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夕霞たなびく街の噺屋さん  作者: 秋丸よう
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【第一ノ怪】ジグザグ足 その3

 智也(ともや)と別れた後、俺は居酒屋のバイトの時間がギリギリだったので、そのまま行くことにした。

 居酒屋のバイトはいい。賄いが出る。それが目当てで居酒屋のバイトをしている。

 バイトのシフトは深夜まである。実家暮らしで近いので全然深夜でも余裕だ。終電の心配なんてしないでいいからな!





***


 バイトの帰りにちょっとしたお菓子をコンビニで買って帰る途中だった。

 昼間話してた噂の路地の前を通った。


 ここを通ると近道にちょうどいい。サキさんに通るなと言われていたが、地縛霊なんていないし、霧も出ていない。もう通ってもいいんじゃないかと思った。


 今思えばそこで通ってしまった自分が軽率でなんて馬鹿だったんだと思っている。



 噂の路地を進むとひっそりとしていて通行人は誰もいない。

 元々人通りが少ない路地だから人が居なくても納得出来る。ただ、もう家に着いてもいいはずなのだが。



――ズリ、


 おかしい。

 同じ道をぐるぐる回っている気がする。

 変な汗が滲み出てくる。人だって俺以外1人も見かけない。


――ズリ、


 何か聞こえる。そう思った時だった。突然俺のすぐ後ろの街灯がぱあっとより明るく光った。

 後ろに何かの気配がした。人ではない、と思った。


――ズリ、、


 俺は後ろは見ずにばっと走り出した。

 だが、走っても走っても同じ道に戻ってくる。

 何かが這いずるような音がする。


 なんにもないんじゃなかったのかよ! 噂なんて嘘なんじゃなかったのかよ! 俺が何したって言うんだよ!


 体力には自信があったが、やはり人間皆限界がある。


 力尽きてきたその時だった。



ーーガシッ



 地べたを這う何かに足をつかまれた。


 もうすでに汗だくだったが、その汗が冷や汗に変わった。

 つかまれた衝動でその場でこけてしまう。痛みより恐怖が込み上げてくる。恐る恐る足の方を見る。


 それの第一印象は"血まみれ"だった。血まみれで青白い、いや、茶色かもしれない。とにかく血が通っていないようなそんな顔色だった。

 その次に分かったのは足がボキボキに折れ曲がっているということだった。

 そう、まさに――「ジグザグ足」。


 それを理解した時改めて血の気が引いた。今まで非現実的なことは信じていなかったが、その時は信じざるを得なかった。


「あ……ア……た……し……ダイ?」

「?」


ボロボロの唇が動いている。


「アナタノキレイナアシチョウダイ?」

「っ!」


 その言葉を理解した時には、足に細いガサガサの骨のような指がくい込み、鋭い爪が突き刺さっていた。絶望と共に痛みと諦めがやってくる。

 それでも逃げようとするが、どんどん爪がくい込んでくる。


 完全に絶望し、諦めかけた時それは飛んできた。


シャーン…………!


 澄み切った清い音。

 そうまるで、あの古書店で聞いた鈴の音を彷彿とさせた。

 その何かがジグザグ足の女子高生に直撃する。バチッという音を立てて俺からジグザグ足が弾かれた。


 飛んできたものはまるでアニメや小説の中で見るような錫杖だった。


 上の方から気配がした。


「はぁ……お前馬鹿だろ。面倒事増やすなよ」

「もうっだから真夜中にこの路地は通っちゃダメって忠告したのに!」


 屋根の上から身軽そうに降りてきた真っ黒な人影は街灯の灯りで照らされ、正体が露わになる。昼間いた古書店のイケメン君とサキさんだった。


 サキさんは俺に手を伸ばしてこう言った。

「立てますか?」


「は、はいっ! そんなことよりあいつがまた襲ってきます! 俺なんか置いて逃げてください!」


 そう言うと彼らは顔を見合わせてクスクスっと笑った。


「今現在私たちがいるこの路地は異界となっています。本来ならターゲット1人しか入ることの出来ない場所に私と奏多(かなた)くんが入ってきた。これで分かりますよね? 私たちが普通の人間じゃないってことは」


 サキさんは手を口元に持ってきて、口元を隠すような仕草をした。


 ニコニコと笑っている。なぜ笑っていられるんだろう。


 俺はサキさんが言っていることが理解できなかった。


「この人わかってませんよ」

 呆れたような馬鹿にしたような声だった。


「まぁまぁ。知らなくてもいいことですからね。さっさと片付けて彼をどうするかは後で考えましょう」


(どうなるんだ、俺……)


