第百八十四話 お出かけ
「ただいま~」
「あっ士郎さん、お帰りなさい」
仕事から帰宅すると、トトトッと灯里が出迎えてくれる。
家に帰って一番に灯里の顔を見ると、仕事の疲れも吹っ飛ぶんだよな。本当に俺は幸せ者だよなぁと実感する。
「はい」と言って手を出してくる灯里にカバンを渡して靴を脱いでいると、不思議そうな声音で尋ねてくる。
「今日はいつもより早いね」
「うん、灯里と出かけるから今日は早めに上がらせてもらったんだ」
「そうなんだ、ありがとう士郎さん」
花のような笑顔を浮かべてお礼を言ってくる灯里に、早く帰宅して良かったと自分を褒めた。
今言ったように、早く仕事を終わせたのは灯里と出かける為なんだ。というのも、昨日の夜急に灯里から「仕事終わった後でいいから、買い物に付き合って欲しい」と頼まれる。
灯里から出かけようと言われた事は余りなかったので、俺は二つ返事で了承する。
一々帰ってくるのは大変だから仕事が終わった後にお店で合流してもいいよと気を遣ってもらったが、そこは断り一度家に帰って一緒に行くことになった。
私服ならまだしも、スーツ姿で灯里と一緒に買い物をすると周りから変な目で見られそうで嫌だったんだよな……。
「じゃあ私、すぐに準備してくるね」
「うん、俺も着替えてくるよ」
小走りで去っていく灯里の背中を見ながらリビングに向かうと、ソファーに寝転がりながらスマホを弄っているメムメムに声をかけられる。
「あ~シロー、おかえり~」
「ただいまって……メムメム、またスマホでゲームしてるのか?」
「心外だなぁ……ボクがゲームばかりしていると思わないで欲しいね」
「どの口が言ってるんだ……」
仰向けになりながら偉そうに言ってくるメムメムに間髪入れずにツッコむ。いつもゲームばかりしているお前が言えた義理じゃないだろ。
ジト目を送っていると、メムメムはこれ以上追及されたくないのか話を変えるように「そうだ」と手を叩き、立ち上がってから俺に擦り寄ってくる。
「なぁ~シロ~」
「な、なんだよ……」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら近づいてくるメムメムを不気味に感じていると、彼女は思いがけないことを言ってくる。
「実はシローにお願いがあるんだよね~」
「お願い……? なんか嫌な予感がするけど、一応聞いてみよう」
「Switch買って」
「へ……?」
いったい何を要求されるのかと戦々恐々としていたら、突然そんなことを言ってきた。
Switchって……ゲーム機のことだよな? 何故欲しいのか理由を聞いてみると、メムメムは肩をすくめて、
「愚問だよ、switchのゲームがしたいからに決まってるじゃないか」
「さいですか……。でも何でswitchなんだ? スマホゲームにハマってたじゃないか」
「飽きちゃったんだよ。毎日同じことの繰り返しだし、無課金じゃ重課金者共に勝てないしね。だから他に面白いことないかな~と思ってYouTubeを見てたら、『ゲーム配信』というものを見つけてしまってね、ボクもやりたくなったんだよ」
「なるほど」
ゲーム配信かぁ……確かにユーチューバーやVチューバーが配信しながら楽しくゲームしているのを見ていると、自分もやってみたくなる気持ちは分からなくもない。
そっか、だから急にswitchが欲しいなんて言い出したんだな。
「だから頼むよシロ~買っておくれよ~」
「う~ん……灯里はなんて言っているんだ?」
「ぅぐ……」
灯里について聞くと、メムメムはギクッと分かりやすい態度を見せる。
この様子じゃにべもなく断られたようだな。メムメムの私生活は灯里に任せている。なので灯里が駄目だって言ってるなら、俺が勝手に買ってあげることは無理だろう。
ということで――、
「諦めろ」
「嫌だー!! ボクもswitchのゲームがやりたいんだー!! なぁお願いだよシロー買って買って買ってーー!!」
「ええ……」
