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第二百二十七話 決死のプランB

 



「カエデ、タクゾウ、ちょっといいかい」


「なんでしょう」


「二人に話があるんだ」


「僕達に?」


 3rdステージが始まってからすぐ、メムメムは楓と拓造だけに相談を持ち掛けていた。相談の内容というのは、次のステージについて。


 DAだけで3rdステージをクリアしたとなると、残りの冒険者は七人。刹那と風間は温存するとして、もし次のステージのチャレンジャー人数が三人ないし四人だった場合、この三人でチャレンジしようというものだった。


「私は構いません」


「僕もだよ」


「ありがとう。そこで、今の内に二つの作戦を伝えておこうと思う」


 二つ返事で了承してくれた仲間に感謝を述べたメムメムは、次のステージにあたって二人にプランAとプランBの作戦を話す。


 プランAは、敵にもよるがこの三人だけで攻略できると判断したらそのまま戦う。

 プランBは、敵が通常の戦いで攻略できないと判断したら、メムメムのユニークスキル【消滅魔術ディストラクション・ノヴァ】を使う戦法だ。


 この場で楓と拓造には言わなかったが、メムメムは十中八九プランBを実行することになると予測していた。

 士郎と灯里を欠いたこの三人では攻撃役アタッカーがメムメムしかおらず、圧倒的に打点が不足してしまう。ステージを越えるごとに強くなっていく敵に対して普通にやっても攻略は不可能だろう。


 その代わり、メムメムの【消滅魔術】ならばどんなモンスターだろうが確実に倒せる。しかし【消滅魔術】を使用するには発動するまでのエネルギーを溜めなくてはならず、その間メムメムもその場から動けないというデメリットがあった。


 だからプランBを遂行するには、楓と拓造にメムメムを守る盾になってもらわなければならない。


「こんな作戦しかなくてすまない」


「謝らないでください。私もそれしかないと考えていました」


「やっさんやベッキーさん達、それに今戦っているDAだって皆命を懸けているんだ。僕達だけ安全に戦えるなんて最初から思ってないよ」


 二人が危険にさらされてしまう作戦しか立てられず申し訳なく謝るメムメムに、楓も拓造も気にしなくていいと微笑んだ。というより、今の内に覚悟しておいてと言ってくれて感謝しているぐらいだ。

 この三人で、何が何でも次に繋げる。その覚悟は予めできていた。


「プランBに変更だ。二人共、覚悟はいいかい?」


「もち……ろんです」


「うん、大丈夫」


 だからプランBを行うと言われても二人が取り乱すことはなかった。

 固定砲台『人の業』が次のビームを放つまでのエネルギーを充填している間、メムメムと拓造は楓の背後に隠れる。メムメムは両手を空へ掲げると、【消滅魔術】を発動する準備に取り掛かった。

 さらに楓も、砲台からの攻撃に耐える為にユニークスキルを発動する。



「【狂艷】……発動!」



 刹那、楓の身体が緋黒いオーラに包まれた。

 ユニークスキル【狂艷】の能力は知力が四分の一に減少してしまう代わりに耐久力が1.5倍に上昇し、さらに痛覚を快楽に変化させる【痛覚快楽】というスキルを発動させる。


【狂艷】スキルを発動しなければ、拓造から回復してもらっても痛覚によって意識がぶっ飛んでしまうだろう。

 そうならない為に痛覚を快楽に変化させる必要があった。本来【狂艷】スキルを発動すると性格が激変してしまうのだが、既に体力を失っている楓に叫び楽しむ余裕なんてなかった。


「来るよ!」


「ギガンシルド!」


 ゴオオオオオッ!! と、チャージを終えた固定砲台が白光びゃっこうの熱線を発射する。眼前の大気を焼き焦がしながら猛進してくる熱線に対し、楓は盾を前に突き出して防御する。


「がっ、ああああああああああ!!」


「耐えろ、耐えてくれカエデ!」


「ハイヒール! ハイヒール!」


「「楓さん!!」」


 悲鳴にも似た絶叫が楓の口から迸った。

 灼熱の熱線を真正面から受ける楓の肉体は先程の一撃でとうに限界を越えてしまっている。【痛覚快楽】のスキルを持ってしても、熱波と衝撃の苦痛が貫通してくるのだ。


 拓造が連続で回復魔法をかけるが、その衝撃は人間が耐え続けられるものではない。それでもメムメムや士郎や灯里といった仲間達の声が届く限り、途絶えそうな意識をギリギリのところで繋ぎ止めて楓は見事耐えきった。


 が、しかし。その代償は大きかった。

 熱線を受け止め続けていた大盾は消滅し、ほぼ炭と化した鎧。楓は意識を失い膝から崩れ落ち、地に伏せてしまった。


「五十嵐さん! くっ! メムメム君、魔法の発動はまだ終わらないのか!?」


「まだだ……あの兵器を破壊するにはまだ時間がかかる」


「そんな!?」


 メムメムの言葉を聞いて絶望する拓造。『人の業』は次弾を発射する為にチャージに取り掛かっている。しかしメムメムを守る盾の楓は今の攻撃で完全に意識を失ってしまっており、このままではただの的になってしまう。


(僕がやるしかない!!)


