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005 ヤンデレストーカー幽霊少女ゆっちゃん 前編

――



 休日の昼下がり。

 白い髪色の少女が二つの長い三つ編みお下げ髪を揺らしながら道路脇の大きな歩道を軽快に歩いている。

 そして、白い髪の少女は視線の先を歩いている二つの人影に声をかけた。


「やっほー、会いに来たよ緑かぶちゃん♪ 執事さんもこんにちはー」

「おおおー! こんなところで会うなんて奇遇だねー! 元気にしてたー?」


 声をかけられた緑色の太く二つに纏めたお下げ髪の少女が白い髪の少女にそう答えた。

 緑髪の少女の傍に立っている執事風の身なりの男は白い髪の少女に静かに一礼する。

 二人の少女は会話を続ける。


「元気だよー。私はこの町でブロッコリーの布教活動してるんだよー」

「それは感心感心。でも、何かひと騒動起こしたみたいだね。町の人から色々聞いたよー。無茶をするのは相変わらずだねぇ」

「それは緑かぶちゃんもでしょー。王国から離反したって聞いたけど何をやったの?」

「んん? そんな話になってるの? アタシは見聞を広める旅をしてるだけだよ」


 緑髪の少女が首をかしげながらそう答える。白い髪の少女もその答えを聞いて首をかしげている。

 暫しの沈黙の後、白い髪の少女が何かに気付いた様子で緑髪の少女に訊ねた。


「あー、それは野菜王様の許可貰ってる?」

「ちゃんと本人の前で旅に出るって言ったよ?」

「うーん、緑かぶちゃんのことだから一方的に宣言しただけじゃない? 野菜王様はちゃんと許可してくれた? 執事さん、実際はどうなんです?」


 白い髪の少女が無言で佇んでいる執事風の男に訊ねた。

 執事風の男が答える。


「恐らくは貴女のご想像通りです」

「ああ、やっぱり。執事さんも大変ですね」

「私は慣れていますので」


 そんな二人の会話を聞いていた緑髪の少女が不思議そうに呟く。


「アタシはちゃんと王国軍のみんなに見送られながら出立したよ?」

「それってさ……見送ってたんじゃなくて、緑かぶちゃんを止めようとしてたんじゃないのかな?」

「ご想像通りですね。ですが、お嬢様がその程度で止まる訳もなく、その結果が今の状況です」

「えー、アタシは何も悪いことしてないよー? あ、それよりも。折角会えたんだし、これあげるよー」

「お、これが噂のKABUね。ありがとー。でも、個人でICカードを作るなんて流石は緑かぶちゃんね」

「今はこの町だけだけどゆくゆくは全国制覇よ」

「うん、緑かぶちゃんなら本当に実現させそうね」


 その後も少女たちは会話を続けた。



――



 俺の名前は北村敏明。たまに変な事件に巻き込まれることを除いては何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。

 先日は家の前に町中のバス停が集まっていたという奇妙な事件に遭遇したが、事件は無事に解決した。

 しかし、今回は少女の幽霊にストーキングされるという事態に直面している。

 最初の内はまだ良かったのだが、次第にストーキングの度合いがエスカレートしていき、とうとう学校にまで現れるようになってしまった。

 幽霊少女のゆっくん少女ことゆっちゃんは本当に何処までもついて来るので、ちょっとした騒ぎになっている。

 ゆっちゃんの機嫌を損ねた人たちが何人か霊障に苛まれたりしているので、恐れていた事態が起こってしまった状況だ。

 そして、今は学校の昼休みの時間。いつもの溜まり場で委員長さん、電波ちゃんと三人でゆっちゃんについて話をしていた。



「流石に見過ごせる段階は既に通り越している。これ以上被害が増える前に早急にゆっちゃんを祓って貰った方がいいと私は思う」


 そう意見を述べるのは委員長さんだ。彼女の意見はもっともだろう。しかし、いきなり直球で来たな。今の状況でその発言はお互いにとってかなりよくないのだが気付いていないのだろうか。

 学校内でのゆっちゃんの被害者は今日で三人目が出たところだ。因みに一人目は担任の先生。二人目はゆっちゃんに面白半分で塩を撒いた男子生徒。三人目は俺に話しかけて来た女子生徒。

 一人目の被害者の担任の先生は、うちの生徒ではないゆっちゃんが教室にいることを受け入れなかったので、ゆっちゃんに邪魔者認定された様子。まあ、流石に教師がスルー出来る案件ではないからこれは仕方ないだろう。

