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第百九十四話 革命

 



「ああ、そのまさかだよ許斐君。我々が危惧していた事が実際に起こってしまった。『迷宮革命軍』は、冒険者達がダンジョン産のレア装具を複数所持したテロ組織なんだ」


「そんな……」


 合馬大臣から告げられた衝撃の事実を聞いて狼狽する。

 まさかとは思ったけど、本当に冒険者がテロ組織を設立しているとは思わなかった。


「酷い……ダンジョンの道具で人を傷つけるなんて」


「灯里……」


 灯里が怒りと寂しさが入り混じった表情を浮かべる。

 彼女の気持ちはよく分かる。俺や灯里みたいな家族をダンジョンに囚われたダンジョン被害者以外の冒険者達は、純粋にダンジョンを楽しんでいる。


 というか、俺だって今は普通にダンジョンが楽しい。

 日常ではあり得ない幻想的な世界を体験できて、魔法やアーツを使いながらモンスターと戦えて、様々な人達と出会うことができて。


 モンスターに殺されて死ぬのは恐いけど、基本的にダンジョンは楽しいエンターテインメントという認識なんだ。


 それは冒険者に限らず、ダンジョンライブを通して視てくれている世界中の視聴者達にとってもそうだ。

 なのに、ダンジョンの道具を外に持ち出して悪用し、あまつさえ人々を傷つけるようなテロ行為をするなんてあってはならないし、怒りや寂しさが込み上げてくる。


「それで大臣、『迷宮革命軍』とはどんな組織なのでしょうか。自ら革命と名乗っている訳ですから、ただ闇雲にテロを行おうとする訳ではなく、彼等なりに政治的目的がある筈ですよね」


「テロ組織については、ベッツ氏から話してもらう。お願いします」


「わかった」


 楓さんが尋ねると、合馬大臣はFBIのベッツさんに説明を求めた。


「正直、『迷宮革命軍』については我々も把握していないところが多い。元々存在していたテロ組織が冒険者になったのか、それともダンジョンが出現してから組織されたものなのかもな。ただ、テロが行われてその名前が我々の耳に届いたのはここ最近のことだ。

 こちらが分かっている情報といえば、組織の人数はそれほど多くないが全員冒険者であり、ダンジョン産の装具を持ち出してテロを行っていることぐらい。奴等の目的も今のところ不明だ」


「おいおい、それって何もわかってないってことじゃないか。なんだよガッカリしちゃうな、漫画や午後ローに登場するFBIはもっと優秀なのに、現実はこんなものか」


「耳が痛いな」


 大した情報を得ていないことにやれやれとため息を吐くメムメム。

 そうか、まだ目的は分かっていないのか。『迷宮革命軍』はいったい何がしたいんだろう。そんな疑問を抱いていると、楓さんがもう一度質問する。


「『迷宮革命軍』は何故エマさんを拉致したのでしょうか。士郎さんとメムメムさんが呼ばれたということは、二人に関係があるのでしょうか?」


「その通りだよMs.五十嵐。『迷宮革命軍』は我々の仲間であるエマを人質に取り、こう要求してきた。“エマを無事に返して欲しければ、許斐士郎とメムメムをある場所に連れてこい”とね」


「俺とメムメムを!?」


「なるほど、『迷宮革命軍』の狙いはメムメムさんだったんですね」


「どういう事、楓さん」


 灯里が尋ねると、楓さんが「これは推測に過ぎませんが……」と前置きして自分の考えを説明する。


「恐らく『迷宮革命軍』の狙いはメムメムさんを手に入れること。ですが、メムメムさんが素直に言うことを聞く筈がありません。ではどんな方法で従わせるのかといえば、メムメムさんの弱点ウィークポイントである士郎さんなんです。

 もし士郎さんが彼等の人質になってしまった場合、メムメムさんは従わざるを得なくなると考えます」


「本当に君は優秀だな。我々も同じ考えだよ」


「え~、ボクは別にシローが人質に取られたって言いなりになるのはゴメンだけどな~」


 おい、そこは嘘でも肯定しておいてくれよ。

 まぁメムメムって意外にドライなところがあるから俺が人質になったところで構わないと思っているかもな。

 そんな事を考えていると、楓さんが怪訝そうに話した。


「ですが、一つ気になることがあります。何故、彼等の要求はお二人をある場所につれて来るだけなのでしょうか。普通ならば、“人質であるエマさんとお二人を交換する”といった風に要求すると思われますが……」


「我々としても引っかかるところだが、その場で他に交渉したい事があるのだろう」


「そう……ですか」


「エマは我々の仲間だ、できれば助け出したい。Mr.許斐、そしてメムメム。彼女を救う為に我々に力を貸してくれないだろうか」


「お願いします!」


 ベッツさんとコール大使が頭を下げてくる。

 俺が彼等に返事をする前に、メムメムが口を開いた。


「嫌だね」


「「――っ!?」」」


「何でボクが見ず知らずの奴の為に力を借さなきゃならないんだ。そいつを助ける義理もないし、そいつが死んだところで構いやしない。それにボクが狙われていると分かっているのにノコノコと出ていくなんて危ない橋を渡る訳がないだろう。

