第10話 銀級冒険者
冒険者ギルドはランク制を採用しており、その冒険者の実績に応じてランクが上がっていく。
そのランクは銅級から始まり、鉄級、銀級、金級、ミスリル級、アダマンタイト級そして最高位であるオリハルコン級から成り、各ランクに応じて冒険者ギルドで受けられる依頼や利用できるサービスなどが変わるようになっている。
(たしか銅級が駆け出し、鉄級が半人前、銀級になると一人前として認められる、だったかな)
ナイジェルの横に立ってにこりと微笑む、先ほどそう説明をしてくれたリリアンにちらりと視線を向け、改めてラティアが自身のギルドカードを眺めながら首をひねる。
それもそのはず冒険者ギルドに来てラティアがやったことといえば、ギルドに入る手続きとオミッドにからまれて模擬戦をしただけである。
冒険者らしいことなど何一つしていないのに、一人前と認められてしまったことがラティアには不思議だった。
「なぜ銀級のギルド証を渡されたのか不思議そうだな」
「ええ、まあ。自分でこういうのもなんですが、私は冒険者としては全くの素人ですよ」
「だが戦いの面では特筆すべき実力をもっている。冒険者にとって最も重要なのは戦う力だ。いや、むしろそれが全てと言っても過言ではない!」
むきりと全身の筋肉を膨張させるナイジェルから視線を外し、ラティアは眉根を寄せながら隣に座るチェイスを見る。
あからさまに困惑したラティアの姿に苦笑しながら、チェイスは人差し指を立てて話しはじめる。
「まっ、ギルド長のいうことにも一理あるんだ。冒険者を語る上で強さは外せないしな」
これ見よがしにポージングを決め、その発達した筋肉で作り上げられた力こぶを見せ付けるナイジェルをチェイスが指差す。
その隣に立つリリアンが、愛想笑いを浮かべながらチェイスの発言を否定しなかったことでラティアはそれが本当に冒険者ギルドの共通の認識なんだろうと推測した。
ふんふんとうなずくラティアに、チェイスは言葉を続けた。
「強くなるには時間がかかる。ラティアにわかりやすく言うのであれば、冒険者ギルドに入る前にした強くなるための修練が、職人などの下積みと同様だと冒険者ギルドは考えるんだよ」
「なんとなく言わんとすることはわかりました」
「本音で言えば、騎士とか兵士とかの貴重な実戦経験者が冒険者ギルドにせっかく入ってくれたのに、雑魚のゴブリン退治とか薬草採取なんかやらせるのはもったいないだろ。そういう奴をさっさと上のランクにいかせて、本人にとってもギルドにとっても実入りのいい依頼を受けて欲しいってことさ」
肩をすくめて実情をぶっちゃけたチェイスに、ナイジェルから鋭い視線が飛ぶ。しかしチェイスはそれを気にした風もなく、軽く受け流していた。
うろんげなラティアの視線に耐えられなかったのか、ナイジェルはごほんとわざとらしく咳をする。
「それだけではない。もし君がこの街で冒険者として活動するのであれば、銅級のままでは無用な騒ぎが起きると考えたのだ」
「それは、どういう?」
ラティアの疑問に、ナイジェルからの視線を受けたリリアンが説明を始める。
「現在このルーフデンを拠点に活動している冒険者は五百人程度ですが、このほとんどは銅級となります。続いて鉄級がその半分程度おり、それ以上のランクの冒険者となると数えるほどしかおりません」
「そうなんですか。大きい街なのに不思議ですね」
ラティアがゲーム時代を思い出し、小首を傾げる。
このルーフデンはゲームのスタート地点の街だけあって多くの人々がおり、冒険者ギルドもかなり盛況だった覚えがラティアにはあった。
その印象とリリアンから聞いた冒険者ギルドの実情がどうしても一致しないのだ。
「依頼で稼ぎたいなら王都ゼオンや港のあるファセールに行ったほうがいいし、ダンジョンで稼ぎたいなら迷宮都市メルローのほうが活動しやすい。ルーフデンは中継都市として賑わってはいるが、冒険者にとっては微妙な街なんだ」
「チェイス、言葉が過ぎるぞ。ここから冒険者として活動を始め、大成した者は少なくない。冒険者の始まりの街としての価値は十分にある」
「つまり簡単にまとめると、初心者の冒険者は多くいるけれど、ある程度の実力がついたらこの街から移動してしまうという理解でいいですか?」
「はい、それで構いません。そんな街の事情や冒険者の女性は少ないことなどを勘案すると、銅級で登録された場合まず間違いなく他の冒険者たちから絡まれることが予想されます。特にラティア様は容姿が優れていますので」
