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007 ヤンデレストーカー幽霊少女ゆっちゃん 後編

 俺の名前は北村敏明。たまに変な事件に巻き込まれることを除いては何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。

 今も事件に巻き込まれている最中だが、それは俺が何をしなくとも今夜解決すると思われる。しかし、普段なら何もせず成り行きにまかせるのだが、今回は俺にしては珍しく行動を起こそうとしていた。

 しかし、冷静に考えて俺に出来ることは何もないだろう。緑かぶさんが動く以上、俺が何かをしたとしても結末は変わらないだろう。

 だから結末に干渉するのではなくそこに行き着くまでの過程に干渉することにした。

 ここでの結末は「今夜ゆっちゃんは緑かぶさんによって祓われて、ゆっちゃんに取り込まれていた委員長さんの魂が回収される」という状況。

 ならば、俺は「ゆっちゃんが祓われる前に彼女を悪霊から正常な幽霊に戻し、委員長さんの魂を解放して貰う」ように説得してみよう。ただ、悪霊と正常な幽霊の違いがよく判っていないし、委員長さんの魂を解放できるかも判らないので、上手くいく保証は全くない。しかし、何もしなければこの事件は勝手に解決してしまうので、悔いを残さないために俺は行動を起こすことにする。

 そして迎えた放課後。部活をすっぽかして俺は姿を消したゆっちゃんを探しに学校を後にした。



 ゆっちゃんは何処に居るのか。判っているのは緑かぶさんのKABUカードによって張られた結界によってゆっちゃんはこの町から外には出れないということと、KABUカード自体にもお守りのような効果が付与されているので悪霊の類は近付くことが出来ないということ。

 そうなると、人が多い場所には居ない可能性が高い。まあ、ゆっちゃんは何処に行くにしても常に俺の近くに居たので、お守りの効果の方の効き目は薄い可能性もある。……ああ、それならもう答えは出てるか。

 ゆっちゃんの居場所が判った。

 俺はゆっちゃんに会うために人が居ない町外れの河川敷にやってきた。因みにこの場所は委員長さんとゆっちゃんが決闘を行った場所だ。これからゆっちゃんを説得するのにも、彼女が祓われる原因を作ったこの場所が一番最適だろう。

 坂を下りてひらけた場所で立ち止まり、俺は言葉を発した。


「さて、話したいことがあるから姿を見せてくれませんか。ずっと傍に居たんでしょう?」


 少しの間をおいて、ゆっちゃんが姿を現した。


「……どうして判ったの? 完全に気配を消してたはずなのに……」

「それなりに長い付き合いですからね。何となく判るんですよ」

「……私のことを知っても私を選んでくれたゆっくんは優し過ぎるよ」


 恐らくゆっちゃんは俺が電波ちゃんと会話していた時から気配を消してずっと傍に居たのだろう。

 それを裏付けるようにゆっちゃんは俺が電波ちゃんとの会話でゆっちゃんを選んだことを知っていた。

 そして、今にも消え入りそうな声で思いを言葉にした。


「ゆっくん……私、消えたくないよ……やっと優しいゆっくんに会えたのに……私は嫌だよ……」


 それはゆっちゃんの本心だろう。だからこそ、訂正しておかなければならない。


「ゆっくんはもう居ないんですよ」

「ゆっくん……?」

「俺の名前は北村敏明。仲の良い人からはとっしーって呼ばれている、何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生。だから、俺はゆっくんじゃないんです」

「ゆっくんはゆっくんだよ?」


 ゆっくんに執着しているゆっちゃんには受け入れがたい事実だろうとは思う。しかし、この事実を受け入れて貰わなくては話が先に進まない。


「残念ながら、そのゆっくんはとっしーなんです。貴女も本当は判っているのでしょう?」

「……」


 ゆっちゃんは少し前から俺をとっしーだと認識する素振りを見せていた。だから、ゆっくんへの執着を手放すチャンスは今しかないと判断する。ここで説得出来なければゆっちゃんはゆっくんに執着したまま緑かぶさんに祓われて終わってしまうだろう。

