第百九十五話 【隷属の首輪】
『ボス、来たよ』
「……そうか」
渋谷スカイの近くに待機している『迷宮革命軍』の仲間から連絡を受けたブライアンは、静かに瞼を開いた。
現在の時刻は11:50。
上空229mの渋谷スカイ屋上デッキ『SKY STAGE』にはオブライエンを含む六名の仲間と、FBIのエマ・スミスとBが待っていた。
他の四名の内二名は渋谷スカイの近くに停車している車の中におり、もう二名は渋谷スカイ上空に飛んでいる軍事ヘリコプターで待機している。
そして渋谷スカイの入り口に、たった今士郎達が到着した。
『許斐士郎、星野灯里、五十嵐楓、メムメム、合馬秀康。余計なのが何人か居るけど、どうする?』
「構わん、通してくれ」
『了~解』
ボスから指示を受けた仲間は、カタカタとパソコンを操作する。
すると、ロックがかかっていた自動ドアが開いた。
『入れよ』
「はは、既に渋谷スカイのセキュリティを掌握しているのか。あちらさんには優秀なハッカーがいるようだな」
渋谷スカイの中から聞こえてくるアナウンスに合馬が笑い飛ばす。
中に入ろうとしたが自動ドアが開かず「どうなっている」と怪訝にしていたが、『迷宮革命軍』がセキュリティを掌握していたようだ。
この様子だと、恐らく警備員も全員捕まって縄で縛られているだろう。
「敵の腹の中に行くことになりますね」
「まぁ、それは最初から分かり切っていたことだ。行こう、諸君」
楓の言葉にそう返すと、合馬が皆を先導するように中に入っていく。
エレベーターに乗って14階に到着すると、14階から45階までの『SKY GATE』で一気に昇り、46階の屋内展望回廊『SKY GALLERY』に到着する。
さらにそこから歩き、美しい東京の夜景を横目にエスカレーターを登って『SKY STAGE』に出た。
展望デッキに備えつけられている綺麗な照明と、眠らぬ東京の明り。
ビュービューと強い風が吹きつける中、士郎達と『迷宮革命軍』の面々が対峙する。
(あいつらが『迷宮革命軍』か……)
Hマークの中央に陣取っている『迷宮革命軍』を観察する士郎。
全員が口元以外の顔を隠す奇妙な仮面を被っており、冒険者が身に着ける武器と防具を纏っていた。
そんな彼等の中に、両手足を縛られているエマと軽装のBを発見する。
「エマ!」
「エマさん!」
士郎と楓が叫ぶと、エマは険しい顔を浮かべた。
「シロー、カエデ……貴方達どうして来たのよ。もう私の事を知っているんでしょ? 貴方達を騙していた私を助ける理由なんてないじゃない。私の事は放っておいて、今からでも引き返しなさい」
「知ってるさ。エマがFBIだってことも、俺達を騙していたってことも。それでも、俺達にとってエマが親しい同僚なのは変わらない事実だ!」
「エマさんは私達営業部の仲間です。仲間がピンチなら助けに行くのは当然でしょう」
「シロー、カエデ……」
二人の訴えに、信じられないと目を見開くエマ。
何故この二人は騙し続けてきた自分を見捨てないのだろう。
いや、本当は分かっていた。士郎と楓は、裏切られても尚エマ・スミスを助けに来ると。任務の為に演じていただけの虚像の人間を、本物として見てくれるから。
「盛り上がってるところ悪いんだが、そろそろ目的を果たさせてもらうぜ。許斐士郎とメムメムは前に出てこい。あ~それと、下手な真似をしたら即効でこいつの頭をぶち抜くから気を付けてくれよ」
そう言いながら、Bはエマのこめかみに拳銃を突き付ける。
士郎はメムメムと目を合わせると、示し合せるように頷いて前に出た。
「それで、何をしたらその女を解放してくれるんだい?」
淡々とした声音でメムメムが問いかけると、Bは懐から【隷属の首輪】を取り出し士郎達を放り投げる。
カランカランと目の前に転がる黒い首輪を士郎とメムメムが見下ろしていると、Bが指示してきた。
「許斐士郎、その首輪を拾ってメムメムにはめろ。そうしたらエマを解放してやるよ」
「この首輪をメムメムに……」
怪しげな首輪を拾う。
確実に罠であるだろう。言われた通りメムメムに首輪をはめたとしたら、何が起こるかわからない。
「ダメよシロー! その首輪をはめたらメムメムが――がっ!?」
「おいおい、余計なことを言ったらダメだろう」
「エマ!」
「エマさん!」
エマが首輪のことを伝えようとするが、Bに拳銃の底で頭を殴られてしまう。
ぐったりと気を失ってしまうエマに士郎と楓が声を上げる中、Bが士郎を促す。
「さぁやれよ、エマがどうなってもいいのか?」
「くっ!」
苦悶の表情を浮かべる士郎。
エマは助けたいが、メムメムに首輪をはめたとしたら確実に良くないことが起きる。迷っている士郎に、メムメムは首輪をじっと見つめながらニヤリと笑って呟いた。
