第百八十八話 感謝
「なんだか分からねぇが、急に力が漲ってきたぜ!」
「ブモオ!?」
ミノタウロスと鍔迫り合いをしていた靖史は、出力を上げて強引に押し返した。たたらを踏むミノタウロスに怒涛の連撃を繰り出す。
スタミナが消耗したせいで身体のキレが無くなってしまい防戦一方だった筈なのに、何故か胸の奥底から温かい力が湧き上がってきた。
理由は分からないが、今は考えなくていい。一時的にせよ体力が戻ったのなら、この状態が失われる前に決着をつけなければならない。
強靭なスタミナと耐久力を誇るミノタウロスとて、HPは減っている筈だ。
あと一押しさえできれば、勝利はこちらに傾くだろう。
ここしかねぇ! と、靖史はもてる全ての力で巨斧を振り上げる。
「アックスレイズ!!」
「ブモッ!?」
靖史が振り上げた巨斧が、ミノタウロスが手にしている巨斧を弾き飛ばした。
アックスレイズは【斧術5】で取得するアーツで、攻撃と同時に敵からの攻撃を弾くする防御効果も備わっている。
さらに技術とタイミングさえ合えば、モンスターの爪や武具などを弾き飛ばす効果もあった。
武器を失ったミノタウロスは、大きく距離を取った。
だがそれは敗走行為ではなく、必殺の技を繰り出す為の下準備。両手を地面につき、足で地面を均す。その光景はまさに、闘牛が敵に向かう時に行う動作だった。
「いいぜ! 受けて立ってやる!」
そちらも最大の攻撃なら、こちらも最大の攻撃で迎え撃とう。
靖史は両足を小刻みに動かし、グルグルと回転しながら巨斧を振り回す。それはまるで、竜巻が起きているかのような光景だった。
「ブモォオオオオオオオオオオオオ!!」
ミノタウロスは爆ぜるように飛び出し、雄叫びを上げながら驀進する。
獣において原初の攻撃方法である突進に対し、靖史はタイミングを計って旋回しながら巨斧を振り下ろした。
「ハリケーン・ディザスター!!」
「ブモオ――……」
拮抗など毛頭なかった。
靖史が放った最強の一撃により、ミノタウロスの肉体が一刀両断される。悲鳴を上げることすら叶わず、ポリゴンとなって消滅してしまった。
靖史の『ハリケーン・ディザスター』は、回転すればするほど威力が高まっていく固有武技だ。いわゆるタメ技であり凄まじい威力を誇っているが、如何せん当てるのが難しいピーキーな技でもある。
回転するから視界はブレるし、溜めている間は無防備なので基本的には仲間が居なければ使えない。今回は運良くミノタウロスもタメ技で、直線的な攻撃だったお蔭で上手くいったのだ。
「ふぅ……危なかったぜ。おっと……」
ミノタウロスを倒した靖史は、急に足に力が入らなくなり尻もちをついてしまう。
士郎達の援護に向かいたいが、身体が言うことを聞いてくれなかった。
「タクゾウ! おいタクゾウ! ちっ……ダメか」
靖史がミノタウロスを倒す少し前。
メムメムは自分を庇った島田の頬をペチペチと叩くも、彼が起きる気配はなかった。打ち所が悪かったのだろう。死んではいないから、恐らく気絶しているだけのようだ。
舌打ちをするメムメムは、ゴブリンキングを抑えている楓に大声で告げる。
「カエデ! 悪いが少しだけ時間を稼いでくれ!」
「分かりました!」
メムメムのお願いに、楓は間髪入れずに返事をする。
それは信頼の証だった。あのメムメムが時間を稼げと頼むのなら、この現状を打破する手を用意するという意味に他ならない。
ならば、自分は死んでもここを抑えるだけだ。
「ボクの美学に反するが、そんな悠長なことは言っていられないようだね」
楓が時間を稼いでいる間、メムメムは奥の手を使う準備を行う。
両手を空に掲げると、上空に魔力の塊が集約していく。
「ゴァアアアアアア!!」
「アハハハハハ!! そんなものですか!? もっとキテください! もっとやれるでしょう! さぁ、私に快楽を寄越しなさい!!」
時間を稼ぐ為にゴブリンキングの猛攻を防ぐ楓は、艶のある表情を浮かべながら吠える。
久しぶりにタガが外れてしまった彼女は、興奮状態にも関わらず冷静かつ豪快に攻撃を凌いでいた。