 俺はゆっちゃんに問い掛ける。


「貴女のお名前はなんですか?」

「私は……私だよ」


 かつてバスの中で交わした会話の再現だ。

 あの時とは状況が全く違う。今のような状況になるとはあの時の俺には想像もつかなかったが、そのことは一先ずおいておこう。今回は更に踏み込んで訊ねる。


「俺はゆっくんではないので貴女のお名前が判りません。だから、教えて貰えませんか。そうすれば『ゆっちゃん』ではなく本当の名前で呼びますので」


 それはゆっちゃんという仮の名前ではなく、本当の名前で呼ぶという提案。

 ゆっちゃんは長い沈黙の後、小さな声で答えた。


「……(みなと) 静香(しずか)

「みなとしずか、ですか。好い名前ですね。しずかさんも俺の名前を呼んで貰えませんか。『ゆっくん』ではなく本当の名前で」

「……としあきくん」

「ありがとう。これでやっと本当の知り合いになれましたね。ああ、敏明ではなくとっしーでも構いませんよ。それならこちらもしずちゃんって呼ばせて貰いますので」

「……うん」


 まだ不完全かもしれないが、俺をゆっくんではなく敏明だと認識して貰うことには成功したようだ。

 これでようやく第一関門は突破できた。次は委員長さんの魂の件だが、前から少し気になることがあった。

 電波ちゃんの話によると、しずかさんはこれまでに何人もの人間を死に追いやってきた悪霊らしい。祓われても誰も文句は言わないしむしろ喜ばれるだろう。でも、しずかさんは本当に悪霊なのだろうか。

 しずかさんに情が湧いていて冷静に判断できていないだけかもしれないが、俺の視点からだとしずかさんは、独占欲が強い少し我儘な幽霊にしか見えないのだ。

 だから妙な違和感があるのだ。

 しずかさんは人間に危害は加えるが、それだけだ。また、ゆっくん認定した人間を発狂死に追い込むらしいが、それだけだ。電波ちゃんから聞いた限りでは直接的殺すという手っ取り早い方法を選んではいなかった。

 だから、委員長さんだけ直接殺した理由が判らないのだ。

 しかし、考えても答えが出る問題でもないので本人に直接聞いてみた。


「しずかさんはどうして委員長さんを殺したんです」

「……」

「ああ、聞き方が少し悪かったですね。俺が聞きたいのは、委員長さんを殺すことを選んだ理由です。俺が知る限りしずかさんは直接的に誰かを殺さないはず。それなのにどうして委員長さんだけは殺したんですか」

「それは……」

「まあ、言えないことなら無理に答える必要はありませんよ」

「……私はあの子を殺す気はなかった。でも、私の中に居るもう一人の私がそれを受け入れてくれなかったの……」


 これはどういうことだろうか。しずかさんの中にもう一人のしずかさんが居る?


「私自身は何の力も持ってないの。周りに危害を加えることが出来るのはもう一人の私の方。だからいつもはもう一人の私にお願いしてあまり力を使わないようにして貰ってたけど、あの時だけはやめるようにお願いしてももう一人の私は聞き入れてくれなかったの……」


 ここにきて初めて明かされた事実。しずかさんは一つの魂の中に二人居るようだ。

 その言葉が本当に事実だとすれば、色々と気になる点が出てくる。


「一先ず確認したいのですけど、今のしずかさんともう一人のしずかさんは別々の人格みたいな感じなんですか」

「うん、私ともう一人の私は考え方が大きく違ってる。私はとしあきくんとゆっくんが別人だと判ってるけど、もう一人の私はとしあきくんをゆっくんだと思い込んだままなの」

「力を使わないようにお願いしていたとのことですけど、今のしずかさんの方は周りに危害を加えることあまり快く思っていないのですか」

「それは……としあきくんと一緒に居る邪魔をされた時にもう一人の私がやったことだけど……でも、私も同じ気持ちだったから強くは止めなかった。だから私も悪い」

「いつも俺と一緒に居たしずかさんは今のしずかさんですよね?」

「うん、そうだよ。……でも、もう一人の私も感覚を共有してるから、二人一緒だったというのが正しいかもしれない」

「感覚を共有してるなら委員長を殺した理由は判りますか」

「……それは判らない。感覚を共有してるだけで意思までは一緒じゃないから。それに意思はもう一人の私の方が強いの」


 なんだか複雑な話だ。しずかさんはいうなれば二重人格の悪霊で、今の人格の方はまだ会話が成立するがもう一つの人格の方は会話が成り立たなさそうな感じだとでも捉えればいいのだろうか。また更に厄介なのが、悪霊としての力を持っているのがもう一つの人格の方だということだ。

