第二百二十六話 4thステージ
「ジ・アルカイオス!!」
「氷雪の煌めき!!」
『ギャアアアアアアア!!!』
ミオンとアナスタシアが繰り出したユニークアーツによって『饗蘭の歌姫』が屠られた。
歌姫が消えたことで横浜アリーナを覆っていた闇が晴れ渡り、光が差し込んだ。空中にいる二人は再び戦闘機に飛び乗り、地面まで運んでくれる。
「やったよシオン!」
「シオン……?」
戦闘機から飛び降りたミオンとアナスタシアがシオンのもとに笑顔で駆け寄る。しかし、仰向けに倒れている彼女の姿を見て呆然としてしまった。
何故ならシオンのHPが既になくなっていて、手足がポリゴンとなって消滅してしまっていたからだ。
「シオン……シオン!」
「お二人共……敵は、倒せましたか?」
「倒した。シオンのお蔭で倒せた」
「そう……ですか。それは良かった、ですわ」
吉報を聞いたシオンは安堵の表情を浮かべる。
残り二両の戦車が破壊されていることから、それが最後のダメージとなってHPが尽きてしまったのだろう。HPが尽き、意識が朦朧としていて尚、ミオンとアナスタシアが落下ダメージを受けないように戦闘機を操作してくれたのだ。
「やっぱり……DAは最高ですわね」
「シオン、シオン! うわぁぁああああああ!!」
「くっ、うぅ!」
満足気なシオンの顔がポリゴンとなって横浜アリーナに散ってゆく。大切な二人の仲間を失ったミオンは泣き叫び、アナスタシアも顔を俯かせて涙を流す。
「シオン、よく頑張ったわね」
「シオンちゃん!」
「素晴らしかったです。本当にッ……」
DAの戦いを画面で見ていた関口は、膝から崩れ落ちるように座ると嗚咽を漏らす。観客席で眺めていた楓や島田に、世界中のDAファンも嘆き悲しんだ。
そんな哀愁な雰囲気を掻き消すように、横浜アリーナにエスパスの陽気なアナウンスが響き渡る。
『コングラチュレーション! とても見応えがある素晴らしい戦いだった。身を切って戦う姿には私でさえ心を打たれてしまったよ。2ndステージでの番場――いやベッキーもそうだったが、尋常ではない激痛の中よく戦い続けられるものだ。感動してしまうね』
「「……」」
他人事のようにほざくエスパスに対し、怒声を上げる冒険者はいなかった。
お前だけは絶対に許さないと言わんばかりに、ただ空に向かって睨みつけている。静かに怒りを燃やしている冒険者とは別に、コメント欄では大炎上が起こっていた。
「もうやめさせろ!」「人の命を弄ぶな!」と世界中の人達が怒りのコメントを送っているのだ。炎上コメントを眺める異世界の神はやれやれと肩を竦める。
そして、画面の向こう側にいる人間達に真顔でこう告げるのだ。
『やっと気づいたのかい? これがただのゲームではなく、命を懸けた戦争だということに』
「「――っ!?」」
エスパスが放つ言葉と雰囲気に圧倒された人間達が恐れおののく。画面にアップされているエスパスの恐ろし気な真顔は見る者を震え上がらせた。
そして気付き、実感する。この戦いがただの遊びや見世物でないことを。もし冒険者が敗北してしまえば、世界中に異世界の魔物が溢れて本当に人類が滅亡してしまうことを今になってようやく気付いたのだ。
そんな愚かしい人間達の反応を見ているエスパスは続けて、
『おや、今更怖がっているのかい? この期に及んでも他人事とは呆れてしまう。君達人間はいつもそうだよね。どこかで戦争が起きようと、どこかで震災が起きようと、自分には関係ないと言わんばかりに考えようともしない。しかしいざ自分達の身にそれが起こると途端に喚き出すんだ。“話が違う”とね』
「「っ……」」
『噛み締めるがいい。今君達の命運を握っているのは、生き残っている冒険者に委ねられているんだ。それに気付いたなら、少しは本気で応援するんだね』
突然異世界の神が現れて、EXTRASTAGEをクリアしなければ世界が滅亡すると言われても、余りにも現実味がなさすぎて今までは他人事だった。
モニターの奥で必死に戦っている冒険者を心の底から応援している者なんて全体数で言えばほんの一握りだっただろう。
家の部屋でポテチを片手に食べながら、バーで友人と酒を交わしながら、映画やスポーツ観戦をしている気分で見ていた。
しかしエスパスの脅しによって、あるいは命を懸けて必死に戦う冒険者の姿を見て、心の底から応援する人間が一気に増えていった。
YYY:お願いだ、クリアしてくれ!
ヒーロ::冒険者の皆さん頑張って!
SARI:私達はアナタ達が勝ってくれることを望んでいます!!
