第13話 本当の価値
「ダメ、ですか。そうですよね、こんなに寂れてボロボロな場所じゃあ……」
「違うよ」
瞳を潤ませるカレンにラティアはあっけらかんと笑ってみせる。その思わぬ反応に驚くカレンにラティアはくるくると黒犬を机の上で躍らせながら語りかけた。
「カレン。私はね、価値ある物には正当な対価を払いたいの。私は職人として、対価に見合った仕事をしてきたつもり。自分の腕は安売りしない、相手にも損はさせない。それが私の流儀なの」
「でも、それは」
「じゃあこのお店や建物はカレンにとってその程度の価値しかないということね。それなら……」
「違います!! このお店は、お父さんとお母さんが残してくれたこのお店はその程度なんかじゃない!」
店中にビリビリと響き渡るような大きな声をあげ、カレンが怒りの表情でラティアをにらみつける。
それを平然とした顔で受け入れたラティアは黒犬の人形との接続を切ると、その両手をカレンに向けて差し出し少し強引にその頭を抱き寄せた。
「ごめんね、カレン。あなたが大切な物を忘れてしまっているように見えたから、わざとこんな言い方をしてしまったの。あなたはご両親に愛されていたのね。そしてあなたも2人を愛していた。だからこの大切な場所を守ってきたんでしょう。これまで、良く頑張ったわね」
「う、うっ」
ラティアの胸の中に抱かれたカレンの耳に、慈愛に満ちたその声が届き心の奥底までに広がっていく。
これまで自分では言葉に出来なかったことを、認めて欲しかったことを全て内包しているかのような優しい声に、心の底に残っていたドロドロとした感情が薄まり、その奥にあった氷が溶けていくのをカレンは感じていた。
そして溶け出したそれらは、その両目から綺麗な涙となって頬を伝っていき、ラティアの胸元にぽつりぽつりとしみを作っていったのだった。
10分程度だろうか。胸の中でなくカレンを抱きながら、ラティアは少し自己嫌悪に陥っていた。
カレンを泣かせてしまったということについてもなのだが、その大部分は自分がずるをしてしまったのではないかという後ろめたさのせいだ。
ゲーム内でカレンから借りた工房にはいくつかの段階があった。最初の工房を借りる契約から始まり、設備の拡張やカレンに頼める仕事範囲といった面で段々と便利になっていくのだ。
その途中で徐々にカレンの生い立ちや、今の状況などについて情報を得て、それを解決することで進行していくという流れだった。
しかしラティアは今回それをすっとばした。ゴールから導き出される最良と思われる言葉を選び、それを伝えられるような流れにカレンを乗せた。
むろんその気持ちに嘘はないのだが、それでもラティアは後ろめたさを感じずにはいられなかった。
ぐずぐずと泣き、揺れていたカレンの背中も落ち着きをみせはじめたことに気づき、ラティアは気持ちを切り替える。
もしかしたらもっと時間をかければカレンにとって少ないショックで済んだかもしれない。しかしそれは苦しい時間を長引かせることにもなるのだ。どちらがいいとも神ならぬラティアにはわからない。
ならばこの選択こそが最良だったと考えて進もう。そうラティアは踏ん切りをつけた。
「すみませんでした。服を汚してしまって」
そう言ってラティアの胸から抜け出したカレンの目は赤く腫れており、頬や口周りなどはべしょべしょで酷いものだった。
しかしその顔はどこかすっきりとしており、先ほどまでのどこか思いつめた表情よりも何倍も綺麗に見えた。
カレンはカウンターから取り出した布巾をラティアに一枚渡し、もう一枚で自分の顔をごしごしと拭う。
その荒々しい使いっぷりに苦笑いしながら、ラティアも自分の胸元をさっと拭うとその布巾を丁寧に折りたたんだ。
「もういいんですか?」
「特殊な素材の服だから。ほら、汚れてないでしょ」
胸元を隠す白シャツを見せ付けるようにラティアが胸を張る。確かにそこにはしみ一つ残っていない。しかしカレンが気になってしまったのはそこではなかった。
すべすべした白い肌と、わずかに見える胸の谷間に否応なくカレンの目は引き寄せられた。そして自身の体と見比べ、希望にすがるかのような表情で問いかける。
「ちなみにラティアさんっておいくつですか?」
「えっ、15歳だったかな?」
「なんで疑問系なんですか。でも1歳差、1歳差かぁ。うーん」
なんのことについてカレンが悩んでいるのか気づきつつも、ラティアは何も言わずに微笑んでいた。それだけの余裕がカレンにできたという証明といえたからだ。
しばらくそうしていたカレンだったが、ラティアの視線に気づいて正気を取り戻す。
「ごめんなさい。それでラティアさんは工房を借りたいということでいいんですよね?」
「そうですね。おいくらでしょうか?」
「25万エルでいかがでしょうか。その代わり朝、夕の食事はつけますし、水浴びも自由にしてくださって構いません。私と一緒でよければ洗濯もさせていただきます」
どうですか? と上目づかいで聞いてくるカレンにラティアはにっこりと微笑むと、右手を差し出す。