 また、話を聞く限りでは周りに危害を加えているのはもう一人のしずかさんで確定のようだ。

 しかし、そうなると気になるのが委員長さんの件だ。

 今のしずかさんは委員長さんを殺す気がなかったが、もう一人のしずかさんの方はそれを拒んだ。理由は不明。

 感覚は共有していても意思までは共有していないようだ。更に主導権はもう一人のしずかさんの方が握っている様子だ。

 現在会話をしている方の人格は普通の幽霊のような感じなので、力を持っているのがこちら側なら委員長さんの魂の件はどうにかなりそうなのだが、なかなか上手く話が進まない。

 と、ここにきて疑問が生じた。考えても答えが出そうにないので直接訊ねてみることにする。


「ところで、今はどうしてもう一人のしずかさんが出てこないんですか? 今の俺たちはもう一人のしずかさんの意思を否定する発言ばかりしているので怒ってませんか」

「うん、物凄く怒ってる。でも、今はこれがあるから……」


 やはり怒っているようだ。しかし、しずかさんが服のポケットから取り出したものをみてかなり驚いた。

 それは、KABUカードだった。


「え? 何でそれを持ってるんですか。というか、しずかさんはそれを持ってて大丈夫なんですか」

「私は持ってても平気みたい。でも、これがあるからもう一人の私は出てこれないの」


 ああ、そういえばKABUカードは悪霊の類に効果的な術式が施されているんだったな。しかし、それを持っていてもしずかさんはどうして平気なのだろうか。

 考えられる理由としては、今のしずかさんは悪霊の類ではなく普通の幽霊だということか。

 とはいっても悪霊と普通の幽霊の違いがいまいち判らないし、そもそも同じ魂が二つの人格を持っていてその片方だけに効果が発揮されている理由が全く判らない。

 ただ、今の状況なら委員長さんの魂を解放させることが出来るのではないだろうか。

 そう思ったので訊ねてみたが、しずかさんは静かに首を横に振る。

 どうやら委員長さんの魂はもう一人のしずかさんが取り込んでいるようで、何の力も持たない今のしずかさんにはどうすることも出来ないとのこと。

 話が振出しに戻ってしまった。

 どうしたものかと考えていると不意に背後から声が聞こえた。


「つまり、そいつの中に居るもう一人のそいつが全ての元凶ってことね」


 声の主は電波ちゃんだった。何もない場所から突然現れた電波ちゃんがそういった。

 どうやら俺たちの会話を聞いていた様子だが、いつから居たのだろうか。

 それ以前に俺と向かい合って話していたしずかさんも突然の電波ちゃんの登場に驚いていたので、俺の死角に潜んでいた訳でもなさそうだ。本当にどこから現れたのだろうか。


「……どうして? さっきまで気配がなかったのになんで……」

「気配を消せるのは貴女だけじゃないって話よ。幽霊だから出来る貴女とは違って私の方は術だけど、まあ、この話はどうでもいいね」


 術か。……これも野菜王国関連のアレなんだろうな。深くは気にしないでおこう。

 電波ちゃんは話を続ける。


「本来なら全て緑かぶちゃんに任せるのが一番なんだろうけど、あの子はどうにも何かを隠してるみたいなのよね。だからこうして様子を探ってみたらやっぱりそうだった。ゆっちゃん。……いや、しずかちゃんだっけ? 貴女はいいように利用されてるよ、悪霊にさ」

「え、それはどういうことなの……?」

「前々から気にはなってたんだよね。もう一人の貴女が他人に危害を加える時の手段に物凄く見覚えがあったからさ。あれって自身に蓄積した他者の魂を解き放って攻撃する、私たちの世界の特定のクラスを習得したものが扱う基本的な攻撃手段なのよ」

「貴女たちの世界……?」

「そこの説明は長くなるから省くよ。それで、そのクラスを習得している私たちの世界出身で、なおかつ自殺者の魂だけを蒐集する趣味を持ってる奴は限られてる訳。そして、最初に自殺に追い込んだ魂に寄生して宿主のもう一つの自我を装い魂を操る手口からして、そいつは私たちの世界で指名手配されているあいつで間違いない。ベニテングタケ族の悪霊、ショクストフクツウ。貴女はそいつにいいように利用されてるのよ」