 不安がよぎる中、弾き飛ばされたジグザグ足が戻ってきた。


「さぁ行きますよ!」


 カナタくんはさっき飛んできた先が槍のようになった錫杖を持ち構えた。

 サキさんは着物の襟から経典のようなものを出していた。


 俺に向かってジグザグ足は匍匐前進ですごい速さで襲いかかってくる。


 カナタくんは俺を守るようにして錫杖で攻撃を防ぎ、反撃する。



――ザンッ



 ジグザグ足はずっと何かを呟きながら今度は手を物理的にジグザグと伸ばして攻撃してきた。一つの手はカナタくんが防いだが、もう一方の手は俺目掛けて襲いかかってきた。


 もうダメだと思った時、



『霞の言葉に力を与えよう、我の言の葉を与えよう、今一度逢魔が時に帰しましょう、首切りの妖刀、名は牡丹切。来なさい!』



 サキさんはすうっと呪文のようなものを唱えると、ニコニコ笑いながら経典から一振の薙刀を出し、ジグザグ足の腕を切り落とした。


 その薙刀は牡丹と言うより、白百合のように美しい白い刀身だった。"首切り"というのが気になった。


キエェェェエェェエエエエェェェェェェエエエ



 ジグザグ足は叫び声のような耳を劈く悲鳴を発し、伸ばしていた腕を元の長さに戻す。


「今です!」


 サキさんがそう叫ぶと、カナタくんが錫杖でジグザグ足本体を刺していた。すかさずサキさんはもうひとつの経典を取り出す。



『話は紡ぐもの、糸も紡ぐもの、数多の糸は鎖となりて、言の葉の根源を縛りましょう』



 詩のような、呪文のような言葉を発する。

 経典が化け物の体全体を取り囲む。


 するとどうだろう。

 あら不思議。経典から鎖が出てきたでは無いか!

 本当にアニメのようだ。


 出てきた鎖はジグザグ足を地面に縛り付けた。


「辛かったですよね。助けるのが遅くなって申し訳ありません」

 サキさんは憂いを帯びた声でジグザグ足に話しかける。


「まだ『怪異』ですね……。でも『仮妖』になりかけてますね」

「ええ……『仮妖』になってなくて良かったです。あともう少しという所で止めることが出来ました」

 "仮妖"ってなんだ? なんなんだこの人たちは?


 ジグザグ足が縛り付けられて安心したのかたくさんの疑問が頭の中に浮かんできた。


「それじゃあ、最後の仕上げといきましょう!」



『詩の終わりを告げましょう。あるべきものはあるべき場所へ、無は無へ、言葉は文字へと帰りましょう。宵闇と共に霞は消え失せ、幻は言葉へと還りましょう』




――バッシーンッ


 サキさんはそう言うと経典で思いっきりジグザグ足を叩いた。


(いや物理的にしばくんか〜い!)


 俺は心の中で猛烈に叫んだ。そこは物理的なんだ……

 ジグザグ足の中から何か淀んだ穢れたものが経典の中に吸い込まれていく。それは文字に見えた。

 全て吸い込まれると、地面に縛り付けられていたジグザグ足は普通の女の子になっていた。(透けてたけど)



 星蘭女学院(せいらんじょがくいん)の制服だった。

「助けてくださってありがとうございます」


(幽霊が喋った!?)


「いえいえ、噺屋として当然の事をしたまでですよ。ところで成仏は出来そうですか?」


 サキさんがいつも通り人間と話すような感じで話しているのを見て、いつも見えてんのかなとか色々思ったが突っ込まないでいた。

 多分この人たちからしたら普通のことなのだ。


「私をひいた運転手が捕まらない限り私は成仏することができません。この場所からも離れられないので、夢に出ることも敵いません」

 

 女の子は悔しそうな悲しそうな顔で答えた。


 サキさんは少し考え込み、答えた。

「では、そうですね……ほんの少しだけですが、ここから離れられるだけの力を差し上げましょう」

 


『我が詩を捧げましょう。言葉を糧に捧げましょう。微睡みの中、揺蕩う者を誘いましょう。玉響の時を捧げましょう』



 サキさんはニコニコしてまた詩のような呪文のような言葉を発した。経典がぼうと明るくなった。まるで何かの力が宿ったかのように。女の子にポンっと経典が触れる。


 女の子は驚く心情と喜びの心情が入り交じったような顔をした。


「これでこの場所から離れることができます」

「っありがとうございます! これでいろんなところに行ける。本当にありがとう!」


 女の子は嬉しそうにして消えてしまった。それと共に違和感があった薄暗い路地が少し明るくなったようなそんな気がした。


「異界から抜けましたね」

「では帰りましょうか、もちろんあなたもですよ。えーと……」

渡瀬春翔(わたらせ はると)ですっ」


 俺はさっきまでの出来事にドギマギしながらも、元気よく答えた。


「渡瀬さん、あなたの傷の手当てをしなければなりません。そのまま帰ったら何があったのか怪しまれるでしょう?」


 確かにサキさんの言う通りだ。親に何があったのかめちゃくちゃ怪しまれる。


「確かに……そうですね。お言葉に甘えてお願いします」


 そう答えると、サキさんは微笑んだ。




読んでいただき、ありがとうございます。

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