もしゴブリンキングが人間だったならば、人が変わったように荒ぶる楓に「えっ何だこいつ……」とドン引きしていただろうが、モンスターである為攻撃の手は緩めない。
だが不可解なことに、今までよりも遥かに防御が固くなった楓に攻めあぐねていた。
それは楓自身も知らぬ現象だった。
突然身体に活力が戻ったのと、死んでも時間を稼がなければならないという強い想いと、痛覚による快楽の三つの要因が偶然重なったことで、楓のステータスに【狂艷】というユニークスキルが発現していたのだ。
【狂艷】の能力は、ステータスの知力が四分の一に減少してしまう代わりに耐久力が1.5倍に上昇し、さらに発動中【物理耐性】と【魔法耐性】スキルが合体して【痛覚快楽】スキルに変化するという非常にぶっトんだ能力であった。
「アハハハッ! 弱いですよ、そんなんじゃ百点は上げられません! もっとキなさい! さぁッ!!」
「グゥゥ……」
おかしい……とゴブリンキングは困惑する。
攻撃しているのは己の方なのに、いつの間にか後退させられている。いったい何が起こっているんだと混乱していると、後方からメムメムが大声を放った。
「準備完了だ! カエデ、そこを退け!」
「了解です! シールドバッシュ!」
メムメムから合図を受けた楓は、盾を突き出してゴブリンキングを吹っ飛ばした後、巻き込まれないように回避した。
尻もちをつくゴブリンキングは、どうして楓が追撃せず離れていくのかと困惑していると、視界に“それ”が映った。
メムメムの真上に、膨大なエネルギーの巨星が浮かんでいる。
「ゴ……グアア!?」
アレを喰らったらヤバいと本能で察したゴブリンキングは、無様に地面を這い蹲りながら逃げようとする。
しかしメムメムは、逃がすかと言わんばかりに上げていた両手を振り下ろす。
「くたばれ――【消滅魔術】」
「ギャ――」
ふり落ちた巨星は、音もなくゴブリンキングの全てを消し飛ばした。
衝撃の轟音もなく、悲鳴すらまともに上げられず、極光と共に跡形もなく消滅してしまった。
「ふぅ……疲れた~」
「あれ……メムメム君?」
「おやシマダ、もう起きたのかい」
奥の手を使って疲れ果てたメムメムが地面に座り込むと、ようやく島田が意識を取り戻した。状況が分からない彼に説明してあげようとしたら、楓がこちらに向かってくる。
「GJです、メムメムさん」
「カエデもね。君が食い止めてくれたお蔭でなんとかなったよ。まぁその代わり、今のボクは使い物にならなくなってしまったけどね」
親指を立てながら告げてくる楓に、メムメムは疲れたようにため息を吐きながら返す。メムメムの切り札である【消滅魔術】は、発動するのに時間がかかる上に一度使ってしまったらその日は魔術が一切使えなくなってしまうという大きなデメリットがある。
が、その分破壊力は御覧の通り、ボスクラスであろうが一撃で葬ることができた。
「やっさん君も勝ったみたいだし、後はシローに任せよう」
「そうですね……私は灯里さんを助けに行きます」
「うん、任せたよ」
もう二人共まともに戦う力は残っていない。
だから最後のラスボスは、リーダーの士郎に任せて見守ることにした。
「おおおおおお!!」
「クソッ! 強くなり過ぎだろーが!」
橙色の光に包まれる士郎は、裂帛の雄叫びを上げながら剣を振るう。
【思考覚醒】が解けたのか、士郎の動きに先程までのキレはなくなっている。だが【思考覚醒】状態の力が有り余るほど、全てのステータスが上昇していた。
そんな彼に対抗する為に、バグも『カース・ライフフォース』を発動し、体力を媒介にステータスを上昇している。
が、それでも今の士郎には全く歯が立たない。
悪態を吐くバグは、士郎の斬撃を受け止めると愉しそうに嗤った。
「カッカッカ! いい宴だったぜ! 今回は俺の負けだ。だが次会う時は俺が勝つ!」
「何度来ようとも、お前の好きにはさせない!」
意味深な発言をするバグに、士郎は言い返しながら斬り払う。剣が弾き飛ばされて無防備なバグに、トドメの一撃を放った。
「はぁあああああああ!!」
「ぐふっ……!」
