第16話 新たな出会い
どこか緊張感の漂う2人の間の空気を和ませるように、こほんとルドミラが咳払いをする。
「しかしラティアも思い切ったことを考えるわね。それに思いの外色々考えていてびっくりしたわ」
「たしかに普段のラティア殿とは似つかわしくない言動でござったな」
「ちょっと2人が私をどう見てるのか聞いてみたい気がするんだけど……そういえばチェイスは何も言わないんだね?」
ジト目でルドミラとアシュリーを見つめていたラティアが、その隣で若干胃が痛そうに顔を歪めていたチェイスに矛先を向ける。
皆の視線が集まる中、チェイスは肩をすくめため息を吐いた。
「だってこれ、ラティアだけで考えたわけじゃないだろ。少なくともそのシスルとルクレツィアという機械人形と相談しているはずだ」
「おっ、よくわかったね。2人がけっこう貴族とか王族の考え方をよく知ってたから参考にさせてもらいました」
「ルクレツィアっていう人形はラティアが造ったのよね。そんなことありえるの?」
「あー、普通はないですね。でもルクレツィアの目は特殊な宝石であるノブリス・オブ・リージュを加工して造ったものなので、ある程度そういった知識なんかが引き継がれるんだ」
種明かしがてら、楽しそうにラティアがその知識を披露する。
ラティアがオマール共和国の元王城のダンジョンで手に入れたノブリス・オブ・リージュは少し特殊なアイテムだ。
その宝石を使った装備を身につけると、貴族などが行うような礼儀作法がわかるようになるという効果があり、またそれを人形に使った場合貴族のような振る舞いをする人形を作成することができる。
ゲームにおいては半ばお遊び要素のような効果のある素材だったが、この世界においてルクレツィアという王族の姿を模すには非常に有益なアイテムだった。
「あっ、そうそうシルヴィア様。帝国でちょっと素材を稼ぎたいんですけどどこまでやってもいいですか?」
「えっ?」
「いや、だってシルヴィア様と約束したじゃないですか。私の作ったものを売りに出すときは確認するって。いちおう自重して効果のないアクセサリー系しか売らないことにはしていたんですけど、帝国の第2皇子のマクシム殿下の依頼で耐毒のリングを作ったらちょっと驚かれたので基準が欲しいなって」
どこかお願いするように聞いてくるラティアをシルヴィアはきょとんと見つめる。
シルヴィアには理解できなかった。
先ほどまでの話でラティアはシルヴィアの庇護を外れると自ら宣言したのだ。それならもう自分に遠慮することなく自由にすればいいのになぜラティアは聞いてきたのか?
言葉を詰まらせるシルヴィアに、ルドミラが笑いながら助言する。
「ラティアの基準は独特なので気にしないほうがいいと思いますよ。たぶん今回については自分の作った物をどう売るのかについてはシルヴィア様に聞くのが一番面倒がないと考えているだけだと思います」
「そ、そんなことはないですよ。たしかに下手に売って面倒事に巻き込まれるのはこりごりだと思ってますけど……それにほらっ、私の拠点はゼギオン王国にありますし、国益に反することはできませんからシルヴィア様なら正しい判断ができるだろうって判断しているだけです」
とってつけたような言い訳を慌てた様子で加えるラティアの姿に、シルヴィアが思わず笑いを漏らす。
たしかにラティアとの関係は変わってしまったかもしれない。しかしそれでも繋がりが切れたわけではない。そのことにシルヴィアは気づいたのだ。
「ちなみにラティアが作った耐毒のリングはどんな効果なんだい?」
「あっ、はい。用意された素材が足らなかったので8割の確率で毒を防げる効果がついてます。本気で作れば9割はいけたかなと思うので、けっこう自重してますよね?」
胸を張って答えたラティアに、皆が視線を送りながら沈黙する。そして誰も何も言わないことにあれっ? と首を傾げたラティアにシルヴィアは苦笑しながら8割でも規格外の出来であることを伝えたのだった。
当面一般に売っていいものの基準と、特別な者に売っていい基準の2つをシルヴィアに教えてもらったラティアは、機嫌良さげに工房への帰途についていた。
逆にその後に続く3人の顔には若干の疲れが見える。
