第17話 生産職の育て方
翌日、朝の営業時間が落ち着く午前10時過ぎ。ラティアは緊張に顔を引きつらせたカレンを連れて街の外を歩いていた。
カレンはいつも店で着用しているエプロン姿ではなく、武器こそ持っていないものの濃茶色をした革装備で身を包んでいる。その姿は若い冒険者にしか見えない。とはいえ、そのびくびくとした足取りでは頭に『新人』の言葉がついてしまうだろうが。
「ねえ、ラティア。やっぱりやめない?」
「カレンも昨日納得したよね。それにどんな方法でも料理を早く覚えたいとも」
「それはそうだけど、街の外に出るのも初めてなんだよ。それなのにいきなりモンスターと戦えなんて……」
「大丈夫だって。全く危険がないとは言わないけど、私が絶対に守るから」
あまりにも自然なラティアの答えに、こんなに怯えている自分のほうが心配のしすぎなんじゃないかとカレンが迷う。ラティアが終始リラックスしているのも、それを助長していた。
一般的には、訓練もしていない15歳の少女をモンスター討伐に連れ出すなどありえず、カレンの反応は当然のことなのだが、それを冷静に指摘してくれる者はここにはいない。
ラティアがカレンをモンスター討伐に連れ出したのにはもちろん理由がある。
それは、これがゲームのプレイヤーの中では最も効率のよい序盤の生産職の育て方だと聞いたことがあったからだ。
トワイライトメモリーにおいて、プレイヤーには基礎レベル、職業レベル、そして各スキルの習熟度が設定されていた。
それらはモンスターとの戦闘や訓練、生産活動などのプレイヤーの行動によって上がっていくのだが、その行動の種類によって何が重点的に上がるのかが変わってくる。
そしてなにより重要なのが、これらのレベルや習熟度は互いに制限となっていることが多いことだ。
例えば職業レベルは基礎レベル以上には上がらない、職業レベルによるスキル習熟度の上限値が決まっているなどが挙げられる。
こういった諸々の情報を精査し、プレイヤーたちによって導き出された結論が生産職はまず基礎レベルを上げろ。つまりモンスターと戦えという方針だった。
この背景には生産によって得られる基礎レベルの経験値が始めのころは低いという事情があった。
もちろんラティアのように大量に生産を行えばモンスターと全く戦わずに基礎レベルを上げることは可能だ。しかしそれには時間と金、そして延々とその作業を繰り返す根性が必要になる。
それ自体を楽しんでいたラティアとは違い、早く色々な料理を作れるようになりたいというカレンの希望を考えればどちらを選択したほうがよいかは明らかだ。
ただ懸念としては、それがNPCであったカレンにも通じるのかどうかということであったが。
「まあダメでもお金稼ぎにはなるしね」
そう小さく呟いたラティアは、少しバテ気味のカレンに気を遣って水筒を差し出す。一面に広がる草原を物珍しそうに眺めていたたカレンは、受け取った水筒の蓋を開けてこくりと一口飲むと、少し大きく息を吐いた。
「草原に着いたけどここで狩るの?」
「もうちょっと先だね」
「えー。あっ、ホーンラビット。私、生きているのは初めてみ……」
ひょこっと草むらから顔をのぞかせたホーンラビットに、カレンがどこか嬉しそうな声をあげたのだが、ラティアが軽く左手を振っただけで首を飛ばされた姿を見て言葉を失う。
「時間があったら帰りに狩ろうか。肉の確保にもなるし」
「うん」
少しだけ自分の中にあった冒険心がなにかこれは違うと訴えてくるのを感じながらも、カレンはそれ以上何もいうことなくラティアのあとについていった。
そしてやっとのことでたどり着いたのは、2日前ラティアがドラゴンモールを大量に倒した荒涼とした大地にある岩の上だった。
そこに2人並んで腰掛け、カレンはラティアが地面で新しい黒犬の人形を躍らせるのを肘ついて眺める。ここまでモンスターらしいモンスターに出会わなかったこともあり、カレンは完全に油断しきっていた。
「あっ、もうすぐ来る」
「そうなの?」
「音と振動がするでしょ?」
ラティアに促されカレンは耳を済ませてみたが、そう言われてみればなにか聞こえるかもしれないな、程度の音しか聞こえず、振動にいたっては全くわからなかった。
