第27話 人形同士の戦い
シスルの持っている剣は手入れはされているものの、年代物でそこまで高品質といったものではない。
ただ……
「参ります」
そうラティアにひと声かけ、振るわれた剣はラティアでさえ避けるのがやっとという鋭さをもっていた。
それは力任せのものではなく、流れるように次の斬撃へと続いていく。まるでそういった型でもあるかのように。
「シスルは剣も使えるんだね。誰にならったの?」
「騎士団長にお教えいただきました。いつの日かルクレツィア様を守る日が来るかもしれないと」
「そっか。その剣もその人のものなんだね」
「ええ。騎士団長から託された王国騎士の誇りです」
いったん剣を振るうのを止め、愛おしいものを見つめるかのようにシスルが剣へ視線をやる。
その優しい眼差しは、その騎士団長がシスルにとってとても大切な人であったことを示していた。
きっとルクレツィアについていた護衛騎士のことだろうと頭の片隅で考えながら、ラティアはどうすればいいのか迷っていた。
はっきり言って状況は思わしくない。
ラティアがこれまで戦ったどの敵よりも、シスルは強い。それこそ格が違うと言ってもいいほどだ。
装備が充実しているおかげで、かろうじてスピードだけはラティアのほうが上だが、力、耐久性などすべての面でシスルが上回っていることをラティアは察していた。
糸を接続して能力を最大限に引き出せば一時的に圧倒することはできるかもしれないが、それで倒しきれるレベルの相手ではない。
これまで能力任せで戦ってきたラティアとは違い、しっかりとした戦いの訓練も受けている。
(剣をなんとかすれば……いや、思い出の品だし、なんか嫌な予感がするからなしだな)
武器を使えなくしてしまえばなんとかなるか、というぽっと浮かんできた思いつきを、ラティアは即座に否定する。
ラティアはシスルを倒したいというわけではないのだ。ただこれ以上ルクレツィアの思いに反する行動をシスルが取らないように止めたい、それだけだった。
思い出の品に何かあれば話し合うことすらできなくなってしまうだろう。
(エネルギー切れを待つ? 在庫は豊富にあるけど補充できるの? 機械人形はエネルギー効率がいいし、普通にしていたらこっちがマズイよね)
考えのまとまらないラティアに、シスルが再び剣を構えて「参ります」と声をかけて襲いかかる。
対人も想定されている騎士の剣筋は、戦いについて初心者とも言えるラティアにとって非常にやりにくいものだった。
いつものようにその攻撃の軌道をしっかりと視認することもできないため、大きく動いてなんとかそれを回避していく。
ダメージこそ受けてはいないが、どちらが大きくエネルギーを消耗しているかは明らかだった。
(これは無理。というかシスルって絶対にゲームのイベントボスでしょ! 普通に戦って1人で勝てる相手じゃない)
ラティアのその予想は正しい。シスルは、ゲームにおいてオマール共和国における開拓村から始まるイベントのボスだった。
まだプレイヤーもそこまでオマール共和国に到達しておらず、特に目ぼしいイベントもなかったこともあり人気のなかったそこで起こったシスルのイベントは、国に多大な被害をもたらした。
そこから復興イベントが始まったため、それこそが運営の狙いだったとも言えるのだが、そんな相手にラティア1人で戦って勝てるはずがない。
しかもゲーム時とは違い、シスルのメンテナンスをラティアが行っているのだ。それを考えればゲーム時の強さよりも現状のほうが上ということになる。
(メンテナンスしなければよかったかな。いや、でもあのときはこんなことになるなんて思わなかったし)
人形師であるラティアが、そのメンテナンスに手を抜くなんてことはありえない。素材が足らなかったため完璧とは言い難いものの、シスルの動きは明らかにスムーズになっていた。
そんなシスルに付け入る隙など……
(いや、ある!)
