006 ヤンデレストーカー幽霊少女ゆっちゃん 中編
※当初はこちらが前編でしたが説明が足らな過ぎると判断したので中編にしました。
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早朝。
ひとけのない寂れた公園前のバス停のベンチに、緑色の太く二つに纏めたお下げ髪の少女が座っていた。
緑髪の少女はつい先程まで話をしていた、その場から去っていく白い髪の少女の後姿を眺めながら静かに呟いた。
「アタシって悪い子だと思う?」
緑髪の少女は傍らに佇む執事風の身なりの男にそう訊ねた。
少しの間をおいて、執事風の男が答える。
「真実を知れば、あちら側から見れば悪い子かもしれませんね」
男の声音は淡々としていて感情が窺えない。
緑髪の少女は続けて訊ねた。
「それなら、お前からどう見える?」
「善でも悪でもない、少し我儘なお嬢様ですね」
執事らしからぬ少し毒のある返答だが、お嬢様と呼ばれた緑髪の少女はそれに対しては特に気にする素振りは見せない。
会話は続く。
「いつも通り過ぎてつまらない答えね」
「これが私ですので」
「まあ、いいか。それで、あの子の心の中はどうだった?」
緑髪の少女はそう言いながら、白い髪の少女が去っていった方角を眺めている。その様子を視界に映している執事風の男が、緑髪の少女の言葉に返答する。
「怒りの感情で荒れ狂っていました。その原因を作るきっかけがお嬢様だと知ったら少々面倒なことになりますね」
「そうだよねぇ。まあ、その時はその時か。友達を失うのは寂しいけど、アタシにはアタシの目的があるから仕方ないね。やっぱりアタシは悪い子だなぁ」
男の言葉に肩をすくめながらため息をつく少女だった。
――
俺の名前は北村敏明。たまに変な事件に巻き込まれることを除いては何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。
現在は少女の幽霊にストーキングされているのだが、慣れてしまうと何の問題もないことに気付いたところだ。
「ゆっくーん、何処に居るのー」
今は昼休み。俺のことをゆっくんだと認識している謎の幽霊少女のゆっちゃんが、俺を探し求めて学校の男子トイレに入ろうとしているところである。
最近は声と姿を俺にしか認識させないサイレントモードを覚えた様子なので、突然男子トイレに乱入して周囲がパニックになることはなくなった。
しかし、俺の考えていることまでは読み取ってくれないので、
「ここに居ますよー、だから入って来ないで下さーい」
と、言葉に出さないと向こうに伝わらないから少々面倒である。
「ゆっくん、みーつけた」
「トイレぐらいゆっくりさせて下さいよ」
「ゆっくんのいじわるー」
「まあ、俺は慣れたからいいんですけど、普通の人は異性がトイレに入って来たら焦りますからね」
手を洗いながらいつものようにゆっちゃんに説明するが全く聞き入れて貰えない。
「今はゆっくんにしか見えないし聞こえないから大丈夫だよ」
「そうしてくれたのは助かりましたけど、そうなるとまた別の問題が出て来ますからね」
「別の問題?」
ゆっちゃんが不思議そうに呟きながら横から俺の目を覗き込んでくる。最近は昔みたいに焦点の定まらない目ではなく、しっかりと俺に視線が向けられている。
「この状態だと俺は独り言が激しい人にしか見えませんからね」
ゆっちゃんの目を見つめ返しながら答える。
そう、今の一番の問題は、ゆっちゃんがサイレントモードなので周りから見ると俺が独り言を呟いているようにしか見えないことだ。事情を知らない人からすれば俺は危ない人である。
まあ、事情を知っていても危ないことに変わりはないが。
「ゆっくんはゆっくんだよ」
ゆっちゃんはいつものように同じ言葉を返してくる。
因みにその言葉には「変な人でもゆっくんはゆっくんだから私は大丈夫だよ」という意味が込められているのが判る程度には親密な関係になっていた。慣れというものは凄いものだ。
「それはどうも。あと、俺はとっしーですよ」
「ゆっくんはゆっくんだよ」
一応修正しておくが、聞き入れて貰えないのもいつものことだ。そう思っていたが、
「でも、ゆっくんはもう居ない……じゃあ、今ここにいるのは誰? ……とっしー?」