強烈な斬撃を喰らったバグは、吐血する仕草をした後にポリゴンとなって消滅していく。その際、バグは消える瞬間まで士郎の顔を見て嗤っていた。
『レベルが上がりました』
「はぁ……はぁ……あ、灯里!」
レベルアップを告げる無機質な音が脳内に響き渡るが、士郎は気にもせず灯里のもとに向かった。
「灯里、大丈夫か!?」
「士郎さん……うん、なんとか平気」
「そうか……良かった」
楓に抱えられてぐったりしている灯里を心配すると、彼女は安心させるように頑張って笑顔を作った。
それから靖史やメムメムに島田も合流して、皆で一息つく。
「いや~、マジで危なかったな。あの野郎がゴブリンキングとミノタウロスを召喚した時はヒヤッとしたし、タイマンでも負けそうになった時は焦ったけどよ、なんか急に力が湧いてきて挽回できたんだよな」
「その感覚は私も感じました。もう体力が尽きていたところに、身体の奥から温かい力が湧き上がって諦めずに済みましたから」
やれやれと肩を撫で下ろしながら言う靖史に、楓も同意した。
しかも二人だけではなく、全員が同じ感覚を抱いたという。あれはいったい何だったのだろうかと考えるも答えは出ないので保留にし、島田がぽつりと呟く。
「これで終わりでいいんだよね……?」
「ああ、多分大丈夫じゃねぇか。またひょっこり出てくるかもしれねぇが、倒したばっかなんだからそんなに早く出てこねぇだろ」
「っていうか、もう帰らないかい? ボク疲れちゃったよ」
心配する島田に靖史が大丈夫だと声をかけていると、いつの間にか地面に寝っ転がっているメムメムが帰還を促す。
「そうですね。久しぶりの激戦でしたし、今日は皆さん疲れたと思うので帰りましょうか」
「あっ、ちょっと待ってくれ!」
帰宅ムードが漂って士郎達が自動ドアを探しに行こうとしたら、靖史が慌てて止めてくる。どうしたと士郎が尋ねると、靖史はツルツルの頭をポリポリと掻きながら申し訳なさそうにお願いを言った。
「いやな、ちょっと灯里ちゃんにお願いがあるんだよ」
「私に?」
「ああ……っていうのもよ、今回犯人を見つけるのに協力してくれたスレ民に、お礼を言ってやって欲しいんだ。多分灯里ちゃんがお礼を言ってくれたら、あいつ等もちったぁ報われると思うんだよな」
靖史のお願いというのは、灯里の口からスレ民を労ってやって欲しいとのことだった。
この一週間、スレ民達は寝る間を惜しんでダンジョンライブで犯人が現れないか監視し、見事犯人を見つけて士郎達に協力してくれた。
彼等の力が無かったら、カースシリーズの被害を抑えることは難しかっただろう。そんなスレ民達の尽力に少しでも報えるならと、靖史は灯里に頼んだのだ。
スレ民の殆どが灯里推しなので、彼女から一言貰えればきっと喜ぶ筈だ。
靖史からのお願いに、灯里は笑顔を浮かべて「いいよ」と了承した。
「えっと、どこに向かって言えばいいのかな?」
「誰も居ないところでいいぜ。きっと配信者が上手くやってくれるさ」
どう言えば分からず困っている灯里に、靖史がやり方を教える。
灯里はコホンッと咳払いをした後、画面の向こう側に向かって口を開いた。
「えっと……スレ民の皆さん、犯人を捕まえる協力をしてくれてありがとうございました! お蔭で、犯人を倒すことができました! 本当にありがとうございます!
それで……もし良かったら、これからも応援よろしくお願いします。えへへ、これでいいかな?」
「ああ、最高だ! これでスレ民も喜ぶ筈だぜ!」
スレ民にお礼を言った後、照れ臭そうに大丈夫か尋ねる灯里に靖史が親指を立てる。すると、士郎も続けてこう言った。
「灯里だけじゃなく、俺達も感謝の気持ちを伝えよう」
「そうですね。その方がいいです」
「「ありがとうございました!」」
灯里だけではなく、士郎達全員が頭を下げながらスレ民に感謝を伝える。
一通り済ませた後、士郎達は自動ドアを探して現実世界に帰還した。
そして皆で『戦士の憩い』へ訪れ、犯人を引き留める時間稼ぎをした功労賞の田中を交えて、盛大に祝勝会を開いたのだった。
スレ民大歓喜!