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第百九十七話 密談

 




「いや~、万事解決してなによりです。流石は合馬大臣ですね、貴方に頼んでよかった」


「はは、それほどでもありませんよ」


「大臣の協力により、我々(アメリカ)は多くの成果を得られました。誠に感謝致します」


『迷宮革命軍』を壊滅させた後の事。

 東京も寝静まる深夜二時頃に、アメリカ大使館では三人の男達が密談していた。その三人とはダンジョン省大臣の合馬秀康、アメリカ大使のマイク・コール、FBIのアーロン・ベッツである。


 今回のエマ・スミス奪還作戦には、多くの思惑が絡んでいた。

 まずはアメリカ側の思惑を順序立てて説明しよう。


「世界の秩序を乱す『迷宮革命軍』は、アメリカとしても早急に対処せねばならない件でした」


FBI(うち)の者が敵のリーダーと旧知の仲だったのはラッキーでしたよ」


 ダンジョン産の装具を使ってテロ活動を行っていた『迷宮革命軍』は、アメリカ側にとっても非常に厄介な存在だった。

 そんな時、情報を得ようと組織を調査させていたBから、ある事実が報告される。

 それは『迷宮革命軍』のリーダーであるブライアンとFBIのBが戦友だったことだ。


 FBIはB自らの提案によって、二人の仲を利用しようとBをスパイとして『迷宮革命軍』に送り込む。エマ程ではないが対人関係に強いBは、FBIの情報網を彼等に与えて何度かテロ活動を成功させたりして信用を得て、ひとまず組織に受け入れられることに成功する。


 そう、Bがしていたのは所謂いわゆる二重スパイというやつであったのだ。


「彼のお蔭で『迷宮革命軍』の方はいつでも排除できる状況でした」


「だが、貴方達アメリカはそれをせず彼等を利用した。メムメムと接触する為にね」


「流石は大臣、見抜いておられましたか」


 マイク大使のおべっかに、合馬は肩を竦めるだけの返事をする。


『迷宮革命軍』にBを潜り込ませた時点で、いつでも壊滅させることはできた。

 しかしアメリカはそれをせず、上手いこと組織を利用しようとした。その理由は、強引にでもメムメムと関わる為だったのだ。


 今や世界全体で最重要人物である異世界人メムメム。

 アメリカは幾度もメムメムと接触を図ろうと、正攻法で会談したいと再三に渡って交渉してきたのだが、メムメムから「無理、めんどい」と拒否されてしまっていた。


 それはアメリカだけではなく他国も同じ状況な為、無理に会ってくれとは言えない。なのでアメリカは仕方なくエマ・スミスを利用し、許斐士郎を通してメムメムに近付く長期的な作戦に切り替えた。


 だが先日メムメムがロシアに行ったことで、悠長にしていられないと焦ってしまう。大国アメリカとしては、他国に出し抜かれるのだけはなんとしても防ぎたかった。


 ならば、『迷宮革命軍』を利用してどうメムメムと関わればいいのか。

 そう考えたFBIは、許斐士郎と交友を深めたエマ・スミスを利用しようと思いつく。Bに『迷宮革命軍』を使ってエマを拉致させ、士郎とメムメムを助けに来させるよう要求させたのだ。