最近になって度々起こる現象なのだが、何かゆっちゃんが俺をゆっくんではなくとっしーとして認識し始めている。まあ、ゆっくんがそもそも誰なのかって疑問が未だに解決していないのだが、これはいい兆候なのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えながら俺は隣を歩くゆっちゃんの歩幅に合わせて廊下を歩いていく。
学校内で俺は「ゆっちゃんが探してたゆっくん」として知れ渡っているので、もう何も言わずともモーセの十戒の海割りの如く他の生徒たちが俺たちの通る道を空けてくれる。
当然話しかけて来る者も居ない。通り過ぎた後でひそひそ話をされているみたいだが、ゆっちゃんは気にしていない様子なので俺も気にしないでおく。
そして、いつもの溜まり場に到着した俺を出迎えたのは電波ちゃんだった。俺を見付けるなりいつもと何も変わらない様子で話しかけて来た。
「あ、とっしー。ブロッコリー食べる?」
「いえ、結構です」
訊ねられたので即答しておいた。
「ゆっちゃんはブロッコリー食べる?」
俺は隣に居るゆっちゃんの様子を窺う。
ちょっと機嫌が悪そうだ。俺がとっしーと呼ばれたことが気に入らないのか、それとも電波ちゃんと会話していることが気に入らないのか……恐らく両方だろう。
「要らないみたいです」
「そう? それは残念ねー。そういえば最近はゆっちゃんが姿を見せてくれないけど、本当に傍に居るのー?」
「ちゃんと居ますよ。今は左腕に抱き付かれてるところですね」
「ラブラブだねー。全然見えないけど」
電波ちゃんは俺の左腕に視線を向けているが見えていないようだ。
そんな状態で暫く話を続けていたが、ふと電波ちゃんが話題を変えた。
「そうそう、緑かぶちゃんからとっしーに伝言があったんだけど、ゆっちゃんの前で言ってもいい?」
グリモンさんから伝言か。まあ、内容は大体予想出来る。
ゆっちゃんの様子を窺うと、先ほどとは違う虚ろな目で電波ちゃんを見ている。
ゆっちゃんは自分が何をしでかしたのか、ちゃんと判っているのだろうか。
「俺はゆっちゃんと一緒に聞いた方がいいと思われます?」
「今の状態だと一緒に聞く以外の選択肢しかないでしょ」
「それもそうですね」
「どうするー?」
電波ちゃんはいつものように軽い口調で訊ねてくる。
しかし、その態度が偽りのものであることを俺は知っている。
「聞きますよ」
俺はそう答えた。それを聞いて、電波ちゃんが話を続ける。
「じゃあ、言うねー。『今夜ゆっちゃんを祓うからお別れ済ませておいてね』だってさ」
まあ、内容は予想通りだった。
というか、その判断は遅過ぎる気がする。
本当ならもっと早くにそうなっていてもおかしくはない。
「私の監視者とは言っても昔馴染みだし、それなりにあの子のこと気に入ってるんだよね、私」
恐らく電波ちゃんが話しているのは今この場に居ない委員長さんのことだろう。
「そんな訳だからさ。私はあの子を殺したお前のことが気に食わないのよ、ゆっちゃん。私の個人的な考えを言わせて貰うと、お別れなんて済ます暇があったらさっさと祓われて私の前から消えてくれないかな?」
素の電波ちゃんの呪いの言葉が静かに響く。
すぐに「まあ、今は見えないから祓われても気付かないけどねー」といつもの口調に戻る電波ちゃんだったが、彼女が本気でキレているのは伝わってきた。
しかし、そうなると判らないことが一つ出てくる。
回りくどいのは面倒なので直接聞いてみた。
「それって今言ったら夜になる前にゆっちゃん逃げてしまわないですか」
不意に、ゆっちゃんの気配が消えた。祓われるのは夜なので、今消えたということは逃げたのだろう。
「その様子だと逃げたんだね。でも、逃げられないようする準備が整ったから今話したのよ。とっしーはコレの存在は知ってるよね」
そういって電波ちゃんが俺に見せたのは、現在この町を中心にして急に流通し始めたICカードのKABUだった。
「ああ、グリモンさんがSuicaに対抗して作ったかぶ族のICカードですよね」
「緑かぶちゃんはあんな感じだけど実は聖職者の最高位のクラスを習得しててね。このカードは悪霊の類を寄せ付けない術式が付与されてるんだよー」
成る程、KABUはICカードだけではなくお守りにもなるのか。色々気になるところだがこれは気にしたら駄目な奴だ。今はそういうものなのだと受け入れておこう。
電波ちゃんは言葉を続ける。
「それで、そんなカードを町中に流通させたから、今この町には悪霊が出入り出来ない巨大な結界が張ってある状態なのよね。だから、ゆっちゃんはもうこの町から逃げられないのよー。流石は緑かぶちゃんね♪」
