第23話 密会
すみません。予約投稿の日付を間違えていました。
昨日投稿予定だったものです。
突然この世界にやってきて、知り合いすらいない状況でラティアがたまたま最初に出会ったのがチェイスだった。
お人好しのチェイスは、なにかにつけてラティアの世話を焼いてくれ、常識の違うラティアに冒険者としての常識やこの世界で生きる術を教えてくれた。
それは一朝一夕では返せないほどの大きな恩だ。
チェイスとしてはラティアからもらった装備品や水晶、ダンジョン探索の手伝いなどで十分だと思っていたとしても、ラティアとしてはまだまだという感覚だった。
「雨が降らなくてよかった」
そんな風に呟いたラティアがいるのは、教会の屋根の上だ。既に周囲は暗闇に包まれており、魔道具の街灯が通りを照らしている。
家々から漏れる灯りも段々とその数を減らしており、しばらくすれば街は眠りにつくだろう時間帯だった。
黒いマントを羽織ってその身を隠し、首から上だけを屋根から出したラティアは眼下の部屋の窓を見つめる。そこは現在カタリナが泊まっている教会の一室だった。
その扉は閉ざされているが、灯りが漏れているためまだカタリナは起きていることがわかる。
「さて、どうなるかなぁ」
ラティアが渡したホワイトオキニスのブレスレットの説明書には仕掛けがあった。
チェイスから教えてもらった仲間内でやりとりするための暗号をラティアはそこに仕込んだのだ。
カタリナとの接触がこれほど遅くなったのも、その暗号をいかに自然に文章に織り交ぜるか悩んだ結果、ずるずるとここまで伸びてしまったという経緯があった。
暗号としてはそこまで難しいものではない。1行目は前から1つ目の文字、2行目は後ろから2つ目の文字、3行目はまた前から3つ目の文字といったように、行数に応じて文章の前後からその行数分の文字を交互に抜き出していくというものだ。
それをチェイスから聞いたときは、へー、そんな簡単なものでいいんだ、くらいにしかラティアは思っていなかったのだが、実際に作ってみるとかなり難易度が高かった。
そうして苦労して作り上げた暗号の内容は『夜になったら窓を開けて』というシンプルなものだ。
説明書にはチェイスを連想させるデフォルメした黒犬と、カタリナをイメージした白犬を並べたイラストを片隅に添えておいたので、もし本当にチェイスの探しているカタリナであればラティアの暗号に気づくはずだった。
十中八九、カタリナは目的の人物であるとラティアも考えているが、暗号の指示通りに窓を開けてくれればそれは確実になる。
傾斜した屋根から頭を突き出したまま待つことおよそ1時間、ほとんどの街の明かりが消え、ラティアがおおよその時間でも決めておけばよかったかなと後悔し始めたころに変化があった。
カタリナの部屋の灯りが消えたのだ。
それを見たラティアはため息を吐く。
「うーん、今日は読まなかったのかな。とりあえず明日にでもわかりにくいところがなかったかさり気なく聞いて、読むように促してみるか」
今日窓が開かなかったとしても、それが説明書を読んでいないのか、暗号に気づかなかったのか、それとも本当は別人だったのかはわからない。
つまり明日もここに来なければならないのだ。
特に疲労するわけでもないが、なにもせずにじっとしている時間はとても長く感じられるため、そのことを思って再びため息を吐こうとしたラティアの目の前でカタリナの部屋の扉が静かに開く。
夜にカタリナが窓を空ける習慣がないことはラティアは確認済みである。
つまり、それはラティアの暗号が通じたという証拠だった。
嬉しそうに頬を緩めたラティアが聖龍のひげを操って体を宙に持ち上げるとゆっくりとカタリナの部屋の窓に近づいていく。
そして開いている窓から音もなくその身を中にすべりこませると、少し厚めの絨毯の上にブーツを下ろす。
「こんばんは。暗号に気づいてくれてよかったです」
「暗殺者みたいな登場をするんだね、ラティアは。それはラティアのスキル?」
「そうですね。私のメイン装備の『糸』の応用です。人形を操ったりするときに使うスキルなんであまり知られていないですけど」
部屋の対面のドアに近い位置にさりげなく杖を持って立つカタリナにラティアが正直に答える。
カタリナは表面上は微笑みを浮かべたままだが、ラティアが不用意な動きをすれば即座に逃げ出せるようにしている。
警戒されているなー、と察したラティアはとりあえず両手を上げてから話しかける。
「いちおう確認しておきたいんだけど、カタリナってチェイスの妹でいいんだよね?」
