第11話 不可思議な存在
そんな中、最初に正気を取り戻したのは、さすが年の功というべきかギルド長のナイジェルだった。
「うおっほん。それでチェイスからあらかたの話は聞いたが、今後君はどうするつもりだ。この街には頼れる人などいないのだろう? 必要であればギルドでは宿の紹介などもしているが」
「ラティア様は銀級となりますので、長期滞在をしていただけるのであればギルド提携の宿屋で割引が受けられますよ。もちろん信頼の置けるところを紹介させていただきます」
期待するような目で見てくる2人を前に、ラティアはちらりと隣に座るチェイスに視線をやり考え込む。
たしかにいきなりこの場所に飛ばされたラティアに頼れる人はいない。ここまで助けてくれたチェイスに、これからも助けてくれとはさすがに言えなかった。
人のいいチェイスなら頼まれれば断ることはないかもしれない。でも、だからこそチェイスにこれ以上頼ってはいけないとラティアは考えた。
ラティアは小さくうなずくと、ナイジェルたちから視線を外してチェイスに向き直る。そして深く頭を下げた。
「チェイスさん。ここまで助けていただき本当にありがとうございました。このご恩はいつか必ず返させていただきます」
「いや、俺は自分の仕事をしただけだからな」
「お二人もありがとうございます。少し街を回ってみてどうするか考えてみます。無理だと思ったら遠慮なく頼らせていただきます」
笑顔でそう言い切ったラティアは、自分の銀の冒険者証をマジックバッグにしまい立ち上がる。そして三人に向かって改めて頭を下げるとその背を向け、そして思い出したようにリリアンに視線を向けた。
不思議そうな顔をするリリアンに、ラティアが微笑みかける。
「リリアンさん。『様』は慣れないので、修練場で呼んでくれたように『さん』でお願いします」
「はい、承知しました。ラティアさん」
「それでは」
そう告げたラティアは、機嫌よさげな軽い足取りでギルド長室から出て行った。楽しげに揺れるその赤髪が見えなくなり、部屋に残された三人は顔を見合わせると大きく息を吐く。
ナイジェルはその大きな体をソファーに投げ出し、ぎしっと嫌な音を立てながら対面に座るチェイスに視線をやった。
「やっかいごとを持ってくんなよ、チェイス」
「そもそも土竜の源泉の調査を依頼したのはあんただろうが。俺は自分の仕事を全うしただけだ」
「でもいい人そうじゃないですか? 少し浮世離れしている感はありますけれど」
「浮世離れすぎだろ、あいつの場合。まあ全く別の国から来たらしいから当然かもしれねえが」
がりがりと頭をかきながら苦々しく笑うチェイスの姿に、リリアンが柔らかく微笑む。
今の仕草はチェイスが自身では気づいていない癖であり、それがどんなときにするものなのかをリリアンは良く知っていたからだ。
ぐでっとソファーに体を預けていたナイジェルが体を起こし、息を吐く。その表情は一分の緩みもない険しいものだった。
「さて、ミスリル級冒険者、黒狼に問おう。お前はラティアに勝てるか?」
「その言葉そっくりそのまま返すぜ。元アダマンタイト級冒険者、赤鬼はどう思うんだ?」
二人が無言のままにらみ合う。二人の心中に浮かぶ結論は同じだった。
わからない。
ミスリル級といえば冒険者の中でも選りすぐりの実力者であり、その上のアダマンタイト級ともなれば一騎当千を地でいくほどの化け物のような力を持っている。
そんな彼らはこれまでの経験から、相手の実力をある程度察することができる技能をもっていた。しかしラティアに関してはそれが全く働かないのだ。
しばしにらみ合っていた二人だったが、先に諦めたチェイスが気をとりなおすように首を振って息を吐く。
「オミッドを無傷で倒したんだ。最低でも金級以上の実力者だろう」
「以上、か。まあいい。ここ最近は情勢が不安定だからな。使える戦力は多いに越したことはない」
「じゃあ、せいぜい便宜を図ってやることだな。んじゃ、俺は改めて調査に戻る」
「ああ、頼んだ」
音も立てずに立ち上がったチェイスは、軽く肩を回して体をほぐしながらギルド長の部屋から出て行く。
