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002 朝起きたら家の前に町中のバス停が集まっていた 前編

――



 それは、学校帰りにコンビニに立ち寄った時の話だ。


「ん?」


 誰かがこちらを見ているような視線を感じた俺は、何の気なしにそちらに目を向けた。

 すると、そこには俺と同じくらいの年頃だと思われる少女がこちらを見ていた。

 知らない少女だ。クラスメイトではない。流石に全校生徒の顔までは把握していないので同じ学校の生徒かもしれないが、その少女は学校の制服ではなく私服なので判別が出来ない。

 もしかしたら違う学校の生徒かもしれないな……などと呑気に考えていると、少女が語り掛けて来た。


「ゆっくん生きてたんだ……」

「……」


 とりあえず後ろを振り返ってみるが、誰も居ない。つまり、俺に語り掛けているのだろう。

 因みに俺の名前は北村敏明だ。名前にゆっくん要素はない。

 まあ、先入観で「ゆっ君」だと思っているだけで「ゆっくん」という固有名詞の可能性もあるが、未だかつて周りから「ゆっくん」と呼ばれたことは一度もないので、この少女の勘違いか俺の記憶違いかのどちらかだろう。

 しかし、第一声が「生きてたんだ」とは何やら穏やかじゃないな。

 とりあえず、思うままに答えてみた。


「ゆっくんが誰かは判りませんけど、俺は生きてますよ」

「久し振りだね。私のことは覚えてる?」


 ふむ、会話が微妙にかみ合ってない。

 それにどうやら現時点で彼女の中では俺=ゆっくんになってしまっているようだ。


「いえ、全く記憶にないです」

「私のこと、忘れてしまったの?」


 ふと、気付く。

 この少女は俺を見ているようで見ていない。

 彼女の視界に俺が入っているだけで、彼女の目は焦点が定まっていないのだ。

 まあ、気にしても仕方がないので会話を続ける。


「俺が貴女のことを忘れているのかそちらが人違いをしているかのどちらかだと思いますけど、現時点では判断材料が少な過ぎて判らないですね」

「……」


 返答は無言。会話が止まってしまった。

 会話が再開される様子もないので、とりあえず立ち読みしていた漫画雑誌を元の場所に戻して少女をその場に残して店を出た。


「何だったんだろうか」


 自転車に乗って帰路につきながら考えてみるが結局何も判らなかった。

 まあ、常日頃、訳の判らないトラブルに巻き込まれるので今回もそうだったのだろうと納得して置くことにした。

 しかし、この出来事はこの後に待ち受ける事件のほんの始まりに過ぎなかったことを今の俺が知る術はなかった。





――


 俺の名前は北村敏明。たまに変な事件に巻き込まれることを除いては何処にでも居そうなごく平凡な中学二年生である。

 先日は町中の自転車のサドルがブロッコリーに代えられるという奇妙な事件に遭遇したが、事件は無事に解決し、今はこうして平凡な日々を送っている……と思ったらまたしても奇妙な出来事が起こった。


「これはどういうことだ……?」


 学校に向かうべく家を出た俺が目にしたのは、家の前の道路に乱立する100を超えるバス停。しかもご丁寧にベンチ付きときたものだ。

 狭い車道に所狭しと等間隔に並べられたバス停。

 またあいつの仕業か? いや、今回はブロッコリーとは無縁だ。しかし、だからと言ってあの電波ちゃんが犯人ではない確証は無い。

 ……まあ、気にしても仕方あるまい。本人に直接……いや、彼女の監視者である委員長さんに聞けば何かわかるだろう。そんなことを考えながら俺は自転車に乗って学校へと向かった。



 学校に行く途中で気付いたのだが、通学路でいつも目にするバス停がことごとく消失していた。

 成る程、俺の家の前にあったのはそのバス停だったのか。確かに、家の前にあったバス停の表記は、市立病院前、市役所前などと主だった目的地が見受けられたから、恐らくはそういったバス停が我が家の前に移動しているのだろう。

