004 朝起きたら家の前に町中のバス停が集まっていた 後編
俺の名前は北村敏明。たまに変な事件に巻き込まれることを除いては何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。
今回は謎の少女の幽霊にゆっくん認定されたり、家の前に町中のバス停が集まっていたりと相変わらず奇妙な事件に巻き込まれていた。
バス停の件に関しては一応解決はしたようだが、問題は謎の少女の幽霊であるゆっちゃんについてだ。
彼女にゆっくん認定されている俺はこれから先もストーキングされることになりそうな気がする。
そして、今は昨日起こった出来事を学校の昼休みの時間を使って委員長さんたちに話をしているところである。
「……といったことがあったんですけど、委員長さんはどう思われますか?」
バス停の前で出会った緑髪の少女、バスの中で再び出会ったゆっちゃん、バス停が実は付喪神でありバス会社の経営難を打開するべく俺の家の前に集まっていたことについて話し終えた俺は委員長さんの返答を待つ。
しかし、委員長さんより先にその場に居合わせていた電波ちゃんが口を開いた。
「付喪神のバス停かー。バス会社のために行動を起こすなんでみんないい子たちだねーうるうる」
そういって電波ちゃんはハンカチで目元を押さえている。当然、泣いてはいない。
付喪神の存在についてはすんなり受け入れている様子だ。
まあ、世界は俺が思っている以上に不思議に満ち溢れているのだろうと俺も受け入れておくことにする。
「なあ、とっしー。今の話に出て来た緑髪の少女についてだが」
「あ、やっぱりそうとしか考えられないよねー。この町に来てたんだね」
緑髪の少女について委員長さんが口を開いたところで電波ちゃんも何やら意味深な発言をしている。
これはスルー案件のような気がするのだが、ここまで来たら聞くしかないな。
「……その子がどうしたんですか?」
「その少女は緑色の太く二つに纏めたお下げ髪で、幽霊を祓う力を持っていているのは確かなんだよな?」
「ええ、外見はそうですし、幽霊を実際に祓えるのかは目にしてないからわかりませんがゆっちゃんが逃げ出すくらいですから可能性は高そうですね。あと、付喪神のバス停とも普通に会話してましたね」
「ふむ……これは困ったことになったな」
委員長さんが何やら深刻そうな表情でそう呟く。
「まあまあ、まだ何もやってないみたいだしそこまで心配しなくてもいいでしょー」
「……君は楽観的過ぎる。彼女の行動力は常識の範疇に収まらない。もし彼女がその気になれば、この町など一晩で荒野と化してしまうだろう。彼女の機嫌を損ねた大根族の領地が一晩で消え去ったのは君も覚えているだろう?」
「あれは大根族の馬鹿な貴族が緑かぶちゃんの一族を面と向かって馬鹿にしたからでしょー。緑かぶちゃんは優しい子だからそれが許せなかっただけで、悪いのは大根族の貴族だよー」
ああ、やっぱり野菜王国関連だったか。何やら物騒な話を委員長さんと電波ちゃんが語っている。
その後も会話が続いたので黙って聞きながら頭の中で整理する。
昨日の緑髪の少女の正体は、現在王国から離反しているかぶ族の元族長らしい。彼女はグリモンという二つ名を持っていて、野菜王国で彼女に一騎打ちで勝てるものは居ないほどの実力者のようだ。というか、一騎打ちどころか軍を相手にしたとしてもたった一人で相手に出来るらしい。
昨日会った少女の見た目や会話を思い返してみるが、とてもそうには思えない。だが、委員長さんと電波ちゃんは真面目に話をしているので人は見かけによらないのだろうと納得しておく。しかし、グリモンってどういう意味なのだろうか。野菜王国での特別な称号か何かだろうか。
少し気になったがつつくと藪蛇なのでスルーしておこう。
「まあ、グリモンさんのことは一先ず置いておいて、ゆっちゃんについては俺はどうするべきだと思われますか」
強引に話題を逸らそうと試みる。
