第14話 相談
「オマール共和国の冒険者総ギルド長をぶっ飛ばして屈服させたうえで告発して、シスルと地形が変わるほどの戦いをして、そのうえ帝国の第2皇子と取引してる? さすがラティア、想像をはるかに超えてくるな」
「いやーそれほどでも」
「褒めてねえんだよ! ちょっとは自重って言葉を覚えろ。それでこれまで散々面倒事に巻き込まれてきたんだろ!」
「いや、でもさ半分くらいは私のせいじゃないよ」
「半分は自分って自覚はあるんだろうが!」
全てを白状させられたラティアにチェイスがこんこんと説教を始める。
ラティアが話した内容は1つだけ見ても大事といっても過言ではないものばかりだ。それが少なくとも3つ、おそらくラティアは気づいていないが他にもいろいろやらかしているのだろうと容易に想像がつく状況にチェイスは頭を抱えそうになっていた。
「しかし民を助けるために立ち上がったということは褒められるべきことだと私は思う」
「ですよね、アシュリーさん。あれっ、そういえば侍の言葉は使わなくなっちゃたんですか?」
「ああ、いや。侍の生き様にそぐわぬ行為をした私が使うのははばかられてな」
「えー、そんなことないですって。それに武士道というは死ぬ事と見付けたり、って言葉があってですね、途中で間違ったとしても死にものぐるいで武士道を貫く者を侍と呼ぶんだと私は思いますよ。意味があっているかは知りませんけど」
「なんかもっともらしいことを言ったのに、本当は知らないのね」
したり顔で諭したのに、意味も知らずに言っていることをあっさりとバラしたラティアにルドミラが呆れた視線を向ける。
それに笑って返したラティアを眺めながら、アシュリーはラティアの言った『武士道というは死ぬ事と見付けたり』という言葉を小さく繰り返していた。
その正式な意味など、ラティアから聞き及んだ偏った知識しかないアシュリーにはわからない。しかし騎士として生きてきた彼女にはその言葉はどこか心に残るものがあった。
「感謝するでござる、ラティア殿。これから死にものぐるいで武士道を邁進していくでござる」
「うんうん。それがいいよ」
「なんというか大団円的な雰囲気を出しているところ悪いんだが、俺の説教はまだ終わってないからな」
「えー、しつこい男は嫌われるよ、チェイス」
「ルドミラはそんなことで嫌わねえよ」
「別にルドミラさんのことは言ってないんだけど。相変わらず仲がよろしいことで」
にやにやと笑いながらラティアがチェイスとルドミラを交互に見つめる。それに2人は少し顔を赤くして黙ってしまった。
その初々しい反応に懐かしさを覚えながら、今がチャンスと言わんばかりにラティアが手を挙げる。
「そういえばシルヴィア様に会うことってできる? ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「領主の館に滞在しているから事前に連絡しておけばできると思うぞ。今は領主が変わった関係で身動きが取れなくて時間があるようだからな」
「クロエ殿が嘆いていたでござるな。休養というのには少し長すぎると」
「それにしてもシルヴィア様にラティアが相談って珍しいわね。あっ、帝国の第2皇子の関係かしら?」
そんな予想をするルドミラに、ラティアは満面の笑みを向け、そして
「それもあるんですけど、ちょっと国を興すにはどうしたらいいか聞きたいんですよね」
常人には理解不能な言葉を発したのだった。
メルローにある領主の館は、堅牢な防壁に囲まれている。これは周辺にあるダンジョンからモンスターが溢れた場合に住民が避難することを想定しているからであり、当然そこを守る兵士や騎士の練度も高い。
ゼギオン王国内でも有数の実力を持っていると言っても過言ではない彼らではあるが、屋敷に向かうラティアたちが見かける者たちは20代前半に見える若い者ばかりだった。
そこに違和感を覚えたラティアが先を歩くチェイスに尋ねる。
「なんか若い子ばっかりじゃないですか? 取り調べのときとかおじさんが多かったんですけど」
「ああ、前領主に組みしていた奴らが処刑されたからな。シルヴィア殿下の調査でぼろぼろ余罪が出てきたし。冒険者でも何組かが除名になってる」
「へー、大変ですね」
発端のお前が他人事のように言うなよ、そんなセリフが口から出そうになったチェイスだったが、実際ラティアからしてみれば自分の預かり知らないところで知らない人間が処刑されただけなのだ。
まあそういう反応になるのも仕方ないか、とため息を吐いてチェイスはスルーしたが、内情をよく知るアシュリーや案内の兵士は複雑そうな顔をしていた。
屋敷に入ったラティアたちは案内を引き継いだメイドに従って歩き、2階の奥の部屋へと進んでいく。
堅牢な造りとなっている外観とは違い、きらびやかな内装に違和感を覚えながらラティアが歩いているとメイドがあるドアの前で止まり、それをノックした。
そして少しの誰何の後、その扉が内側に開かれる。
メイドに促されて中に入ったラティアたちを待っていたのは、扉を開けて控えるクロエと黒猫を膝の上に抱いたまま椅子に座るシルヴィアだった。
シルヴィアは黒猫を撫でていた手を止めてラティアを見つめるとにこりと笑みを浮かべる。