大きく後ろに飛び、ラティアがシスルとの距離を取る。シスルは無理に追おうとはせず、どっしりと剣を構えてラティアをじっと見つめていた。
シスルが少し困ったように首を傾げる。
「なぜラティア様は人を守ろうとするのでしょうか? そういう風に命令がされているという理解でよろしいですか?」
「私はなにも命令はされてないよ。それに私はすべての人を守ろうと思うほど善人じゃない。自分が大切な人が幸せになって欲しいとは思うけどね。そういう意味ではシスルも同じじゃない?」
「私の大切だった人たちはもういません」
「そっか。それは寂しいよね。でも私は少なくともシスルのことも大切な人だと思ってるよ」
そう言って微笑むと、ラティアは手から伸ばした聖龍のひげをシスルへと伸ばす。それを避けもせず、シスルは真っすぐにラティアに向かって突っ込んできた。
そしてそのままラティアにシスルは剣をふるい、ラティアはそれをなんとかかわす。先ほどまでとその様子は全く変わっていないように端からは見えたが……
「なにをしているんですか?」
「なにって、私にしかできない戦い方?」
「よくわかりません」
わずかに自分の手足に覚える違和感にシスルが問いかける。
特に強い衝撃や、体が傷つくようなものではなく、ちょっと引っ張られるだけような微妙な攻撃をシスルはラティアから受けていた。
行動に全く支障はなく、意味がないように見えるその行動の意味をシスルは理解できなかった。しかしラティアはどこか確信を得ているようにその攻撃をやめようとはしない。
「まあいいでしょう。私がすることは変わりません」
理解できないものへの考察を放棄し、シスルは再び剣を振るう。それを避けるラティアにはそれほど余裕がないようにみえるのに、その顔には笑みが浮かんでいた。
「こうやって騎士団長とも剣の訓練をしたの?」
「はい。騎士団長は素晴らしい剣の使い手でした。王国随一の使い手で騎士の中の騎士と呼ばれていたと聞いています」
「そっか。立派な人だったんだね」
「はい。ルクレツィア様も良くお話ししてくれました。義に熱く、民を守り、そして愛された最高の騎士だったと。そして……」
攻撃を続けていたシスルがその先を言い淀む。
どこか悲しげなその表情は、ラティアにはわからないがシスルにそう話して聞かせた在りし日のルクレツィアとそっくりだった。
そんな顔でルクレツィアは後悔するように呟いたのだ。
「私のせいで彼はこんな場所で一生を終えてしまった。彼なら他の生き方もきっとできただろうに」
そう言って涙を流した姿をシスルははっきりと覚えていた。
常人には目で追えないような速度で戦い続けながら、ラティアとシスルは話し続けていた。それは息もあがらず疲れも感じない人形だからこそできる戦い方であり、その中で2人はシスルの過去の思い出をいくつも話していた。
ルクレツィアの人形造りの手伝いをしたこと、メイド長に料理や掃除などを叩き込まれた日々、騎士団長に初めて一太刀を認められた瞬間のこと。
そして皆で素材を探しに森の奥へ探索に行き、見つけた花園で食事をした思い出を。
その全てがシスルにとって大切な思い出であり、その全てをシスルは明確に記憶していた。
シスルの心の中で、3人は生き続けているのだ。
「ねぇ、シスル」
「なんでしょうか?」
「もうやめない? 本当はシスルもルクレツィア様の思いに気づいているんでしょ」
「……」
シスルの思い出の中で語られるルクレツィアに、日記で書かれていたような民衆に対する深い憎悪の感情は全くなかった。
もちろんその気持ちが完全になくなったなんてことはないだろう。しかし年月を経ることによってその気持ちよりももっと大切なものができたのだとラティアには思えたのだ。
「シスル。もしかしてルクレツィア様はあなたにこう言ったんじゃない?」
少し寂しそうに笑うラティアの姿が、なぜかシスルには今際の際のルクレツィアと重なって見えた。
ベッドからも起き上がれなくなり、満足に食事もできずにやせ細った体でそんなふうに笑いながらルクレツィアは言ったのだ。
「私が死んだら、シスルには自由に生きてほしいの」
と。
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帰りが遅くなり、投稿が遅れて申し訳ありませんでした。