「置いておけるほど楽観出来る状況ではないのだが……」
「まあまあ、今はバスに乗ることに夢中みたいだから大丈夫だよー」
「……確かに、私たちではどうにもならないからな。この件は野菜王様に報告して指示を待とう。それで、ゆっちゃんについてか……」
どうにか話題を逸らすことに成功したので話を続ける。
「現時点で判っていることは、ゆっちゃんは幽霊だということ。ゆっちゃんの目的はゆっくんと一緒に居続けること。一緒に居続けるというのは言葉通りで、トイレの個室にまでついて来るくらい一緒に居続けたいとのこと。今は俺がゆっくん認定されていること。このくらいですかね」
「改めて聞くと相当だな……」
「ラブラブカップルで良いじゃないのー」
「まあ、問題点を挙げるとすれば俺の意思は完全無視というところですかね。ラブラブなのはゆっちゃんの方だけですから」
電波ちゃんの発言にツッコミを入れておいた。
それを聞いて委員長さんが訊ねてくる。
「やはりそこが一番の問題だよな。それで、とっしーとしてはどうしたいんだ?」
俺はどうしたいのか。
基本的に俺は長い物には巻かれておきたいので、現段階では何の問題もない。それを委員長さんに話すと、「ああ、そう答えると思っていた」と納得されてしまった。
しかし、俺が気にしているのはもう少し先の話だ。
「あくまでも仮定の話ですけど、ここまで自分中心でことを進めるゆっちゃんに嫉妬の感情が芽生えてしまった場合が問題なんですよね」
「ああ! 確かにそれはかなり危ないかもしれない」
「どういうことー?」
委員長さんには俺が言いたいことが伝わった様子。電波ちゃんは話について来れてないのでとりあえず今は放置だ。
「嫉妬の感情の矛先が俺に向かうのであれば別に良いんですけど、もし周りに被害を及ぼし始めたとしたらかなり厄介なんですよね」
「いや、とっしー……その何でも受け入れる性格は否定しないが、君に矛先が向かっても大問題だぞ」
「まあ、俺に向かうのも確かに問題ではありますけど、それより周りに向かった場合は何が起こるのか……恐らく俺の想像は軽く越えて来そうではありますね」
「あー、そういうことねー。つまり、ヤンデレストーカー幽霊のゆっちゃんが、ゆっくんが仲良くしてる女の子を襲うかもしれないって話かー。ゆっちゃんは幽霊だから何でもし放題になりそうだから困ってるんだねー」
漸く電波ちゃんが話の流れに追い付いて来た。というか、俺たちが考えてることを的確に言葉にしてくれたのでこれ以上語る必要がなくなった。まあ、とりあえずは良し。
「そういうことですね」
「しかし、そうなった場合はどうしたものか……」
委員長さんと二人で考えを巡らせていると、電波ちゃんが何でもないことのように言葉を発した。
「そんなの簡単な解決方法があるでしょー」
「簡単な解決方法ですか?」
「そんなものがあるのか?」
俺たちの問いかけに電波ちゃんは答える。
「今、この町には緑かぶちゃんが居るでしょ。危なくなったらあの子に頼めば全部解決だよ」
「ああ」
「確かに」
そういえばそうだった。俺も委員長さんも納得する。
「グリモンさんは暫くこの町に滞在するみたいですから、ゆっちゃんはとりあえず様子見ですね」
どうにもならない時は頼って良いと口約束は交わしてあるので、ゆっちゃんの問題は一先ず解決したことにする。
「ふむ……ゆっちゃんについてはそれで良さそうだが、そうなると問題なのは緑の怪物の方か……彼女の行動は全く読めないから全て後手に回ってしまうのが厄介だ。せめて何をしにこの町に来たのかさえ判れば……」
委員長さんは何やらブツブツと呟きながら考え込んでいる。
その様子と対照的に電波ちゃんはいつの間にか何処から取り出したのか判らないブロッコリーを千切って口に運びながら委員長さんに話しかけた。
「バスに乗りに来たんじゃないのー?」
「流石にそれは……いや、彼女ならそれもあり得るな……」
