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人形師さんは造りたい ~最高傑作の人形になった私は異世界でも人形を造ります~  作者: ジルコ
第5章 人形師さん、遠くに行く

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第13話 シスルの整備

 フェデリカの依頼を、早く帰るために受けることにしたラティアは翌朝早くに開拓村を出ると塔に向かった。

 行商人のブルーノが明日の朝に村を出発するのに便乗させてもらう予定であるため、この開拓村で残された時間は少なかった。


 ラティアは知らないことであるが、行商人が到着した当日は旅の疲れを癒やしてもらうために簡単な歓迎の食事を用意してすぐに休んでもらうものである。

 しかし思う存分必要なものを購入できると村人皆が期待し、そしてそれにブルーノが押し切られる形で昨日から売買が始まったというのが真相だった。

 相談形式の時間のかかる買い物になっているため今日もそれは続くのだが、さすがにブルーノが運んできた商品にも限りがあるため今日中には終わる予定である。


 森を飛び越えて塔にやってきたラティアは、まるで我が家のようにノックもなくその扉を開ける。そして床を掃除する円筒状の機械人形が元気に動いていることに笑みを浮かべると最上階に向けて階段を上がっていった。

 途中の階層でもこれまでラティアが直した機械人形たちが清掃や生産素材の下処理などに勤しんでいる。見た限りでは新たに故障した機械人形はなさそうだった。


「やっぱり時間経過とともに故障する確率が上がっていくのかな。待機時間が長かった警備系の故障がほぼなかったことを考えると稼働時間のほうが正しいか」


 そんな推察をしながらラティアが最上階までたどり着く。そして中で眠りにつくルクレツィアへの敬意として木製のドアをノックすると、その扉が開かれる。


「いらっしゃいませ、ラティア様。今日はいつもより早いのですね」

「おはよう、シスル。ちょっと開拓村に人が来てね。その依頼で村を離れないといけなくなったから、先にシスルだけでも修理しておこうと思って」

「そうなのですか。それではよろしくお願いいたします。ご主人様、しばしの間おそばを離れます」


 ルクレツィアの眠るベッドに向けてそう告げたシスルは、ラティアの後に続いて階段を降りる。

 そしてすぐ下の階の整備フロアの中央にある金属の作業台の上で着込んでいた赤いメイド服を脱いで横になると、目を閉じ休眠状態に移行した。

 一糸まとわぬ姿で、起動まで時間のかかる休眠状態に入ったシスルは無防備極まりない。もしラティアに悪意があれば、たやすく破壊することさえできただろう。もちろんそんなことはありえないが。


 これまでラティアが他の機械人形たちを修理する手際を観察し続けていたシスルは、ラティアの腕がルクレツィア以上であることを察していた。

 そしてそれでもあえてルクレツィアの面影の残る修理にこだわる様に、シスルはラティアのことを完全に信頼していたのだ。


 ラティアはその美しかったはずの裸体をじっくりと眺める。顔の半分だけでなく駆動部に近い部分を覆う素材のほとんどがはがれその機械の体をのぞかせていた。


「研究書のとおり顔だけじゃなくってやっぱり全身ミスリルかぁ。そうなると部品の交換はまた今度にするしかないね。とりあえず分解整備して交換したほうがいい部品をピックアップ、あとは外装の修復までかな」


 頭の中の考えを口に出して予定を再確認し、ラティアがさっそく修理にとりかかる。

 シスルの全身は全てミスリルによって造られていた。もちろんラティアもミスリルを扱うことはできるのだが、残念ながら手元にあるわずかなミスリルではシスルを全面的に修理するには足らなかった。

 塔に残されていた在庫もなかったことから、ルクレツィアが全てをかけて造ったのがシスルなのだろうとラティアは予想していた。


 劣化が進み耐久性のない皮膚をラティアは丁寧に剥がしていく。

 そして丁寧に造り込まれたことがわかる白銀に輝くシスルのボディに少しだけ笑みを浮かべると、ふぅ、と息を吐いて天井を見上げる。


「あなたの最高傑作の整備、しっかりやり遂げてみせます」


 尊敬すべき人形師に壁越しにそう伝え、ラティアは真剣な表情でシスルの分解整備を始めたのだった。


 およそ10時間程度、ラティアはぶっ続けでシスルの整備をし続けた。

 これまでの機械人形たちの整備とは難易度が明らかに違い、研究書の記述を参考に慎重に整備をしたため時間がかかってしまったのだ。

 とはいえ本だけでなく実際にシスルという素晴らしい機械人形の整備を行ったことで、ラティアの機械人形に対する理解度はかなり上がっていた。

 次に整備を行うならば半分以下の時間で済むだろうとわかるほどに。


「シスル、起きて」


 ラティアの呼びかけにシスルがゆっくりと目を開く。しばらくしてぼんやりしていた瞳の焦点があい、2つの瞳がラティアを見つめた。


「どう? どこかおかしい場所とかない? パーツは交換できなかったけど、整備したから多少は動きやすくなっていると思うけど」

「そう、ですね」


 身を起こしたシスルが確かめるように全身を動かし始める。朽ちてボロボロだったその皮膚はラティアによってその張りと美しさを取り戻しており、その滑らかな動きは人間と遜色なかった。