『迷宮革命軍』に勘ぐられないように、エマにはこの作戦を伝えていない。だからエマとしては、本当にBがFBIを裏切って敵に寝返ったと思っていただろう。


 作戦が成功したことで、アメリカは正式にメムメムに助力を頼める仕組みが完成された。

 だがアメリカとFBIは日本という国ではなく、士郎とメムメムと親交が深く仲介役でもある合馬秀康個人へ秘密離に話を持っていった。


「いやはや、大臣がこの話を引き受けてくださって助かりましたよ。お蔭で事を荒立てずに済みました」


「私の方こそ、頼ってくださって嬉しい限りでしたよ」


 日本政府に助力を求めれば、事が公になり他国にも色々と探られたり、最悪介入されてしまうだろう。それを避ける為に、合馬個人に話を持っていったのだ。


 という理由で、FBIや日本警察の力を借りることはできなかったのだ。しかし、メムメムの力を持ってすれば『迷宮革命軍』など容易に制圧できるだろう。


 合馬は士郎とメムメムに拉致されたエマを救う為に助力を求め、二人を大使館に連れてくる。そうした事で、第二目的であるメムメムとの接触は果たされた。


 マイク大使とメムメムが顔合わせしたことはアメリカにとって大きな前進だ。

 メムメムが助力してくれれば、お礼がしたいとか何かと理由をつけて会う機会はいくらでもある。


 後はメムメムが協力してくれるかどうかだが、案の定断られてしまう。

 しかし、士郎の性格上必ずエマを助けることは分かりきっていた。そしてメムメムは士郎に甘いことも把握しており、最終的に了承してくれることも。


「ただ、大臣も一緒に現場に出ると言い出したのは驚きましたよ」


「大臣に何かあったらどうしようかと思いましたが、無事でなによりです」


「メムメムさえいれば問題ありません。それに、一般市民である許斐君達を危険な場所に赴かせて、私だけ安全な場所に隠れている訳にはいきませんから」


「流石は大臣、自ら民を慮る姿勢に感服致しますな」


 手放しに褒めてくるマイク大使とベッツに、合馬は愛想笑いを浮かべる。


 彼等の会話には違和感があった。

 それは、『迷宮革命軍』を制圧したのはメムメムであるという認識だった。その上、メムメムが【隷属の首輪】によって魔法が使えなかったこともマイク大使とベッツは知らない。


 何故ならば、アメリカ側の中で唯一現場を把握しているBが、【隷属の首輪】の存在もメムメムが魔法を使えなかったこともマイク大使やベッツに報告しなかったからだ。


 その訳を話す前に、Bの思惑について語ろう。

 二重スパイとして『迷宮革命軍』に送り込まれ、【隷属の首輪】の存在を知ったBは、二つの考えを思いついた。


 首輪によってメムメムを支配できれば、『迷宮革命軍(彼等)』と共に革命を成す。不平等な世界をぶっ壊したいというBの想いは、全部が全部嘘ではなかったのだ。

 そしてBは、戦友であるブライアンや他のメンバーに対しても仲間意識が芽生えていた。


 メムメムの支配に成功すれば『迷宮革命軍』の仲間のまま。支配に失敗したならば、それはそれで『迷宮革命軍』を裏切りFBIとしての任務を全うすればいい。

 Bとしては、どっちに転がっても良かった。


 だが、そんな彼の思惑に付け込んだ者が一人いた。


「君と話がしたいが、構わんかね?」


「おいおい、冗談だろ……」


『迷宮革命軍』を壊滅させた後、そう言ってきたのは合馬だった。

 合馬はBの思惑を知った上で、彼と密約を交わした。


 内容は、【隷属の首輪】の存在を上に報告しなかったことをバラされたくなかったら、私のいう事を聞けというものだった。


 合馬としては、メムメムが一人で『迷宮革命軍』を制圧させたことにしたかった。自分が『迷宮革命軍』と戦って倒したことや、転移魔術を使った――Bが見ていたとは分からないが――ことをアメリカ側に知られたくなかったのである。


 だから合馬は、Bを抱き込むことにした。


「俺にFBIを裏切って大臣(アンタ)の犬になれと」


「私が彼等を殺さなかったのは、仲間である君に対しての配慮だ。それを汲んで欲しいものだな。それに、私についたことを後悔はさせないよ」


「……いいぜ。アンタ、“ただの人間じゃなさそうだしな”」


「良い返事を聞けて何よりだよ」


 Bは合馬に忠誠を誓った。

 そうしなければ助かる道はないと判断したのと、己の本能がそうしろと訴えてきたからだ。本能とは恐らく、異世界の魔王であった合馬の威光に心を震わせられたからだろう。この男には、それだけの器を感じられた。