 どうにかしないといけない。

 どうにかできるのは、今ここには自分しかいなかった。


「はぁぁあああ!!」


 覚悟を決めた拓造は、収納空間から風緑の鎌を取り出して固定砲台に向けて全力で走り出す。地を蹴って跳び跳ねると、風緑の鎌を振り下ろした。



「こっちだ木偶の坊! こっちを向け!」



 エネルギーをチャージしている砲台に何度も鎌を叩きつける。

 拓造がやろうとしていることは、敵意ヘイトをメムメム達から自分に引き寄せることだった。

 あの状態ではもう楓が立ち上がることはできないだろう。ならば、【消滅魔術】を発動させる為の時間稼ぎを自分がしなければならない。そんな事をしたら、自分の身が危なくなることは百も承知の上で。


(はは、駄目だ……こんな時でも身体が震えてるや)


 情けない己に腹が立つ。

 死ぬのが怖い。怖いから身体が無条件で震えてしまっていた。


 自分が場違いであること、力不足であることは本人が一番理解している。

 刹那や風間を始め、錚々たる上級冒険者達。士郎やメムメムは言うまでもなく特別な人間であるし、灯里と楓だって彼等に見劣りしない。


 志願した十六人の冒険者の中でも、島田拓造だけが凡人であるとはっきり言える。正直、他の人間からすれば何であんな奴が……と思われているだろう。そう思われるのも仕方ない。だって自分がそう思っているからだ。



 ――それでも、この場に来なければよかったとは一度も考えなかった。



「おおおおお!! こっちだ、こっちを向けぇぇえええええ!!」


 自分の力で世界を救うなんて大それたことは思っちゃいない。

 ただ……士郎に灯里、楓にメムメム。大切な仲間と共に戦いたい。なにより、愛する妻の紗季を死なせたくなかった。


 だからここに来たんだ。

 恐怖で足を震わせてもいい。かっこよく敵を倒せなくたっていい。

 一発分。たった一発分の時間を稼げればそれでいいんだ。

 それで自分がどうなろうと構わない。


 ガコンッ……。

 お願いだからこっちを向け。彼のそんな願いが届いたのか、砲台の銃口が拓造に向けられる。


「もういい島田さん! そこから離れるんだ!」


「逃げて島田さん!!」


「ぉぉおおおおおおおお!!」


 離れた所から士郎と灯里が逃げろと促してくるが、拓造は再び鎌を振り上げた。ヘイトは取れたのかもしれない。でもここで離れてもしメムメム達が狙われてしまったら、ここまでの苦労が水の泡だ。

 だから拓造は確実にヘイトを取る為に攻撃の手を止めない。そして今、固定砲台のチャージが充填され、二メートルの銃口から熱線が放射された。


(ごめんね、紗季)


 至近距離から熱線を浴びる拓造のHPが一瞬で削り取られる。

 身体がポリゴンとなって消滅していく中、拓造は愛する妻に心の中で謝罪した。


「島田さぁあああん!!」


「島田、さんッ!!」


「たっちゃん、よくやったでござる。本当によく頑張っ……ぅぅ、ううああああああ!!」


 目の前で拓造が消滅していく姿を目にした士郎と灯里が涙を溢す。

 彼の家で彼の雄姿を見ていた紗季は、よく頑張ったと褒めるも、悲しみに泣き崩れてしまった。



「ありがとうタクゾウ。君が稼いだ一発分の時間は無断にはしない。ボクが終わらせる――何だと!?」



 死力を尽くした拓造に感謝を述べるメムメムだったが、『人の業』の様子に目を見開く。驚愕した理由は、先程よりもチャージする速度が早くなっていたからだ。

 一発目と二発目でチャージ時間を数えていたメムメムは、【消滅魔術】を発動させる為の時間に間に合うと判断していた。


 しかし突然早くなったチャージを見る限り、ギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際になってしまう。

 絶体絶命の状況にクソッと悔しそうに奥歯を噛み締めると、倒れていた楓の身体がぴくっと反応する。意識が戻ったのか、ぐっと腕の力を入れて生まれたての小鹿のようによろよろと立ち上がった。


「島田さんは……」


「先に逝ったよ。ボク等を守る為にね」


「そう……ですか。状況は?」


「最悪だよ。奴のチャージが早くなった。ボクの魔法がギリギリ間に合わないかもしれない」


「なるほど。では、私がもう一発防ぎます」


 壊れた眼鏡の淵を指で上げながら、楓はそう告げた。

 今の彼女はまだ意識が朦朧としているが、自分の役目だけは一瞬で理解することができた。だから、血に塗れた両手を上げて防御スキルを発動する。


「ギガン……シルド!!」


 刹那、固定砲台『人の業』から最後の熱線が放たれる。

 透明のバリアを両手で抑えながら受け止めるも、一瞬でバリアに罅が入り、ブシュウ! と全身の血管が破裂してしまう。

 意識が飛ぶような激痛が襲いかかる中、吐血と絶叫を上げながら耐え続けた。



(ふふ……とうとう告白できませんでしたね)



 薄れゆく意識の中、楓は一つだけ後悔していた。

 初めて男の人を好きになった。恋なんて自分には無縁だと思っていたのに、意外とすぐに好きになってしまった。案外ちょろい女だと笑ったものだ。


 だけど、好きになってしまったものは仕方がない。

 それだけその人が……許斐士郎が五十嵐楓にとって魅力的だったのだから。恋のライバルである灯里に遠慮してついぞ告白できなかったのは悔やまれるが、それでよかったのかもしれない。


 だって、告白したら結果に関係なく自分はここに居なかったのかもしれないから。士郎の仲間として一緒に戦いたかった。

 けど、どうやらそういう訳にもいかないようだ。だから彼女は、恋のライバルに想い人を託す。


(士郎さんのことは任せましたよ、灯里さん)


「楓さん!」


「はぁぁああああああああああああ!!」


「ありがとうカエデ。タッチの差で、“ボク達の勝ちだ”」


 “HPが全損していながらも守ってくれた楓に”感謝するメムメムは、掲げていた両手を振り下ろす。




「終わりだ――【消滅魔術ディストラクション・ノヴァ】!!」




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