 というかさ、拉致されたのはそっちの落ち度なんだからそっちだけで解決しろよ。ボク等を巻き込むな」


「「……」」


 メムメムの意見は尤もだ。

 彼女にとってエマは会ったこともなければ、顔も名前だって知らない赤の他人。そんな人の為に、危険を承知で助けに行く必要なんてないだろう。


 “でも、俺はどうだ?”。


「おいシロー、お前だって助けに行く必要なんてないぞ。シローは少なからず関係はあっただろうが、それは全部虚構の関係なんだ。お前に近付く為にFBIが都合の良い人間に成りすましていただけで、シローは騙されていたんだよ。

 怒るのが当然で、助けに行くなんてもっての他だ」


「そう……なのかもしれない」


「士郎さん……」


 事実エマはFBIの人間だった訳で、俺に近付いてきたのはFBIの任務の為。優しくしてくれたのも、仕事を手伝ってくれたのも全部俺の懐に入る為だ。


 明るく元気な同僚のエマ・スミスは、彼女が作り上げたまやかしだ。そしてずっと俺を騙し続けてきた悪い人間だ。

 普通なら騙されて怒るだろうし、悲しむだろう。


 でもさ、メムメム。そうじゃないんだよ。


『ハ~イ! ワタシ、エマ・スミスって言いまーす! みなさん今日からよろしくオネガイシマース!』

『シロー、カエデ、ドライブとランチしながら撮影場所にイきましょう!』

『どういたしまてデス。シローもかっこよかったデスよ!』

『Oh~ここがジャパニーズヤキニクですか!!』


 エマとの思い出が脳裏を過る。

 明るくて元気で、宣伝部の空気を華やかにしてくれた。仕事で困っていたら助けてくれたし、慣れないポスター撮影についてきてくれて、彼女が居たから上手くいったし、一緒に焼肉を食べに行ったりもした。


 過ごした時間は数か月と短いけれど、一緒に居た時間が楽しかったことに変わりはない。


 例えそれが俺やメムメムに近付く為に騙した虚構であったとしても、俺にとっては本物だったんだ。

 それにもし、エマを助けに行かず彼女が死んでしまったとしたら、俺は宣伝部の皆の顔をまともに見ることはできないだろう。


 だから――、


「俺はエマを助けたい。彼女がFBIだったとかはどうだっていいんだ。俺にとってのエマは、一緒に働いた良き同僚だから」


「士郎さん……」


「だからメムメム、力を借してくれないか。この通りだ」


 メムメムに向き直り、頭を下げながら懇願する。

 これは俺の我儘だ。メムメムを危険な目に遭わせてしまうのにも関わらず、彼女に無理を言っている。

 でも、メムメムの力を借りなければエマを助けることは不可能だろう。


「あ~あ、分かったよ。シローにそこまで頼られちゃ断るに断れないじゃないか。仕方ない、協力してやるよ」


「メムメム……ありがとう!」


「ご協力感謝する」


「ありがとうございます!」


 了承してくれたメムメムにベッツさんとコール大使からも感謝の言葉を送る。

 すると、合馬大臣が「よし」と言い続けて、


「話は纏まったな。初めに言っておくと、今回のエマ・スミス救出作戦は秘密裏に行わなければならない。日本の警察は勿論、FBIの人間を投入することも無理だ」


「ど、どうしてですか!?」


 合馬大臣の話に驚愕する。

 相手はレア装具を持っている冒険者達だぞ。そんなテロ組織を相手に、警察やFBIの力を借りずにどう助け出せって言うんだよ。


「そう慌てるなよシロー。ボクが居ればそれだけで十分だ、逆に他の有象無象がいる方が返って邪魔になる。そう言いたいんだろう?」


「ああ、その通りだ。メムメムが協力してくれる時点で敵などいない。例え相手が銃器やダンジョン産の装具を使おうとな」


「それはそうですけど……」


 メムメムが強いことは俺が一番よく知っている。

 こちらの世界でも魔法が使えるメムメムに対抗できる手段は少ないだろう。だけど、万が一という事だってあるじゃないか。


「心配するな許斐君、今回は私も出る」


「合馬大臣が!?」


「君達ばかりに危険な真似はさせられないだろう。今回は私の我儘でもあるからな、私も協力させてもらうよ。それなら問題はないだろう、メムメム」


「ふん、勝手にしろ」


 まさか合馬大臣が直々に来てくれるとは思わなかった。

 でも大丈夫なのだろうか? 合馬大臣は異世界の魔王だったけど、今は普通の人間なんだし危険じゃないのか?


