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第百九十六話 魔王、はしゃぐ




「きゃはは、死んじゃえ!」


「――っ!」


 声からして女性と思われる『迷宮革命軍』のメンバーが薙刀を払ってくる。軌道を見極めつつ、灯里は紙一重で躱していた。


「ひゅう、中々やるじゃん」


「ふぅ……ふぅ……」


 薙刀の範囲から大きく距離を取る灯里に、メンバーが薙刀を背負いながら感心するように口笛を吹く。

 そんな彼女に、灯里は眉間に皺を寄せて問いかけた。


「どうして……」


「あん?」


「どうしてダンジョンの装具で人を傷つけるの? 何でそんな酷い事ができるの?」


「ぷっ……あははははは!」


 灯里の純粋な質問に対し、メンバーは腹を抱えて笑い出す。

 が、一転して怒声を放った。


「恵まれたアンタ達にアタシ達の何がわかるのさ! アタシ達だって普通に生きたかった! だけどね、世の中はアタシ達を苦しめる一方で、一度だって救いなんてなかったんだ。だったらこんな世の中、アタシ達がぶっ壊してやるのさ!」


「……」


「あ~うっざ、これだから甘ちゃんは嫌いなんだよね。アンタ、もう死ねよ」


 吐き捨てるように告げたメンバーは、薙刀を大きく振るう。刹那、薙刀から火炎が放出された。轟と燃え盛る火炎に対し、灯里は右手を掲げると、


水魔術アクア


 右手の先から勢いよく水が発射され、迫り来る火炎を相殺する。

 その光景を目にしたメンバーは、信じられないといった風に大きく口を開けた。


「な、何よそれ……まさかアンタも装具を……」


 自分達と同じように、ダンジョン産の装具を使ったのだろうか?


 ――否である。灯里はダンジョン産の装具を一切使っていない。灯里が放ったのは、純粋なる魔術だった。


 普段会社に出勤している士郎とは違い、灯里はほぼ毎日メムメムから魔術の指導を受けていた。才能がある上に努力もしている灯里の魔術は完成度も非常に高い。

 恐らく、この世界においてメムメムと合馬に次ぐ優れた魔術師となっているだろう。


「貴方達の気持ちは私には分からないし、分かってあげられないと思う。でも多分、やり方は間違っていると思う。どんな理由があっても、人を傷つけていい理由にはならないよ。

 だって、貴方達が傷ついてきたように、貴方達が傷つけた関係のない人達が同じ苦しい思いをするんだよ? 痛みを知っている貴方達が、そんな酷いことをしてもいいの?」


「うるさい……うるさいうるさいうるさい! 知ったようなことを口にするんじゃねぇよ! 他の奴等のことなんてどうだっていいんだよ! アタシ達はただ、今まで辛かった分の幸せが欲しいだけなんだ! それの何が悪いんだよ!?」


「その為なら罪の無い人達を傷つけてもいいの?」


「構わないね! アタシ達が幸せになれればそれでいいんだ!」


「そう……なら私は戦うよ。貴方達にはもう人を傷つけさせない。何より、士郎さんとメムメムを狙う貴方達を野放しにしてはおけない」


 そう言って、灯里は腰を落として拳を構える。

 そして、己の総身にありったけの強化魔術を施した。


 ――勝負は一瞬だった。


「焼け死ね!」


 メンバーが薙刀を振るい、再度火炎を放出する。

 迫りくる火炎に、灯里は凄まじい勢いで駆け出し正面から突破した。

 瞬く間にメンバーの懐に肉薄すると、メンバーの顎に掌底を喰らわせる。


「ぅがっ!?」


「はっ!」


 体勢を崩すメンバーの腕を掴むと、灯里は声を上げて背負い投げをした。

 ダンッと強く地面に叩きつけられたメンバーは、ぐったりとしたように意識を失う。

 ころんと、メンバーの顔から仮面が取れ落ちる。その素顔は、灯里と同じくらいの女の子だった。


「……ごめんね」


 切ない顔を浮かべながら彼女に謝る灯里。

 すると、合馬と戦っていた一人が倒れている女性に声を上げた。


「ユリア!」


「おや、私を前にして他を心配する余裕があるのかな?」


「がは!?」


 一瞬の隙を突き、合馬がメンバーの頭を鷲掴んで地面に叩きつける。

 仮面ごと粉砕され、そのまま気絶してしまった。


「おかしいだろ!? 何でこいつこんなに強ぇんだよ!?」


「こっちはダンジョン産の装具を使ってる上に、数で勝ってるんだぞ!?」


 合馬の圧倒的な強さに狼狽する『迷宮革命軍』のメンバー達。


 こちらはダンジョンの装具を身に着けている上、四対一――一人倒したので今は三対一だが――にも関わらず全く歯が立たない。いや、歯が立たないどころの問題ではない。完全に弄ばれていた。


