理解できるのだが、シスルの言葉のニュアンスは最初からその気がないと伝えてきていた。
「スラムにいる人は元々捨て駒だってこと?」
「それもあるでしょうが、ラティア様は不思議に思われませんか? はっきりと認知された暗殺集団、しかも時に皇族に手を出したと思われる集団がなぜまだ存在できるのかと」
「普通なら潰されているはずだってことね。確かにそうとも言えるけど、いろんな組織に潜っているみたいだし、難を逃れた人が復活させてきたとか?」
人差し指を立てて、考えを伝えたラティアにシスルはうなずいて返す。
「その可能性はあります。しかし存続できた理由として最も可能性が高いのはやはり、チェーニの頭が皇族、はっきり言ってしまえば皇帝だというものです」
「……つまりチェーニは国の暗部ってこと?」
「名のしれぬ本当の暗部は他にあるのでしょうが、わかりやすい存在、使い勝手の良い捨て駒として存在させている、というのが本命ではないかと思います」
「シスルも私も暗部については知識として知っているだけですから、これが本当かどうかはわかりません。はっきりとさせる必要もないかもしれませんけれどね」
ルクレツィアの補足に、腕を組んで考えていたラティアは小さくうなずく。
「よし、私にはわからないし判断は2人に任せるよ。それで目的は達成できたんだよね?」
あっさりと思考を放棄したラティアは、そもそもチェーニのことなどどうでもいいと言わんばかりに話題を変える。
それに対してシスルとルクレツィアは微笑みながらうなずいた。
「はい。最後の仕上げを済ませればこの国ですべきことは終わります」
「そっか。じゃあ拠点に帰ろっか」
「はい」
ラティアはマジックバッグから取り出した冒険者風の男の人形にラティアたち3人をマジックバッグに入れ、その後は帝国内をゆっくり周りながら情報を集めるようにと伝えると休眠状態に入った。
冒険者風の男の人形は3人をマジックバッグに詰めてホークに渡すと、その姿が消えるまで空を眺める。そして焚き火に土をかけて消すと、大剣を背負い直して森の奥に消えていった。
その2日後、帝都付近の野原に一条の新たな道が突然現れた。
まるで高温によって溶けたかのようなツルツルした異様なその道の始まりには、味も素っ気もない木の看板が建っており、そこには『二度目はない』という短い言葉のみが記されていた。
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