第百八十五話 掲示板とスレ民
「あっ、やっさん!」
「おーシロー! 待ってたぜ!」
土曜日、カースシリーズの装具を初心者の冒険者にバラまいている犯人を捕まえる約束をやっさんとしていた俺達は朝早くからギルドを訪れた。
休日だからギルドの中も混雑していたが、予め合流場所を決めていたので時間もかからず落ち合うことができた。
「話は後だ、すぐにダンジョンに入れるように準備をしてくれ」
「わかった」
会って早々真剣な声音で伝えてくるやっさんに、俺達は緊張感を抱きつつ静かに頷いた。
皆でエントランスの正面通路を通り大きな部屋に出て、装備受け取り場所から防具を受け取ると、男性陣と女性陣に分かれて更衣室で着替える。
「こっちだ」
防具に着替え終えた後に再び合流すると、俺達は先導するやっさんの後についていく。すると驚く事に、やっさんは関係者専用扉を開けて中に入ってしまった。
えっ勝手に入っていいの……? と不安を感じながらついていくと、やっさんは「ここだ」と言って部屋に入ってしまう。
その部屋は小さな会議室のようで、デスクに椅子やホワイトボードといったものがあった。各自好きなように座ってくれと促されたので、俺達は各々椅子に座る。けど、やっさんだけは座らず立ったままだ。
なんか色々なことが起きて何を話せばいいか困惑していると、楓さんが「お聞きしてもよろしいですか」とやっさんに尋ねる。
「ここはギルド関係者しか入れない場所だと思うのですが、私達が入っても問題ないのでしょうか?」
「大丈夫だ。今回の件はギルドに話を通してあるし、ギルドも俺達に協力してくれることになっている」
「なるほど、そういうことでしたか」
やっさんの説明に、楓さんは納得したように頷く。
関係者専用の場所に入れたのはそういう事だったのか。でもやっぱりやっさんは凄いな、ギルドに協力してもらえるほどの信頼関係を築いているんだからさ。
「まずは俺から今の状況を話すぞ。この一週間俺と俺の仲間、それと声をかけて協力してくれた冒険者の皆で犯人の足を追ってみたが、残念ながら見つけることはできなかった。すまねぇな」
「やっさんが謝ることじゃないよ」
先週、やっさんは一週間の間に犯人を調査すると言っていたが、手掛かりは掴めなかったらしい。
やっさんや他の冒険者達が懸命に犯人を探したのは見なくても分かるから、申し訳なさそうに謝る彼に気にすることじゃないと伝えた。
するとやっさんは「サンキュー」と言って話を続ける。
「犯人を見つけるどころか、この一週間それらしい怪しい奴は一度も現れなかったんだ。初心者の冒険者が騒動を起こしているっていうのも、あれっきりぱったり止まっちまっている。その前までは頻繁に現れていたってのよ」
「そうなの?」
悔しそうに報告するやっさんに灯里が尋ねると、やっさんはため息を吐きながら「ああ」と答えた。
「もしかしたらそれって、僕等が犯人を捕まえようとしている動きを犯人に読まれているってことなのかな」
「そうかもな」
島田さんの発言は一理あると思う。
一週間前まではカースシリーズによる事件が多発していたのに、やっさんが本格的に調査するようになってから無くなっているという事は、こちらの動きが犯人にバレている可能性もあるだろう。
となると、厄介な話になったな。犯人を捕まえたいが、現れてくれないと捕まえることもできないし。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「おう、いいぜ。何でも聞いてくれ」
「やっさんさんや他の冒険者達が協力してくれているのは心強いですが、それでも犯人を見つけるのはかなり難しくないでしょうか?
犯人が初心者を狙っているとして出現する場所は恐らく草原ステージに限られてくると思いますが、それでも広いフィールドで多くの初心者を一人一人探していくのは、ここにいるメンバーを含めても人手不足かと思われます」
確かにな……ダンジョンのフィールドは一層ごとにかなり広い。草原ステージと限定しても一~九層まであるし、加えて初心者の冒険者を一人ずつ探していっても見つかる可能性はかなり低い気がする。
「楓ちゃんの心配は尤もだが、その辺は心配しなくていい。ちゃんと手は打ってあるからよ」
「どんな?」
楓さんの質問を自信あり気に返すやっさんに問うと、彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「お前等、“掲示板サイト”って知ってるか?」
「「掲示板サイト?」」
「まぁなんとなくは……」
「知ってます」
「勿論知ってるよ」
掲示板サイトというワードに灯里とメムメムは首を傾げるが、楓さんと島田さんは知っているようだ。俺も言葉として聞いたことはあるが、余り詳しくは知らない。
よく分かっていない俺達の反応を見た楓さんが掲示板サイトについて説明してくれる。
「掲示板サイトというのは、インターネット上のコミュニティで、あるテーマに沿って関連する話題を大勢の人達が書き込むウェブサイトのことです。
時事ネタもそうですし、スポーツや芸能、ゲームなど色々な掲示板サイトがあるんです。一番有名な掲示板サイトで言えば〇ちゃんねるですかね」
「あ~それは聞いたことがあるかも」
昔、掲示板サイトを題材にした映画やドラマが一時流行っていた時に聞いた覚えがある。
でも、その掲示板サイトがなんだっていうのだろうか?
