第百九十三話 ガチャ
「ふざけた世界をぶっ壊すねぇ。ふふ、如何にもB級映画の悪役が宣いそうな安っぽい目的だこと」
「っ……」
「ちょい待ち」
組織の目的を馬鹿にしたエマに、ボスであるブライアンの眉がピクリと動くと、Bが制するように手を上げる。
“どちらも分かっているのだ”。
エマが馬鹿にしたり煽ったりしても命を取られないことが。彼女を生かしているという事は、『迷宮革命軍』にとって何かしらの利用価値があるのだろう。だから相手は絶対に自分を害せない。
「強気なのも結構だけどよ、あんまり煽ってくれるなよ。別に手足の一本や二本引っこ抜いたってこっちは構わないんだぜ」
「あらそう……ならお言葉通り余計なことは言わないでおくわ」
「おう、そうして貰えると助かる」
向こうからペラペラと話してくれるなら、情報を引き出す為にわざわざ煽るようなことはしなくていいだろう。
ここは大人しく黙っていた方が賢明だ。その方が余命も長くなる。
「質問していいかしら?」
「どうぞ」
「これは別に馬鹿にしている訳ではなくて純粋な疑問なのだけれど、世界の何を壊そうっていうの?」
「世界のシステムと秩序だ」
Bに聞いたつもりだったが、答えたのはブライアンだった。
しかし彼はそれ以上喋るつもりが無さそうで、黙っている彼の代わりにBが説明した。
「最近の言葉で“ガチャ”ってワードがあるだろ? 親ガチャだとか、容姿ガチャだとか、職場ガチャだとか、まぁ日本で一時期流行ったネットスラングだ」
「あ〜、そんなのあったわね。で、それがどうしたの?」
「俺は個人的にな、このガチャって用語は結構真理に迫っていると思っているんだよ」
「はっ?」
真理だって? たかが日本のネットスラングが?
まさかそんな馬鹿なことを真に受けているのか?
「政治家の子は政治家になり、医者の子は医者になる。金持ちの親に生まれれば裕福な生活を送れ、貧乏な親に生まれれば貧しい性格を送ることになる。もっと極端に言えば、食う者に困らない国や場所に生まれればある程度自由に生きられて、食うのもやっとな貧しい国に生まれれば明日も生きられるか分からねぇ。
おかしいよな? 俺達は人間という同じ種なのに、どうして生まれた場所が違うだけでこうも違う? 余りにも不公平だと思わないか。」
「不公平だと思うわよ。でもだから何? 生まれる親も場所も自分では選べないんだからしょうがないじゃない。人生はゲームのガチャのようにやり直すことはできないわ。ならそこでどう生きるかを考えるしかないじゃない」
「俺も同じ意見だ。やり直しは効かないんだから、“持ってない者”は我儘言ってないで必死に努力すればいいじゃないか。お前等は単に自分に甘えて現実逃避しているだけじゃないかってな。だがな、所詮それは“持ってる側”の意見なんだよ」
別に語気を強める訳でもなく、Bは淡々と告げる。
持ってる側の人間は持ってない側の気持ちは決してわからない。お前等はガチャに成功しただけだ。失敗していたら、きっと世の中を恨んで声を大にして叫ぶだろう。
不公平だ、と。
「確かに自身の努力次第で成り上がる奴も居なくはないだろう。だけどそれは、人類全体で見れば手の平にも入らない砂粒程度のようなものだ。それ以外は終わってるんだよ。クソ親に虐待された子供が強く生きていられるか? 紛争地帯で生まれた子供が大人になるまで生き延びれると思うか?」
「……アンタが言いたいことは分かるわよ。それでも同じことを言うわ、“だから何?” アンタ達が文句を言うのは勝手だけどね、どうする事もできないじゃない」
それこそ、『迷宮革命軍』が言うように世界をぶっ壊すぐらいのことをしないと。
「できる、と言ったら?」
はっ? とエマは眉間に皺を寄せる。
そんな事できる筈がない。それこそ、不平等な世界を平等な世界に変える劇的なことぐらいしないと。だがそんな夢みたいな事は起きないし起こせやしない。
しかし、Bは楽しそうに続きを話した。
「この不平等な世界に一石を投じる存在が現れたじゃないか。現にそれは、世界の在り方を変えただろう?」
「まさか……ダンジョンのこと?」
「That’s right! 2020年、世界各国の塔がダンジョンに変貌し、世界に革命が起きた。ダンジョンは何者も拒まず、人間に対して平等な神物なんだよ」
「呆れた、アンタ達はダンジョンを使って何か企んでる訳ね。でも考えが浅くないかしら、頼りにしているダンジョンはいつ消えるかも分からない代物なのよ?
