よくあるMMO風景
今日から俺は新しいネットゲームを始めた。
いわゆるMMORPGと呼ばれるものだ。
正直言うと、グラフィックの良さだけで択んだ。
中身が面白いかは神のみぞしる。
さ〜って、取りあえずパスワードも取得したし、ログインをしてみるか。
パソコンのディスプレイにゲームの世界を思わせる停止画像とLoadingのバーが映る。数秒たって画面が暗転した。そして、数瞬後、派手な彩りを見せる世界が俺の目に飛び込んできた。もちろん、俺がメイクしたキャラも真ん中に突っ立っている。
俺のキャラは紅色の羽根つきハットを頭にかぶり、魔法使いらしく似たような色のローブで身を包み、革靴を履いて木製の杖をえらそうに地に立てている。
正直言うと、キャラメイクは好きじゃないので、適当に択んだ。その結果がこの簡素でオーソドックスな服装だ。まぁ、遊べればいいんだ。身なりなんぞすぐに変わっていくから。
辺りには人気は少ない。平日の昼間だしな。こんな時間からMMOをやってる者はそうはいない。それに最近はMMOをやる人口も減ってきている。仕方ないと言えば仕方が無いだろう。だけど、MMORPGを楽しく遊ぶコツはやっぱり人間だ。
いかに、楽しい奴等を見つけて仲間になって一緒に遊ぶ時間を長く確保できるかにかかっている。取りあえず、一通りの動作を覚えた後、少しクエスト(お使いイベント)をこなして慣れる事が先決だ。
数時間かけて、俺は動作やゲームの特徴を掴む事に成功した。
まぁ、ある程度色んなMMOをこなしてきた俺。大体MMOって似通っているから慣れるのも早い。はいはい、寝そべってみましたよ。 寝返り打ってみた。蹴りをいれる。その場で泣き喚く。岩に座ってみる。水に飛び込む――とまぁ、キャラの動きを一通り熟知した。
次はクエストでも受けるか。
俺のキャラをこのエリアにある城まで移動させた。
高く立派な岩で出来た城壁が横に延びている。
目の前には木でできた仰々しい大きな門が開けっ放しにしてある。その傍に金属の重苦しい格好をした兵士が二人立っている。
俺のMIYOちゃん(センスねー)を兵士に近付ける。そして、会話をさせるため、兵士にカーソルを合わせた。
「よくやってきたな、旅人よ。しかし、この門の中にいれるわけにはいかぬ。早々と立ち去れ」
あぁ? なに生意気言ってんだこの野郎って思ったけど、こいつはこれしか話せないんだ。仕方がないな。隣の兵士にも話しかけるか。
「旅人よ、どうしてもこの城へ入りたいのか? 」
こいつは話しの分かる兵士の設定らしい。
はい、いいえの選択画面がでる。はいを択ぶとMIYOちゃんが頷いた。
「なら、許可書をださんわけでもない、ただな……」
兵士はちょっと背を低くしながら、隣の門番をちらちらみてMIYOちゃんに何か言うつもりらしい。たぶん、交換条件を突きつけるんだろう。よくあるパターンだ。
「えーっと、大きな声で言えないんだが、俺は酒が好きなんだ、ここから南にいくと町があるから、そこで酒買って来てくれたら、許可書発行してやらんでもないぞ」
引き受ける、受けないの選択画面がでた。
もちろんゲーム進行には引き受けるしかない。
MIYOちゃんはまたもや頷いた。これでクエスト発生だ。
MIYOちゃんは城より少し南にある城下町へやってきた。
酒と言えば、酒屋。
そんなものがあるのかないのか、俺には分からない。
場所も知らない。
だだっ広い。
やる気が少し失せてくる。
ログアウトしてやめようかな――という衝動が走る。
俺は面倒くさいクエストゲーム好きじゃないんだ。
でも、一つくらいクエストこなしてからでも良いか。
なけなしのやる気を振り絞り、酒屋を探す事にした。
MIYOちゃんはジグザグ歩行をしていた。俺の倦怠感がマウスから伝わっているのだ。MIYOちゃんだけは俺にとって忠実な僕だった。
そんな時――プレイヤーが扱ってるらしいキャラが路地から突然出てきた。
プログラムされたキャラとは明らかに違う溌剌とした動き。
ごつい剣を肩に携えて金属甲冑で身を包んでいる。
俺はそいつが目の前で止まったので、ブリっこアクションをMIYOちゃんにさせて、そいつにカーソルをあてて話しかけてみた。冴え渡るキータッチ。俺はブラインドタッチができるんだ。
「おじさん、酒屋しりませんか?」
「お、おじさん? 俺はまだ10代だ!」
言葉間違えたかな……少し気まずいのでMIYOちゃんにお辞儀させた。
「うぜぇ……」
グシャ!
