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怨恨と忍者

 羨望交じりの周囲の視線が、明らかに変わった。

 アンジェラの内包する怒りが漏れ出しているのに気付き、そそくさと大半の者が目を逸らしたのだ。そんな対応など一切気にしない様子の、彼女の話は止まらない。


「どの組織にも属せず、金さえ積まれればどんな仕事でも確実にこなす。外道だろうと構わず、あらゆる手段を使い、獲物を逃さず仕留める。それが忍者よ」

「仮に忍者だとしても、忍者だと自分からは名乗らないはずだ」

「そうね、その男も忍者ではなく、ただの暗殺者だと思って依頼したらしいわ。けど私が調べた結果、そいつらは紛れもなく忍者と呼ばれる集団だった」


 何年前の話だろうかとフォンは聞きたかったが、敢えて心に留めた。

 彼女は苦しい話をしているのだし、こちらから掘り下げるのは良くないと思ったのだ。だが、同時にアンジェラが復讐相手を恨んでいるのではなく、忍者そのものを憎んでいるのだとすれば、フォンが深く踏み入ってはならない話であるのも事実だ。

 優しさで物事を――真相を告げようものなら、忍者のフォンは彼女の敵となるからだ。


「暗殺を指示した奴は私が殺したけど、肝心の家族を殺した忍者はまだ見つかっていないの。恐らく今もどこかでのうのうと生きてる。そいつを殺して、復讐を果たす……忍者に関する情報を集めてるのは、それが理由よ」


 忍者の全てが敵であると、アンジェラの燃え盛る橙の瞳が告げていた。目と同じ色の髪もまた、彼女の怒りを体現して揺れているかのように錯覚するほどだ。

 食事に手を付けない双方のうち、再び口を開いたのはフォンだった。


「復讐の為に、忍者を追っていると? もしもカゲトラが、関係ないとしたら?」

「関係ないわ、必要なら根絶やしにもしてみせる……忍者は表舞台には存在しない、邪悪な組織よ。死のうと殺そうと、誰も困らないの」


 推測は当たっていた。彼女はカゲトラを追っているというよりは、全ての忍者を殺すべく、忍者と関連性のある何もかもを殺そうとしているのだ。それでは復讐を許された女騎士というよりは、恩讐に捕らわれた悪鬼だ。

 そんな道を進むなど、己の身を滅ぼす結果以外が待つはずがない。

 何より、フォンにとってあらゆる忍者がそうであるとも思えなかった。自分が正義だと言ってやるつもりは毛頭なかったが、正しい道を歩む者もいたと知っている。


「……忍者は、義の道を生き、仕えた主君を正しく導く者でもある。術を使おうとも、彼らは忍者じゃない。アンジーの家族を殺したのは、ただの暗殺者だ」


 だが、フォンを見据えるアンジェラの目は、彼の意志よりずっと凍てついている。


「どちらも同じよ。忍者はただの犯罪者集団だわ」

「違うよ、優しい忍者もいる。世の平定を考え、安寧を選ぶ忍者もいるから――」


 フォンの言い分は、遮られた。

 目にも留まらぬ速さでフォンの手元に突き刺さった、肉を斬るナイフによって。瞬時に投げつけ、フォンに警告したのは外でもない、アンジェラだ。


「私の前で忍者を語るなら、言葉を選びなさい」


 周囲の声が静止するほど、アンジェラは怒りを滾らせていた。

 自分の復讐相手を肯定され、中には正しい人間までいると言われた。人の意見が多種多様だとしても、仇敵の肩を持たれるのは、どうにも我慢ならなかった。

 従業員が口をつぐみ、客が沈黙を貫く中、アンジェラは這い寄るような声で言った。


「奴らの肩を持つ理由は敢えて問わないわ。だけど、憎しみを抱く相手の前で彼らの在り方を肯定するという行いがどういう意味を持つか、分からないわけはないでしょう?」


 要約すれば、殺す、と言っていると思っても差し支えないだろう。

 冷徹な、確実性のある殺意。相手によっては、生きるのを諦めるほどの憎悪を秘めた目は、いったいどれほどの忍者を殺してきたのか。もしもフォンが忍者であると確信が持てていたなら、公衆の面前だろうと始末するはずだ。


「……あらゆる物事には別の面がある。僕が言えたことじゃないだろうけど、真に憎むなら、不都合な面から目を逸らさない方がいい」


 だとしても、フォンは折れなかった。ここで死闘になるとしても、折れなかった。


「言葉を選べと言ったはずよ」

「言葉よりも、僕は誇りを選ぶ」


 静寂が、双方を包んだ。

 長い静寂だった。周りの畏怖が少しずつ薄らいで、何も起きないのかと思った客や従業員が動き出し、再び騒々しさが戻ってくるくらいには、二人だけの静けさが続いた。

 食事が冷めるのも構わず睨み合う、双方の闇を先に溶かしたのは、アンジェラだった。

 意外にも程がある強情さを目の当たりにして、つい彼女は吹き出した。


「…………おかしなところで強情なんだから。本当にしょうがない子ね――」


 そんな彼女の脳裏に浮かび、フォンと重なったのは、あの日の面影。

 自分に笑いかけ、駆け寄ってくれる幼い顔。

 だからつい、アンジェラは彼の名を呼んでしまった。


「――ベン」


 彼女がフォンを呼ぶ名は、彼の名ではない。


「ベン?」


 ベン。フォンが一度も聞いたことのないものだった。


【読者の皆様へ】


お読みいただきありがとうございました!

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