「ダンジョン産の装具を使ってこの程度か? 久方ぶりの戦いなのにつまらんぞ、もっと足掻いてみせたまえ」


「ぐほっ!?」


「がはっ!?」


 また一人、また一人メンバーを倒す合馬。

 異世界の魔王にとって、こちらの世界の戦闘員など吹けば飛ぶような虫けら同然だった。勇者マルクスに打ち倒されるまで魔界に君臨し続けてきた絶大な戦闘経験を誇る合馬にとって、敵がダンジョンの装具を使おうが使うまいが相手にならない。


 最早魔術を使うまでもなかった。

 合馬は今、士郎や灯里のように身体強化魔術を施しておらず、純然たる格闘のみで戦っている。そうでもしないと、あっという間に片がついてしまうからだ。


「アンタ……大臣って偉い奴なんだろ? 何でそんな奴がこんなに強いんだよ!?」


「知らなかったのか? 今の大臣は肉体派がトレンドなのだよ」


「ふざけるなぁあああ!!」


 最後に残ったメンバーは、怒号を上げて斬りかかる。

 合馬は素手で武器を掴むと、メンバーの顔面に膝蹴りをかまし、回し蹴りを放って吹っ飛ばした。

 敵を片付けた合馬はスーツの襟を正しながらため息を吐く。


「ふん、息抜きにもならなかったな。これならスポーツジムで筋トレしていた方が幾分マシだ」


 日頃から政治家(たぬき爺)共やマスコミから溜まっているストレスを発散しようと思っていたが、あまりにも呆気なかった。

 やはり、魔王に挑戦してくる人類と戦っていた時の興奮と刺激はこの世界では手に入らないらしい。


「さて、後は下と上を片付けねばな」


『合馬大臣、たった今下を片付けました』


「柿崎か」


 インカムから部下の柿崎の声が聞こえてくる。

 柿崎はFBIのベッツと協力し、渋谷スカイの近くで待機していた『迷宮革命軍』の車を逆探知で探し当て、メンバーを確保していた。


 車に待機していたメンバーは老人と子供であったため、一切の抵抗をさせず制圧している。因みに、優秀なハッカーの正体は子供だった。


「よくやった。なら後は上でブンブン飛んでる五月蠅い蝿の処理だな」


『どうなさるおつもりですか?』


「まぁ、任せたまえ」


『……了解致しました』


 そう言って通信を切る合馬に、柿崎は首を捻る。

 空を飛んでいるヘリコプターに対して地上の人間がどう対処するのだろうか。スーパーマンのように空でも飛ぶつもりなのだろうか。


(考えるだけ無駄か。あの人はやると言ったらやる人だからな)


「どうした柿崎。何か問題でも?」


 気絶している『迷宮革命軍』の老人と子供を紐で括り付けているベッツに尋ねられた柿崎は、「何でもありません」と言って作業を手伝う。

 柿崎にとって合馬は絶対であり、自分なんかが心配するのも烏滸がましい存在だ。


「おいおいやべーんじゃないのか!? ボス以外全員やられちまったぞ!」


 軍事ヘリを運転しながら渋谷スカイの屋上を見下ろしていたメンバーの一人が、慌てながら隣にいる仲間に声をかける。


 本来ならば、【隷属の首輪】でメムメムを支配したのち仲間を迎えに行く予定だった。なのにメムメムは支配できず戦闘が始まってしまい、ブライアン以外が倒されてしまっている状況に陥っている。