「そんな……もう一人の私って……それに最初に自殺に追い込んだ魂って、まさか私は……」

「そういうことよ」


 ……どういうことだよ。電波ちゃんが何をいっているのかさっぱり判らない。……まあ、判らないなりに重要な点だけ抜粋すると、


・しずかさんは魂に寄生する悪霊に利用されていた。

・しずかさんの死因は自殺だが、それは悪霊によって仕組まれたものだった。

・悪霊の正体はショクストフクツウ。自殺者の魂を集めることを趣味にしている。

・ショクストフクツウは野菜王国世界で指名手配中。


 また野菜王国関連か。気にしたら駄目なんだけど、気にしないと話が進まないから困っている。

 どうしたものかと困っていると、「カブーーーーーーン」という声と共に緑かぶさんまで現れた。緑かぶさんはいつもと違って着物を着ていて、頭には謎のキノコのカサみたいな帽子を被った姿だった。どういうファッションなのだろうかと考えていると、緑かぶさんの後をついてきたお付きの人が「あの姿がお嬢様の聖職者としての正装です」と教えてくれたので納得しておく。気にしたら駄目だ。この人たちは野菜王国の人たちなのでツッコミどころ満載だがスルーしておくべきだと本能が告げている。


「んー、その様子だと気付いちゃったかな」


 場の空気を察知したのか緑かぶさんが電波ちゃんに訊ねる。


「うん、気付いてる。私に重要な部分をぼかした情報だけしか渡してくれなかったことにも少し怒ってる。……でも、そうするだけの理由があるのも判ってる。だから、今回だけは許してあげる」

「ありがとう」


 二人の会話はそこで終わった。

 そして、緑かぶさんはしずかさんに歩み寄っていく。


「え……あ、私は……」


 震えて言葉にならない声を発しながら後ずさるしずかさん。黄昏時を通り過ぎ日が沈んだ空。夜が来てしまった。

 今夜祓われるという話なので、それを恐れているのだろう。

 姿を消すしずかさんだったが、


「今度は逃がさないよ」

「あ、身体が……動かな……」


 電波ちゃんの妨害によって姿を現す。

 その様子を見ていたお付きの人が呟いた。


「影踏みですね」

「影踏み?」


 つい聞き返してしまった。


「隠れている相手の姿を暴いて更に身動きを封じる術ですね」

「なるほど……」


 お付きの人の解説をしてくれたので何となく理解する。

 しかし、野菜王国の人たちは本当になんでもありだな。

 怯えた様子のしずかさんに緑かぶさんが話しかける。


「そんなに怖がらなくても大丈夫。アタシが祓うのは君じゃなくて君の中に居る奴だからね」

「私の、中……」


 緑かぶさんの右手がしずかさんの鳩尾にスッと入り込み、すぐに引き抜かれた。その右手には首根っこを掴まれてバタバタ暴れているしずかさんと瓜二つの存在が居た。


「そう、ショクストフクツウ……君のことだよ」

「おのれぇぇ、よくも我にこのような真似をぉぉ」

「みんなちょっと離れててー」


 緑かぶさんがそういうとお付きの人が俺を彼女から遠ざける。

 身動きが取れるようになったしずかさんも電波ちゃんに連れられてこちらにやってきた。


「え? 嘘、何で無事なの」


 緑かぶさんの様子を見たしずかさんが呟いた。


「緑かぶちゃんだからねぇ」

「お嬢様ですので」


 電波ちゃんとお付きの人がさも当たり前かのように答える。話についていけていないのは俺だけのようだ。


「一体何の話をしてるんですか」

「ああ、としあきくんには見えないんだよね。今、物凄い勢いでもう一人の私があの人に悪霊をぶつけてるの。普通の人間ならとっくに死んでしまってもおかしくないんだけど……」


 なるほど、大体状況は判った気がする。


「緑かぶちゃんは自分で傷を癒せるだけじゃなくて、元々心身ともに頑丈だからねぇ。王国からこっちに来る時の王国軍の"見送り"の時もかなり凄かったんじゃない、執事さん?」

「ええ、そうですね。実力行使で止めに来る兵士たちを腕力のみで返り討ちにしては、お嬢様の力ですぐに傷を癒し、それを兵士たちが諦めるまで何度でも繰り返していましたので」