大人しく諦めろと告げると、メムメムは突然床に倒れながらバタバタと手足を動かして駄々をこねる。それはまるで、スーパーでお母さんにお菓子を買って欲しいと駄々をこねる子供のようだった。
これが勇者パーティーと共に魔王を倒して世界を救ったエルフの姿なのか? とドン引きしてしまう。
ここまでされると呆れるというより、哀れみの方が勝るな。そんなことまでしてゲームが欲しいのか……。
エルフの誇りを捨ててまで強請り続けるメムメムに、俺は深くため息を吐いて、
「わかった。買うよ、買ってあげるからもうやめろって」
「本当かい!? 嘘じゃないだろうね!?」
「嘘じゃないって。灯里には俺から言っておくよ」
「ひゃっほう! サンキューシロー、君なら分かってくれると思ったよ! へっ、やっぱりシローはチョロイな(小声)」
「なんか言ったか?」
「いや何も? あ~シローは男前だな~ボクが会ってきた中でも三本の指に入るぜ」
「はいはい」
買ってあげると言ったらすぐ調子に乗るメムメムに、再度ため息を吐く。
けど困ったな。見ていられずつい安請け合いをしてしまったけど、どうやって灯里を説得しようか。
う~んと悩んでいると、準備を終えた灯里が声をかけてくる。
「なんか騒がしかったけど、二人共何を話してたの?」
「な、なんでもないさ! ほらシロー、君も早く準備しなくちゃ! 灯里と出かけるんだろう? シャワーも浴びておいたほうがいいぜ」
「おい、押すなって」
「う~ん、怪しい……」
灯里が怪訝そうな眼差しを送ってくる中、メムメムは誤魔化すように俺の背中を押してくる。
あれ、もしかして俺汗臭い? ちょっとショックを受けながら、俺は入念に身体を洗ったのだった。
◇◆◇
「平日の割には結構人がいるんだな」
「そうだね」
俺と灯里は家から一番近い複合商業施設を訪れていた。
こういった場所には余り来たことがないが、平日だというのに意外と賑わっているな。周りを見渡すと、特に学生の姿が多い気がする。
学校終わりに来ているのだろうか……青春だなぁ。
そんなオジサン臭いことを考えていると、灯里が腕を引いてくる。
「ほら士郎さん、ボーっとしてしてないで行こ」
「う、うん……(それにしても灯里可愛いなぁ)」
いつも可愛いが、今日の灯里は普段にも増して可愛いからタジタジになってしまう。
髪も綺麗にセットしていて、ナチュラルにメイクも施してある。服装は上から白のカットソーに、下は黒のロングスカート。そしてショルダーバッグをかけている。
普段の灯里はどっちかというとスポーティーというかラフな服装だから、今日みたいなスカートを履いた女の子らしい服を着ていると余計に可愛く見えてしまう
それになんと言っても――、
「ちょっとねぇ、どこ見てんのよ」
「えっ!? いや、何も見てないけど!」
すれ違ったカップルと思わしき男女から喧嘩気味な会話が聞こえてくる。
多分その理由は、彼氏が灯里を見ていたのが気に入らなくて彼女が怒っているのだろう。
ただ、その彼氏だけではなくすれ違う男性のほとんどが横目だったり振り返ったりして灯里をチラ見していた。
勿論灯里がめちゃくちゃ可愛いというのもあるだろうが、大きな要因は他にある。それは、灯里の大きな胸だった。
ご存知の通り灯里の胸は大きいが、薄いカットソーだけなので胸が強調されてしまう。それに加え、ショルダーバッグの紐が胸の谷間にかかっているから――俗に言うパイスラというやつ――胸の形がさらに強調されてしまっていた。
目に毒というか、これはもう男性にとっては凶器と言っても過言ではない。見るなと言われても勝手に視線が吸い寄せられてしまう。
だから男性達がつい灯里を目で追ってしまうのも無理はない。というか彼等の気持ちは痛いほどよくわかる。
俺だって、もし他人側で今の灯里を見たら絶対に目で追わないって約束できないしな。
まぁ結局何が言いたいかと言うと、今日の灯里はとんでもなく可愛いということだ。
