第19話 嵌める者
クロエとの用事を済ませたあと、2日かけて王都に集まった素材などを買い集めたラティアは、わざわざ商人ギルドに行って航空便の予約をしようとし、案の定断られたことににこやかな笑みを浮かべながらその場を去った。
特に必要はない気がしたが、多少はフランクへの嫌がらせになるかなと考えたラティアの思いつきである。
「絶対に変なことはしないこと。わかったわね?」
「大丈夫ですって。私もすぐに帰りますし」
商人ギルドの前でしつこく注意してくるルドミラに苦笑しながら、ラティアは今から航空便に乗って帰っていくルドミラを見送る。
にこやかに笑うラティアとは違い、ルドミラは本当に大丈夫なのかと不安げな視線を向けたままだった。しかし時間がきたため、ルドミラは後ろ髪をひかれながらもその場を後にする。
やがてフロートフィッシュが上空へと飛び立ち、それに釣られた籠からルドミラが顔をのぞかせる。眼下には呑気そうな顔で手を振っているラティアの姿があった。
それをなんとも言えない顔でルドミラは眺め、軽く手を振って応えるとラティアも手を振り返してくる。
このあと宿に帰って夜にはラティアもマジックバッグに入って、フクロウに運ばれてメルローに帰る予定である。
クロエが陰ながら護衛を配置しているはずだし、わずか半日程度王都に1人になるだけなのだからなにも起こらないだろうとはルドミラもわかっているのだが、それでも嫌な予感が胸にくすぶっていた。
「大丈夫よね?」
距離が離れ、ラティアらしき人が商人ギルドから去っていくのを眺めながらルドミラが呟く。
自分を納得させるための言葉だったが、それは非常に頼りなくルドミラには感じられてしまった。
王都に残ったラティアは軽い足取りで大通りを歩き、1本奥に入ったところにあるルドミラのとった宿屋に戻った。
ルドミラはもうチェックアウトしたが、ラティアの宿泊予定は明日までとなっているため、その顔を見た宿屋の男性従業員が保管棚から鍵を取り出す。
その従業員から「おかえりなさいませ」と声をかけられながら鍵を受け取ったラティアが、その場に立ち止まり彼に話しかける。
「あの、宿泊の延長って可能ですか?」
「はい、特に予約も入っておりませんので大丈夫ですが、どの程度の延長をご希望ですか?」
「とりあえず1年でお願いします」
「承知いたしました。お部屋はそのままでよろしいですか?」
「はい」
ルドミラが王都の滞在に使っていたこの宿屋はそこまで高いというわけではない。
そこそこの値段で、防犯のしっかりしている宿屋をルドミラが吟味して探し当てた場所であるため、王都に居を構えるにはちょうどよい場所だった。
1年間の宿泊は割引がきいたこともあり、ラティアが少し驚くくらいの安い金額で借りることができた。値段で言えば1回航空便に乗るのよりも安かった。
まあ空を飛べるモンスターをテイムした者自体が少なく、航空便そのものが希少であることを考えると妥当なのかなと納得しながらラティアが部屋に戻る。
その部屋のテーブルの上には、フクロウの人形であるエクスが止まっていた。
「どう、まだいる?」
「はい。この宿に張り付いている者が2名。ラティア様を追っている者が4名です。内2名は堂々と見守っていますのでクロエ様からの派遣された護衛だと思われます」
「ありがとう、エクス。じゃあ引き続き監視をよろしく」
「承知しました」
そう言い残すと、エクスは翼を広げて外へと飛び立っていった。それを見送ったラティアは窓のカーテンを閉めると、ニンマリと笑みを浮かべる。
「まあ火の粉を振りまき続けるっていうなら、それなりの対応をとらせてもらうだけだしね。クロエ様の手間も減るし、一石二鳥かな」
ラティアは床にシーツを敷き、マジックバッグから女性型の人形を取り出すとその上に寝転がせる。
この人形は今後王都でメルローでは手に入らない素材の仕入れをしてもらおうと考えて、ラティアが作り上げたものだった。
定期的にエクスのような鳥型の人形に各地に飛んでもらい、現地の人形が仕入れておいた素材をマジックバッグに入れて運んでもらう。
そうやって仕入れ網を広げることができるか試そうと思って作ってきた人形だったが、王都の状況次第ではやめようと考えていたのでまだ起動させたことはなかった。
その容姿は商人の小間使いをイメージしており、素朴な顔の10代後半くらいの女性である。
眠っているかのようなその姿を眺め、ラティアは小さくうなずくと手を動かし始める。
「ちょっと変えさせてもらうね。うまく引っかかってくれるといいんだけど」
少し笑いながら、ラティアは人形の顔に手を加え始める。王都で集めた素材を利用したその作業は夕方近くまで続いたのだった。
その日の深夜、宿の2階の廊下を2人の男女が歩いていた。
彼らはまるでそこが自分の部屋であるかのようにラティアの泊まっている部屋の前に立つと鍵穴に鍵を差し込んでそれをひねる。次の瞬間、カチャリという小さな音が響いた。
男女は当然のようにドアを開け、部屋の中に入っていく。その姿からは一切の不自然さは見当たらなかった。
2人は足音をさせずに部屋の中を歩くと、膨らみのあるベッドのそばでうなずきあう。そして懐から取り出した容器に入った液体を布団からのぞく赤毛に振りかけた。
液体がかかったことでピクリとその頭が動いたが、それはすぐに枕に沈んでいく。
彼らが振りかけたのは強力な睡眠効果のある薬だ。強力なモンスター対策に売られているそれに無防備な状態で抵抗できる者などまずいなかった。
「大丈夫そうだな。運ぶぞ」
「ええ」
布団をはいでターゲットであることを確認した2人は、男の背に眠った少女を乗せて立ち上がる。
「思ったより重いな」
「かなりの腕の冒険者らしいから鍛えているんでしょ。まともに戦うなっていう指示が出ているくらいだし」
「それもそうだな。では行くぞ」
少しだけ会話を交わし、部屋の中をいちべつして2人は外に出ていった。そしてカウンターに突っ伏した状態で気を失っている従業員の前を堂々と通り闇の中へその姿を消していく。
彼らは気づかなかった。真っ黒な衣装を身にまとった赤髪の少女が、自分たちの姿を屋根の上から見つめていたことを。
「じゃあエクス、尾行よろしく。私も後を追うから」
「承知しました」
音もなく飛び立ったエクスの後を、その赤髪の少女、ラティアが宙を飛んで追っていく。
その表情はとても楽しそうに歪んでいた。
「久しぶりに家訓を守ることになりそうだなー」
ラティアがそう呟いた瞬間、誘拐犯たちはゾワリとした嫌な予感を覚える。
それはこれまで裏仕事を引き受けてきた彼らがとても大切にする感覚だったが、この仕事を途中で投げ出すことはできないとただ早足に歩き続けた。
その先に待っているのが終わりであることを示すそのシグナルを無視した彼らに、明るい未来が訪れるはずがなかった。
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