グリモンさんは確かに凄いが、それよりも今の精神状態のままあの日から今日までゆっちゃんの存在を黙認し、準備が整うまで電波キャラを演じ続けていた電波ちゃんの執念が恐ろしく思えた。
数日前、ゆっちゃんと委員長さんは立会人なしの決闘を行ったらしい。
その結果、委員長さんだけが姿を消した。。
あの日、ボロボロのキャベツの玉を無言で抱き抱えながら立ち尽くす電波ちゃんの後ろ姿を俺は思い出していた。
「そういえば委員長さんとは昔馴染みだったんですか」
「んー、そうだねぇ。ん? ここは昔話でもした方がいい空気?」
電波ちゃんが場の空気を気にしていることに物凄い違和感を覚えるが、こっちが本来の彼女だ。
サドルブロッコリー事件以来だな。
「どうするかはお任せしますよ」
「じゃあ、今はやめておくよ。それよりも、とっしーはあいつのゆっくんになってたのに、よく今日まで生き延びれたね」
他人事のようにそう語る電波ちゃんを見て俺と彼女は命に対する価値観が割と似ているような気がしたが、だからどうしたのかという話なので何も気にせず電波ちゃんの話に乗っかることにした。
「その口振りだと、ゆっちゃんについて何か手掛かりでも掴んでるみたいですね」
「それなりにねー。というか、何も判らない状態で本当によく無事でいられたねー。まあ、確かにとっしーならあいつを軽くあしらえるのも判る気がするね」
「とりあえず、お互い知ってる情報を交換しませんか? 俺の方はゆっくんが結局何だったのか判らないままでずっと気になってるんですよね」
電波ちゃんにそう提案すると、「はいはい、いいよー」と軽く二つ返事で承諾してくれたので話を進めた。
その結果判ったことは、ゆっくんとはゆっちゃんの初恋の人物のようだ。そして、ゆっちゃんはゆっくんに振られたショックで自ら命を絶った。その後ゆっちゃんは幽霊となってゆっくんに付き纏い続けてゆっくんは発狂死したようだ。まあ、よくありがちな話だった。というか、もう少し生前で粘れよゆっちゃん。どんだけ豆腐メンタルなんだよ。
ただ、ゆっくんは成仏したらしいのだが、ゆっちゃんの方は悪霊になってしまい、成仏出来ないままゆっくんを探し回って、ゆっくんの面影がある人間を見付けてはゆっくんだと思い込んで付き纏い、拒絶されたら発狂死に追い込んで魂を奪い取って自身に蓄えながら悪霊として成長して行ったとのことだ。
ここら辺の幽霊と悪霊の違いとか魂を奪うことで云々と言った話は今初めて聞いた話なのでいまいち理解出来ないが、世界の理はそういうものなんだろうと受け入れておくことにする。
まあ、重要な部分を纏めると、ゆっちゃんの正体は今までに様々な男をゆっくん認定し、拒絶されたら殺してしまうことを繰り返しながら存在している凶悪なヤンデレストーカーな悪霊ということらしい。
「成る程。拒絶することが引き金になってる訳ですか」
「そういうことだねー。でも、とっしーのことだからあいつの要求をほぼ全部拒絶せずに受け入れてたんじゃない?」
「まあ、そうですね。流石にトイレの個室に入って来られるのは最初は落ち着かなかったですけど、暫くすれば慣れましたし」
「それを受け入れられるならプライベート関連の要求はほぼクリアしてるようなものだねー」
「確かにそれより難易度の高い要求はありませんでしたね」
「ヤンデレを病み部分を発動させずに攻略出来る人は初めて見たよー」
「まあ、相手が幽霊だったってのも大きいですね。幽霊だから向こうがその気になれば周囲の目を気にせずずっと一緒に行動出来ますからね」
「いや、普通の感性だとそれが一番面倒な気がするんだけど、とっしーは本当に何でも受け入れるからなー」
「長い物には巻かれておきたいですからね」
「はいはい、流石とっしーね。あいつについてはこんな感じだけど、他に何か気になることはある?」
とりあえず、ゆっちゃんについてはこのくらいでいいだろう。
それよりも途中から気になってたことが一つあったので聞いてみる。
「これほどのゆっちゃんの情報をどうやって集めたんです? もしかしてグリモンさんは霊を見ただけで全てを知ることが出来るとか?」
「緑かぶちゃんは悪霊と優位に戦える力があるだけで相手の内面については判らないねぇ」
「じゃあ、どうやって?」
「緑かぶちゃんと一緒に男の人が居たでしょ。あの見るからに私は執事ですってオーラ出してる人。あの人は自身と相手の魂を繋ぐことで相手の魂の記憶を見ることが出来るのよ」
「ああ、あの人のお陰だったのか」