「王国は車がないからねー。普段馬車にしか乗らないから、王国からこっちに来たばかりの頃は私もバスに毎日乗ってたからねー」
「ああ、確かに気持ちは判る。私もそうだった……」
電波ちゃんなら確かにそうしていても納得するが、委員長さんもそうだったのか。まあ、確かにグリモンさんも大はしゃぎしていたから野菜王国民ならば誰もが通る道なのか。
しかし、車がないとは野菜王国は文明レベルが低いのだろうか。いや、野菜だから環境に配慮しているだけの可能性もある。そういえば貴族がどうとかいっていたが貴族社会なのだろうか。まあ、王国だからそれでもおかしくはないか。そうなると王党派閥と貴族派閥で政争とかやってるんだろうか。
……野菜王国について色々気になるが、この辺で我慢しておこう。多分知ったら色々疲れる気がする。
そんなことを考えている間に二人の会話はバスの思い出話に切り替わっていた。
「あー、そういえばSuicaを初めて見た時、西瓜族がこの国を牛耳ってるんだと勘違いしたなー」
「ああ、私もだ。あんな技術力をいつの間に手にしていたのかと当時は驚いたものだ」
昨日目にした光景がフラッシュバックする。Suicaを西瓜と勘違いするのって野菜王国民の鉄板ネタか何かなのだろうか。
「グリモンさんも同じこと話してましたよ。とりあえず訂正しておきましたけど」
「あの子もかー、やっぱりみんな騙されるよねー」
「うむ、名前が紛らわしい。SuicaにするくらいならCabbageでも良かっただろうに」
「抜け駆けはずるいよー、それならBroccoliでも良いじゃないー」
「……まあ、流石にICカードを独自で作る資金も技術力もないからすぐに諦めたがな」
「そうだよねー……流石にそれは難し過ぎるからね」
そこまで聞いてふと昨日のグリモンさんとお付きの人の会話を思い出した。
――
「お嬢様、Suicaなるものが西瓜族と無関係だと判った今、先ほどの計画は実行に移す必要がなくなったのではないでしょうか」
「うーん、それなんだけどねえ……折角だからアタシたちでこの国を制覇してみても面白そうかなって思ってるところ」
「成る程……では、手始めにこの町から始めてみるのは如何でしょうか」
「おおー、それは好いね」
――
「ああ、そういう話だったのか……」
「どうした、とっしー?」
「何か思い出したー?」
俺の呟きを聞いて訊ねて来る二人に俺の推論を語った。
「グリモンさんはやる気だと思うよ」
「何!! 彼女の取る行動に心当たりがあるのか!?」
俺の言葉を聞いて真剣な表情になった委員長さんが詰め寄って来たので、とりあえず落ち着かせて話を続けた。
「グリモンさんはかぶ族のICカードをこの町で普及させる気だと思われますね」
「それは!! 確かに彼女の行動力ならやりかねない……どんな手段を使うかは判らないが、彼女であれば本当に実現させる可能性があるのが恐ろしい……」
「んー、まあ、本当に実現したら私はSuicaから乗り換えようかなー」
自身の想像に身を震わせながら語る委員長さんと、呑気な様子でブロッコリーの最後の一口を食べ終わった電波ちゃん。そんな二人の様子を眺めていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったのでその場はお開きとなった。
こうして俺の家の前に町中のバス停が集まっていた事件は幕を下ろした。
事件の真相は付喪神のバス停たちが団結してバス会社の経営難を解決させるために起こしたものだったが、グリモンさんに叱られてからはみんな本来の位置に戻った様子だ。
今日もグリモンさんは彼らとの約束を果たすべくバスに乗り続けているのだろう。
まあ、ストーカー幽霊のゆっちゃんとグリモンさんの問題はまだ解決していないが、一先ずは良しとしておこう。
バス停が元の位置に戻ってから数日後、Suicaに対抗するように謎のICカード「KABU」が町内に流通し始めるのだが、これについては深くは語らないでおこう。
―完―