 二人目の被害者の男子生徒は、自業自得だと思うので同情はしない。幽霊でも幽霊じゃなくてもいきなり塩撒かれたら普通は不快に思うだろう。

 ここまではまだ俺としては許容できる範囲なのだが、問題は三人目の被害者の女子生徒だ。

 ゆっちゃんに対して何かをした訳でもないのに、俺に話しかけただけでゆっちゃんに邪魔者認定されてしまったのが問題なのだ。

 とうとうゆっちゃんに嫉妬の感情が芽生えてしまったか。今後は女子生徒とは会話が出来なくなるな。しかし、そうなると何で委員長さんと電波ちゃんは平気なのだろうか。

 それにどういう訳か今はゆっちゃんが傍に居ない。

 どうしてなのだろうかと考えていると、ブロッコリーを食べている電波ちゃんと目が合った。


「ん? ああ、とっしーも食べる?」

「いえ、結構です」


 とりあえず電波ちゃんには即答しておき、委員長さんの意見に答える。


「委員長さんの意見はもっともですね。二人目の被害者は自業自得だと思いますけど、先生と今日の被害者は何も悪いことをしてませんからね。ただ、俺としては今回の件で俺に関わるのは危ないと学校内に知れ渡ったと思いますので、これ以上はトラブルは発生しないんじゃないかなー、とも考えてますね」

「何を楽観的なことをいっているんだ、とっしー?」


 委員長さんには俺の言葉が予想外だったのだろう。少し困惑しているのが判る。

 俺も自覚はしているのでその反応は想定内だ。委員長さんには悪いとは思う。ただ、それよりも重要な問題があるのだが、委員長さんはそのことに気付いてくれるだろうか。

 この場にゆっちゃんの姿はないが、本当にいないのかは判らない。もしかしたらこちらが判らないように聞き耳を立ててるかもしれない。だから迂闊なことはいえないのだ。今のままでは委員長さんが邪魔者認定されて第四の被害者になってしまうかもしれないし、俺が委員長さんの意見を肯定してしまうと俺の身が危なくなるだろう。まあ、俺のさっきの発言は本心なのでこっちは問題ない。

 委員長さんが何かを言いかけるが、電波ちゃんの声に遮られた。


「とっしーは今はゆっくんだから、ゆっちゃんの味方なんだよね?」

「……ええ、そういうことですね」


 流れに乗って俺も答えておく。どうやら電波ちゃんの方は気付いている様子だ。


「じゃあ、私たちは今はとっしーを応援するべきだよね?」

「そうして貰えると色々と助かりますね」

「君たちは何を言って……ああ、確かにその通りだな。すまない、とっしー」


 電波ちゃんのフォローのお陰で委員長さんも気付いたようだ。電波ちゃんが先に気付くとは思っていなかったので少し意表をつかれたが、よくよく考えるとこの人は意外と鋭いところがあるんだよな。


「でも、心配するのはとっしーのことだけでいいと思うけどねー。私たちってそれなりに強いし」

「え? そうなんですか?」


 電波ちゃんの予想外の発言に思わず訊ね返してしまったが、多分これは聞くと疲れるやつだ。まあ、既に訊ねてしまったので聞くしかないと諦める。


「私は並の人間なら十人くらいは同時に相手に出来るかな? 分身は便利だからねー」

「彼女の場合はその通りだな。私の場合はそこまでの数は相手に出来ないが、四属性のエレメントを操れるから属性の相性が合えば効果的なダメージは与えられるな。後は彼女とは違って実体のない相手への攻撃手段を持っていることくらいか」

「私は物理特化だから幽霊を攻撃出来るのが羨ましいよー。クラス昇格試験で幽霊出て来た時は本当に困ったからねー。何となく気まぐれで習得してた初級の術でぺちぺちして頑張ったよ」

「まあ、それが野菜王国からこちらの世界に渡る条件だからな」

「……」


 やはり野菜王国関連か。……訳が判らん。

 分身とか四属性のエレメントとか面白そうな言葉は出て来ているが、踏み込むと引きずり込まれそうなので今は忘れることにしよう。

 とりあえず重要なことは、二人は並の人間と比べればかなり強く、委員長さんに至っては幽霊への有効な攻撃手段を持っているということか。

 野菜族恐るべし、といったところだ。


「ああ、でも緑かぶちゃんと私たちを比べたら駄目だよー。あの子と比べたら私たちはただの人間と大差ないからね」


 そう電波ちゃんから念押しされる。

 その言葉が事実だとするとグリモンさんってどんだけ規格外なんだよ。バス停の前で両手を広げて「ブーーーーン」と言いながら内藤ホライゾンっているあの見た目と言動からは全く想像がつかない。


「まあ、そういうことだから私たちについてはそんなに心配しなくてもいい。ゆっちゃんがどれほどの強さなのかが判らないから断言は出来ないが、並の幽霊であれば問題なく対処は出来るだろう」


 そういって委員長さんは話を締め括った。少々不安は残るが本人が大丈夫だというのでそういうことにしておこう。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったのでその場はお開きとなった。