昨夜、土竜の源泉方面に天まで届くほどの光の柱が突如現れ、そして姿を消した。深夜だったこともあり目撃者こそ少なかったものの、領主であるルーフデン伯爵はこれを放置することはできず調査を行うことにした。
チェイスが受けた依頼は、その下調べにあたる。チェイスの報告をもって、その調査団の編成などが決められるのだ。
つまり時間にあまり猶予があるとは言えない状況だった。
普通なら一冒険者に任せられないほどの重要な依頼を受けているにもかかわらず、チェイスの背中にそんな気負いは感じられない。
冒険者ギルドから出たチェイスはさっと周囲に視線を向ける。しかしそのどこにも、あの特徴的な深緑のマントを羽織った赤い髪の少女の姿を見つけることはできなかった。
「縁があればまた会うこともある。変なトラブルに巻き込まれたり……いや、さすがにラティアでもそうそうそんなことにはならねえか」
そう呟いて小さく笑うと、チェイスはくるりと街の中心に背を向けて歩き始めた。少しでも遅れを取り戻すべく、少しだけ早足になりながら。
一方、その頃ラティアといえば
「ふーん。お金ってこんな感じなんだ」
街に来る途中で狩ったホーンラビットの報酬である1100エルをギルドで受け取り、それを眺めながら街の中心から少し離れた方向へと足を進めていた。
親指の先ほどの大きさの円形の2枚のコインには、両方とも槍を手に掲げて遠くを見据える女神がデザインされている。
ゲームではただ表示されるだけの数値でしかなかったエルという金が、現実となるとこうなるのかとラティアは感慨深げにうなずく。
ラティアが報酬受け取り時にこの国の貨幣について聞いたところ、快くギルド職員は答えてくれた。
貨幣の価値は冒険者のランクと同様に銅、鉄、銀、金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンの順に上がっていき、同じ金属でも今ラティアが持っている小硬貨と、その5倍の価値にあたる大硬貨がある。
小銅貨は10エル、大銅貨は50エル、小鉄貨は100エル、大鉄貨は500エル、小銀貨は1000エルといった具合だ。
女神のデザインの裏面に数値でしっかりと金額の記載があるので間違えることはないのだが、少し見分けにくい鉄と銀くらいは大きさを変えるなりなんなりすればいいのに、などと考え事ばかりしていたせいだろうか。
「あれっ、ここどこ?」
自分が全く見覚えのない路地にいることに気づき、ラティアが足を止める。
ラティアとしてはゲーム時に自分が拠点として活動していたカレンの店の様子を見に行くつもりだった。
純粋にカレンがどうしているのかが気になっていたし、あわよくば奥の工房をまた借りれないか話したかったのだ。
しかし今ラティアがいるのは日差しが入らないため薄暗いうえに、地面にゴミなどが散らばる淀んだ空気の漂う路地だ。
これまで通ったことのない道であるのは確かだった。
「うーん、こっちだったと思うんだけど。適当に進んでみたけど、やっぱりナビがないとダメかな」
硬貨を腰に提げた袋にしまい、ため息をつきながらラティアが再び歩き始める。
ゲームでは、地図上で目標の場所を定めればそこに向かうことができるようにナビとして矢印が表示されたのだ。
ただでさえ外に出る機会のなかったラティアにとって、ナビはお出かけ時の必須機能だった。冒険者ギルドなどに行くときも使っていたのだが、その弊害がここにきて出てしまったといえる。
閑散とした路地に、こつこつとハーフブーツの音が響いていく。ラティアの視線の先にはただの路地が続いているだけであり、なにが変わっているというわけでもない。
しかしどこか淀みがひどくなっているような気がしたラティアは、前方にある家と家の隙間から感じる何者かの視線を警戒しながらその足を緩める。
「なあ姉ちゃん。その先は行かないほうがいいぜ」
そう言ってひょっこりと顔をのぞかせた薄汚れた少年は、ラティアを手招いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
本日より2話投稿にさせていただきます。
よろしくお願いいたします。