「っ! やっぱりラティアは兄さんを知ってるの!?」
「うん。すごくお世話になった恩人だよ。この国に飛ばされるまでは同じパーティで戦っていたし。その関係でカタリナの話も聞いた。ダンジョンで見つけた水晶が原因で、たぶんどこかに飛ばされたって話も」
「それはそうなんだけど……なんかラティア、ずいぶん兄さんと親密そうじゃない?」
チェイスの名を出したことで警戒感はだいぶ薄らいだものの、その代わりにどことなくじとっとした視線がラティアに向けられる。
うーん、ブラコンなのかな、などと余計なことを考えながらラティアは首を横に振った。
「仲間ではあるけどそれ以上の関係じゃないよ。だってチェイスにはルドミラさんがいるし」
「ミラも一緒なの? 私が消えたこと気にして落ち込んでたりしてなかった? ミラは変に責任感が強いから心配で」
「初めて会った頃はそんな感じもしたけど、最近はマシになってると思うよ。チェイスと男女の関係になったみたいだし、同棲してるし、その辺りのフォローはチェイスがしているんじゃないかな?」
最近のポワポワと幸せそうにしているルドミラのことを思い出しラティアが少し笑う。
のろけ話を聞かせてくるようなことはチェイスもルドミラもしてはこないが、それでもどこか張りつめた糸のような緊張感を感じさせる以前の様子とは雲泥の差だった。
例の水晶が見つかったおかげで進展があったということも要因かもしれないが、自分たちの将来にも2人の目がちゃんと向いているようにラティアには見えていた。
そんなときカランと床に何かがぶつかる音が響く。それはカタリナが持っていた杖が手から離れ、床に落ちた音だった。
そして次の瞬間、目にも止まらぬ速さで駆け出したカタリナがラティアの両肩をがしっと掴む。
「詳細、詳細を教えて、ラティア!」
「話す、話すから揺らすのはやめて」
がくがくとラティアの体を必死に揺らすカタリナに、ラティアは強制的に声を震わせられながら笑ったのだった。
「はぁ、あの奥手なミラと、鈍感な兄さんがあっさりくっつくなんてねぇ。私がどんなに突っついても進展しなかったのに」
ラティアからことの次第を聞いたカタリナが、ふぅ、と深い息を吐いて感慨深そうに呟く。その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「嬉しそうだね」
「2人とも大切な人だからね」
「でもなんでそんな大切な人のもとに帰ろうとしないの? 2人とも本当に心配していたよ。複雑な事情がありそうってのはなんとなく察せられるけど」
カタリナの着る白い法衣を指差したラティアに、カタリナが苦笑を浮かべながらうなずく。
「ラティアは私が転移したときの話を知っているんだっけ?」
「ううん。カタリナの名前にびっくりして、それを適当にごまかしたらミラグロスさんが勘違いして教えてくれた情報くらいしか知らない」
「あー、あれはやっぱりそういうことだったんだね。なんか変だと思っていたんだ。こっちのミラも案外そそっかしいんだよね」
その言葉に、そういえばどちらもミラだな、と改めて認識したラティアがくすっと笑う。
そんなラティアにカタリナは転移してからこれまでのことを語って聞かせる。
教会で行われていた夜のミサの最中に突如として現れたミラは、その場にいた人々から神の使いとして扱われた。
カタリナ自身もなにが起こったのかわからず、ただ自分に向けて祈りを捧げる大勢の人を眺めることしかできなかった。
即座に否定すればまた違ったのかもしれないが、教会の関係者に連れられて奥に消えた白い獣人の神の使いの話は、瞬く間に人々の間で噂になってしまったのだ。
「私が教会に事情の説明を終えたころにはもうどうしようもなくなっててね。まあ説明したのに、それは本当の姿を隠すための話だと考えるミラみたいな人も多かったし、どうしようもなかったのかもしれないけど」
人々の信仰心を重要視するモリアリン聖教国において、カタリナの存在は無視できないものになってしまっていた。
なにせカタリナを一目見ようと次の日には人々が仕事を放りだして教会に押し寄せたのだから、それは誰の目にも明らかだ。
教会は事態の収拾をはかり、それを有効利用するために、カタリナを聖女見習いとした。
そこにカタリナの自由意志はなく、手紙を送ることさえできないほどの厳重な管理体制下でカタリナは過ごしてきた。
危篤状態にある現在の聖女が亡くなり、次の聖女が決まるまででいいという約束を信じて。
お読みいただきありがとうございます。