事前にチェイスたちはラティアの考えを聞いてはいた。そしてそれを思いとどまるように伝えはしたのだが、ラティアの意志が固かったためなにかあったときにフォローできるようについてきたのだ。
シルヴィアは一定の理解を示してくれたし、喧嘩別れのようになることもなかった。
考えうるなかでは最良に近い結果になったとはいえ、王族相手に真っ向から対立するような場に居合わせた気疲れは早々に消えるものではなかった。
「しかしこれから忙しくなりそうですね。人形もいっぱい造らないといけませんし。店に並んだ商品を見た限りサラの腕もけっこう上がっていたから衣装や装備関係はお願いしようかな?」
「サラは真面目だからな。共に高め合う仲間もできたようだし」
「あっ、そうでござった。ラティア殿に伝えなければならないことがあったでござる。実は……」
「あれっ、ラティア様?」
聞き覚えのある女の子の声にラティアが振り返る。ピンと尖った三角の耳をピクピクとさせそのふんわりとした尻尾を揺らしているのは今ちょうど話していた裁縫師のサラだった。
生産素材を買いに行ってきた帰りなのか両手に重そうな荷物を提げながら、とてとてと嬉しそうにサラがラティアに近づく。
「ただいま、サラ。頑張ってるみたいだね」
「はい。ラティア様お帰りなさい。リックが心配してましたよ」
「リックに聞いたら、俺は心配なんかしてねぇ、とか言いいそうだよね」
ラティアの言葉に、その姿が浮かんだのかサラがクスクスと笑いを漏らす。
指導するという約束を果たせず、放置してしまった謝罪を兼ねてラティアはサラの頭を優しく撫でる。以前はパサパサだったその髪は色艶が良くなり、引っかかることなくラティアの指がすり抜けていった。
それをしばらく嬉しそうに受け入れていたサラだったが、はっ、と気づいたように目を開ける。
「あっ、そういえばラティア様に紹介したい子がいるんです」
「んっ、サラの友達?」
「友達と呼んでいいのかちょっと迷うんですけど……エステル様、この人がラティア様ですよ」
サラが手招く先にラティアが視線を向けるがそこには誰もいない。不思議に思いつつ視線をもっと奥に向けると、建物と建物の間の隙間に隠れるようにしながら半分だけ顔をのぞかせている長身の女の姿があった。
サラが「ちょっと行ってきます」と言って駆け出し、何事かを話した後に腕を引いてその女をラティアの前に連れてくる。
ラティアを前にしたその女は、視線をキョロキョロとさまよわせ一度もラティアに視線を合わせようとはしない。
明らかに挙動不審だが、その小綺麗な身なりと整った顔立ちは彼女がそれなりの生活をしていた者だと証明していた。
「サイモン子爵の姪のエステル様です。人形師になるための修行をしたいということでやってきたんですよ」
「あ、あの……エステル・ヴィア・ウェルチ、です」
「ああ、人形好きのサイモン子爵の。たしか人形師になりたがってると聞いたような覚えが。私の名はラティア・ミツキです」
おどおどとしたエステルの自己紹介に微笑みながら、ラティアも挨拶を返して手を差し出す。
それに驚いたのかエステルはぴゅ、と音を立てそうなほどの速さで身を翻すとサラの背後にその身を隠した。エステルのほうが頭1つぶん背が高いため、ほとんど意味をなしてはいなかったが。
「ちょっとエステル様は恥ずかしがり屋なんです。でも良い人ですよ。私にお菓子もくれますし」
「そうなんだ」
やり場のなくなった手を引っ込めながらラティアがサラの背後で顔を真っ赤にするエステルを見つめる。
ラティアにじっと見つめられながら、ぐるぐると目を回していたエステルだったが自分の胸に手を置いて気を落ち着かせるように何度も深呼吸を始める。
そして……
「あの、サリーを助けてくれて……本当に感謝して、います。ありがとう、ラティア、様……」
全ての勇気を振り絞るかのようにして前に出たエステルが、ラティアに向けて頭を下げる。
その心からの言葉に頬を緩めるラティアと同じようにサラが笑う。
「でしょ?」
「そうだね」
よく出来ましたと言わんばかりに背伸びしてエステルの頭を撫ではじめたサラに、ラティアはその目を細めて同意したのだった。
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