それを見たカレンは花が咲いたような笑顔を浮かべると、両手でその手を握り締めたのだった。
話もまとまり、さっそくということで工房に案内されたラティアは想像以上にひどい惨状に苦笑いを浮かべていた。
ここはカレンの祖母が服飾の工房として使用していた場所であり、その祖母が亡くなって以降はカフェの物置代わりにしか使われていなかった。
父母がいたころはまだ定期的に掃除されていたのだが、カレンだけになってしまってからは一度も手が入っておらず、それは厚く積もった埃を見ればよくわかる。
「ごめんなさい。私もここまでひどいとは。ちゃんとお片づけは手伝いますので」
「いいの、いいの。服が汚れそうだし今日のところはやめておくわ。それよりお店はいいの?」
「えっと、恥ずかしながら夕方にお客さんが来ることはほとんどなくてですね」
もじもじと恥ずかしそうにカレンがエプロンを掴む。
はっきり言ってここ最近はお昼を過ぎてから客が来ることなどほとんどなかったのだ。それでも開店し続けていたのはカレンのこれまでどおり店を続けたいという意地にほかならなかった。
少し気まずくなりそうな空気を察したラティアは、パンと手を叩く。
「じゃあせっかくだし少し契約について話しましょ。私もカレンに伝えないといけないことがあったし」
「わかりました。そういえばさっきからちょっと引っかかっていたんですけど、私ってラティアさんに名乗りましたっけ?」
「えっ、う、うん。もちろん。私が名前を教えたら教えてくれたじゃない。泣いたせいで記憶が混乱しちゃったんじゃない? それより、せっかく歳も近いんだからラティアでいいよ。私はもうカレンって呼んじゃってるし、言葉遣いも気にしなくていいから」
「わかった。ありがとう、ラティア」
カフェに向けて先を歩きながらラティアはなんとか固まった表情をほぐそうと努力していた。ラティアの記憶では、カレンは名乗っていない。つい自分がいつもの癖でカレンと呼んでしまっただけだった。
後ろで嬉しそうにラティアの名前を呟くカレンの声を聞きながら、どうか気がつきませんようにとラティアは自分をここに連れてきてくれた存在に向けて祈りを捧げていた。
カフェのいつものカウンター席にラティアが腰をおろすと、カレンは「ちょっと待ってて」と言い残して奥の厨房に入っていった。
そしてほどなくして戻ってきたカレンは楕円形のパンに肉としおれた葉野菜を挟んだものと、薄茶色の透き通ったスープをラティアの前に置く。
「約束の夕食ね。こんな簡単なものしか作れないけど」
「ううん、十分だよ。いただきます」
「それってラティアの地域のお祈り? ずいぶん短いんだね」
「時間は貴重だからね」
「それもそっか。じゃあ私も真似して、いただきます」
カレンが見よう見まねで両手を合わせ、ニコリと笑って食事を始める。そんな姿に笑みを誘われながら、ラティアは少し考えていた。
自動人形である自分は食事を食べることができるのだろうか。食べられるとして果たして味などは感じられるのであろうかと。
自動人形は動くにつれてエネルギーを消費していく。その補給方法はいくつかあり、使用している人形師の魔力供給、モンスターから採取できる魔石の吸収、そして食事による摂取が主な方法だった。
人形が食事をするというのはラティアの常識からすれば外れているのだが、ここでそれは通じないだろうことも理解していた。
ふと視線を感じ、ラティアが顔を上げる。そこには不安そうにしながら自分を見つめるカレンがいた。
「あの、食べられなさそうなら残してもいいよ」
「ううん、ちょっと考えごとをしていただけだよ。ごめんね、不安にさせて」
ラティアはそう謝ると、両手で持ったパンにぱくりと噛み付いた。そしてもそもそと口を動かしていく。
「ど、どうかな?」
「うん、塩味だね」
「いや、うん。そうなんだけどさ。聞きたいのはそういうことじゃなくって……まあいいや」
乾いた固いパンにきつい塩の効いた肉、そしてほんのちょっとの酸味を感じる野菜を一緒に食べているだけなので味の感想など塩味でしかないのだ。
しかしそれでも、食事の味が感じられたことにラティアは内心喜びながら淡々と食事を続けていった。
しばらくして、ラティアが健康に良さそうなほんのわずかに甘みが感じられるオニオンスープに手を付け出したころ、思い出したようにカレンが話を振った。
「そういえば、さっきラティアって私に何か話があるって言ってなかった?」
「あっ、そういえば」
手に持っていたスプーンを置き、ラティアがカレンに視線を向ける。カレンもすでにパンは完食しており、今は残ったスープを飲み干そうとしているところだった。
「たいした問題じゃないんだけど、私、今お金持ってないんだ」
「プー!!」
驚いたカレンが霧吹きのように吐き出したオニオンスープを、ラティアは冷静にカウンターに隠れて完全に避けて見せた。
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