閑話 勇者一行
メムメムの話です
「……メム……メムメム、ほら起きて」
「う~ん、うるさいなぁ~寝かせておくれよ~」
身体を揺らしながら起こそうとしてくる者に、ボクは身をよじりながら反抗した。しかしそいつは諦めることなく、ため息を吐きながら再びボクの身体を揺らす。しかも今度はかなり強めだ。
あ~もう、人が折角気持ち良く寝ているのになんなんだよぅ。
「こんな朝早くになんだよマルクス、まだ日も出ていないじゃあないか」
しょぼしょぼの目を擦りながら文句を告げると、青年は呆れたように口を開いた。
「もう忘れたのかい? 今日は朝から竜の調査をするって昨晩話しあったじゃないか」
「あ~……」
そういえばそんな話したなぁ。
一晩寝たらすっかり忘れてしまっていたよ。
「これさっさと起きんかメムメム! お前以外はもう出かける仕度は済んでおるんだぞ!」
「うるっさいなぁ、朝っぱら大声はやめてくれっていつも言ってるだろオルドロ。何で君は朝からそんなに元気なんだ」
「早起きは三文の徳というからな! ほれ見ぃ、体操しておったら落ちてた銅貨を拾ったわい。これも早起きした徳だのぉガハハハッ!」
「あっそ、それはよ~ござんしたね」
手に持っている銅貨を見せびらかしてくる中年ドワーフに、ボクはやれやれと肩を竦める。
ガッハガッハと五月蠅いこいつはドワーフのオルドロ。
微妙に似合ってない無精髭とずんぐりむっくりな見た目に反して、オルドロは屈強な戦士だ。
己よりも大きい斧を振り回し鋼鉄や大岩をも砕く常人離れな腕力に、魔物にぶっ飛ばされても風穴を空けられても平気な頑丈さと生命力を兼ね備えている。
そんなバカ強いオルドロだが、金に関してはかなりがめつい性格をしている。
他人どころか仲間にだって絶対に奢らないし、宿とか飯とかをどう安く済ますかだけを考えている奴だ。戦いは豪快なのに金についてだけはみみっちい男なんだよ。
まぁ、オルドロが旅の資金繰りをしてくれているお蔭で助かっているけどさ。
「メムメム、アナタまた夜更かししたでしょう? だからいつまで経ってもちんちくりんなのですわ。このワタクシのように美しくなりたければ、健全な日々をお過ごしなさいな」
「どこが健全だよビッチ。行く先々で若い男をたぶらかす性悪女め、どうせその贅肉で昨夜も村の男共を誘惑したんだろ? 生憎だけどボクはそんな贅肉いるもんか」
「ぜ、贅肉とは聞き捨てなりませんわね……」
ボクが言い返すと、先に喧嘩を売ってきた金色の巻き髪女は頬をピクピクと動かした。
へへん、ボクに喧嘩を売るなんて千年早いんだよ淫乱ビッチめ。
愚かにもボクにマウントを取ってきた女はソフィアだ。
こいつは僧侶で、神聖魔術や回復魔術に長けている。人間にしてはかなり魔力量も多く、ムカつくが魔術の技量も相当高い。
胴体が真っ二つにされようが首ちょんぱされようが一瞬で治してしまうんだ。ボクも長いこと生きてきたが、こんなふざけた僧侶には出会ったことがなかった。
そんなソフィアは俗に言う聖女と呼ばれている。
よくは知らないが、女神から神託と特別な力を授かったそうなんだ。
見た目も女神像のように美しく僧侶としての力も申し分ない彼女は周りから聖女と崇めもてはやされているが、ボクからしたらとても聖女だなんて思えない。
だってこいつ、ドがつく程の男好きなんだぜ?