「掲示板にはダンジョンを専門としたサイトもあるんだが、そこの“スレ民”……ああ、掲示板に書き込んでいる人達のことな。そのスレ民が、犯人を捕まえる協力をしてくれているんだよ」
「ん? それってつまりどういうことだ? スレ民が協力してくれているって言われてもピンとこないっていうか……冒険者でもないのにどう協力してくれるんだ?」
「なるほど……その手がありましたか」
スレ民が協力してくれると言われても今一理解できていないでいると、楓さんはどういう意味なのか気付いたらしく口元に手を添えて納得するように呟いた。
「“生配信”ですね」
「そうだ。一週間前、俺が少しだけ世話をした元冒険者が突然やってきてこう言ってきたんだ。ネットの掲示板……スレ民達がダンジョンライブを使って、犯人を捕まえるのに協力してくれるってな。
日本……いや世界中にいるスレ民達がこの一週間、昼夜問わず草原ステージにいる冒険者に接触してくる怪しい奴が居ないかずっと見張っていてくれているんだ」
「えっ……マジ!?」
やっさんから聞いた話につい大声を出してしまうほど驚いた。
スレ民と呼ばれる人達が、YouTubeのダンジョンライブを見続けて犯人を捜してくれているって凄くないか?
それも草原ステージにいる冒険者を全部見てるって……いったいどれだけの数の人が協力してくれているんだろうか。
「それが本当なら凄く助かるね!」
「ああ、マジで大助かりだよ」
喜ぶ灯里に、やっさんも強く同意する。
俺も嬉しい気持ちは一緒だけど、一つだけ疑問が浮かんでしまう。
「でもさ、何でスレ民の人達は俺達に協力してくれるんだろう。その人達は冒険者じゃないんだろ? なのにどうして関係のないスレ民がわざわざ協力してくれるんだ?」
「それはお前だよ、シロー」
「お、俺……?」
理由が分からず聞いてみたら、その理由は俺だと言われてしまう。
訳が分からずキョトンとしていると、やっさんは笑いながらこう言ってくる。
「シローだけじゃないぜ。灯里ちゃんや楓ちゃん、島田やメムメム、お前達のファンである世界中のスレ民が、お前達の為に協力したいって言ってくれているんだ」
「そ、そうなの……?」
「そうだぜ。それだけ、お前達が世界中にいるファンに愛され、期待されているってことだ。全く、冒険者になってまだ半年ぐらいしか経ってないのに凄ぇ人気だよな。羨ましい限りだぜ」
「……」
そうだったんだ……。
灯里が人気なのは分かっていたけど、俺達にまでファンが居るとは思ってもみなかったな。
俺が神木刹那やアルバトロスが好きでファンであるように、スレ民もまた俺達のことを好きなファンでいてくれているんだ。
顔も名前も知らない人達だけど、何の得にもならないのに俺達に協力してくれていることが凄く嬉しい。なんだかこう……胸が熱くなってくるな。
「ははは……僕のファンは余り居ないと思うけどなぁ」
「何言っているんですか島田さん! 絶対居ますよ!」
「ん? あーもしもし――」
自虐を言いながら笑う島田さんを灯里が励ましていると、やっさんがスマホを耳に当て誰かと電話する。
「あぁ、分かった。マジでありがとな、後で何か奢らせろよ」
電話の相手と話していたやっさんは通話を切ると、歯をむき出すように笑った。
「ビンゴだ! たった今連絡が入ったぞ、犯人らしき怪しい奴が今三階層にいるみたいだ!」
「凄っ! 本当に見つけのか!?」
多くの冒険者のダンジョンライブの中から犯人らしき人物を見つけたと聞いて、スレ民って凄いんだなと感心してしまう。
「時間が勿体ねぇ、すぐに行くぞ! ギルドには話を通してあるから並ばずにダンジョンに入るからな!」
「分かった!」
「でもさ、今行ったところで犯人に逃げられてしまうんじゃないかい? 転移場所はランダムだし、ボク等が到着する頃には姿をくらましているかもしれないよ」
皆で自動ドアに向かおうとしている時、メムメムがふと問いかけてくる。
その問いに対し、やっさんは「心配すんな」と言い続けて、
「一週間前から初心者の冒険者達に、『強い装具を渡してくるような怪しい奴が居たら、絶対に貰ったりしないでそいつを引き留めておいてくれ』って伝えられるだけ伝えてある」
「流石やっさん!」
「ほう、それなら間に合いそうだね」
メムメムの言う通り今から向かっても間に合わない恐れがあったが、やっさんが事前に手を回していたそうだ。
犯人と接触したその冒険者が時間を稼いでいてくれるなら、間に合う可能性は十分ある。
でもそれは、やっさんが普段から新米の冒険者の面倒を見ている人徳があるからこそできたものだ。やっぱりやっさんは凄いよ。
「絶対に犯人を捕まえるぞ!」
「「うん!」」
自動ドアに着いた俺達は、犯人を捕まえるべく意気揚々とダンジョン三階層に向かったのだった。