わからないながらも、ラティアが言うならそうなんだろうと、カレンが姿勢を正した瞬間だった。地面から黒犬の人形目掛けて巨大なドラゴンモールが飛び出してきたのは。
「ひっ!」
悲鳴をあげそうになったカレンが慌てて自分の口を両手でふさぐ。
ラティアにここに出るモンスターは音に集まる習性があると聞いたことをちゃんと覚えていたからだ。不意ではなく、事前に心構えするわずかな時間があったことも良かったのだろう。
ラティアはそんなカレンを安心させるかのように口の端を上げて見せ、左手を引き寄せて黒犬を戻すと、そのまま右手を振り下ろした。
ラティアの右手から伸びた聖龍のひげが空中のドラゴンモールの四肢と口を拘束してしまう。なにもできなくなった哀れなドラゴンモールはそのまま地面に仰向けに倒れた。
抵抗をしようとドラゴンモールが暴れるが、わずかにも動いていない。それを確認したラティアは、口を押さえたまま固まっているカレンに話しかけた。
「じゃあ倒しにいこうか」
「えっ、あれを? 動いたりしない?」
「大丈夫。私が拘束してるから」
ひょいっと岩からラティアが降り、少し躊躇したもののカレンもその後に続く。
間近で見る体長2メートルを超えるドラゴンモールを前に、カレンは再び固まってしまう。
硬そうなその毛並みや鋭い牙が、荒い息が、くぐもった鳴き声が、向けられる敵意が、全てがカレンにとって初めての情報であり処理しきれないのだ。
「カレン」
名前を呼ばれなんとか再起動したカレンに、ラティアは自分が解体に使っているナイフを渡す。そしてそのままカレンを誘導すると、あご下の一部分を指し示す。
「ここにナイフを置いて、徐々に体重をかけてみて。無理だったら私も手伝うから」
「わかった」
「大丈夫。鳥をしめるのと一緒だから。両親に教えてもらったんでしょ」
「うん」
カレンは一度大きく息を吐くと、言われたとおりの場所へナイフを添える。その瞬間、ドラゴンモールがうなり声をあげ、カレンの体がびくんと震えた。
しかしドラゴンモール自体は全く動けていないことを理解するとカレンはナイフに徐々に体重をかけ始める。
「硬っ……」
なかなかナイフはドラゴンモールの体毛と皮膚を突破できなかったが、カレンが全体重をかけるようにした瞬間、いきなりずるりと根元まで突き刺さってしまう。
「うわっ」
いきなり抵抗が消え、バランスを崩しかけたカレンをラティアが支える中、ドラゴンモールはぐぐもった雄叫びをあげ体を反らした。
「ありがとう、ラティア」
「良く頑張ったね。あとはもう何回か攻撃すれば倒せると思うから、ナイフを抜いてもう一回やろうか」
「うん」
ラティアに当然のように言われ、さして疑問をもつことなくカレンが再びナイフを構える。
カレンは気づいていない。
自分がいかに常識外のことをしているのかを。
そしてそれはラティアも同様だった。
その数分後。カレンは見事、ドラゴンモールの初討伐を成し遂げた。
そしてしばらく時は過ぎ……
「ラティア、そろそろこっち倒せそうだよ」
「了解。横に新しいの置いとくから処理よろしく」
「わかったー」
カレンは完全に順応してしまっていた。ナイフを動かす動きに淀みはなく、ラティアに指示されるまでもなく的確な場所を攻撃できるようになっていた。
鳥をしめるのと一緒というラティアのアドバイスにより、カレンの中ではモンスターというよりも食材になる生き物をしめるという意識が強くなりはじめていたのだ。
カレンが今のドラゴンモールにとどめを刺し隣に移ったのを確認したラティアは、カレンが倒したドラゴンモールを少し離れた岩陰に置く。そこにはつい先ほど、3体同時に来てしまったためしかたなくラティアが一瞬で倒した1体のドラゴンモールが倒れていた。
ラティアが周囲を警戒しながら、とりあえず今日はこのくらいでいいかな、などと考えていたとき、その耳がほんのわずかな物音を捉える。
ラティアが岩から飛び降り、カレンをかばうように前に立つ。そしてその音の方向から姿を見せたのは……
「なにしてんだ、お前ら」
黒い犬耳をピンと立て、その金色の瞳をうろんげに歪ませたチェイスだった。
お読みいただきありがとうございます。
とりあえず次の日曜日までは2話投稿を続ける予定です。
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