リリアンの迷いのない返事を聞き、ラティアは理解した。
ゲームでは多くのプレイヤーがここに拠点を持っていた。
ゲームの始まりの街であるため、大きなプレイヤー集団であるクランを組んだ者たちが新人を勧誘するためや、移動が面倒だと考えた生産職のプレイヤーがそのまま根を張ったりと理由は様々だったが。
ゲーム内では街の移動も一度だけ自分の足でその街に到達すれば、それ以降は専用の馬車を利用することで、わずか数秒で到着することができた。
しかしこの世界でそんな都合のよい馬車などあるはずがない。ゲームのようにその日の気分で活動する街を変えるなどということはできないのだ。
(そりゃあ自分に都合のいい街に移動するよね)
ゲーム内ではあれほど賑わいを見せていたルーフデンの冒険者ギルドが閑散としていたことに納得し、ラティアは小さくうなずく。そして同時に嫌なことにも気づいた。
ゲーム内ではルーフデンの冒険者ギルドにはトッププレイヤーも少なくなくおり、大抵の素材であればギルドに依頼を出しておけば手に入ったのだ。しかし今ここに所属する冒険者は初心者や、よくて一人前の者たちばかり。
(人形の素材、手に入らなくない?)
一流の人形師であったラティアが求めるのは、それこそ一級品の素材だ。それがあるのはたどり着くのも困難な秘境であったり、討伐することの難しい強力なモンスターからしか得られないものばかりである。
むろん普通の素材でも人形造りができないわけではない。しかし質を追い求めるならば素材の厳選から始まるのは必然であった。
心の中でだらだらと汗を流しながら、ラティアがリリアンに尋ねる。
「ちなみにゴールドコアってこのギルドで手に入ります?」
「ゴールドコアは聞いたことのない素材ですね。ギルド長はご存知ですか?」
「コアというからにはゴーレムからのドロップだと思うが……ゴールドゴーレムのコアだろうか?」
「そうです、そうです。人形師として自動人形を造るときによく使っていたんですが……その話しぶりからしてこの辺りでは珍しい感じですか?」
その問いに2人があっさりと首を縦に振って肯定してきたことに、ラティアは愕然とし、そしてがっくりと肩を落とす。
自動人形とは自分の意思である程度行動することのできる人形のことだ。命令を与えればそのとおりに動いてくれるため、戦闘や生産の補助など様々に利用が可能である。
その自動人形の要となるのがゴーレムからドロップするコアであり、そのランクによって性能も、つけられるスキルの数も変わってくる非常に重要な素材だった。
ラティアが以前ミツキとしてオーダーメイドの自動人形を依頼されたとき、最も多く利用したのがゴールドコアだった。
つけられるスキルは5つであり、人形部分の素材しだいではあるものの土竜の源泉クラスであれば戦闘の補助として役立つ強さまで引き出すことができる。
生産の補助としても、すり潰す、運ぶなどの単純作業ではなく、一手間かかる作業を任せられるほど賢く、使い勝手が良かったため注文も多かったのだ。
「マッドコアならたまに見かけるけどな」
そう言ってチェイスがフォローするが、ラティアの表情はすぐれない。
マッドコアはルーフデンの北にある、始まりのダンジョンのボスであるマッドゴーレムのレアドロップだった。
初心者が相手にするようなボスなので、レアドロップとは言えその性能は高くない。自動人形に使った場合、つけられるスキル数は1つであり、性能もレティアが求める水準には遠く及ばなかった。
しばし落ち込んでいたラティアだったが、一つ大きく息を吐いて気持ちを切り替える。
素材の入手に手間がかかるようになったのは誤算だが、それはある意味当然のことなのだ。それよりも自由に人形を造れることのメリットの方がはるかに上回る。
1日の時間制限や体の不調による中断もない。どこでも自由に自分の思い通りに人形を造ることが出来る。その素晴らしさをラティアは十分すぎるほど知っていた。
「わかりました。お心遣いありがとうございます。ありがたく銀級冒険者のギルド証をいただきます」
そう言って微笑んだラティアの姿に、その場に居合わせた3人は見とれて動きを止めてしまったのだった。
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次は午後6時ごろを予定しています。