「どうする、ボス達を助けに行くか?」


「助けに行くって言ってもよ……」


「なに、それには及ばんよ」


「「――っ!?」」


 居ない筈の第三者の声が背後から聞こえてきて、二人の肩がビクンと跳ねる。

 転移魔術で軍事ヘリに転移した合馬は、二人の肩をポンと優しく叩いた。


「「この――っ……」」


 手をかけられた二人は懐から武器を取り出し背後にいる合馬に攻撃しようとしたのだが、急激な眠りに襲われて意識を失ってしまった。

 合馬はメンバーの一人を運転席から退かすと、ドスッと座り込む。


「さて、ヘリの運転はハワイで一度やったっきりだがまだ覚えているだろうか。あ~、近くでヘリを下ろせる場所も探さんとな」


 ポキポキと手の骨を鳴らす合馬の顔は、『迷宮革命軍』と戦っていた時よりワクワクしていたのだった。




「エマさん! 起きてください!」


 戦闘が始まった直後、楓は巻き込まれないように遠回りしながら気絶しているエマのもとへ向かっていた。

 人質であるエマを確保できれば、後々「エマを殺されたくなかったら武器を置け!」というありきたりな展開にならずに済むと考えたからだ。


 気絶しているエマを起こそうと身体を揺さぶるも、起きる気配がない。Bに頭を打ちつけられたのがかなり効いたのだろう。

 縛られている上に気絶している人間を運ぶのは骨が折れる。ならば、引き摺ってでも隠れられる所に連れていくしかない。


 そう考えてエマの身体を持とうとした楓の後頭部に、カチャリと銃口が突き付けられる。


「おいおい楓ちゃん、どさくさに紛れて何しようとしてんの?」


「……」


 楓に銃口を突き付けているのはBだった。

 下手に動くと殺される恐れがある為動けずにいる楓に、Bは「ふっ」と小さく笑って拳銃を下ろした。


「エマは面倒臭ぇ奴だが、“これからもこいつの事よろしく頼むぜ”、楓ちゃん」


「どういう……おつもりですか?」


 意味が分からない。

 敵であるBが何故自分を殺さず、人質の価値があるエマを奪おうとしないのか。それどころか、これからもエマを頼むとはいったいどういうことなのだろうか。


 困惑する楓が質問するが、Bは「知る必要はねぇよ」と言って歩き出してしまった。


「……ふぅ、死ぬかと思いましたね」


 よく分からないが、どうやら見逃してもらったようだ。

 頭に拳銃を突き付けられた時は死を覚悟したが、死なずに済んで安堵の息を零す。この隙に楓がエマを運ぼうとするが、


「きゃあ!!」


 突如強烈な衝撃波に見舞われてエマごと吹っ飛ばされてしまう。

 窓ガラスの柵に打ち付けられた楓は、這いつくばりながら状況を確認した。


「いったい何が――エマさん!」


 衝撃波によって破壊されたのだろう。

 窓ガラスの柵から、エマの身体が半分外に投げ出されていた。今にも落ちそうになっているエマを楓が助けに行ことすると、ずるりとエマが落ちてしまう。


「ぐっ!」


 間一髪間に合い、エマの手を掴む楓。

 しかし、非力な楓にはエマを引っ張ることができず、彼女を落とさないようにするのが精一杯。


「手を放しなさいカエデ、このままじゃアナタまで死ぬわよ」


「エマさんっ」


 衝撃によって目を覚ましたのだろう。

 楓を見上げるエマはすぐに自分が置かれている状況を察し、自分の手を掴んでいる楓に言葉を放つ。


「バカね、私はアナタやシローを騙し続けていたのよ。そんな人間を助ける必要なんてないでしょう?」


「嫌です……絶対にこの手は放しません!」


「どうして……いいから放しなさい! 本当に死ぬわよ!」


 手を放せと言ってくるエマに対し、楓は掴んでいる手の力を強めた。


「エマさんが私達を騙していたことは許せません。でも、だからって死なれても困るんですよ!」


「なんで……」


「言ったでしょう……私と士郎さんを応援してくれるって。だったら、最後まで責任取ってくださいよ!!」


「カエデ……」


 確かに言った。

 士郎と楓と三人で焼き肉を食べに行った帰りに、士郎と楓の恋を応援すると。だがあの時楓は必要ありませんと断ったじゃないか。


 いや……きっとそういう事じゃないんだろう。

 これはただの建前だ。楓がエマを助けるのに必要な建前に過ぎない。

 それでも、騙していた自分を危険を冒してでも助けようとしてくれる楓に、エマはこれ以上口を動かすことができなかった。


「楓さん!」


「灯里さん……お願いします、手伝ってください!」


「うん!」


 楓の窮地に気が付いた灯里が救助に加わる。