成る程、あのお付きの人が調べてくれたのか……というか、魂を繋ぐってどういう状態なのだろうか。それ以前に野菜王国民はみんなこんな感じで何かしらの特殊な能力を持っているのだろうか。まあ、気にし過ぎると確実に疲れるのでそういうものなのだと受け入れておこう。
そう一人で納得していると、電波ちゃんが不意に訊ねてきた。
「それで今夜あいつを祓う訳だけど、それに対してとっしーは何か思うところはある?」
特に意味のない質問だと思った。俺がどう答えてもゆっちゃんが祓われることに変化はない。
ただ、答えるのが非常に難しい質問でもあった。
どう答えても電波ちゃんの地雷を踏んでしまうことになるからだ。
「私はこれ以上ないくらいスッキリするんだけど、もしかしてとっしーはあいつに情でも湧いてるのかなって思ったからさ」
「なかなか意地の悪い質問ですね」
「意地が悪い、か。……もし本気でそう思うなら答えない選択肢もあるよ。その場合は多分、それを選んだ方がお互いに一番楽に済むだろうね」
ふむ、確かに何も答えなければ彼女の地雷を踏むことはないだろう。しかし、それを選ぶのが一番の悪手のような気がする。
この質問に対する答えは大きく分けて三つある。
ゆっちゃんを選ぶか、委員長さんを選ぶか、回答を拒否するかだ。
ゆっちゃんを選んだ場合はゆっちゃんより付き合いの長い委員長さんを選ばなかったことが地雷となり、委員長さんを選んだ場合はその後も平然とゆっちゃんと付き合っていたことが地雷となり、どちらも選べない臆病者には友人を名乗る資格なし、といった感じの質問だと思われる。
……いやいや、何で俺たちはこんなにシリアスな会話をしているのだろうか。
確かに推定数十人は人間を殺しているゆっちゃんと、そんなゆっちゃんに殺されてしまった委員長さんという二つの要素によっていきなり大真面目な展開になっているが、ゆっちゃんは幽霊になってからの話だからただの超常現象なだけでそれを裁く法律は人間の世界にはないし、委員長さんについてはキャベツの玉が転がっていたのを目にしただけで死体を実際に見た訳ではない。
まあ、そのキャベツの玉が死体のように扱われているので、もし実際にそうならこれは人間の世界ではなく野菜王国方面の話になるだろう。
こっちの世界の常識は野菜王国によって容易く覆されるので、今回もそうならないのだろうか。あの謎に包まれた野菜王国のことだ。死者を蘇らせる秘術の一つや二つはあるのではないだろうか。
「うーん……何かお互いに似合わないシリアスな雰囲気のせいで思考が迷走してるような気がするんで、少しここで整理してもいいですかね」
「まあ、好きにするといいよ」
「一つ目の疑問なんですけど、委員長さんって本当に死んだのですか?」
「何を今更なことを言っているのかな。とっしーも見たでしょ? 変わり果てたあの子の姿を……」
「そう、まずはそれなんですよ。その変わり果てた姿って、キャベツの玉の形状のことですよね? あれってそもそもどういう状況なんです? 人間は死ぬと余程損傷が激しい死に方でもしない限り普通は死ぬ前と変わらない姿の死体が残るんですけど、野菜族の人たちは死んだ時に自分の種族の野菜の形状になってしまうんですか?」
俺の質問に一瞬キョトンとした表情を浮かべる電波ちゃんだったが、すぐに俺の質問の意味を理解してくれたようだ。
「……ああ、成る程。とっしーは野菜族が死んだ時の姿を今までに見たことがないのね」
「そうそう、そうなんですよ。というか、一か月くらい前までは野菜族という種族が存在することすら知りませんでしたし、何かいきなり色々あり過ぎて理解が追い付いていないんですよ」
まあ、理解が追い付いていないのはそもそも野菜王国関連の話をスルーしまくっていたので、そのつけが回って来ただけのような気もするがそれはとりあえずおいておこう。
その後、電波ちゃんの解説を聞きながら情報を整理した結果判ったことは、
・野菜族は死んだら自分の種族の野菜の姿になる。
・その際、人間でいうところの霊魂は依り代にしていた野菜から離れる。
・そして、新しい自種族の依り代に適合すれば再び蘇ることが出来る。
・早い話、野菜族という種族は依り代さえあれば霊魂が失われない限り消滅することがない。
・しかし、今回はゆっちゃんが悪霊の特性で委員長さんの霊魂を吸収してしまった。
・そして、ゆっちゃんを祓って委員長さんの霊魂を回収するのが今回の目的。
結論:霊魂さえ戻れば委員長さんは生き返ることが可能。野菜王国の秘術とか使うまでもなかった!!