 それとも今でも魔法が使えたりするのだろうか。かなり自信がありそうだし、本当に使えたりするかもな。もしそうであるなら心強いことこの上ないけど。


「できれば星野君と五十嵐君にも来て欲しいと思っている。どうかな?」


「私は行きます。士郎さんは私が守りますから」


「私もです。力になれるか分かりませんが、連れて行ってください」


「協力感謝する。君達の安全は私が保証するよ」


「灯里……楓さん……」


 本当は二人が来ることに反対したいけど、前みたいに灯里が狙われたりするかもしれない。それは楓さんにも言えることで、俺とメムメムの手が届く場所に居てもらった方が安全かもしれない。


「エマを救出するメンバーは私と許斐君とメムメム、星野君と五十嵐君だ。柿崎とベッツ氏には我々のバックアップをしてもらう」


「「わかりました」」


「それで大臣、『迷宮革命軍』が指定してきた時間と場所はどこでしょうか?」


 楓さんが尋ねると、合馬大臣は口角を上げながらこう告げた。


「時間は本日の深夜0時。場所は渋谷スカイ展望台だ」



 ◇◆◇



「ねぇボス、本当にあいつのこと信用して大丈夫なの?」


「俺もそう思う、あいつは信用ならねー。FBIの人間が協力してくれるってのがそもそも怪しんだよな」


「……」


 都内某所。

 ここには『迷宮革命軍』のメンバーが潜んでいた。メンバーの数はリーダーのブライアンを含めて十人。顔を隠すように面を被っているので年齢性別共に分かり辛いが、恐らく老人から幼い子供までいるだろう。


 彼等は作戦の段取りを終えたばかりだったのだが、突如メンバーの二人がブライアンに意見する。

 彼等が言う“あいつ”とは、この場には居ないBのことだろう。


 Bが『迷宮革命軍』に加わったのは、組織を設立して活動を始めたばかりの頃だった。


 どうやって場所を調べたのかは不明だが、ふらっとやってきては両手を上げる降参ポーズをしつつ「話がしたい」と馬鹿な真似をしてきた。自らをFBIの人間だと暴露し、あまつさえ組織に加わりたいと抜かしてきたのだ。


 勿論警戒したし、問答無用で殺そうとしたのだがブライアンに止められてしまう。


 さらにはBと二人だけで話し合い、あろうことか仲間に加えてしまった。ただ、Bのお蔭で滞りなく資金調達もできたし、FBIを利用した情報も惜しみなく伝えてくれる。

 メムメムを使って世界をぶっ壊そうと提案してくれたのも彼の考えだ。


 ボスであるブライアンは信用しているが、Bだけはやはり信用できない。

 元々FBIの人間であることに違いはないし、土壇場になって裏切るのではないかという懸念もある。

 そう考えているのは二人だけではなく、ブライアン以外の全員だった。


「あいつから口留めされていたが……仕方ないか。ここまできたからには本当のことを話そう」


 これ以上隠し通すのは無理だと判断したブライアンは近くにあった椅子に腰かけると、昔を思い出すように語り出す。


「あいつと私は戦友だったんだ」


「戦友……ですか?」


「ああ、私達は少年兵だった。生まれた時から戦いの宿命を背負わされ、大人達に銃や爆弾を持たされて敵対組織と戦っていた。その時同じ部隊に居たのがあいつだった」


「「……」」


 衝撃の過去を聞いて押し黙ってしまう仲間達に、ブライアンは話を続ける。


「毎日毎日仲間が死んでいく、地獄のような日々だった。やがて俺達の部隊は壊滅し、生き残ったのは俺とあいつだけ。その時あいつが、「ここから逃げよう」と言ってくれた。

 二人で敵の包囲網を掻い潜り、なんとか逃げ伸びた。だが、それはあいつが優秀だったからだ。俺一人では決して不可能だっただろう。

 逃げた俺達は難民として警察に保護されたが、保護とは言い難い奴隷の毎日だった。だが、いつしか俺は解放された。それは、俺を自由にする代わりにあいつが警察の犬になったからだと後から知った」


「……マジかよ」


「あいつは自分の力で成り上がってFBIになった。だが、その位置でもこの理不尽で不平等な世界を変えられないと悟ったようだ。そんな時に俺達の存在を知り、世界を変える為に協力したいと言ってきたんだ」


「そうだったんですか……」


「あいつは俺達と同じだ。理不尽で不平等な世界の犠牲者であり、そんな世界を変えたいと思っている。なぁ皆、俺達とあいつは違うか?」


「「……」」


 違わない。ここにいる全員が同じような境遇である。

 戦争に巻き込まれた者、両親から酷い虐待を受けた者、まともに食べられない貧困な土地に生まれた者。生まれた時から不幸の烙印を押された、不平等な世界の犠牲者たちである。


 そんな彼等は全員ブライアンに救われ、力を求めて冒険者になり、彼の革命に賛同したのである。


「あいつを信じろというのは無理だろう。だから、あいつを信じる俺を信じてくれないだろうか」


「ボス……」


「まぁ、ボスがそこまで言うなら仕方ねぇか」


「「うん」」


「でも、あいつを認めた訳じゃないからね」


「皆……ありがとう」


 理解してくれた仲間達に感謝すると、ブライアンは静かに立ち上がった。


「行こう。私達のような者をこれ以上生み出さない為に、私達の革命を成すのだ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] シローはあまちゃんだねぇ だからこその勇者なんだろうけど [気になる点] 貴重な回復役がおりゃん [一言] これは島田さんが後から聞いて怒るパターンや 結局行く辺りメムメムはちょっと慢…
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