ゲームみたいにクリアすれば消滅するかもしれないし、ダンジョンを出現させた存在の気まぐれによってはいつ消えるかもしれない。そんな物に頼る時点で瓦解していないかしら?」
「“逆だよ”エマ。ダンジョンは消えず、そこにあり続けるだろう。根拠はあるぜ、お前は知らないだろうが、ダンジョンのモンスターらしき生物が世界各地で発見されているんだ」
「――っ!?」
そんな馬鹿なと驚愕するエマ。
FBIの彼女でも知り得ないことだった。ただのハッタリかとも思えるが、Bがこの場面で嘘を吐く人間でないことはエマが一番よく知っている。
エマの思う通りBの言っている事は事実だった。
士郎達が愛媛県でゴブリンを発見した時と同じように、世界各地でダンジョンのモンスターが発見されている。ただ、情報規制がされている為まだ世には出回っていなかった。
なのにどうやって『迷宮革命軍』が知っているのかといえば、FBIにいるBの情報網と彼等の仲間に優秀なハッカーがいるからだった。
「どうやらダンジョンを出現させた“奴”は、消すどころか“もっと面白いこと”をしようとしているみたいだぜ」
「成程ね、アンタ達はそれに便乗しようって訳」
「おいおい言い方に気を付けてくれよ。便乗するんじゃなくて、俺達が変えるんだ」
「どうやって」
エマがシンプルに問いかけると、答えたのはBではなくブライアンだった。
「誰でもダンジョンに入れるようにし、自分の装具は自分のものにする」
今、世界各国はダンジョンに入れる者を規制している。
年齢制限、犯罪経歴など、様々な項目で規制を施している。そして一番規制しているのは、ダンジョン産の装具を持ち出さないことだ。
ダンジョン産の装具は現実世界に持って行っても殆どが銃にも劣り、役に立たない物ばかり。だが魔法を使えるレア装具は銃どころか戦車や戦闘機以上の戦力を誇る戦略級の兵器でもある。
そんな恐ろしい物を、一般人に与える訳にはいかないだろう。
「そんな事したらどうなるか分かるわよね? 世界大戦どころか世の秩序が乱れるわよ」
「だからその秩序をぶっ壊すって言ってんだよ。こっちからしたら“持ってる側”のお前等が勝手に作った古いルールなんかクソ喰らえだ。
一度全部リセットして、平等な存在であるダンジョンを基盤にした平等なシステムと秩序を新たに作り出す。それが俺達の最終目的だ」
Bに続いて、ブライアンも静かに口を開く。
「誰にでも力を手に入れるチャンスを与える。後は本人の意志に委ねる」
「はっ、薄ら寒い夢を語るのは結構だけどね、結局アンタ達は自分が上に立って従わせたいだけじゃないの? やろうとしている事は今と大して変わらなそうだけどね」
「それが革命ってもんだろ? だが、確実に世界は変わるぜ」
「アンタ達が何をしたって無駄よ。世界を相手に勝てる訳ないじゃない」
「勝てるさ、異世界人メムメムを使えばな」
「メムメムを?」
訝しむエマに対し、Bが説明する。
「メムメムを襲った第一の襲撃事件、星野灯里を拉致した傭兵組織『黄泉』による第二の拉致事件。どちらも洗練されたプロを相手に、メムメムは息で埃を吹くように掌握していた。だがその時でさえ奴は本気を出していないだろう。
