第23話 思わぬ横槍
昨日のことはとりあえずこれでいいか、と思考を切り替えたラティアに、こほんと小さく咳払いしたシルヴィアが改めて向き直る。
そしてこれからが本題、と言わんばかりの硬い表情でシルヴィアが口を開いた。
「実はですね、ラティアから提案された冒険者や職人を育てる学校のことが少し想定外の方向に進んでいまして……」
「というと?」
「ラティアもそうだと思うのですが、最初から大規模に進めるのではなく様子を見ながら徐々に裾野を広げていくことを私は考えていたのです。そのほうがノウハウを積み重ねることができますし、評判が広がれば応募者も次第に増えていくので、それまでに体制を整えようと」
シルヴィアの考えにラティアもうなずいて返す。
たとえシルヴィアの声がけによって1度に大勢の人が集まったとしても、最初にモンスターを倒して基礎レベルを上げてから生産などのスキルレベルを上げていくというラティアの方法では運用に無理が生じる。
レベルの低い者に強力なモンスターを安全に倒させるという芸当のできる者が限られているからだ。
その学校の運用がうまくいって人材が育ってくれば、そのうちラティアの手からは離れるだろうが、現状で言えば確実にそれを成すことができ、かつ協力してくれそうなのはラティアの他にはチェイスたちくらいしかいなかった。
つまり人手が全く足りないのだ。
それも含めてシルヴィアは考えてくれていたんだろうとラティアは理解したのだが、言い淀むその姿は嫌な予感を感じさせるには十分だった。
「さすがに王族として動こうとしていますから、勝手にすることもできず、まずはこういう風にしたいと提案をしたわけです。根回しもしておきましたし、問題なく通るはずだったのですが」
そこで言葉を止め、シルヴィアががっくりと肩を落とす。ドレス姿で外見はかなり違うが、その所作はクロエとして活動していたときのそれをラティアに思い出させた。
「たまたま現在、ジガ王国の王族がここに来ておりまして、誰かが耳に入れたようなのです」
「ということはその王族がなにか言ってきたと」
「はい。もしそれが本当なら協力をするので自分たちも参加したいと。ただその前に効果を確認したいと申し出がありました。ジガ王国はドワーフの国で、我が国にとって非常に重要な友好国です。その提案を断ることはできません」
「ドワーフですか」
計画が狂いそうであるのにもかかわらず、ラティアは苛立つ様子もなくそれだけを呟いた。それはドワーフという種族に対するラティアの好感情があったからだ。
ドワーフはエルフと同じ半妖精に属する種族であり、背が低く頑強な体躯を持ち、それに見合わぬ器用さを備えている。一般的なイメージと違わず、鍛冶などの生産分野においてその才をいかんなく発揮しており、一流の冒険者がつける装備でダンジョン産でないものは全てドワーフの手がなにかしら入っているといわれるほどだった。
実際ラティアもゲームを始める際に選べる種族としてドワーフがあり、人間にするかドワーフにするかかなり悩んだのだ。
体型が大きく変わってしまうことが人形造りに与える影響を考えて結局人間を選んだのだが、ドワーフのみの特典などもありそれをうらやましく思ったことは1度や2度ではなかった。
加えて言えば現在ラティアが装備している武器や防具などの半数は、交友のあった一流の生産職のドワーフプレイヤーに依頼して作ってもらった物である。
そういった経緯もあり、ラティアにとってドワーフは非常に親近感のわく存在となっていた。
「つまりお試しに来た人をしっかりと育てればいいわけですね。ドワーフが本格的に協力してくれるなら生産系の指導を任せられる人材を派遣してくれそうだし、生産施設のグレードも期待できそうです」
この学校を構想するにあたって、最も重要なのは人材と環境だ。
まだ冒険者はメルローという場所がらダンジョンという環境、教える人材ともになんとかなるとは思っていたが、生産職に関してはしばらくは施設も含めてラティアがなんとかするしかないかと諦めていたのだ。
もし本当にドワーフが協力してくれるのであればこれらの問題も早期に解決できるかもしれない。