新しい村については若い男を口説いて所構わずヤりまくり。仮にも神に仕える聖職者がそんなふしだらな行為をしていいのかって疑問だが、本人曰く「殿方と致すと身体の調子が良くなるのですわ」らしい。
原理は知らないけど、魔力の循環とかが良くなるんだとか。あとお肌もツヤツヤになるらしい。とにかく男と寝ると健康になるんだそうだ。
なんだいその聖女にあるまじきふしだらな能力は……。
「ふん、殿方に相手にされないからといって僻まないでくださる? あぁでも、アナタの貧相な身体も特殊な性癖をお持ちの方達には人気があるのではなくて?」
「勘違いしないでほしいんだが、ボクの身体は貧相ではなくスマートなんだよ。君みたいなブクブクのブタではないんだ」
「またしてもワタクシにブタと罵りましたわねぇ。今度こそ決着を着けてあげてもよろしいんですわよ、ひょろひょろのモヤシ」
「構わないじゃあないか。その贅肉を削り取ってあげるよ、ボクは優しいからね」
「「ぐぬぬ……」」
ソフィアとおでこをぶつけ合い、互いにメンチを切る。
彼女とはいつもくだらない言い合いに発展してしまう。仲が悪いというか、馬が合わないというか。
どちらかが大人の対応をすればいいだけの話なんだけど、どちらも負けず嫌いだから一向に引かない。くだらないけど、多分このやり方がボクと彼女とのコミュニケーションなのだろう。
ムカつくけど意外と退屈しないし、ソフィアとくだらない口喧嘩をするのは案外悪くない。それに、本気になりそうになれば止めてくれる者もいるしね。
「はいはい、二人共そこら辺にしときなよ。今日は時間がないんだ、喧嘩なら後にしてくれ」
と言って、ボクとソフィアの肩に手を置いて引き離してくる青年。
さらさらな黒髪に、黒い瞳の青年。エルフには敵わないが、人間にしてはそこそこな顔立ち。中肉中背で、どこにでも居そうな青年だ。
青年の名前はマルクス。勇者マルクスだ。
一見どこにでも居そうな青年だが、勇者の名に恥じない強さを誇っている。ボクとしても、彼ほど強い人間と出会ったことはない。
現時点で言えば、人類最強と云っても過言ではないだろう。
まさしく、勇者に選ばれるに相応しい人間だった。
「竜の調査ってさ、ボクらがしないといけないことかい? こういうのはほら、冒険者って奴等に任せておけばいいんだよ。本当かどうかも分からないことに無駄な時間を割いている暇はないと思うんだけどね。ボクらには使命があるんだからさ」
――そう、ボクらには使命がある。
勇者マルクスと共にいるボクら勇者一行は、人類を脅かす魔族、そして魔族を支配している魔王を倒す旅をしていた。
魔王を倒して平和を取り戻すという大いなる目的を果たさなければならない筈なんだけど、マルクスはいつも寄り道をしてしまう。今回のようにね。
「確かに俺達には使命があるけど、それは目の前で困っている人を見捨てていい理由にはならないんだよ、メムメム。助けを求める人達がいるならば、できるだけ手を差し伸べたいんだ」
「はぁ……君はいつもそうだね」
笑顔を浮かべ、優しい声音で諭すように告げるマルクスに、ボクは小さくため息を吐いた。
ソフィアがドがつく程の男好きならば、マルクスはドがつく程のお人好しなんだ。
彼は優しい。凄く優しい。助けを求められたら手を差し伸べずにはいられなし、困っている人がいれば面倒そうな事でも平気で自分から関わってしまう。
正義のヒーローも裸足で逃げ出す程のお人好しなんだ。
そんなマルクスだからこそ、“勇者”に相応しいのだろう。
いや、マルクスに相応しい言葉が“勇者しかない”のかもしれない。
そして今回は、小さな村に辿り着いた早々に「つい先日、竜のような大きな生き物が村の近くを飛んでいた」と言われ「恐いから調べてきて欲しい」とか村人に頼まれてしまったんだ。
こんな辺鄙で人間が住んでいる所に竜が来る訳ないし、調べるだけ無駄なんだけど、マルクスは「任せてください」といつもの調子で頷いてしまう。
全く困ったもんだよね。毎度毎度付き合わされるこっちの身にもなって欲しいよ。
「オルドロ、君もなんとか言ってくれよ。竜なんて探すだけ無駄だってさ」
「儂は別に構わんぞ。一度竜と戦ってみたかったしの!」
あ~そうだった、オルドロは強い奴と戦いたい根っからの戦士だったね。
こいつに聞いたボクが馬鹿だったよ。
「一応聞くけどソフィアは?」
「マルクスが人助けをしようとしてやめた事なんて今までに一度だってあったかしら?」
「う~ん、ないね」
「それが答えですわ。アナタもいい加減諦めなさいな。使命がどうとかおっしゃってますけど、ただ朝っぱらから動くのが面倒なだけでしょ?」
「バレたか」
やはりソフィアには見破られてしまうよね。
あ~そうだよ。ボクは別に魔王を倒す使命に燃えている訳ではなく、こんなに朝早くから動き出すのがダルいだけなんだ。
「なぁメムメム、別に竜が居ようが居まいがどっちでもいいんだ。ちゃんと調べて、村人の不安を取り除いてあげることが大事だと思うんだよ。それに、本当に竜がいるかもしれないだろ?」
そう言いながら、ニヤリと口角をあげるマルクス。
「あ~もう分かったよ、起きればいいんでしょ起きれば!」
全く、この男は何を言っても聞きゃあしないね!
