第15話 対等
「なにを言ってるんだい、ラティア?」
「いえ、今の状況ってとても国を興すのに良い機会だと思うんですよね。シルヴィア様が行おうとした学校の計画はゼギオン王国内のごたごたのせいでうまくいってない。実際、ジガ王国のドワーフやオーリュ大森林のエルフから催促が来ているのでは?」
「……変なところで鋭いですね、ラティアは」
先ほどまでのどこか茶化したクロエだったときのような反応から一変して、王族としての顔を見せたシルヴィアにラティアは肩をすくめて返す。
「2種族とも職人気質な人が多いですから、上を目指す方法があるとわかれば前のめりになっていたはずです。それが内輪もめで進んでいないなんてことになったら私だって怒りますし」
「たしかにそうですね。陛下も頭を悩ませておいでです。どうもフランク殿下は大局が見えない割に尻尾を隠すのがうまいようで」
「ふふっ、シルヴィア様も色々溜まってそうですね」
ピクリと目元を震わせながら皮肉を言うシルヴィアの姿に、ラティアが思わず笑みを浮かべる。
実際シルヴィアにかかる重圧は半端ないものだった。父とはいえほとんど交流のなかった国王陛下というこの国の最高権力者からは早く計画を進めるように言われ、それを盾に動こうとしても新しいメルローの領主には引き継ぎがまだ十分ではないとのらりくらりとかわされる。
それがただの虚言であればまた対応は違うのだが、シルヴィアがラティアの造った猫の人形などから得た情報を躊躇なく使い、メルローの腐っていた部分を一掃してしまったため引き継ぎがうまくいっていないというのも事実だった。
メルローは現在なんとか回っているというのが本当のところであり、それに加えて学校の事業を、というところまで手が回らなくなってしまったのだ。
もちろんシルヴィアもできうる限りのことはしている、冒険者ギルドや職人ギルド、商人ギルドなどと打ち合わせを重ね、基礎レベルを上げるための運用や学校の設計、素材の入手や生産物の販売などの大まかな方針も決まっていた。
しかしそれ以上のことはメルローの協力が必須であり、鬱々とした日々を過ごしていたのだ。
「せめて第1王子であらせられるエドマンド殿下の派閥の貴族がやってくればよかったのですが、現在メルローの領主についたベイジルは第2王子のフィリップ殿下の派閥の者なのです」
「なんというか王族って本当に面倒ですね。同じ国なんだから仲良くすればいいのに」
「私もそう思いますが、簡単にはいかないのが人なのですよ」
どこか諦めたかのようにシルヴィアがため息を吐く。
人形だからわからないでしょうが、と皮肉を言われたのかと思って小首を傾げるラティアに、いつの間にかシルヴィアの背後に回っていたクロエが苦笑いしながら小さく首を横に振ってそれを否定する。
どちらかというとシルヴィアは愚かなことしかできない、『人』というものに諦めのようなものができているのかな、とラティアは納得した。
「どちらにせよ今の状況って私にとっては都合が良いんですよね。複数の国が関与しようとする大きな事業があって、本当なら発案者が動くところなのにそれができていない。かといって別の国が引き継ぐと怨恨ができる可能性がある。腕の良い冒険者や職人が増えることは国力に直結しますしね」
「ああ、そういうことですか。つまり隙間を狙ってその事業を目的とした国を興してしまおうとラティアは考えているのですね」
「そういうことです。どの国にも属していませんから、皆平等に利益を享受できますし、なにより邪魔する者もいませんからね。私の本気の技術を見せつければ少なくともドワーフもエルフも話を聞いてくれるだろうという目算もあります」
自信満々に話すラティアの言葉を聞きながらシルヴィアはそれが可能かどうか検討する。
ただ国を興すと聞いたときは無理だとすぐに思ったが、たしかにラティアの言うとおり不平不満が溜まっている今の状況で、その事業を目的とした国を共同で興して無理やり事業を進めるということはできなくはない。
3国の共同管理下にある属国のような扱いになるだろうが、その方が平等性が保たれる可能性が高いのは確かだからだ。
むろん1番の利を受けるはずだったゼギオン王国内からの反発はあるだろうが、こんな状況にしてしまったのはゼギオン王国の責任だ。もしそんな展開になってしまったとしても文句を言うのはお門違いというやつだろう。