ひやかしも多かったコメント欄に純粋な応援メッセージが溢れ返る。それらを一瞥したエスパスは、残っている冒険者にこう告げた。
『冒険者の諸君も、この戦いが世界の命運を握っていると自覚してくれたまえ。まぁ、当事者である君達には改めて言う必要もないことだがね。さぁ、次のステージへと進みたまえ』
「行こう」
「「はい」」
風間が先陣を切り、次のステージに繋がる自動ドアへ向かう。そんな彼等にミオンとアナスタシアが声をかけた。
「頑張って、皆」
「必ず勝って」
「「任せて」」
二人の応援を受け取った冒険者達は、自動ドアへ入り次のステージに転移したのだった。
◇◆◇
「ここが次のステージですか」
「戦場って感じの場所だね」
島田の言う通り、4thステージは戦地を彷彿させる場所だった。
倒壊している多くの建物に、戦車や兵器がそこかしこに転がっている。ところどころ火が上がっており、鉄臭い血の臭いが鼻腔を刺激する。
ついさっきまでこの場所で戦争が行われていたような風景。やけにリアルで、もし死体まであったら吐いてしまうところだった。
『4thステージへと進んだ七人の冒険者達。このステージでチャレンジできる人数は三人までだ。さぁ、4thステージにチャレンジする冒険者を選びたまえ』
「三人……ですか」
今この場にいるのは、士郎・灯里・楓・拓造・メムメムのパーティーに風間と刹那を含めた七人だ。風間と刹那を最後まで残しておきたいなら、士郎のパーティーを崩して三人を選ぶしかないだろう。
士郎はどうするか悩んだが、チャレンジャーが三人と言われた時点で他の者は自分が出ることを決めていた。
「私と」
「僕と」
「ボクの三人だね」
自分から名乗りを上げたのは楓と拓造とメムメムだった。その選出に異義がない風間と刹那は黙って口を閉ざすが、士郎と灯里は迷った顔で問いかける。
「いいのか?」
「勿論です。ここを行くのなら私達以外考えられないでしょう」
「楓さん……」
灯里がそっと楓に抱き付き、楓もまた不安そうな灯里を抱き寄せて頭を優しく撫でる。そんな二人を横目に拓造が士郎に拳を突き出した。
「やっさんやDAと比べて僕は頼りないかもしれないけど……任せてよ。頑張るからさ」
「島田さん……島田さんは頼りなくなんかないですよ。信じてます」
突き出された島田の拳に士郎も拳を合わせる。
皆、心のどこかで分かっているのだ。もしかたら次の戦いで犠牲者が出てしまうと。そんな事はない、三人揃ってクリアしてくれると信じてはいるが、今までの激しい戦いを見ていたら楽観視はできなかった。
“この五人が揃って会えるのが最後になってしまう”。
誰もそう口にはしないけれど、その覚悟だけは心の中に抱いていた。が、相変わらず空気を読まないメムメムだけははっきりと告げる。
「シロー、それとアカリ。もしボク達の中の誰かが欠けてしまっても、絶対に折れてはいけないよ」
「なぁメムメム、今そんなこと言う必要ないだろ」
「いや、これは大事なことなんだよ。今まで命を賭して戦ってくれた冒険者から託された側として、世界中の人間を代表してボク達は今この場に立っている。だから残った君達だけは絶対に挫けてはいけない。もし挫けそうになったらその事を思い出すんだ。わかったね」
「……ああ」
「うん」
言葉の意味をしっかりと二人が理解してくれたと感じたメムメムは年長者のような柔らかい笑みを浮かべると、楓と拓造に意気揚々と告げた。
「よし、それじゃあ一丁やろうか。カエデ、タクゾウ」
「はい」
「うん!」
『チャレンジャーが決まったようだね。では4thステージを開始しようか。視聴者の皆も、死ぬ気で彼等を応援してくれたまえ。ではチャレンジャーの諸君、4thステージスタートだ』
エスパスがそう言った刹那、ドドドドドドッと地面が激しく揺れる。士郎が何だ!? と慌てていると、眼前の地面が縦に割れて何かがゆっくりと出てきた。
「あれは……大砲?」
冒険者達の前に姿を現したのは巨大な固定砲台だった。
鋼の装甲に包まれた砲台の口径は二メートルにも及ぶ。無機質で純粋な殺戮兵器。モンスター名に『人の業』と名付けられたそれが、4thステージのモンスターであった。
今までと毛色が違った敵に様子を見ようとするメムメムだったが、砲台の銃口に光の粒子が集約していくのを目にして慌てて楓と拓造に指示を下す。
「二人共集まるんだ! 楓、防御スキルを!!」
「「はい!」」
指示通り、楓を前にして背後にメムメムと拓造が回り込む。砲台は根本部分を回転させてメムメム達に狙いを定めると、チャージした光を解き放った。
「巨人の盾!!」
楓が光輝く盾を掲げ、防御スキルを発動する。砲台から放たれたビームのような熱線が盾に衝突し、轟々と爆撃音が鳴り響いた。
「ぐ……ぐぅぅぅうう!!」
「耐えろ、耐えるんだカエデ」
「ハイヒール!!」
防御しているのにも関わらず、楓のHPが見る見るうちに減っていく。それを見た拓造が急いで回復魔法で全回復させるが、衝撃に耐えられるかが問題だった。
十秒か、三十秒か。楓本人にとっては果てしなく長く感じられたが、それぐらいの時間でビームが終わった。
「はぁ……はぁ……」
苦渋の表情を浮かべる楓は、崩れまいと盾を杖代わりにする。
直接的なダメージは受けていないし、拓造から回復魔法を受けていても尚、たったの一撃でグロッキー状態に陥ってしまった。
凄まじい衝撃は全身の骨を砕き、熱線による熱波は肌を焼き焦がす。楓でなかったら衝撃と苦痛に耐えきれず三人諸共灰燼に帰していただろう。
「ギガフレイム、ギガアクア、エル・グランド」
反撃に出ようとメムメムが一人砲台へ走りながら魔法を放つ。しかし、様々な属性の魔法を喰らっても砲台のHPはほんの少ししか削ることができなかった。単純に耐久力が高いのだろう。
しかも砲台は再びビームを放とうとエネルギーをチャージしてしまう。このままでは殺る前にやられてしまう。
この三人であの砲台を撃墜する手段は一つしか残されていなかった。一瞬でそう判断したメムメムは仲間達に伝える。
「プランBに変更だ。二人共、覚悟はいいかい?」
「もち……ろんです」
「うん、大丈夫」
「よし、じゃあ準備しようか。二人共、耐えてくれよ」