第百九十二話 『迷宮革命軍』
何者かにエマが拉致されたと合馬大臣から連絡を受けてから、俺と楓さんは日下部部長に急用で半休すると伝える。
急いで出かける準備をして合馬大臣が用意してくれたらしき車に乗り込むと、運転手は彼の部下である柿崎さんという人だった。
車を発進させる柿崎さんにエマのことを聞こうとしたのだが、詳しい話はついてからと断られてしまう。
逆に彼から何故関係ない楓さんを連れて行かせるんだと言われれば、彼女もエマとの関係者であることと、楓さんが同行することは事前に合馬大臣にメールで承諾を得ていると伝えると、苛立ちながらも納得してくれた。
そして俺達は、アメリカ大使館に到着し合馬大臣と合流する。
「合馬さん!」
「来てくれてありがとう許斐君、それと五十嵐さん」
「大臣。突然の事ながら、同行を許可していただきありがとうございます」
「構わないさ。聞くところによると、君もエマ・スミスとは浅からぬ関係みたいだからね。さぁ入ってくれ、メムメムと星野君が待っている」
「えっ? 灯里とメムメムが?」
どうやら俺達より先に灯里とメムメムが大使館にやって来ていたらしい。
何故二人を連れて来たのか合馬大臣に理由を尋ねると、どうやらエマを救うのにメムメムの力も必要になってくるそうなんだ。
そしてメムメムを連れていくと灯里が家で一人になってしまうから、“前回の拉致事件”のようなことを起こさせない為に灯里も一緒に連れてきたらしい。
アメリカ大使館の中に入り、合馬大臣の後についていく。
室内に入ると、中には灯里とメムメムがソファーに座っていた。
「士郎さん、楓さん!」
「遅いよ二人共、待ちくたびれたぜ」
俺と楓さん、灯里とメムメムで挨拶を交わしていると、合馬大臣と柿崎さん、それと他二名の外国人が部屋の中に入ってくる。
「まずは軽い自己紹介から始めよう。こちらがアメリカ大使のマイク・コール氏だ」
「はじめまして!」
「は、はじめまして」
テレビやネットで見かけるマイクさんに握手を求められた俺は、緊張しながら軽く握ろうとする。が、かなりがっしりと握られてビックリしてしまった。
他の三人も挨拶を交わしていると、もう一人の外国人男性を紹介してくる。
「そしてこちらがFBIのアーロン・ベッツ氏だ」
「「FBIっ!?」」
その単語を聞いて皆が驚愕する。
FBIって、確か日本でいう公安みたいなアメリカの特殊警察だったよな? ハリウッド映画とかにもよく現れて、潜入捜査とかをしている印象があるアレだ。
でも解せないな。FBIの人間が何で日本に居るんだ?
アーロンさんを訝しんでいると、「まぁまずは皆座って欲しい」と合馬大臣が戸惑っている俺達にこう言ってくるのでソファーに座る。
対面にマイクさんとアーロンさんが座り、合馬大臣と柿崎さんは中央の位置で立っていた。
そして合馬大臣が真剣な声音で話を切り出す。
「まず始めに、許斐君と五十嵐さんの同僚であったエマ・スミスの正体から言っておこう」
「エマの正体……ですか?」
「ああ。結論から言うと、エマ・スミスはFBI捜査官でありベッツ氏の仲間だ」
「「――っ!?」」
エマがFBIの捜査官だって!?
という事はやはり、楓さんが言っていたようにエマはスパイだったということか。俺と楓さんが無言で顔を見合わせていると、合馬大臣が不思議そうに問いかけてくる。
「余り驚いていないようだね。その様子だと、薄々は気付いていたのかな?」
「ええ……FBIだという事には驚きましたが、メムメムさんに近付く為にエマさんが士郎さんを懐柔したり情報を集めようとするどこかの国のスパイではないか、と考えてはいました。転勤してきた時期も、メムメムさんがダンジョンに現れてすぐ後のことでしたから」
「俺は全然気付かなかったですけど、楓さんから注意はされていました」
「ふっ、エマめ……一般人に勘付かれているようではFBI失格だな。いや……Ms.五十嵐の洞察力が優れているのかな? 是非ウチに欲しい人材だよ」
俺達がエマを怪しんでいたと告げると、アーロンさんがやれやれとため息を吐いた。そんなアーロンさんに、楓さんが鋭い眼差しで懐に踏み込むような質問をする。
「ところで、エマさんは結局のところ士郎さんの何を調べて何をしようとしていたんですか?」
「申し訳ないが、それは言えないな」
「こちらは被害者ですよ」
「極秘事項なんだ。わかってくれたまえ、Ms.五十嵐」
「……まぁいいでしょう。凡そ見当はついていますから」
楓さんも強気に出てたが、極秘事項と言われると引かざるを得なかった。でも彼女なりにエマの任務というか、したかったことは把握しているみたいだ。俺はまだピンときてないけど……。
物々しい空気になっていると、合馬大臣が切り替えるように口を開いた。
「話を本題に進めようか。エマ・スミスは日本からアメリカに戻り休暇を取っていたところ、何者かによって拉致されてしまったんだ」