問題はその国の運営をどこの誰がするのかということで揉めそうなことだが、そこにもしラティアが名乗り出たらどうなるだろうか。
他を圧倒する強さ、そして追随すら許さない生産技術の高さ。常識がなく突拍子のないことをすることも少なくないが、それすら魅力にしてしまうほどの優れた容姿。
そしてこの周辺国で多大な影響力を持つオリハルコン級冒険者であるアルトゥールと旧知の仲という人脈。
ラティアの言うとおり、人間より寿命の遥かに長いドワーフやエルフは職人気質な者も多く、そういったものは自分たちよりも高い技術を持つ者に敬意を払う。
そんな状態でアルトゥールが一言口添えでもすれば……
「可能性がないとはいえない、ですね。問題は我が国ですか」
「そういうことです。だから協力してくれませんかって相談しているんです。最悪ゼギオン王国抜きで動くってこともできますけど、シルヴィア様にはお世話になりましたし」
その発言で、これはラティアなりの気遣いなのだとシルヴィアは気づく。
もうラティアの中で国を興すことは決定しているのだ。それに乗るかどうかを問いかけているだけであり、もしここでシルヴィアが拒否したとしてもあっさりとラティアは見切りをつけて動き始めるだろう。
その推測を確かめるため、シルヴィアはラティアに問いかける。
「戦争になる可能性もありますよ」
「わかっています。まあそのときは仕方ないので奥の手を使いますね。地形が変わるほどの攻撃を耐えきれる人がゼギオン王国にどれだけいるか知りませんけど頑張ってください」
「おい、ラティア。さすがに失礼だぞ!」
「いや、仮の話ですって。あっ、でももし本当に戦争になって冒険者として駆り出されそうになったらチェイスさんたちは絶対に逃げてくださいね。チェイスさんたちであれば亡命は受け入れますよ」
冗談めかして笑うラティアだったが、その声からはそれが純粋な事実であるということが察せられた。
もしゼギオン王国が相手であっても自分たちが勝つ、そうラティアは考えているのだ。
普通ならありえないと言い切れる馬鹿げた考えだ。強力な個の力は時に戦況を覆すが、国力の差が大きすぎる。奥の手があるといっても戦い続けることなど不可能だからだ。
しかしシルヴィアはラティアが人形であると知ってしまった。そして思い浮かべるのは身近な人形であるシャルルの姿。
シャルルは魔石の補充さえすれば疲れることなく、眠ることどころか休むことすらなく動き続けることができる。
現に今も街の情報や新しい領主の情報を収集するために、猫たちを指揮して休まずに動き続けていた。
そして先ほどラティアが言った空を飛ぶ人形に持たせたマジックバッグに入って移動したという言葉。それが本当なのであれば、王都を不意打ちすることも容易にできてしまう。
いつどこに現れるかわからず、しかも疲れもしないラティアを相手にすることなど人間にできるのだろうか? そんな思いがシルヴィアの中に生まれる。
ラティアの気まぐれでこの国は終わるかもしれない、そんな暗い考えがシルヴィアの頭にうずまく中で、ラティアが明るい調子で告げる。
「私は自由に生産がしたい。人形が造りたいだけなんです。シルヴィア様の後ろ盾でなんとかなるかなと思っていたんですけどダメだったので、国を興すことに決めました。ちょうどそれに適した仲間も見つかりましたし」
「私の力不足のせいで、ごめんなさい」
「謝る必要なんてないですよ。少なくともシルヴィア様は私に良くしてくれようと考えてくださっていたのはわかっていますし。変なことにこだわる人さえいなければこのままでもよかったんですけどね」
少し申し訳無さそうにしながらも、ラティアははっきりと決別の言葉を告げた。
シルヴィアとの関係性を庇護から対等へと引き上げたのだ。
それを理解したシルヴィアはクロエに視線をやり、そして無言のうちに意思を交わしてラティアに向き直る。
「わかりました。近日中に王都に帰り陛下の裁可を仰ぎます」
「よろしくお願いします」
真っすぐに見つめるシルヴィアの視線を、ラティアは正面から受け止めて微笑みを浮かべたのだった。
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