◇◆◇
「どうだいメムメム、反応はあったかい?」
「う~ん、今のところないよ」
尋ねてくるマルクスに、ボクは首を横に振った。
村人の目撃証言から、ボクらは村近辺の森を調査していた。
ずっと探知魔術を行っているが、竜のような巨大な魔力反応は引っ掛からない。まぁ、そりゃそうだろう。こんな所に竜なんている訳がないし。
やはり取り越し苦労だったみたいだね。
「ちょっと待って」
「どうした、竜がいたのか?」
竜がいたかもしれないと嬉しそうに尋ねてくるオルドロに、ボクは「いや……」と否定して、
「竜じゃないよ。ただ、複数の魔物がこっちに来ている。皆、準備して」
皆に敵が来ることを伝えると、それぞれが武器を構える。
直後、森の奥からガサゴソと足音を立てて魔物が姿を現した。
「「ギャアアア!!」」
「こいつら……岩蜥蜴か」
甲高い鳴き声を上げながら襲ってくるのはロックリザードだった。
岩を食べるようになり、鱗が頑強な岩になった蜥蜴の変異種。
「何じゃ、竜じゃないのか。残念だのう」
「パパッと倒しちゃってくださいまし」
「見てないでお前もやれよ」
「二人共喋ってないで戦ってくれないかな」
ロックリザードは防御力が非常に高く、一度噛まれたら二度と離さないほどの咬力を兼ね備えているが、はっきり言えばボクらの敵ではない。
十を超える数も、あっという間に倒してしまった。
「でもおかしいね、ロックリザードの住処は岩場の筈なのに、何故こんな森の中を走っていたんだろうか」
う~んと首を捻るマルクスに、ソフィアが意見を述べる。
「魔物が住処を変える理由は絞られますわ。餌がなくなったか――」
「――もしくは外敵から逃げる為か、だろ?」
ソフィアの説明に被せるようにボクが告げると、彼女は眉間に皺を寄せて、
「ワタクシの台詞を取らないでくださるかしら?」
「君のひけらかす態度がちょっとムカついたんだ。悪気はないよ」
「アナタねぇ……」
「という事は、まさしく竜がいるかもしれいね。メムメム、ロックリザードが通った魔力の残滓を探知してくれないか」
「分かったよ」
マルクスに言われた通り、探知魔術を発動してロックリザードが来た道を辿る。
すると一際大きな魔力の反応を探知した。ボクは足を止め、皆に告げる。
「どうやらビンゴのようだ。恐らく奴もボクらに気付いただろう」
「ほう! 本当に居たのか!? 竜と戦えるとはドワーフの血が騒ぐのう!」
「はぁ、まさかこんな所に竜が居るなんて。ワタクシも全く信じていませんでしたが、こういう事もあるんですわね」
「こういう事があるから人生は面白いんじゃないか」
「盛り上がっているところ悪いんだけどさ」
竜が居たと知って興奮しているオルドロに、やれやれと肩を竦めているソフィアに、呑気に笑っているマルクスに、ボクは短くこう伝えた。
「来るよ」
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!!」
◇◆◇
「勇者様方、この度は竜を倒していただきありがとうございました。これで夜も安心して眠れそうです」
「いえ、俺達は当然のことをしたまでですよ」
村長のお礼に対し、代表してマルクスが答える。
竜を討伐したお礼としてお金を受け渡されたが、彼は当然の如く「気持ちだけいただきます」と口にした。それだけではなく、竜の死体も全て村に寄付してしまったんだ。
そこまでするかと呆れるが、マルクスという勇者はそういう人間だ。
ボク達はそれを全部分かっている。まぁ、オルドロだけは色々と素材をくすねていたけどね。それはマルクスも気付いているが、勝利の記念ということで見逃してあげていた。
「じゃあ、もう行きますね」
「はい。勇者様方が魔王を討ち倒してくれることを、村一同祈っております」
村長に挨拶をした後、ボク等は魔王を倒す旅を再開した。
その道中、ボクは竜と戦ったことをふと思いだして話を振る。
「でもまさか、本当に竜が居るとはね。伝承通りかなり強かったし、戦えて良かったよ。いい経験になった」
「ガッハッハ! そうだろうメムメム! 強者と戦うことは良い事なんだ!」
「あら、丸焦げにされたのをもう忘れたのかしら?」
「それも良い経験だ! 竜に丸焦げにされたドワーフなんて中々居ないだろうからな!」
「はは、確かに面白かったね。そのまま突っ込んでいくし、流石の竜も驚いていたよ。あれは傑作だった」
「いやいや、笑い事じゃないと思うんだけどね」
あ〜あ、これだから君達といると飽きないんだよ。
◇◆◇
「……メム……メムメム、ほら起きて」
「う~ん、うるさいなぁ~寝かせておくれよ~」
身体を揺らしながら起こそうとしてくる者に、ボクは身をよじりながら反抗した。しかしそいつは諦めることなく、ため息を吐きながら再びボクの身体を揺らす。しかも今度はかなり強めだ。
「こんな朝早くになんだよマルクス、まだ日も出ていないじゃあないか」
「何寝ぼけてるのメムメム。早く起きて、朝ご飯だよ。士郎さんも待ってるから」
「えっ?」
瞼を開けると、そこにはプンプンと怒っているアカリがいた。
周りを見渡せば、毛布やゲーム機やゴミ袋が散乱している汚部屋が視界に入ってくる。
「もう、また夜中にお菓子食べたでしょ。こんなに部屋も汚くして、後で自分で掃除してよ」
「あ~うん、そうするよ」
「下で待ってるから、早く来てね」
「……わかったよ」
アカリが階段を降りる音を聞きながら、ボクはベッドに寝転がる。
「はぁ……随分とまぁ懐かしい夢を見たな」
「メムメム~! 早く~!」
「はいはい、今行くよ~」
マルクス達が今のボクを見たら、なんて言うのだろうか。
まぁ、十中八九「だろうな」と笑われる気がするけどね。