「エマを拉致した相手は分かっているんですか?」
「ああ、調べはついている。エマを拉致したのは『迷宮革命軍』と名乗る国際テロ組織だ」
「『迷宮革命軍』……」
「ぶふっ! 何だよそのダッサイネーミングセンスは。厨二病拗らせ過ぎてやしないかい?」
おいメムメム、真面目な話をしているんだからそんな笑っちゃダメじゃないか。
いやまぁ……ちょっとだけお前の気持ちは分かるけど。
それにしても“迷宮”革命軍……か。
迷宮と名付けるくらいだし、何かダンジョンに関係のあるテロ組織なのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、合馬大臣がテロ組織について説明してくる。
「以前菱形総理と会談した時、ダンジョン産の装具が持ち出されて悪用されている可能性があると話したのは覚えているかな?」
「はい……覚えてます」
あれだよな……ダンジョン産の装具は国が管理していて持ち出し厳禁なんだけど、管理が杜撰な国もあって持ち出しされてしまっている話だったよな。
それで、魔道具はただの武器だけど、中には超レアアイテムもあって一般人でさえ魔法を使えてしまうって。でも待てよ、今その話をしている事は――、
「まさか!?」
「ああ、そのまさかだよ許斐君。我々が危惧していた事が実際に起こってしまった。『迷宮革命軍』は、冒険者達がダンジョン産のレア装具を複数所持したテロ組織なんだ」
◇◆◇
「うっ……(ここは……)」
目を覚ましたエマは、瞬時に状況把握に努める。
まずは自分だ。パイプ椅子に座らされていて、両足を結束バンドで固く結ばれている。両手は後ろに回され、同じように結束バンドで結ばれていた。
撃たれた右肩は包帯で止血されているが、動かそうとするとかなり痛む。この状態では、無理に抜け出すことは不可能だろう。
次に周囲の状況を確認する。
恐らく建物の中だ。狭く、薄暗く、もう一つ椅子があるだけで他には何も見当たらない。如何にも監禁部屋という場所だった。
最後にこれまでの状況を思い出しながら整理する。
ドライブをしていたところ、黒い改造車につけまされた。撒こうとしたが、必死に喰らいついてこられる。ドラテクで撒いたと思えば、橋の中央に冒険者らしき格好をした者が剣を振ってきて、車が真っ二つになった。
エマはなんとか回避し、反撃しようとしたところ右肩を撃たれた。
そして仮面の集団に囲まれ、最後にあいつに――連絡係の“B”に気絶させられたのだ。
大きな問題点は二つ。
自分を襲ってきた仮面の集団は何者なのか。
そして何故Bがそいつ等と一緒にいるかという事だった。
(あのファッ〇ン野郎、私を嵌めやがったわね!)
まさかFBIの同僚でもあるBに裏切られるとは思いもしなかった。
エマが胸中で怒り狂っていると、扉が開いて二人の男性が入ってくる。その内の一人は自分の車を剣で斬った冒険者風の男で、もう一人はBだった。
へらへらと笑っているBに、(この野郎ノコノコとッ!)と眉間に皺が寄ってしまう。
思っていた通りの反応を拝めてBは嬉しそうに笑うと、放ってあるパイプ椅子をガチャリとエマの前に置いて座りながら問いかける。
「やっと目が覚めたか。気分はどうだ?」
「見れば分かるでしょ? 最悪な気分よ」
「それは良かった。さてエマ・スミス、お前が色々と質問したい気持ちも分かるが、まずは俺達のことから話させてくれ」
「はっ、レディーファーストも知らないのね。どうぞ、好きに喋りなさいよ早漏」
「早漏ってお前なぁ……まぁいいや。まず初めに、俺達は『迷宮革命軍』だ。聞いたことぐらいあるだろう?」
(『迷宮革命軍』ですって!?)
顔には決して出さないが、胸中で驚愕するエマ。
その名は勿論知っている。ダンジョンから勝手にレア装具を持ち出し、悪用している国際テロ組織だ。組織の全体数はそれ程多くはないが、恐らく全員が冒険者で精鋭揃い。
組織の目的は未だに判明していないが、ここ最近目立つように各国で暴れ回っている。国連や警察組織もなんとかしたいと思っているが、敵が強大な装具を所持しているから中々捕まえることはできなかった。
そんな厄介な『迷宮革命軍』が、どうして自分を狙ったのか。そしてBは、こいつ等とどんな関係なのか。
思考を巡らせていると、Bが冒険者風の男に親指を差しながら口を開いた。
「んで、俺達のボスがこっちにいる仏頂面のブライアン・ロドリゲスだ」
「……」
Bに紹介されてもブライアンは一切声を出さなかった。
欧米人で銀色の短髪に碧眼。顔の年齢を見るに、恐らく三十代後半といったところだろうか。ダンジョン産の黒い装具を身に纏い、腕を組んでいる姿は言われてみれば確かにボスらしい風格があった。
この男が組織のボスなのか。
エマがブライアンを観察していると、Bが話を戻してくる。
「『迷宮革命軍』の最終目的は、このふざけた世界をぶっ壊すことだ」