 しかし、妙なことに元バス停があった地面には何の変化も見られない。バス停は地面に固定されていた筈なのに、それをもぎ取った痕跡がまるでないのだ。

 初めからそこには何も無かったかのように。

 興味をひかれたのと時間に余裕があったので町中のバス停を見て回っていると、見知った顔を見つけた。

 それは相手も同じだったようで、向こうから先に声をかけてきた。


「ああ、とっしーか。おはよう」


 そう言って俺に声をかけて来たのは我がクラスの委員長さんだ。俺の数少ない友人の一人である。


「おはようございます。それはそうと、そんな場所で何してるんですか?」

「バスに乗ろうと思ってるんだが、何故か肝心のバス停が無いからちょっと困っている」


 確かに言われてみれば委員長さんが居る場所は本来ならバス停があった場所だ。しかし、今は何もない通路の一風景。

 多分そこのバス停も我が家の前にあるんだろうな。そんな気がする。


「そのバス停なんですけど、実は……」


 俺は委員長さんにバス停が自宅の前に乱立していた話をした。


「……とまあ、そういう訳です。こんな無茶をする奴に心当たりはありますか? 俺はありますけど」

「ああ、確かに彼女の行動力なら可能かもしれない。だが、今回の件に彼女は無関係だろう」

「どうして判るんです?」

「前回の件で監視者が私一人だけでは危険だと野菜王様が判断され、監視者が増員されたんだ。彼女が怪しい行動を取ったら私に連絡が来るようになっている」


 何か突っ込みどころが満載だが、下手に突っ込みを入れると話が長くなりそうなので話を逸らすことにした。

 

「まあ、その話は一先ず置いといて、ここで待ってても本当にバスが来るかどうか怪しいですし、時間もまだ余裕があるんで歩いて行きません?」

「ふむ、そうだな」


 俺の提案に頷く委員長さん。こうして俺達は自力で学校に向かうことにした。

 学校に着くと、案の定バス停の話題で持ち切りになっていた。

 とりあえず、他の生徒の話を聞き集めた結果判ったことは、市内のバス停がわかる範囲で全て消失していたとのこと。

 じゃあ何処に消えたのかと生徒達は思い思いの推論を述べていたが、恐らくそれは俺の家の前だろう。まあ、それを言ってしまうと面倒そうなので黙って置くことにした。

 しかし、それとは別に気になる話題があった。


「いや、本当ですよー。昨日の夜、ゆっくん少女を見たんですよー。噂通りですよー。あ、でも探してたゆっくんは見付かったみたいですねー。見付けられて良かった良かった」


 そう言って捲くし立てているのは我がクラスのトラブルメーカーである通称電波ちゃんだ。

 電波ちゃんの話なのでいつもならスルーする所だが、興味を引かれた俺は話を詳しく聞いてみることにした。

 とは言っても、話に加わる訳ではなく聞き耳を立てていただけだが。

 そして、集まった情報を纏めて整理するとつまりはこういう事だ。


 最近この町で「ゆっくん」を探している不思議な雰囲気の少女の目撃情報が多発していて、その少女は出会う人間に「ゆっくん」が何処に居るのか聞いて回っているらしい。

 それだけなら普通の話だが、問題なのはその少女に「わからない」と答えると悲しそうな表情を浮かべて姿を消してしまうということだ。

 姿を消すとは、その場を後にするという意味ではなく、本当に姿が消えるらしい。

 まあ、よくありがちな心霊系都市伝説みたいなもののようだ。

 そして、電波ちゃんが言うには昨日の夜に「ゆっくん見付けた……」と呟いている少女を見掛けたので、「ゆっくん見付かったんだー! 良かったね!」と声を掛けたところ、少女は嬉しそうな表情を浮かべて噂通りに姿を消したらしい。

 恐らくその少女が見付けたとされる「ゆっくん」は俺のことだろう。しかしながら、明らかに普通じゃないゆっくん少女に声を掛ける電波ちゃんは意外と恐れ知らずだな。……まあ、電波ちゃんは別の方面で振り切れているので、特に被害を出さないゆっくん少女の方がまともに見えてくるけども。

