第15話 黒犬の実力
朝のピークの時間も過ぎて10時にはお客の姿もなくなり、2人は片付けも全て終えてしまった。
「そういえばお昼のお客さんはどんな感じ?」
「たぶん5、6人かな。そもそもお昼は食べる人が少ないし。うちはなんというか、ほら。料理が健康的だから」
「正直に作れる料理が少ないって言えばいいのに」
「ぐっ、結構ラティアは辛らつだね」
苦しそうな表情でカレンが胸を押さえる。その仕草はわざとだが、表情はカレンの心情を如実に表していた。
この世界の庶民の食事は基本的に朝と夕の2回のみで、昼にも食事をとるのは大工などの肉体労働系の仕事や、冒険者や兵士などといった戦いを仕事とする者ばかりだった。
だから食べる人が少ないというカレンの言い訳は間違っていない。ただそれだけが原因ではないと自分でもわかっていた。
なぜなら両親が店を切り盛りしていたときには、もっと客が来ていたことをカレン自身が覚えているのだから。
「で、カレンはこれからどうしたいの?」
「どう、とは?」
「現状維持で良いのか、それとも上を望むのか?」
「そりゃあ私だってもっと料理がうまくなりたいよ。お父さんのレシピ本の料理を全部作れるようになりたい。でもちゃんと作れるようになるまでの材料費を買う余裕は……」
顔をうつむかせ、そう言い淀むカレンの姿を眺めながらラティアが考えにふける。
ゲームのときはラティアが必要な材料をカレンに差し入れしておけば、勝手に料理が増えていった。
おそらくここでも材料を渡してあげれば、カレンは失敗しつつも料理を覚えていくのだろうと予想できるが、本当にそれが最良の道なのだろうかと。
なにせレシピの種類はかなりあり、それを全て覚えるのに1年以上かかったのをラティアが忘れるはずがなかった。
「カレンは少しでも早く料理を覚えたい?」
「そりゃそうだよ」
「どんな手を使っても?」
「どんな手って、違法なことじゃないよね? それならもちろん」
違法と聞かれて即座に首を横に振ったラティアを見て、カレンは迷いなく答えた。それを見てラティアは決断する。
カレンが世界一の料理人を目指すなどというのではなく、一刻も早くこの店に見合う料理人になりたいと思っているのなら、自分の好みに合わない手段を使ってもいいのではないかと。
「わかった。じゃあカレン、悪いけれど買い出しのついでに冒険者ギルドまで案内してくれない?」
「それは別に良いけど、本当に無理しないでよ。というか昨日ラティアは冒険者ギルドから来たんじゃなかったっけ?」
「まあ、いいからいいから」
強引に話を終わらせたラティアは、不審そうな目で見つめてくるカレンの背中を押して店を出る。
そしてカレンの案内を必死に頭に叩き込みながら、なんとか冒険者ギルドにたどり着いた。
「ありがとう。ちゃんと覚えたからたぶん大丈夫だと思う」
「えっ、結構簡単な道だと思うけど」
「それはカレンが地元民だからだよ、きっと」
「そうかなぁ」
少し首をひねりながらも、最後には「頑張って」と声をかけてカレンは戻っていった。ラティアも自分のやることをさっさと済ませてしまおうとギルドの中に入る。
冒険者ギルドは相変わらず閑散としており、2人組みの男の冒険者が依頼掲示板の前で何事かを話している以外に冒険者の姿はなかった。当然オミッドたちの姿もない。
ラティアは既に名前さえも忘れてしまっているが、彼らがいなくなっていることに少しだけ気分を良くしながらラティアに向けて微笑んでいるリリアンの窓口に向かった。
「こんにちは、ラティアさん。良い宿は見つかりましたか?」
「はい、宿ではありませんが拠点を借りる目処は立ちました。なので今度はお金を稼ごうかと」
「それはよかったですね。ちなみにどんな依頼をご希望でしょうか。やはり討伐系でしょうか。それでしたらあちらの掲示板に周辺のモンスターの買い取り目安がありますので参考になるかもしれません」
リリアンが示した先にあったのは、掲示板の横に設置されていた周辺のモンスターの名前がずらりと並んだ一覧表だ。
名前の横には買い取り目安となる金額が記載されているのだが、それはあくまで最低金額である。
その証拠に、一覧表に書かれたホーンラビットの目安は500エルであるのに対し、昨日ラティアは1100エルの報酬を得たのだから。
「あっ、それは昨日ちらっと見たので大丈夫なんですが、そこに載っていないモンスターのことを聞きたくて」