恐らくメムメムがその気になれば世界を牛耳る魔王にでもなれるが、本人がこの世界……特に許斐士郎と日本娯楽を甚く気に入っているからそれはないだろう。だったら俺達がメムメムを手に入れて代わりに世界を牛耳るまでだ」
「馬鹿じゃない? アンタ自身が言ってるじゃない。世界を敵にしても勝てるメムメムをどうやってアンタ達が御せるのよ」
「そうだな、確かにメムメムを口説いて味方につけるのは不可能だろう。そこでこれだ」
「……首輪?」
Bが懐から取り出したのは黒い首輪のような物だった。
禍々しい雰囲気を感じる首輪を見せびらかしてきながら、Bが教えてくる。
「【隷属の首輪】だ。ダンジョン産の呪物で、本来はモンスターを強制的にテイムできるアイテムだが、これが厭らしいことに人間にも使えちまうんだ。
現実世界でも使えるのは実証済みだぜ。これをメムメムの首に嵌めて使役し、俺達の目的を果たす為の言いなりになってもらうって寸法よ」
「そんな物まで……」
【隷属の首輪】はモンスターを強制的にテイムして使役することができるが、その代わりテイムしたモンスターが死んでしまうとマスターも死んでしまうデメリットがあるアイテムだ。
これを手に入れたB達は一度ダンジョンで人間にも試し、思うが儘に操ることができると判明していた。そして【隷属の首輪】をつけられた者は、抵抗することもできない。如何にメムメムであっても一度嵌められてしまえば抗えないだろう。
「そんな物があっても嵌められなきゃ意味ないじゃない。それとも、メムメムが大人しく嵌められてくれるとでも思っているのかしら?」
「それはまぁ無理だろうな。けど、俺達が無理なら許斐士郎にやってもらえばいいさ」
「シローに? 馬鹿ね、それこそシローがする訳ないじゃない」
「するしかないんだよ。お前を助ける為にな」
「……何ですって?」
「おいおいエマ、平和ボケし過ぎたんじゃないのか。まだ気づいてないのか? お前を生かしている理由は、許斐士郎の人質になってもらう為なんだよ」
「――っ!?」
私がシローの人質に? 私を助ける為に生かした?
一瞬困惑したエマだったが、すぐにアホらしいと笑い飛ばした。
「馬鹿ね、シローが私を助けに来る訳ないじゃない」
「来るさ。許斐士郎という男が“そういう男”だとプロファイリングして俺に報告してきたのはお前自身だったろ? 許斐士郎は少しでも情がある相手ならば、困っていたら放っておけない甘っちょろい性質の人間だ。だから必ずお前を助けにやってくる。罠だと知っていてもな」
「……」
「そして許斐士郎はエマ・スミスという会社の同僚に対して少なからず情や愛着を抱いている。この前お前に聞いたよな? 『許斐士郎との関係は良好なのか』って。
そしてお前はこう答えた。『許斐士郎との仲は良好で、それなりの信頼も自負している』ってな」
「――っ!!」
今まで余裕の態度を取っていたエマが、ここで初めて怒りの表情を見せた。
おかしいとは思っていた。定期連絡をしているのにも関わらず、何故改めて聞くようなことをしてきたのかを。
『“それが聞けて安心したよ”』という言葉の裏には、士郎にとってエマ・スミスが人質になり得る存在であると最終確認したという意味だったのだ。
Bの言葉を聞いてあの時の疑問がようやく腑に落ちたエマに対し、Bは首輪をクルクルと回しながらこう告げた。
「礼を言うぜ、エマ。お前のお蔭で、俺達の革命は達成できそうだ」