「つまり、野菜族にとって『死』というものはただの状態の変化に過ぎないってことですか?」
「うん、そうだよ。とっしー理解が早くて教えるのが楽だったよー」
「ああ、やっぱりそうなんですね……成る程、理解出来ました……」
そういうことらしい。
俺のシリアス時間を返してくれ。結構大真面目にシリアスしてたよ、俺。
……待て、そういうことなら考えようによっては、ゆっちゃんの方もどうにかなるんじゃないか?
ここ最近のゆっちゃんは俺のことをゆっくんではなくとっしーとして認識し始めて来たので、この調子なら時間が経てばゆっくんから完全に離れることが出来るのではないだろうか。
問題はその時間が今日の夜までしかないことだが、委員長さんは霊魂が無事ならいつでも蘇ることが出来る訳だから、もし委員長さんの霊魂が無事に回収出来るのであれば、ゆっちゃんは祓われなくても済むかもしれない。
例えばこのまま暫く委員長さんにはゆっちゃんの中に居て貰って、ゆっちゃんがゆっくんへの拘りから解放された後で委員長さんの霊魂を回収して貰うとかどうだろうか。
いや、駄目だな。全てが憶測の域だ。仮にゆっちゃんがゆっくんへの拘りから解放されても悪霊でなくなるという決定的な確証など何一つ持ち合わせていない。
しかし、何かいい方法はないだろうか……。
「とっしー、もしかしてあいつに情でも湧いてる?」
思考が迷走していたが、電波ちゃんの問い掛けで我に返った。
本当にこの人は鋭い人だな。
「そうかもしれませんね」
「ふーん、私たちより付き合いが浅いのに、それでもあいつの方を選ぶのかな?」
「そうなりますね」
「……」
「……」
「……ハハハ、とっしーもたまには我を通すことがあるんだね。いつも周りに流されてばかりだから自分ってものを持ってないのかと思ってたよー」
「貶されてます?」
「うん、貶してる。私たちを盛大に振ってくれたからねぇ。でも同時に感心もしているね」
「……ごめ」
「ああ、謝るのはなしね。もっと自分の選択に自信を持て」
「……ありがとう」
「それでよし。あ、そうだ」
「どうしました」
「緑かぶちゃんのことは、『緑かぶちゃん』『かぶちゃん』、『緑ちゃん』、『族長』とかどんな呼び方をしても、たとえ敬称を抜いて呼んでも怒らないし、可愛い愛称を付けてあげたら喜ぶ気さくな子だけど、一つだけ注意して欲しいことがあるの」
「それは何です?」
「あの子のことを絶対に緑の怪物って読んだら駄目よ。勿論、グリモンもダメね。あの子はその呼び名を物凄く嫌ってるから、そう呼んだら命はないと思っておいた方がいい」
「俺って結構ギリギリの状況で生きながらえていたんですね」
「本当にねぇ。うーん、他はそうだね。緑かぶちゃんに何かを提案するつもりなら、先にあの執事の人に相談すればいいと思うよ。まあ、アドバイスはこのくらいだね。後は自分で頑張って」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺に何が出来るのか全く判らないが、やれることは色々試してみよう。
―続く―