そんな風に考え、どこか嬉しげにも見えるラティアとは対照的に、シルヴィアの表情は硬いままだった。
「ジガ王国が噛んでくるとわかった以上、失敗は許されません。私も現地で陣頭指揮をとるようにと王命が下されましたのでメルローに向かいます」
「シルヴィア殿下もですか。本当に大ごとなんですね」
「はい、下手をすれば冗談ではなく本当に私の首が飛びますから」
「なんか王族って意外とブラックなんですね」
王族といえばもっときらびやかな世界を想像していたラティアにとって、どこか追い詰められたような顔をするシルヴィアの姿は哀れに思えた。
そんな顔をしてほしくて発案したわけじゃないんだけどな、という思いがラティアの中にうずまくが、もうこれを止めることはできそうになかった。
「急ですが、明後日商人ギルドの航空便でメルローに行きます。そこにラティアも護衛として同乗してもらいます。それならフランク殿下も邪魔はできませんから。まあ厄介者がいなくなるからそもそも邪魔をしないかもしれませんけれど」
「シルヴィア殿下……」
どこか皮肉げにそういったシルヴィアに、クロエが圧を感じる声で名を呼びそれ以上の発言を制する。
不用意な発言がなにを引き起こすのか、クロエはこれまでメイドとして王城で勤めてきた経験から十分すぎるほどそれを知っていた。
それをシルヴィアもよく知っている。しかしそれでも肩をすくめて皮肉げな笑みを止めなかった。
「じゃあとりあえず私は帰って襲撃者からもらったマジックバッグを提出して、明後日までに旅の準備を進めておけばいいんですね?」
「そうですね。お願いできますか?」
「わかりました。じゃあお試しでやってくるドワーフの人が使う素材とかも集めておきます」
「助かります。クロエ、ラティアと一緒に宿まで行ってマジックバッグを受け取ってきて。私はその間に王城で色々と手続きをしておきます」
「承知いたしました」
シルヴィアの指示にクロエが頭を下げ、そしてラティアに向かって近づいてくる。
その背後で考えにふけるシルヴィアの表情は、いつものどこか気楽な姿が嘘であるかのようだった。
ラティアは少しだけ顔をしかめ、そしてふと浮かんできた考えに笑みを浮かべる。
「そうだクロエ様。メルローに行ったらまずは体験してみましょう。そのほうが実感もできますし、改善点もよくわかると思いますから」
「えっ?」
「レベルが上がると色々と恩恵がありますし。今なら私もルドミラさんもいるからクロエ様も安心ですよね。とりあえず冒険者と生産者の両方を体験してもらうことを考えて素材も集めなきゃですね。じゃあそれを楽しみに頑張りましょう」
そう言ってラティアはにこっと笑ってみせた。
その美しい姿にシルヴィアはしばらく見とれ、そしてそれがラティアなりの気遣いなのだと気づいてくすくすと笑った。
「そうだね、僕も楽しみにしているよ。ここから出れば自由に振る舞えそうだし」
「その意気です」
いつもの調子を取り戻してははっ、と笑うシルヴィアに、ラティアがぐっと握りこぶしを見せてうなずく。
「シルヴィア殿下、ラティア様。あまり冗談が過ぎますと、ろくな目にあわないかと存じますが」
「おお怖い。さてクロエの堪忍袋が切れないうちに動き始めよう。じゃあね、ラティア。また」
「はい、また明後日に」
ふっと微笑みを浮かべシルヴィアは屋敷の中に入っていった。それを見送ったラティアはクロエとともにやってきた道を戻っていく。
しばらくの間沈黙が続いたが、ぽつりと漏らすようなクロエの声がラティアの耳に届いた。
「ありがとうございます、ラティア様」
「ううん。シルヴィア殿下にはお世話になっているし、これからもなるつもりだから。だから幸せになってほしいんだよね」
「私も同じ気持ちでございます」
「そっか。私たち似た者同士かもね」
「それはありえません」
あっさりと否定されたラティアが思わず足を止める。それがわかっていたかのように隣で止まるクロエを見つめ、この人常識があるように見えて結構変な人だとラティアは認識を新たにしたのだった。