 灯里がエマの手を掴むと「よいしょー!」と魚を釣るかのように引っ張りあげた。

 はぁ、はぁ、と息を荒げる楓に、エマが声をかける。


「知らなかったわ、カエデも意外と熱血なところがあったのね」


 微笑みながら告げてくるエマに対し、楓はクイっと眼鏡を上げながら答える。


「会社では隠しているだけですよ」



 ◇◆◇



「はぁああ!!」


「おおおお!!」


 灯里が女性メンバーと、合馬が四人のメンバーと戦っている中、士郎とブライアンも激しい剣戟を繰り広げていた。

 二人の実力は拮抗していて、未だに一撃もヒットしていなかった。


「私についてこられるとは、流石はジャパンで名高いシローだな!」


「アンタ達は何が目的なんだよ! ダンジョンの装具で人を傷つけてまで何がしたいんだ!」


「不平等なこの世界を変える! 力無き者達の代わりに私達がやらねばならんのだ! その為の革命だ!」


「何が革命だよ! アンタ達に何があったのかは知らないけど、アンタ達と同じように苦しみながらも藻掻いて必死に生きている人達は沢山いるんだ!

 アンタ達がしようとしている事は、その人達の努力を踏みにじることになるんじゃないのか!? それとも、アンタ達はその人達も殺すっていうのか!?」


「革命に犠牲はつきものだ。それに、お前のような奴は決して私達の気持ちを分からないし、分かってもらおうとも思っていない」


「この……馬鹿野郎!!」


 説得しても無駄なブライアンにブチ切れる士郎。

【思考覚醒】が発動した時と同じように集中力が極限に増し、ブライアンを押し返す。突然身体のキレが増した士郎に、ブライアンはたまらず後退した。


「これ以上時間はかけられんな。メムメムを渡してもらうぞ」


「――っ!?」


 剣を掲げるブライアンに、危機を察知した士郎は咄嗟に大きく横に跳んだ。

 その判断は正解だった。ブライアンが剣を振り下ろすと、凄まじい斬撃波が襲い掛かってくる。間一髪躱したが、衝撃波によって吹っ飛ばされてしまった。


「くっ……」


 危なかった。

 もし避けずに受けていたら胴体が真っ二つに斬り離されてしまっていた。恐らく今の斬撃波は、ダンジョン産の魔剣の能力によるものだろう。


「次は外さんぞ」


 もう一度剣を掲げるブライアンに対し、士郎は左手を掲げて魔言を唱えた。


「ファイア!」


「なに!?」


 火炎を放ってくる士郎に、ブライアンは慌てて斬撃波を放つ。衝撃波によって火炎を吹き飛ばしたが、士郎の姿はどこにもいなかった。


 すぐに周囲を探すと、側面から士郎が突っ込んでくる。士郎は火炎を攻撃に使ったのではなく、ダンジョンでモンスター相手によく使う目くらましとして利用したのだった。


「この――がっ!?」


 急いでもう一度斬撃波を放とうと剣を掲げた瞬間、ダンッと肩を撃ち抜かれてしまう。怯んだブライアンに、士郎は裂帛の咆哮を上げて斬撃を放った。


「はぁぁああああああ!!」


「ぐぁぁああああああ!!」


 斬撃を受けたブライアンは、悲鳴を上げながら吹っ飛ばされた。

 力尽きたように倒れる彼に、コツコツと足音が迫ってくる。


「他のメンバーも全員倒れたようだぜ。お前達の負けだよ、ブライアン」


「私を撃ったのはお前か……○○」


 彼の質問に、Bは淡々とした声音で「ああ」と呟く。

 そう――ブライアンの肩を拳銃で撃って士郎をアシストしたのは、彼の戦友であるBだった。


「どう……して。一緒に革命を果たそうと言ってくれたお前が……」


 最後の最後で裏切った戦友に真意を問うと、Bはブライアンを見下ろしながら、


「この時代に革命なんて不可能なんだよ、ブライアン。仮にメムメムを手に入れたとて、必ず綻びは起きちまう。不平等な世界に歯を食いしばって辛抱強く付き合っていくしかねぇんだよ、俺達人間はな」


「そうか……それがお前の出した答えなのか」


 そう言った後、ブライアンは満足したような顔を浮かべて意識を失う。


 こうして、『迷宮革命軍』の革命は士郎達の手によって幕を閉じたのだった。



エマを登場させた時から、楓に助けられるシーンを書きたいと思っていました。

やっと書けることができたので満足です!

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[気になる点] もしかしてダブルスパイか
[気になる点] 灯里とシローの魔法に気付いちゃう奴もそのうち出てくるんだろうな [一言] 魔王様が楽しそうでなによりです
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