え!? なんだ……
有無を言わさず剣を抜いてきた相手に瞬時に切り捨てられるMIYOちゃん。
次の瞬間――画面が暗転したかと思うと、どこかの教会に移動していた。
「旅のもの、気をつけていきなされ」
死ぬとここに来る設定らしい。髭もじゃの神父さんが、口元に微笑みを湛えて突っ立っている。びっくりしたなぁ、このMMOはプレイヤーキルができるらしい。要は人殺し可能なゲームだ。それにしてもさっきの奴は気が短い奴だったな……
俺は教会を出ると、少し手に汗を握りながら町を移動し始めた。
プレイヤーキルが出来るってことは、プレイヤー=殺人鬼とみなしたほうがいいだろう。だから……いつでもダッシュできるよう(逃げれるよう)、マウスの右クリックに汗ばんだ指を少し浮いた状態で用意していた。まるっきり、さっきまでとは緊張感が違う。こう見えても現実では、俺は臆病なんだ……先を注意深く眺めて、MIYOちゃんを慎重に移動させていく。
子犬を連れた少女キャラが細い路地の前方から近付いてくる……
白い清楚なドレスを着たお嬢様系キャラだ。だが、なぜか、黒色のトゲトゲがついた太い棍棒を肩に挿している。
や、やばい……もしかしたら……いきなりあの犬をけしかけられて、その間に背中の棍棒でぼこぼこに……そんな戦慄の妄想が俺の脳裏をよぎる。俺はてんぱっていた……こうなったら…………先手必勝だ!
俺はあろうことか……MIYOちゃんに恐怖からとは言え、いきなり殺人行為をさせる苦渋の決断をしてしまった。
MIYOちゃんは杖を掲げ、少女キャラにいきなり殴りかかっていった。
白いマントが靡く後ろ姿がなんとも猛々しい。
可愛い雄たけびをあげて、突進していくMIYOちゃん。急襲に相手は驚いたのか少しキャラが不規則な動きで右往左往している。
だが――ふわりと攻撃を避ける少女キャラ。戦闘自体はオートマチックだ。MIYOちゃんの攻撃は簡単に避けられ続け、攻撃が全く当たらない。それもそのはず、相手のカーソルの下に表示されてるレベルは22だ。そして俺はlv1……レベルが違いすぎる。
俺はそうと分かってもひたすら、MIYOちゃんに杖を振らせていた。少女は避けながらしばらく黙っていた。その状態で一分が過ぎようとした頃、
「ちょっと待って! えーっと私は戦う気がないから攻撃止めて……」
少女の思いもかけない申し出。
俺は困惑した。
だが、俺も人を見る目は持っている。この人は良い人に違いない。少女に漂う良い人オーラを感じ取った俺は、アタック解除ボタンを押して、MIYOちゃんの戦闘モードを停止させる。肩で息をするMIYOちゃん。杖を振り回していた上に、避けられまくって疲労のピークらしい。よく見ると体力バーもかなり減っていた。疲れるとこのゲームでは体力も減るようだ。Miyoちゃんごめんよ……とか一瞬キャラに感情移入をしてしまった。
「そうなんだ、今日から始めたんだ」
女っぽい口調で話す少女キャラと話していた。
どうやら、プレイヤーは女性らしい。ただ、これは推測にすぎない。
所詮ゲームだし好きな口調やキャラを演じられる。嘘も付き放題。
「そうなんよ、で、クエスト受けたのは良かったんやけど、酒屋がみつからんくて」
俺はMIYOちゃんに俺の素の話し方でしゃべらせた。
とても姿とは似つかわしくない口調だ。はっきりいって、オヤジだ。
「あ、お酒あるよ、あげる」
「え!?」
突然、少女の申し出と同時にアイテム交換画面なるものが現れる。
俺は酒を無意識に受け取ってしまった。
「あ、ありがと〜」
「いいえ、じゃクエスト頑張ってね!」
棚からぼたもちのように酒が手に入った。取りあえず礼を述べる。
MIYOちゃんにお辞儀を発動。それをみてニコリと笑うアクションを少女はした。そして、踵を返すと、スタスタと俺のもとから去っていく。少女の背中を見ながら俺はなんだか妙な内心の動きに気づいていた。俺は……このまま、MIYOちゃんとこの少女との縁が途切れるのを黙って見過すのに苦痛を感じ始めていた。いや、厳密に言うと、俺がこの少女を扱う人間とこのまま別れたくなかったんだ。
「待って!」
俺は思わず声をかける。
「○×洞窟へ遊びにいこ」
「うん、いこ」
今からMAKIとエリア51にある洞窟へ行く事になっていた。
――そう……あの出来事から数年後、俺はこのゲームをまだ続けていた。
MIYOちゃんは時間の経過と共にすくすくと成長し、いまやMAKIと肩を並べるレベルに達している。このMAKIっていう子は最初あった子犬をつれていた少女だ。
今じゃゲームにログインすれば、必ず一緒に遊びに行く仲になっている。
それだけじゃない……ゲームの中で結婚イベントなるものを終えて、今やMIYOちゃんと夫婦という間柄だ。
夫婦といえば、理不尽に思われるかもしれないが――
実はあの時、少女つまり女性だと思っていたキャラは男性キャラだったんだ。
顔が童顔で色白の少年のMAKIちゃんに沙耶が女装させてたらしい。
あ、つい沙耶とか言ってしまった。
実は……あれからゲーム内で仲よくなった俺達は、半年くらい経ってから現実でも携帯でやりとりするようになって……今では遠距離恋愛をしている。
ゲームでも現実でも恋人同士という間柄に発展していた。
最初はわけがわからず、面倒くさくってやめようとしたMMOだったけど……
やってよかったよ! MMOバンザイ!