 そんなことを呑気に考えていると、傍に居た委員長さんが話しかけて来た。


「何か考え事か、とっしー」

「ああ、電波ちゃんの話ですよ」

「ふむ、ゆっくん少女のことか。私は出会ったことがないので何とも言えないが、こうも目撃情報が多発していると本当に存在するのかもしれないな」

「実在しますよ」

「ふむ? とっしーも出会ったことがあるのか?」

「昨日、学校帰りにコンビニで出会いましたよ。その子が言うには、俺が「ゆっくん」らしいですけれど」

「……どういうことだ?」

「どういうことなんでしょうね。それは俺が聞きたいですよ」


 そこまで話をしたところで始業のチャイムが鳴ったので、続きは昼休みにでも話すことにして委員長さんと別れて自分の席についた。

 そして昼休み。


「……とまあ、そんなことがあった訳ですよ」


 俺は委員長さんに昨日の出来事を覚えている範囲で全て話し終えた。

 それを静かに聞いていた委員長さん。そして、何故か同席している電波ちゃん。


「とっしーがゆっくんだったんだね。見付けられて良かったねー」

「いや、俺の話ちゃんと聞いてましたか? ゆっくんに心当たりは全くないけど」


 意味がないと分かっているが一応電波ちゃんの発言に突っ込みを入れる。


「大丈夫だ、とっしー。彼女は分かった上で言っている。素の状態の彼女と会話したことがあるなら理解出来るだろう?」


 委員長さんにそう言われて前回の事件のことを思い出す。確かに若干、短絡的な思考の持ち主ではあるが素の電波ちゃんは割とまともだった。


「まあまあー、過ぎた話は忘れてしまおうー。あ、ブロッコリー食べる?」

「全く懲りていないようだな……ただでさえ王国から離反したかぶ族の族長のことで手一杯なのにこれ以上私を困らせないでくれ」

「族長の緑かぶちゃん強いからねー。あの子と一騎打ちで勝てる野菜族は居ないんじゃないかなー」

緑の怪物(グリモン)の二つ名は伊達ではないからな……。我々と同年代で族長にまで上り詰めた彼女の実力は野菜王様ですらどうにもならない」


 何か野菜王国トークをし始めた二人。気になる単語が色々飛び交っているが、気にしたら疲れそうなのでスルーすることにした。


「とりあえず、ゆっくん少女についてはここまでにしておいて、もう一つの問題について考えませんか」

「ああ、バス停の件か」

「どうして町中のバス停が我が家の前の道路に集結しているのか、その理由が全く分かりませんからね」

「あ、これはきっとバス会社の陰謀ですよー。バス停が集まっていれば少し走るだけで利用料金が跳ね上がってバス会社は大儲けですー」


 そう語る電波ちゃんの推論はスルーの方向で、とりあえず気になっていたことを委員長さんに訊ねてみた。


「今回の件は野菜とは無関係ですよね?」

「うむ、確証は持てないが恐らく無関係だと思うな」

「そうなると一体誰が何の目的でこんなことをしでかしたのか……」

「とっしー、バス停は朝になるまではなかったんだよな?」

「そうですね。昨日の夕方の時点では家の前は普通の道路でしたから、夜中の内にバス停が移動したんだと思いますね」


 昨晩は特に大きな物音もない静かな夜だったので、どうやって移動させたのか謎は深まるばかりだ。


「ふむ、現段階では情報量が少な過ぎて考えようがないな……。今はもう少し様子を見るべきかも知れない」

「だからバス会社の陰謀ですってー。経営難に陥ったバス会社の起死回生の策略ですよー」

「いや、仮にそうだとしたら利用者からクレームの嵐で逆に窮地に立たされると思うが」


 委員長さんと電波ちゃんの会話を軽く聞き流しながら、俺はあのバス停が乱立した道路を本当にバスが走ってるのだろうかと素朴な疑問を抱いていた。

 というか、本当にバスが走っているとしたらあの短い間隔で並んだバス停を通過する度に利用料金が増していくのか興味をひかれた。

 明日は学校が休みなので、実際に乗って確かめてみよう。

 そこまで考えた時、丁度昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったのでその場はお開きになった。

 その後は特に何事もなく時間が過ぎて行ったので、学校が終わるとそのまま家に帰って明日を待つことにした。


 そして翌日。

 朝になったので家を出てバス停に向かった俺を待ち受けていたのは、バス停の前で両腕を広げて走り回る緑髪の少女と、いかにも私は執事です的なオーラと礼服を身に纏った紳士だった。