 そして、午後の授業は特に何事もなく終わり、放課後の部活の時間も終わったので俺は学校を後にした。

 ゆっちゃんは今は傍に居ない。居る時ずっと傍に居るのだが、たまに居なくなる。法則性がよく判らないのだが、今は居ないのでグリモンさんに会うなら今がチャンスだろうか。

 しかし、肝心のグリモンさんが何処に居るのかが判らない。

 多分バスに乗っているのではないかと予測は出来るのだが、どの路線のバスに乗っているのかまでは判らない。そんなことを考えていると、賑やかな声が聞こえて来た。

 恐らく小学生だと思われる集団が目の前を歩いている。何となくその光景を眺めていると、不意にその中の一人が大きな声を出した。


「すげー! それKABUじゃん!?」


 その言葉を聞いた他の小学生たちがKABUを持っている少年に群がっている。


「見せて見せて―」

「KABUって本当にあったんだ。嘘だと思ってたよ」

「何それー?」

「Suicaみたいなやつだよ」

「KABUって何処に売ってるんだよ?」

「緑の姉ちゃんに貰ったー」

「緑の姉ちゃん?」

「うん、髪の毛が緑色の姉ちゃん。昨日、道を聞かれたから教えたら、お礼にあげるって貰ったー」

「その人見たことあるー。よくバスに乗ってるよね」

「あー、私もよく見かけるー。スーツを着た渋いおじさんといつも一緒に居るよねー」


 緑色の髪の毛の姉ちゃんとはグリモンさんのことだろう。順調にKABUは普及していってるようだ。

 まあ、グリモンさんの居場所が判らないので今日は素直に帰宅しよう。

 因みにゆっちゃんはまだ俺の家にまでは姿を現していない。現れるのは時間の問題だと思うがそれはその時になってから考えよう。

 俺は自転車に乗ると自宅に向かった。



――



 黄昏時。ひとけのない寂れた小さな公園でブランコを漕いでいる緑髪の少女。

 その傍らには執事風の身なりの男が佇んでいる。

 そんな二人の元に歩み寄ってくる人影があった。互いの距離は縮まり、声の届く距離になった。


「お久し振りですね、かぶ族族長」


 先に言葉を発したのは黒髪をポニーテールにして眼鏡をかけている少女。

 対する緑髪の少女はブランコを漕ぐのをやめて座ったまま応じた。


「ああ、久し振りだね、キャベツ族の娘。あれから随分経つけど、君の功績はよく耳にするよ」


 緑髪の少女の言葉を聞いてキャベツ族の娘と呼ばれた黒髪の少女の表情が一瞬険しいものになったが、すぐに元の表情に戻る。


「それはどうも。まあ、色んな意味で貴女にはかなわないですけどね」

「もう一度手合わせしてみる?」

「やめておきますよ。今はそうすることに何の意味も見出せませんので」


 黒髪の少女は緑髪の少女の提案を断る。それを聞いて緑髪の少女は問いかける。


「それで、わざわざアタシの前に姿を見せたのはどうしてかな」

「今、この町に悪霊が居ることは知っていますよね」

「ああ、あの子ね。男の子に取り憑いてるみたいだけど、それがどうしたのかな」

「単刀直入にいいます。今すぐに祓って貰えないでしょうか」


 真剣な面持ちで黒髪の少女はそう語る。対して緑髪の少女は、


「それは出来ないね」


 と、黒髪の少女の言葉を一蹴した。


「何故でしょうか」

「アタシの都合があるからだね。それよりも、どうして今すぐに祓う必要があるのか聞きたいね」

「とっしー……いや、その取り憑かれている人間の周りに被害が出始めているからです」

「ああ、あの男の子は君の知り合いだったのか。でも、アタシの答えは変わらない。今は祓わないよ」

「……そうですか」


 乾いた風が公園を吹き抜ける。


「祓う気がないとは言っていない。今すぐには祓わないだけ。それでは駄目かな」

「駄目です。しかし、それでも貴女が考えを変えることはないのでしょうね」

「そうだね。それで、交渉は決裂した訳だけど、君はどうするつもりかな」

「貴女が祓わないというのであれば、私が倒します」


 そんな黒髪の少女の言葉に緑髪の少女が答える。


「あの子は君が考えているより凶悪な悪霊だよ。いくら優秀な君でも勝てる相手ではないとだけ言っておく。それでも戦うというのであれば止めはしないけど、君が居なくなると悲しむ子が居ることを忘れないように。私の話はここまでだね」


 緑髪の少女は座っていたブランコから降りると黒髪の少女の横を通り過ぎて公園の出口に向かった。執事風の男は黒髪の少女に一礼して無言のまま緑髪の少女の後をついていく。

 そして、その場には黒髪の少女だけが取り残された。


「私が居なくなると悲しむ子が居ることを忘れるな、か」


 黒髪の少女が小さく呟いた。



―続く―


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