 ひととおりの確認を終えたシスルが、ラティアに笑みを浮かべて頭を下げる。


「ありがとうございます、ラティア様。とても動きやすくなりました」

「それはよかった。でも色々なところがやっぱり摩耗していたから、ミスリルの用意ができたらパーツも交換しようね。それまでは無理をしないこと」

「はい。承知いたしました」


 メッと指を差して忠告したラティアに、シスルはほほえみながら頷いた。

 機械人形であるからには故障のリスクが0になるわけではない。しかし整備しないまま長時間経ってしまっていた元の状態に比べれば、現在のシスルの体は格段に良くなっている。

 普通に塔で暮らすぶんには問題など起きないだろう。

 それをラティアもわかっているので、すぐにその顔を冗談めかしたものに変える。そして窓の外に見える景色が赤くなりかかっているのに気づいた。


「あっ、もうこんな時間だね。じゃあちょっと出かけてくるからしばらく待っていて。帰ってくるときはこの子に持たせたマジックバッグに入っているから取り出してね」


 マジックバッグから鷹の人形を取り出しながら、そう説明したラティアに、特に驚く様子もなくシスルはただうなずいた。

 人形であるラティアなら自分と同様にマジックバッグに入れることができるとシスルは理解していたのだ。

 2人はそのまま階段を下り、塔の1階の扉をラティアが開ける。


「お帰りをお待ちしています」

「うん、ルクレツィアさんにもよろしくって言っておいて」

「はい、必ず」

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 手を振り去っていくラティアの後ろ姿をシスルはずっと見送っていた。その姿はまるで、出かける主を見送るメイドのようでもあった。


 いつもどおり5本の木の伐採と、近寄ってきたファーリーベア3体を倒してラティアは開拓村に戻る。

 シスルたちの回収は鷹の人形を使ってこっそりと行う予定なので、ラティアが開拓村に戻ることはもうないだろう。


 1か月という短い期間ではあるものの、この村の生活は悪くなかったななどと考えながらラティアが歩いていると対面からフェデリカが歩いてくるのが見えた。

 その背に身を隠すほどの大盾を背負い、ところどころミスリルで強化された鋼鉄の軽鎧を装備した姿は歴戦の猛者を思わせる。


「あれっ、フェデリカさんも戦いに行ったんですか?」

「ああ。話に聞いてどの程度ファーリーベアが出るか確かめておいたほうがいいと思ってね」

「どう思います?」

「異常だね。こんな場所に村があってこれまで無事だったのは奇跡としか言いようがないよ」


 フェデリカはそう言うと疲れたようにため息を吐く。しかしその体には一片の傷さえ残されていない。

 それはフェデリカにとってファーリーベアはその程度の存在であるという証拠だった。


「私も森の奥を調査していたんですけど、やっぱり数が多いですね。下手に刺激しないほうがいいと思って基本的には回避してきましたけど」

「熊系のモンスターはなわばり意識が強い。この村はぎりぎりその範囲外なのかもしれないな」

「かもしれませんね」


 腕を組んで考え始めたフェデリカの盛り上がる胸をラティアが眺めていると、見つめられていたフェデリカの視線がラティアの肩に向く。


「で、そいつはどうしたんだい?」

「ああ、この子はホークです。森で仲良くなりました。ここを離れることになるからお別れに行ったんですけど着いてくるらしいです」

「あんた、テイマーのスキルもあるのかい?」

「いや、どうなんでしょう。まあ空から警戒してくれるみたいなのでいいんじゃないですか?」


 そのラティアの言葉を理解したように、ホークは空へと飛び立つとぐるぐると上空を旋回し始めた。

 フェデリカはしばらくそれを見上げたまま観察していたが、はぁ、と息を吐いて視線をラティアに戻す。


「ブルーノの行商も終わったそうだ。予定通り明日の朝出発するよ」

「わかりました。ではまた明日」

「ああ」


 そう言って去っていくラティアの後ろ姿をフェデリカが見つめる。

 フェデリカ1人では森の奥にはとてもではないが進めなかった。問題なくファーリーベアを倒すことはできるのだ。

 しかしそれはあくまで1対1の場合であり、森の中で囲まれる危険性を考えると、奥まで足を踏み入れることなどフェデリカにはできなかった。


「金級どころの強さじゃないね。軍に取り込めるものなら取り込みたいところだが、さすがに強制もできないし、依頼を受けてくれただけで儲けものと考えるしかないね」


 そう呟いたフェデリカはラティアが去っていった反対方向にある自分の泊まっている家に向かって歩き出す。

 明日からしばらく旅が続くのだ。街道沿いは比較的安全とはいえ、モンスターが全く出ないわけでもない。

 体調を整えるのも軍人としては当然のことなのだが……


「もしかしたら必要ないかもしれないけどね」


 そんな予感が正しいことを、フェデリカは翌日からのラティアとの旅で十分すぎるほど知ることになるのだった。

お読みいただきありがとうございました。


またまた遅れてしまい申し訳ありません。

明日はたぶん大丈夫なはずですが、年度末は忙しくて嫌ですね。

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R07.2.19 新作の投稿を始めました。非常口のピクトグラムが異世界で冒険する物語です。意味がよくわからない人は一度読んでみてください。

「ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜」
https://ncode.syosetu.com/n7120js/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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