「うわー、それは心が折れて兵士やめる人が続出しそう」

「そうでしょうね」


 こっちはこっちで物凄く恐ろしい話をしている。

 緑かぶさんは敵に回したくはないな……。


「何故だ! 何故我の攻撃が効かぬ!?」

「かぶを食べないからそんな貧弱なのだ」


 向こうも向こうで大変そうだ。


「さて、師匠の仇を取らせて貰うよ」


 ん、師匠の仇? 緑かぶさんもショクストフクツウと何か因縁があるのだろうか。

 そう思っていると俺の疑問を見透かしたように電波ちゃんが話し始めた。


「緑かぶちゃんの師匠だったブナシメジの族長はね、あのショクストフクツウに殺されたの。まあ、師匠って言っても緑かぶちゃんは聖職者としての才能があり過ぎて、その人のもとでは一週間くらいしか弟子入りしてないんだけどね」

「野菜王国ってキノコ族も存在するんですか」

「私たちは野菜王国出身だけど、キノコ聖教国って国があってね。キノコ聖教国は聖職者の育成が盛んな国なんだよ」

「なるほど。……ん、もしかして緑かぶさんが被ってるキノコみたいな帽子って、その話と何か関係があったりしますか」

「あれは免許皆伝の証にブナシメジの族長から貰ったものだね。キノコ族以外で聖職者の最高位に到達してる野菜王国民は指折り数えるほどしか居ないから、そのことをブナシメジの族長は自分の娘のことのように誇らしげに周りに話してたって聞くね」


 なるほど。そんなことがあったのか。


「これで決着ですね」


 不意にお付きの人が呟いた。


「緑かぶさんは何をする気なんです?」

「ターンアンデッドを使われるのでしょう。不死なる悪霊を滅する裁きの一撃です」


 ターンアンデッドか。聖なる祈りで悪霊を祓う感じだろうか。


「邪なる魂よ滅せよ……ターン、アンデッドォォォ!!」


 緑かぶさんはそう叫びながら、鷲掴みにした悪霊を恐ろしい勢いで後頭部から地面に叩き付けた。

 その威力は凄まじく、地面が悪霊の後頭部を中心に範囲五メートルほどひび割れながら陥没し、風圧で地面の欠片は飛び散り、鳴り響いた轟音がおさまる頃にはショクストフクツウの姿は既にそこにはなく、緑かぶさんが何もない地面を殴って陥没させたようにしか見えない光景が眼前に広がっていた。

 聖なる祈りとか関係なかったな。

 というか、その技は悪霊じゃなくても有効なんじゃないかなぁ、と思ったが深くは考えないようにした。


「お待たせー、あの子の魂を解放してきたよー」


 そういいながら緑かぶさんがこちらに戻って来る。

 そうだった。いきなりの急展開の連続で忘れていたが、元々は委員長さんの魂の回収が目的だった。

 前に聞いた話では野菜族は死んでも霊魂さえ無事であれば、新しい自種族の依り代に適合すれば再び蘇ることが出来るとのことだった。しかし、適合する依り代ってそう簡単に見つかるのだろうか。