「そこに載っていないモンスターですか……まさか!?」
「はい、たぶん想像どおりドラゴンモールです」
「ドッ……」
驚きのあまり大きな声が出そうになったリリアンが、慌てて自分の口を手でふさぐ。幸いにも周囲の職員たちがあからさまに注目してくるようなことはなかった。
リリアンはその真っ白なウサギ耳をしんなりと垂れさせると、少し声を落として話しはじめる。
「無茶言わないでください。あれはチェイス様のような高ランクの冒険者になってやっと狩れる強力なモンスターですよ。いくら腕に覚えがあっても……」
「では今後の目標にしたいので教えてください」
「絶対に行くつもりですよね」
「そんな、まさか。偶然出会わなければ私も戦いません」
ニコリと天使のような笑みを浮かべるラティアの顔に、『嘘です』という言葉が書かれているのを幻視しながらリリアンはため息を吐く。
今ここで教えようが教えまいが、必ずラティアはドラゴンモールを倒しに行くと判断したのだ。
「平均10万エルだと考えておいてください。皮が最も高価で、ハズレは肉です。硬くてまずいので食用では使えず、肥料にするくらいしか使い道がないそうです」
「そうなんですね。参考になります」
「ラティアさん。くれぐれも、くれぐれも無茶はダメですよ」
「大丈夫ですって。今の大家さんにもそう言われてますから」
「そう言われかねない言動をラティアさんがしたということですね」
どこか圧の感じるリリアンの言葉に、ラティアは愛想笑いを返すとそそくさと冒険者ギルドから出ていく。
リリアンは小さくため息を吐き、いちおうこれはギルド長に知らせておこうと2階のギルド長室に向かって歩き出した。
冒険者ギルドを出たラティアは、大通りを道なりに歩いて迷うことなく門までたどり着く。
そして昨日対応してくれた門番に銀級の冒険者ギルド証を見せ、それに驚かれはしたが無事に街の外に出ることができた。
街の外の街道には相変わらず馬車の列が並んでおり、このルーフデンの街の盛況さを示している。
しかしラティアはそんなことを気にした風もなく昨日の記憶を頼りに土竜の源泉に向けて歩いていった。
見覚えのある畑を通り抜け、ホーンラビットが跳ねる草原地帯を越え、そしてついに赤茶けた不毛の大地がラティアの前に姿を現す。
その光景にわずかに息を吐いてラティアは胸を撫で下ろすと、土竜の源泉に直接向かうルートから少し東に外れた方向に向かって進み始めた。
滅多に人は来ないとは思うが、万が一にも面倒事にならないように人気の無い場所を選んだのだ。
少し奥まった場所までやってきたラティアは自分の身長ほどある大き目の石の上に座ると、黒犬の人形を取り出し糸と接続する。命を吹き込まれたかのように動き出した黒犬の人形は、ラティアの意思のとおり地面に降り立つとピョンピョンと跳ね始めた。
それをしばらく眺めていたラティアが、徐々に大きくなる音と振動に気づく。
次の瞬間、黒犬に向けて大きな口を開いたドラゴンモールが地面から飛び出してきた。
「おっ、きたきた」
ラティアは座ったまま糸を操り、黒犬の人形をジャンプさせて噛み付きをよけると、そのままドラゴンモールの鼻っ柱に蹴りを入れさせる。
10センチ程度の小さな体から繰り出されたとは思えない音を立てたその攻撃だったが、ドラゴンモールは怯んだもののまだまだ戦意を喪失してはいなかった。
追撃を行う黒犬の人形の打撃を身に受けながらもドラゴンモールは地面を掘って身を潜めてしまい、しかたなくラティアは黒犬の人形を再び跳ねさせて攻撃を誘う。
幾度かそんな攻防を繰り返し、なんとかラティアは1匹のドラゴンモールを仕留めることができた。
しかし目の前に広がる光景を見てラティアはため息を吐く。
「効率が悪いし、これじゃあダメだな」
酷使した黒犬の人形がボロボロになってしまっているのはしかたがないのだが、それ以上にまずいのは眼前に5匹のドラゴンモールが集まってしまっているからだった。
ラティアは傷だらけの黒犬の人形に「お疲れ様」と告げて丁寧に布に包んでしまうと、両手をドラゴンモールたちに向けて差し出した。
「やっぱりこっちの方が早そうだし、ちゃっちゃと片付けますか」
そしてラティアによる蹂躙が始まったのだった。
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