第百八十六話 バグ
田中弘人22歳は大学卒業後就職したのだが、『この仕事は俺に合わねぇ』と三か月で早々に辞めてしまった。
また面倒な就職活動をやる気が起らずにバイトの日々を送っている中、趣味のダンジョンライブを視聴している最中にふと冒険者になろうと思い至る。
初めて入ったダンジョンは美しい世界で、涙が出るほど感動してしまった。
モンスターとの生死を争う戦いは恐く辛いことであったが、それ以上にこの世界を冒険することに興奮と楽しさを見出していた。
ただ、バイトもあるし本気でやろうとは思わない。冒険者は単なる趣味、いわゆるエンジョイ勢だった。
人付き合いが苦手な田中はソロで活動し、ゆっくりレベルを上げながら楽しんでいたが、少しだけ寂しさも感じていた。
他の冒険者とも少しだけでいいから交流してみたい……。
そんな事を考えた彼はある時冒険者用の飲食店である『戦士の憩い』に緊張しながら入ってみると、その場にいた高麗靖史が優しく自分を受け入れてくれた。
『新人か?』と聞いてくる靖史に無言で頷くと、彼はご飯や酒を奢ってくれたり、ダンジョンについて色々話してくれる。
だが、プライベートな事は一切聞いてこなかった。その距離感が嬉しく、田中は靖史と『戦士の憩い』で度々酒を交える仲になった。
靖史は冒険者界隈でも有名な上級冒険者なのに全く偉ぶらず、誰にでも分け隔てなく接してくれる。時にはダンジョンの楽しさを教えてくれたり、時には悩みを聞いてくれたりもした。
こんな人が良い人は中々居ないだろう。だから田中は、靖史から犯人を捕まえるのに協力して欲しいと頼まれた時は二つ返事で了承した。
こんな新米の自分でも彼に頼られるのが嬉しかった。何よりも、彼にもらった恩を返せるなら何だってやろうと考えていたのだ。
そして今日。
バイトの休みを取っていた田中はダンジョン三階層でいつものように楽しみながら探索していると、「助けてくれ!」と救助を呼ぶ声が聞こえたので急いで向かう。
そこには自分と同じくらいの青年がモンスターに囲まれていた。
田中が応戦して青年と共にモンスターを全滅させると、青年はありがとうと真摯にお礼を言ってくる。
それだけではなく助けてくれたお礼がしたいと突然言ってくるので「別にいらないよ」と断るが、青年は「そうだ! これやるよ!」と言って話を聞かず黒い剣を渡してきた。
「この剣は?」
「偶然見つけた宝箱からドロップしたものなんだ。ステータスもかなり良くて優れものなんだけど、生憎と俺は魔術師だから使い道がないんだよな。だから助けてくれたお礼に君にあげたいと思ったんだけど、受け取ってくれないか?」
「へぇ~そうなん――っ!?」
そこまで言うならと剣を受け取ろうとしたその時、田中はハッと何かに気づいて青年の顔を一瞥する。
どこにでもいる青年だし、真摯な態度だから怪しくもなんともないから気に止めなかったが、“優れた装具を渡してくる怪しい奴”は靖史が気をつけろと言ってきたパターンではないだろうか?
(もしかしてこいつがそうなのか……? もしそうならっ!)
別段怪しくはないが、もし今騒がれている一連の犯人だった場合を考えて、田中はある行動を取る。
「本当に君はいらないの? 勿体なくない?」
「勿体ない気もするけど、別にいいんだ」
「でもほら、そんなに良い物ならギルドに売ったら高いんじゃないか?」
「売ってはした金を得るよりも、助けてくれた人に受け取ってもらった方が俺としても気持ちが良いからさ」
「え~そうか~?」
その行動とは、犯人を引き留めて靖史が来るまでの時間を稼ぐことだった。
靖史にはそれらしい人物が接触してきたら自分が来るまで引き留めて欲しいと頼まれていた。
だから田中は、あ~だこ~だと言い訳を並べて懸命に青年を引き留める。
「いらないのなら別に構わないよ」
「い、いらないとは言ってないだろ? そ、そうだ! この剣が入っていた宝箱はどこで見つけたんだ? ちょっと気になるな~なんて」
しぶる田中に青年が剣を引っ込めようとしてしまったので、慌てて話題を振って時間を稼ごうとする。
(やっさん早く来てよ……もう無理だって~)と心の中で嘆いていると、遠くから「田中ー!」と自分を呼ぶ声が聞こえた。
そちらに顔を向ければ、靖史と士郎パーティーが遠くから走ってくるのが見える。
(キタ~~~~~!!)と胸中で叫び安堵していると、靖史たちが駆け寄ってくる。
「やっさん! こいつ、こいつ犯人ですよ!」
「ああ、ダンジョンライブで見てたぜ! よく時間を稼いでくれたな!」
青年を指さしながら報告する田中の肩を叩き、お礼を告げる靖史。
靖史達は駆けつけながらもダンジョンライブで田中と青年のやり取りをずっと見ていたのだ。
「ちょ、ぞろぞろと出てきていったい何ですか? 犯人ってなんの事ですか?」
大勢に囲まれていきなり犯人呼ばわりされる青年は、眉間に皺を寄せながら問いかける。あくまでもとぼける青年に、靖史は苛立った声音で糾弾した。
「とぼけんじゃねぇ! お前がカースシリーズを新人にバラまいている犯人なのは分かってんだよ!」
「カースシリーズ……? 何のこと言っているんですか? 全くもって意味が分からないですけど、仮に俺が犯人だっていうなら証拠はあるんですか?」