「わぁ、これ可愛い。士郎さんどう思う?」
「可愛いと思うよ。絵柄もいいんじゃないかな」
「だよね!」
ズラリと横に並んでいる店を一階から順に見て周りながら、目に付いたお店に入っては家具や小物に対して感想を言い合う。
そんな灯里は本当に楽しそうで、来て良かったと切実に思う。
(……本当はこうだったんだよな)
本来だったら、灯里も学生達のように友達や彼氏とこういう場所に来て青春を送っていた筈なんだ。だけど灯里は本来あった時間を捨ててでも、冒険者になって両親を救い出す道を選んだ。
もっとこういう時間を作ってもいいかもしれないな。
平日は会社があって、休みの日はダンジョンで潰れてしまう。だからこんな風に灯里と出かける事は滅多にない。
けど、いつも頑張っている灯里の為にも俺から積極的に誘った方がいいと思った。灯里も気を遣う方だから、無理に遊ぼうとか言ってこないしな。
そんな事を考えながら、楽しそうに物色している灯里に問いかける。
「いいのあったか?」
「うん、これなんか可愛いくて機能性も良いと思う」
「ほう、どれどれ」
彼女が気に入ったのは、可愛らしい花柄のエプロンだった。
確かに色々な所にポケットがついていて便利そうだな。そう言えばいつも灯里が使っているエプロンって、少しボロくなっていた気がする。
キラキラした目でエプロンを見る灯里に、俺は(よし!)と内心で頷いた。
「ねぇ、士郎さんは欲しい物とかないの?」
「えっ? 俺か?」
「うん、士郎さんの」
突然灯里に聞かれた俺は腕を組んでう~んと唸った。
俺が欲しい物か~。色々な店を回って良いものも沢山あったが、どれもピンとこなかったんだよな~。
ってあれ、つい最近も誰かに欲しい物を聞かれた気がするな。
「特にこれと言って欲しいものはない、かな~」
「え~! じゃあ、強いて言うなら!?」
「強いて言うならか~……あっ」
何かないかと頭を悩ませた俺は、思い出したようにポケットに入っている財布を取り出した。
「これがそろそろ買い替え時かもな~」
「財布?」
「うん。これ五年近く使ってるからそろそろ寿命かもな」
そう言いながらボロくなった財布を灯里に見せる。
この財布は今の会社に内定した時の記念に買った少し高めの財布だ。だけどもう五年近く使っており、外見は色も落ちてクタクタになっている。
まだ使えるっちゃ使えるし、最近はスマホの電子マネーばかり使っているから買い替える必要は無いんだけど、強いて言うならそろそろ買い替えてもいいかもしれない。
「じゃあ財布見に行こうよ!」
「別にいいよ、まだ使えるしさ」
「いいからいいから、ほら早く!」
灯里に腕を引かれ、強引に連れて行かれてしまう。
それから俺達は他の店も見て回り、最後に美味しい物を食べてから帰宅したのだった。
◇◆◇
「灯里、はいこれ」
「えっどうしたの?」
家に帰った俺は、灯里に包袋を渡す。
いきなり渡されてキョトンとする彼女に開けてごらんと言うと、灯里は不思議そうな顔を浮かべて袋から中身を取り出した。
「あっ、これ私が良いって言ったエプロンだ……」
「うん、いつも頑張ってくれてるお礼にな。灯里、いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう」
日頃の感謝の言葉を伝えると、灯里は柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとう、士郎さん。大事に使うね!」
嬉しそうな灯里を見て、あの時こっそり買っておいて良かったと思う。
買い物に付き合うことだったり、これぐらいの物しかあげられないけど、これからも灯里に色々なことをしてあげたいと気付けた大事な一日だった。
因みに、後日メムメムにswitchを買ってあげて欲しいと頼んだら、灯里はしぶしぶながらも条件付きで許してくれた。
よかったな~メムメム。でもゲームをし過ぎると灯里に没収されるからほどほどにしとけよ。