 Bを抱き込んだ合馬は、最後に『迷宮革命軍』のメンバー全員と、【隷属の首輪】を知っているもう一人のアメリカ側の人間、つまりはエマの記憶の改竄を行う。そうすれば、マイク大使やベッツに現場での情報は行き渡らない。


 士郎達については、マイク大使やベッツと会わせないように誘導すればいいだけの話だ。


 ここで、それぞれの思惑を整理しよう。


 アメリカ側の第一目的は、『迷宮革命軍』を潰すこと。

 第二目的は、『迷宮革命軍』を利用してメムメムと接触すること。


 Bの目的は、メムメムを支配できれば『迷宮革命軍』と共に不平等な世界をぶっ壊すこと。失敗すれば、『迷宮革命軍』を裏切ること。


 合馬の目的は一つだけ、アメリカとの個人的なパイプを作ること。


 陰謀渦巻く政治家にとって、大国アメリカと個人的にパイプを作れるのはかなりデカい。自らの野望である日本のトップに立つにも大きな要因だ。だからアメリカ側から個人的に話を貰った時は渡りに船で、合馬は渋ることなく友好的に協力を申し出た。


 そして自らも戦場に赴く。

 メムメムが居れば安心であるはあるが、万が一何かあった時に自らの手で対処できるようにするためだ。


 現にメムメムが【隷属の首輪】によって魔法が使えないというアクシデントが起こってしまい、合馬がついていなかったらメムメムは敵の手に渡り、士郎達は殺されてしまっていたかもしれないだろう。


 偶発的にBを配下にできたのは幸運だった。

 彼にはそのままFBIで活動してもらい、アメリカがメムメムに対してどう関わっていくのかを随時知らせてもらうようになっている。


 ついでに【隷属の首輪】も手に入れたが、これはまぁ合馬にとって使い道は特にない。支配した者が死んだらこちらも死ぬというリスクもある。


「これからも大臣には、我々(アメリカ)と良き関係を築いていただきたいと思っております」


「こちらこそ、何卒よろしくお願い致します」


 マイク大使から握手を求められた合馬は、応じようと手を伸ばした――が、突如その手は腕から先を斬り飛ばされてしまう。


「“なるほど、そういう事だったのか”」


「「――っ!?」」


 血飛沫を浴びるマイク大使を庇いながら、ベッツが懐にある拳銃に手を伸ばそうとした時、合馬が残っている手を掲げてベッツを制する。

 そして、振り返ることなく背後にいる人物に声をかけた。


「いつから聞いていた、メムメム」


「最初からだよ」


 合馬の問いに答えたのは、メムメムだった。

 腕を斬り飛ばされたというのに、合馬はあくまでも冷静に問いかけた。


「いつから気付いていた?」


「そうだね、お前が自分から戦場に出ると言った時かな」


「はは、そこからか」


「ボクはこれでも、この世界の知識を多少なりとも身に着けたんだ。まぁ、殆どは娯楽からだけどね。FBIも日本の警察も使わず、偉い大臣でもある筈のお前が戦場に出るのは違和感しかない。何か企んでいることはすぐに読めたよ」


「なるほど……どうやら私はお前を甘く見ていたようだ。平和な世界に絆されていたのは私の方だったみたいだな」


「「……」」


 二人の会話を、マイク大使とベッツは訳がわからないといった表情で聞いていた。

 片腕を吹っ飛ばされて冷静に話す合馬も不気味だし、無表情で淡々と話すメムメムにも恐怖を抱いてしまう。


「因みに、なんちゃらって首輪を嵌められて魔法が使えないと言ったけど、あれは嘘だよ。あんなチャチな道具でボクをどうにかできる訳ないだろう。だけどボクは、“わざと魔法を使えない振りをした”。お前がどう動き何を企んでいるのかを見極める為だ」


「「……?」」


(やはりそうだったか……)