「“なるほど、そういうことか”」
「えっ?」
「シロー、その首輪をボクにはめるんだ」
「いい……のか?」
「構わないよ。あの女を助けたいんだろ? 君は君のするべきことをすればいい」
「メムメム……」
「心配するな。ボクを誰だと思っている」
「……わかった」
安心させるように勝気な笑みを浮かべるメムメムに、士郎は覚悟を決めるように頷いた。灯里や楓達、『迷宮革命軍』らが固唾を呑んで見つめる中、士郎は【隷属の首輪】をメムメムの首にはめる。
――勝った。
Bと『迷宮革命軍』の連中が勝利を確信する。
これでメムメムを手中に収め、自分達の革命を成せる。そう思いBがメムメムに命令するのだが――、
「さぁメムメム、主である俺達の所に来い」
「嫌だね。寝言は寝てから言ってくれよ」
「「何っ!?」」
狼狽えるBと『迷宮革命軍』。
いったい何がどうなっている。何故メムメムはこちらの指示に従わない。まさか【隷属の首輪】の効果が効いていないというのか。
困惑している彼等に、メムメムは首輪をトントンっと叩きながら説明する。
「大方、この首輪をつけられた者はお前等に支配されてしまうんだろう? それは一目見て何となくわかったよ。だからボクは、影響を受けないように予め魔力を練って抵抗しているのさ。どんなに強い効果があっても、先に分かっていればどうということはない」
「おいおいマジかよ、そんなこと普通できねーだろーが」
嘘だろ、とボヤくB。
ダンジョン産のアイテムである【隷属の首輪】も、結局の所は魔力によって発動する。
ならば、現実世界でも自由自在に魔力を扱えるメムメムならいかようにも対処できた。とはいえ、【隷属の首輪】が精神攻撃系であると予測し自身の精神をプロテクトしていなかったら、メムメムとはいえ抗えず隷属されていてしまっただろう。
勇者達と共に数々の困難を乗り越えてきた彼女だから免れたのだ。
「この野郎、失敗してんじゃねーか!」
「はは、すまねぇな。まさか失敗するとは思わなかった」
「どうします、ボス」
「仕方あるまい。作戦をプランBに変更する。メムメム以外の者を排除し、メムメムを奪取せよ」
「「了解!」」
首輪の効果を知っている分、プランAの『【隷属の首輪】によるメムメムの支配』が失敗するのは考えられなかった。できるだけメムメムと戦いたくはなかったが、こうなったら強引に奪うしかないだろう。
「あっ、因みに首輪をつけている最中ボクは戦闘に参加できないからね。だからシロー、頑張ってボクを守ってくれよ」
「……分かった!」
【隷属の首輪】の抵抗に集中している為、メムメムは魔術を使えなかった。
メムメムの力を借りられないのは厳しいが、本人が無理だと言うのなら仕方あるまい。
「おっと、良い事聞いたぜ。おいお前等、メムメムは魔術を使えないそうだ!」
「なら後はザコばかりじゃん。楽勝っしょ」
「行くぞ!」
凄まじい勢いでブライアンが士郎に、他のメンバーが灯里達に迫る。
メムメムを守るように一歩前に出た士郎へ、ブライアンが魔剣を振り下ろす。
このまま真っ二つに叩き切るかと思われたが――、
「ぐっ!」
「何っ!?」
士郎は背負っていた縦長の袋を掲げ、魔剣を防御する。
魔剣による斬撃を防がれたことにブライアンが驚愕する中、衝撃によって袋が破られる。中から出てきたのは、漆黒の長剣だった。
「まさか、ダンジョン産の装具か!」
「ああ、そうだよ!」
士郎が持っているのは、相棒の真・鋼鉄の剣だった。
実は渋谷スカイに来る前に一度ダンジョンに入り、真・鋼鉄の剣だけを現実世界に持ってきていたのだ。
本来持ち出しは禁止なのだが、ダンジョン省大臣である合馬の一声で特別に許可は得ている。
「装具があったところでダンジョンのようには扱えまい!」
「それは、どうかな!」
「ぬっ!?」
鍔迫り合いの状態から、士郎が力を込めてブライアンを押し飛ばした。
おかしい……と訝しむブライアン。ダンジョン産の装具を扱えるのは、ステータスの恩恵があるからだ。ブライアン達のように防具による肉体強化をしているならば別だが、生身の士郎がまともに剣を振るえる筈がない。ましてや、膂力でブライアンに優るなどあり得ない。
確かに、士郎はステータスの恩恵を得ていない。
しかし彼は今、メムメムから教わった魔術を使用していた。身体強化魔術により、ステータスの恩恵を補っていたのだ。
「さぁ来い、メムメムは絶対に渡さないぞ!」
「ちっ、面倒をかけさせてくれる」
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