「ブーーーーン」


 太く二つに纏めた緑色のお下げ髪の少女がバス停の前を内藤ホライゾンの如くグルグルと走り回っていた。やっていることは子供っぽいが、見た感じ俺と同年代のように見える。

 しかし、緑色の髪を現実世界で実際に見るのは初めての経験だ。俺の周りには一部の例外を除き基本的に黒髪の人間しか居ないので、緑髪のインパクトはなかなかのものだった。まあ、例外の電波ちゃんも白い髪なのでインパクトはなくもないが、彼女は言動の方がぶっ飛んでいるので髪色に対してのインパクトが霞んでいる。

 と、どうでもいいことを考えながら少女の姿を観察していると、傍に立っていた執事風の紳士と目が合った。何かを感じ取ったのか、執事風の紳士は走り回る少女に声を掛けた。


「お嬢様、はしゃぐのはそこまでにしてください」

「え? お嬢様って誰のこと?」

「貴女の事です」

「アタシかい」


 ふむ、よくわからないが会話をそのまま鵜吞みにするなら、緑髪の少女はお嬢様で、執事風の紳士はお付きの人みたいな感じか。

 そんなことを考えているとバスがやって来た。とりあえず財布からSuicaを取り出して待っていると、その様子を見ていた少女が話しかけて来た。


「それは何かな?」

「Suicaですね」

「西瓜? この町では西瓜族が幅を利かせているの?」

「Suica族って呼び方は初めて聞きましたけど、Suicaはこの町だけではなく東日本で使われてますね」

「そうなんだ。この国の半分を手中に収めているとは西瓜族への認識を改める必要がありそう……」


 会話が微妙にかみ合ってない気がするが本人は納得している様子なので気にしないことにする。


「お嬢様、バスが来ました」

「おおお!? あれが!! バス!!」

「利用方法は昨日説明致しましたが、覚えていらっしゃいますか」

「覚えてるよ!! 入り口で整理券という紙を引っこ抜くんだよね?」

「はい、その通りです。整理券はバスから降りる際に必要なのでなくさないように気を付けてくださいね」


 急にテンションが上がった少女とお付きの人の会話を聞いていたらバスが停まったので乗ることにした。


「整理券はどこだああああ!! 引っこ抜かせろおおおお!!」

「お嬢様、こちらです」

「おお!? 引っこ抜いたらまた出て来た!! もう一度引っこ抜けるの!?」

「いえ、一人一枚だけです」


 目の前で繰り広げられる賑やかな光景。話を聞く限り少女は初めてバスに乗るらしいので、テンションが高いのはそのせいか。

 そんなことを考えながらSuicaをカードリーダーに当てていたらまたしても少女に話しかけられた。


「あれ? 君は整理券引っこ抜かないの?」

「俺にはこれがありますので」

「そういえばその西瓜ってどういうものなの?」

「そうですね……バス利用の場合で説明すると、これが整理券とお金の代わりですね。これがあればバスを降りる時にお金を自動で支払ってくれるんですよ」

「なんと!! 西瓜族の技術力がこれほどのものだったとは……」


 またしても会話がかみ合ってない気がするが、これ以上は上手く説明する自信が無いのでお付きの人が後ほど彼女に説明してくれることを期待しておく。

 少女とお付きの人は最前列の席に座ったので、俺は真ん中辺りの席に座った。さて、バスに乗る前から色々あり過ぎて忘れるところだったが問題はここからだ。

 バス内から見える前方の景色はバス停だらけだ。果たしてこのバスの利用料金はバス停を通り過ぎるごとに加算されていくのか否か。それを確かめるためにバスに乗ることにしたので、早速検証開始だ。



――3分後――



 ……ふむ、まあ予想通りといえば予想通りの展開だ。

 バス停が設置されている間隔が近過ぎて目的地を言う前に次の目的地に切り替わるせいで「次は」、「次は」としか言ってくれない車内アナウンスと、全てのバス停を通過扱いにしているせいで爆発的に加算されていく利用料金。俺たちの他に利用客が居ればもう少しゆっくりことが進んだかもしれないが、生憎俺たちしか利用していないのでバスはどのバス停にも停まることなく進んでいく。

 とりあえず検証はこのくらいにしておこうかと思い始めた時、不意にバスが停まった。

 降車ボタンは誰も押していないので、俺たち以外にバスに乗ろうとしている人が居るのだろう。

 物好きな人も居るものだなー、とバスに乗り込む人物に目を向けるとそこには、


「また会えたね、ゆっくん」


 ゆっくん少女が居た。


―続く―

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