第24話 妥当な結果
これまでラティアが戦ってきたマッドゴーレムやゴールデンゴーレムとは違い、アレキサンドライトゴーレムはずんぐりとした印象ではなく、マネキンなどに近いスリムな人型をしている。
その背は3メートル近くあり、そして……
「速いですね。私には及びませんが。ですが、硬い」
振り抜いた剣を簡単に腕で受け止められ、お返しとばかりに放たれたその拳を後ろに跳んで避けながらシスルがアレキサンドライトゴーレムを評する。
むろんシスルはまだ全力を出してはいない。しかしことさら手を抜いたつもりもなかった。
今放った一撃にしても、なんら恥じることない斬撃だったと胸を張って言うことができる。しかしそれを受け止めたアレキサンドライトゴーレムの青緑色の腕にはうっすらとした傷が残っているくらいだった。
「アレキサンドライトは宝石の中ではまあまあ硬いほうだけど、その性質が反映されているのかな?」
そんなことを呟きながらシスルとアレキサンドライトゴーレムの戦いをラティアが眺める。
シスルの攻撃は当たるが大したダメージは与えられず、逆にゴーレムの攻撃が当たることはない。
人であれば疲れがたまりミスをすることもあるだろうが、人形であるシスルにはそれは当てはまらない。このままいけば最終的にはシスルが勝つだろう。
このままいけば、の話だが。
「おっ!?」
攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、アレキサンドライトゴーレムがドンドンと足踏みをする。
次の瞬間、その体の色が青緑から赤へと変わった。
攻撃を仕掛けようとしていたシスルがその方向を変えるのと、赤く染まったアレキサンドライトゴーレムの腕が地面に突き立てられたのはほぼ同時だった。
「くっ!」
目の前にあった石筍が急激に伸びてくるのを剣で打ち払ったシスルだったが、シスルに向けられた攻撃はそれだけでなく、次から次へと石筍やつらら石がまるで意志をもっているかのように襲いかかってきた。
さすがのシスルもそれらを全て避けることなどできず、その剣を使って直撃を受けないようにするのがやっとだった。
シスルの周囲にあったつらら石や石筍がなくなり、やっとのことでアレキサンドライトゴーレムの攻撃が止まる。
そして両手を地面からスポット抜いたアレキサンドライトゴーレムは、その体を小さく震わせると再びその色が赤から青緑色へと変化する。
「大丈夫?」
「はい。想定より激しかったですがなんとか」
小さく息を吐いたシスルがラティアの問いかけにニコリと笑って返す。
先ほどまで猛攻を受けていたのにもかかわらず、シスルの体には傷一つついていない。
それはシスルが教わった騎士の剣術が、守りに特化したものだからでもあった。
シスルの剣の師匠は、王女であるルクレツィアの護衛騎士だった男だ。
人形造りのためお忍びで出かけることの多かったルクレツィアの護衛を1人で任されるほどの手練れであり、その中でも守りの剣術にかけては国内随一の使い手だった。
他の騎士にもし教わっていたのなら、シスルはこの攻撃を捌き切ることはできなかっただろう。
「手助けする?」
「いえ、大丈夫です。次で決めます」
ラティアの問いにそう返し、シスルがアレキサンドライトゴーレムに再び攻撃を仕掛けはじめる。
相変わらずほとんどダメージを与えられてはいない。しかしシスルは攻撃の手を休めることはなかった。
そんなシスルの様子を少しだけラティアは眺め、気を取り直すと部屋の隅にある採掘ポイントに向けて歩き始めた。
シスルが手助けを必要としないと判断したのであれば自分がこれ以上見る必要はないと考えたのだ。
それだけラティアはシスルのことを信頼していた。
その高い基本性能のお陰で冒険者もこなすことは出来ているが、基本的にラティアは戦闘に関して素人に近い。
チェイスたちとの冒険や指導によって多少は心得があると言ってもよい状態になってはいるが、それでもその高い能力による力任せの戦いから抜け出せてはいなかった。
なによりラティア本人が、自身は生産者であると認識しているのだ。戦いに関して自分が正しい判断ができるとは想っていなかった。
その点、シスルは正式に戦いの訓練を受けている。そして出来ないことは出来ないとはっきりという性格だ。
シスルが大丈夫というのであればなにか勝算があるのだろう。人形師であるからこそ、シスルの本来の規格外の強さをラティアは知っており、そこからくる信頼は並大抵のことでは揺るがないのだ。
採掘を始めたラティアの背後で、シスルは果敢にアレキサンドライトゴーレムに攻撃を続ける。
先ほどまでと同じくシスルの攻撃はゴーレムのボディにかすり傷を付ける程度のダメージしか与えられていない。
しかしヒットアンドアウェイで戦っていた先ほどまでとは違い、シスルはゴーレムの正面から殆ど動かずに攻撃をし続けていた。
それはゴーレムの攻撃範囲内にとどまり続けるということを意味している。その結果は……
キィン
甲高い音をたてながらシスルの剣によって弾かれたゴーレムの拳が地面を穿つ。それだけではない、続けて足が、反対の手が、そして体全体でアレキサンドライトゴーレムはシスルを攻撃し続けていた。
むろん、シスルも合間に攻撃をしている。しかしその影響を全く感じさせないほどアレキサンドライトゴーレムの動きは淀みなかった。
アレキサンドライトゴーレムの放つ拳の風圧がシスルのメイド服を揺らす。直撃こそ受けていないものの、剣でそらしたからといってダメージが全く無いというわけではない。
微妙なダメージが蓄積していくことを感じながらシスルは冷静にその時を待った。
そしてついにアレキサンドライトゴーレムが攻撃を止め、そしてドンドンと足踏みを始める。
そのときに発生する衝撃波を剣で受けたシスルは1メートルほど後ろに地面を後ずさりさせられ、それが止まったときにはアレキサンドライトゴーレムの色は朱に変わっていた。
アレキサンドライトゴーレムが両手を地面に向けると同時に、シスルが前に向けて本気で踏み込む。
再び石筍やつらら石が伸びシスルを襲うかと思われたが、それが起こるまでには少しの間があった。
そしてそれだけの時間があればシスルには十分だった。
「周辺の石筍は先に壊させていただきました。あなた自身の手でしたのですから覚えているでしょう?」
そう告げながら、シスルは無防備に地面に両手を突っ込んだ体勢で固まっているアレキサンドライトゴーレムに剣を振るう。
先ほどまでは先端さえ埋まることのなかったその体に、あっさりと剣が食い込んでいた。
振り抜いた剣を返し、十字になるように振り抜いたシスルの攻撃を受けたアレキサンドライトゴーレムが、たまらず地面から腕を抜いて立ち上がる。
その色は既に青緑へと変わっていた。
「あとはこれを繰り返すだけですね。次はラティア様にどう手助けしてもらうのが最も早く終わるでしょうか?」
精彩を欠いたアレキサンドライトゴーレムの攻撃を避け、攻撃を続けながらシスルの意識は既に次戦へと向かっていた。
舐めているのではなく、これで終わりだと正しく認識しているがゆえのその思考のとおり、アレキサンドライトゴーレムはほどなくしてシスルの前に膝を屈したのだった。
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