 そんなことを考えていると、電波ちゃんがボロボロのキャベツの玉をカバンから取り出した。

 ああ、元々依り代にしていたなら適合条件は満たしているか。かなり傷んでるけど。


「緑かぶちゃんいつものお願い」

「ちょっと待ってね、生命のかぶ生やすから」

「生命のかぶ?」

「本来は生命エネルギーに満ち溢れた樹を生やして傷の回復や蘇生を行う術なのですが、お嬢様の場合は樹ではなくかぶが生えるのです」


 何かもう既に解説役の立ち位置になっているお付きの人の言葉を聞いて大体把握する。相変わらずツッコミどころは満載だが、これが野菜王国の常識なのだと納得しておく。


「じゃあ、いくよー」

「あ、ちょっと待って」


 緑かぶさんを止める電波ちゃん。何となく察しがついたので俺は後ろを向いて立つことにした。


「これでいいですか」

「お、流石とっしー。何もいわなくても判るなんて紳士だね」


 お付きの人も俺と同じように後ろを向いて立っている。


「なかなか察しがよろしいですね」

「貴方の真似をしただけですよ」

「それはそれは」


 お付きの人と軽く談笑してると全てが終わったらしいので振り向いた。


「あの……その……色々と心配かけてすまなかった」


 いつもの委員長さんの姿がそこにあった。


「おかえり、委員長さん」

「ああ、ただいま」


 委員長さんとの会話はこれくらいにしておこう。俺は委員長さんや電波ちゃんよりもしずかさんの方を優先していたので少し気まずい。


「あの……、色々とごめんなさい! 謝っても謝りきれないけどごめんなさい!」


 声の主はしずかさんだった。

 この場に居る全員に対して謝っている。

 全ての元凶だったショクストフクツウはもう既に居ないので、完全に正気に戻っているようだ。


「こんな感じでしずかさんは謝ってますけどみなさんはどう思われていますか」


 俺が代わりにみんなの意見を聞いていくことにした。


「ショクストフクツウに寄生されてたのなら仕方のないことでしょー。むしろ貴女は逆に怒っていい立場だよ? ブロッコリー食べて元気だそー」


 そういうのは電波ちゃん。誤解してキレてた時とはまるで別人のような意見だ。


「そういうことだな。私を殺したことに関しては私が独断で挑んで返り討ちにあっただけのことだし、そもそも私を殺したのは君ではなくショクストフクツウだ。君に恨みはない」


 そう答えるのは委員長さん。そういえば何で決闘を挑んだのか判らないままだな……まあ、今はいいか。


「それよりもとっしーはどうなんだ?」


 委員長さんに逆に訊ねられる。


「俺ですか。直接的な被害は何も受けてないので何の問題もないですね」

「……そうか。それならいい」


 まあ、嘘だ。俺はしずかさんから直接的な被害を受けていないだけで、彼女が周りに及ぼした被害が後々返ってくるだろうからそれがなかなかの問題だ。

 委員長さんも俺の嘘に気付いているのだろう。しかし、俺の意をくんでくれたのか話を切り上げてくれた。


「とりあえず俺たちはそういう考えだからしずかさんはそれ以上謝る必要はないですよ。だから安心してください」

「でも……」

「一ついいかな」


 不意に緑かぶさんが会話に割って入ってきた。


「君が幽霊になるきっかけを作ったのは私たちの世界の住人だから、謝るのはこっちの方。だから君に提案があるんだけど、もしその気があるなら野菜族として転生してみないかな」

「転生……?」


 不思議そうに聞き返すしずかさん。

 というか、野菜族は本当に何でもありだな。いや、緑かぶさんだけが飛びぬけているのだろうか。


「そう、野菜を依り代にして身体を持てるようになるから色々と便利だと思うよ。君はショクストフクツウの影響でこの世界の霊魂よりもアタシたちの世界の霊魂に近くなってしまってるから前提条件はクリアしてるの。だからもう一度肉体を持って生きてみないかな? まあ、断るのも自由だし、もし無に還りたいならアタシが祓ってあげてもいいけど」

「え、それは……」


 しずかさんがついさっき地面に出来たばかりのクレーターに視線を向けて青ざめた表情を浮かべている。


「ああ、祓う場合はちゃんと優しくするから安心してよ」

「あ、転生します」

「じゃあ、決まりね。そうなると一度王国に戻らないといけないかな。ショクストフクツウの件もあるし野菜王様に転生の許可を貰わないとだし」


 そういって緑かぶさんはしずかさんとお付きの人を交えて何やら話をし始めた。

 その様子を眺めていると委員長さんに声をかけられた。


「なあ、とっしー。一ついいか」

「どうしました? 委員長さん」

「ずっと気になっていたのだが、とっしーは私の本名、言えるよな?」

緑葉(みどりば) 若菜(わかな)さんですよね」

「ああ、安心した。普段本名で呼ばれないから少し不安になっていたんだ」

「急にどうしたんですか」

「ゆっちゃんは本名で呼んでいるのに私は役職名だからちょっとな」


 なるほど。まあ、俺は普段はあまり人を本名では呼ばないから疑問に思うのも無理もないか。


「じゃあ、私の名前も言えるよね?」

風呂子(ふろこ) (りん)さんですよね」


 電波ちゃんも聞いてきたので答えておいた。


「じゃあ、逆に聞きますけど二人とも俺の本名は言えますよね?」

「北村敏明だな」

「北村敏明でしょ」

「正解ですね」


 俺の名前は北村敏明。たまに変な事件に巻き込まれることを除いては何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。

 こうして幽霊少女ゆっちゃん事件は幕を下ろした。

 委員長さんは無事に生き返り、ゆっちゃんことしずかさんは野菜族に転生することになって事件は無事に解決した。

 ただ、色々と不明だったり不可解な点が沢山残っているのだが、野菜族が関わっているのでそういうものなのだと割り切ってしまうことにした。

 まあ、野菜族との縁は今後も切れることはなさそうなので、今回の事件の疑問点は追々判ってくるだろう、多分。



―完―

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