「証拠ならそこにあるじゃねぇか、お前が持っている剣を調べればわかるんだよ」
証拠を出せと言ってくる青年に、靖史が彼の持っている黒い剣を調べさせると告げる。すると青年は、「いいですよ」と言った直後、黒い剣を田中へと投げつけた。
「がはっ!」
「田中!? 田中ぁああ!!」
黒い剣が心臓辺りに突き刺さった田中は、血を吐いて倒れながらポリゴンとなって消滅してしまう。
死んでしまった田中に靖史が取り乱す中、士郎達は武器を構えた。
一触即発の雰囲気の中、田中を殺した青年は「ははは!」と大声で嗤いながら口を開いた。
「あ~あ~あ~あ~、雑魚のせいでとうとうバレちまったじゃねぇか。折角この一週間鳴りを潜めていたってのに、結局無駄だったな。あーあ、俺もここまでか」
肩を竦めながら両手を広げ、アメリカン風な仕草をしながら暴露する青年。
自分が犯人だと自白した青年を睨めつけながら士郎が問いかけた。
「お前は何者なんだ!? 何でカースシリーズを新人にバラまくような真似をしている!?」
「カッカッカ、俺が何者だって? まぁバレちまったからしょうがねぇか、特別に教えてやるよ。俺は“この世界のバグ”……とでも言っておこうかな」
「「なっ!?」」
「という事は、貴方は人間ではないのですか?」
犯人の正体を知って士郎達が驚いていると、楓が冷静に尋ねる。
その問いに、犯人――バグは「ピンポーン!」とおちゃらけた態度で答えた。
「その通り、俺はお前等のような人間じゃない。この世界で生まれた、いわばシステムのようなものだ」
「システム……」
犯人が人間ではなかったと聞いて士郎達は困惑してしまう。
という事はつまり、バグは嘆きのメーテルや黒騎士と同じような存在なのだろうか?
「どうして貴方はカースシリーズを使って冒険者達を貶めようとしているのですか」
「それが俺に与えられた役割であり、システムだからだ。顔を変えて冒険者を装い、カースシリーズを冒険者に渡し、恐怖と混乱を徐々に広げていく。こんな風にな」
「顔が……」
士郎達は目を見開く。
バグが喋りながら手の平で顔を覆う度に、全く異なる顔に変化したからだ。性別も年齢もバラバラで、これほど様々な顔を使われたら犯人を特定するのは困難だろう。
「そういえば、お前に渡した時はこの顔だったな」
「あっ!」
ある男性の顔で変化を止めながらバグが告げると、その顔を見た島田は酷く驚いた。
何故ならその顔は、島田が初心者の頃に『死神の鎌』を渡してきた人物だったからだ。まさかあの親切な男性もバグだったとは思いもしなかった島田は言葉を失ってしまう。
ショーを披露して満足したのか、さっきまでの青年の顔に戻したバグに楓が再度問いかけた。
「貴方はこの世界によって生まれたバグと言いましたが、突然生まれたのでしょうか? それとも誰かによって生み出されたのでしょうか」
「んなこと俺が知るかよ。この世界っていうんだから、元を正せば“この世界を創造した奴”なんじゃねーのか? まぁ誰が俺を作ったなんてどうだっていいんだ。
俺はただ、俺が渡したカースシリーズを使い続けて狂いながら苦しむお前等冒険者の姿を見ているのが愉しくて愉しくてしょうがねーんだからなぁ。カッカッカ!」
「こいつ……っ!」
外道な行いを愉しいと発言しながら嗤い声を上げるバグに、士郎の顔は怒りに染まる。
だが、バグに対して怒っているのは士郎だけではない。頭に青筋が浮かぶほどブチ切れている靖史は、バグに向かって怒号を上げた。
「てめぇは殺す! 人間じゃねぇなら捕まえる意味もねぇし容赦もしねぇ! 今までてめぇに苦しめられた冒険者達の分まで、俺が絶対にてめぇを殺してやる!!」
「カッカッカ! やる気満々じゃねぇか! いいねぇ、その殺意に塗れた感情、俺は大好きだぜ。纏めて相手になってやると言いたいところだが、流石に多勢に無勢だな。
しょうがねぇ、俺も仲間を呼ばせてもらうぜ」
「なに!?」
仲間が居るとは思わなかった士郎達が慌てて周囲を警戒する中、バグは収納空間から本を取り出して呪文を紡いだ。
「『呪術召喚』! 出てこいゴブリンキング、ミノタウロス!」
「ゴアアアアアアッ!!」
「ブモオオオオオッ!!」
バグが本を掲げながら呪文を唱えると、両側の地面に魔法陣が展開される。直後、その魔法陣から二体のモンスターが雄叫びを上げながら出現した。
「ゴブリンキングにミノタウロスだって!?」
「二体の……それもボスクラスのモンスターを召喚するとは……」
士郎達が苦戦したゴブリンキングとミノタウロスが同時に現れたことに、信じられないと言わんばかりに驚愕する。
彼等の反応を愉しみながら、二体の僕を侍らせるバグは得意気に口を開いた。
「こいつ等はただのモンスターじゃないぜ。カース・オブ・サモンによってステータスが強化されているんだ。流石に草原ステージのステータスのままだと、お前等のレベルには敵わねぇからな」
「ちっ、厄介なことをしてくれたもんだね」
ただでさえ重量級のボスモンスターで厄介なのに、その上ステータスが強化されていると聞いてメムメムが面倒臭そうに舌打ちする。
士郎達が敵陣を警戒する中、バグは両手を広げて下卑た笑みを浮かべた。
「さぁ、愉しい宴をおっぱじめようぜ!!」