「無事戻ってきてくれてよかったよ、ラティア」
「シルヴィア様もお元気そうでなによりです」
そう再会の言葉を2人が交わしている間に、クロエが部屋の扉をしっかりと閉める。そしてその入り口付近に置かれていた魔道具のボタンを押して起動させる。
「もう大丈夫でございます。外に声が漏れることはございません」
「ありがとう、クロエ。それにしても本当に大変だったみたいだね。ルドミラから報告は聞いているけどラティアからも話してくれるかな?」
「わかりました」
ラティアが水晶によって飛ばされた後のことをしっかりと話していく。最初の頃は少し苦笑するような感じで聞いていたシルヴィアだったが、そのあまりに考えられない話が続くことにその目はどよんとし始め、口からは自然にため息が出てしまっていた。
「という感じでやっと戻ってこられたというわけです」
「うん、ルドミラが前に言ってた、ラティアを1人にしたらダメという言葉の意味がよくわかったよ。それで、1つ聞きたいんだけど、ラティアはどうやって帝都からここまで来たのかな?」
ラティアの話の内容は突拍子もないものだったが、嘘を言っているとはシルヴィアには思えなかった。しかしその中で1つだけ明らかに整合性のとれないものがあった。
それは帝都からメルローまでの旅程だ。
王族の教育として周辺国のことも学んでいたシルヴィアには、ラティアが水晶で飛ばされてからすぐにメルローに向かったとしてもたどり着けるはずがないとわかっていたのだ。
慌ててフォローの言葉を入れようとするチェイスたちをよそに、ラティアはあっさりとその理由を話す。
「マジックバッグに入ってホーク、あっ、私が造った鳥の人形に運んでもらいました」
「人はマジックバッグには入らないんだよ、ラティア」
「だって私、人形ですから。あれっ、シルヴィア様に教えてませんでしたっけ?」
「僕は聞いてないね。そこで気まずそうにしている3人は知っていたみたいだけど」
苦笑しながらシルヴィアが指を指した先では、チェイスたちがため息を吐いたり、天を仰いだりとおもいおもいの仕草をしていた。
これまで懸命に隠そうとしてきたことを本人があっさりとバラしてしまうのだからそんな反応になるのは仕方ないだろう。
「まあまあ、どっちにしろこれから話すことを考えたら私が人形ってことを伝えたほうが早いんですし、ほらっ、別の見方をすればシルヴィア様への信頼の証ってことになりません?」
「それはそうかもしれんが……」
「まあ話しちゃったものは仕方ないですし。で、さっそく相談なんですけど国ってどうやったら興せるかシルヴィア様って知ってます?」
ラティアに振り回されるチェイスたちの姿を笑いながら見ていたシルヴィアだったが、続いてかけられたその相談にその顔をひきつらせる。
声が聞こえなかったわけでは決してないのだが、シルヴィアの頭がその言葉を理解するには追いついていなかった。
「国を興す?」
「はい。私がオマール共和国で出会った機械人形のシスルなんですけど、彼女はルクレツィア王女に造られて仕えていた由緒あるメイドでして、彼女と約束したんですよ。亡くなったルクレツィア王女が静かに眠れる安住の地を見つけるって」
「それは理解できるけど、それがなんで国を興すことになるんだい?」
「いや、私自身色々と面倒なことに巻き込まれるので、シスルたちが国を興してくれるならそういうのから開放されるかな、と」
あまりにも個人的すぎる理由に、シルヴィアが困ったように眉を下げながら首を傾げる。
不可能だときっぱりと言うことも考えたが、ラティアが迷惑をこうむった原因が自分にもあることをわかっているシルヴィアは丁寧に説明をはじめた。
「国家の要件はいくつもある。政治体制の確立に法の整備、為政者とそこに住む民がいることなんかもそうだね。でもその中で最も重要なのは周辺各国から国として認められること、かな」
「ほうほう」
「極端なことを言ってしまえばどれだけ国の要件を満たそうとも、周辺の国々が認めなければそれはただの戯言に過ぎないんだ。最悪勝手に自分の国土を開拓したといって戦争をふっかけられたりするかもしれないし、そうでなくても脅されて適当な爵位を与えられて領土に組み込まれるんじゃないかな」
「うーん、そんな感じなんですね」
シルヴィアの話を聞いたラティアは考え始める。常人には無理だから諦めろと言わんばかりのシルヴィアの説明を聞いても、ラティアは全くそんなことは思わなかった。
それどころか、周辺の国々に認められれば国を興せるかもしれない、そんな風にラティアは捉えたのだ。
ニヤリとした笑みを浮かべるラティアの姿に、嫌な予感がチェイスたちの頭によぎる。それはたいていろくでもないことをラティアが思いついているときの表情だと彼らは知っていた。
「教えてくれてありがとうございます。シルヴィア様。それじゃあちょっと国を興してみようと思うんですが、シルヴィア様も協力してくれませんか?」
シルヴィアに手を差し出しながら、そう言ってラティアは笑ったのだった。
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