 メムメムの話に、【隷属の首輪】の存在を知らないマイク大使とベッツはチンプンカンプンだったが、合馬は内心で舌打ちをした。


 おかしいとは思っていた。

 魔法が使えないという危機的状況に、メムメムは取り乱すことなく静観していた。魔法という絶対的アドバンテージが失われたのにも関わらず、何故落ち着き払っていたのか。

 その理由は、魔法が使えないというのは嘘でありいつでも対処が可能だったからだ。


 合馬としても、たかがダンジョン産のアイテムでメムメムを支配できるとは最初から思っていなかったが。


「まぁ、おかしな点は余り見受けられなかったけどね。お前はただ、ザコ相手に遊びたかっただけ……いや憂さ晴らしをしたいだけの小物だったようだ」


「耳が痛いな。許斐君達を危険な目に遭わせてもよかったのか?」


「シロー達には防護魔術を施しておいたから抜かりはない。それに、シローやアカリに魔法を使った実践を試させる機会でもあったから放っておいた。エマとかいう奴が落っこちそうになったのをカエデが助けようとした時はちょっと焦ったけどね」


「ふ……やるじゃないか」


 と強がったものの、合馬は胸中で歯ぎしりをしていた。

 こちらがメムメムを利用していた筈が、逆に利用されていたらしい。悔しがる合馬の背中に、メムメムは殺意を浴びせながらこう告げた。


「なぁオウマ、前に一度警告した筈だよな? 『もしまた“こういったこと”をすれば、ボクがお前の首をくびり殺す』ってさ。覚えているだろ?」


「ああ……言ったな。覚えているよ」


「じゃあ殺すか」


 そう言ってメムメムは合馬を殺す――ことはせず、パチンと指を鳴らす。刹那、吹っ飛んだ合馬の片腕がくっつき、何事もなかったように元に戻った。


「今殺すのはやめておこう。癪ではあるが、ボクとシローがお前から色々と助けてもらっているのは事実だ。そしてこれからもお前が居た方がボクとしても便利でもある。だからこれは最後の温情だと思え」


「そうか……心意気に感謝する」


 ほっと安堵する合馬の肩を、メムメムはポンっと手を置いた。


「ボクはさ、お前がこの世界で何をやろうがどうでもいいし興味もないんだよ。政治ごっこをしたければ勝手にすればいいさ。ただし、シローやアカリ達をお前の都合で危険な目に巻き込むのはやめろ。もしもう一度こういう事が起きたらボクは本当にお前を殺すからな」


「分かった……今度こそ肝に銘じておこう」


「その言葉、しっかり胸に刻んでおけよ。あ~それと、お前も立場があるからだろうから、そこにいる二人や他国との話し合いに協力してやるよ。まぁ、気が向いたらだけどね」


 最後に合馬を気遣う言葉を投げたメムメムは、現れた時と同じように忽然と姿を消してしまった。


「ふぅ~~~~~~」


 メムメムが去ってからすぐ、合馬はソファーの背もたれに深く身体を預けた。

 どうやら自分でも気付かぬ内に、はしゃぎ過ぎたらしい。今回ばかりはマジで死ぬかと思った。


 合馬も多少魔術を使えるとはいっても、メムメムに比べたら赤子同然。仮に戦ったとしたら秒殺だっただろう。士郎やメムメムに対して好意的に接しておいて心の底から良かったと思う。


 反省しないとな……と落ち込んでいる合馬に、マイク大使が恐る恐る声をかける。


「あの……大臣?」


「ああ……貴方達のことをすっかり忘れていたよ」


 深いため息を吐く合馬。

 これからマイク大使とベッツの記憶を改竄しなければならない。面倒なのもあるが、政治において余り魔術は使いたくなかった。魔術チートを使うと、折角の政治ゲームが面白くなくなってしまうからだ。


「さて、何の話だったかな?」


 マイク大使とベッツの記憶を改竄した合馬は、にこやかにそう問いかけたのだった。



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