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鉄槌と忍者


「どこをどう、話を飛躍させたらそうなるのさ!?」


 寧ろ、火に油を注いでしまったようで、いよいよ危険な事態に陥った。

 フォンの腕を蹴飛ばして距離を取ったカレンは、とうとうコートの中から妙な形の筒を取り出した。形からして、上部分を押し込めば発火するタイプの、忍者の道具だ。

 軽い着火に用いる道具ではあるが、カレンが使えばどうなるか。大体、部屋ごと燃やし尽くすと言っているのだから、相応の威力を発動できるように改造しているのだろう。


(まずい、本気で部屋を燃やすつもりだ! 手を出すのは気が引けるけど、仕方ない!)


 暴走した正義の炎が宿を燃やすのを、流石に放ってはおけない。手を出すのは気が引けるが、瞳孔が開き、呼吸まで乱れたカレンの大暴れを止めるには、倒すしかない。

 ただ、時間はもたついたフォンを待ってくれない。


「喰らうがいいでござる! 忍法・火遁『鬼火』の――」


 青い髪をこれでもかと震わせ、カレンが牙を剥き、筒の蓋を押し込もうとした刹那。


「きゃおらああぁぁッ!」


「ごふッ!?」


 宿の壁が吹き飛び、穴から突き出した鋼鉄のメイスが、カレンの顔面を殴りつけた。

 カレンの軽い体が宙を舞い、クローゼットに激突する。軽く痙攣しながら木片と埃塗れになる彼女の姿に驚くフォンを他所に、ぽっかりと開いた壁の穴に手をかけ、メイスを片手に、のそりと破壊神は姿を現した。


「サーシャの眠り、邪魔した。お前、サーシャの、敵」


 長い黒髪、寝ぼけた目、猫背。床をメイスで擦りながら現れたのは、サーシャだった。

 囚人服のような麻のシャツとズボン――おそらく彼女なりのパジャマに身を包んだサーシャは、メイスをカレンに突き付ける。

 彼女はメイスの一撃が相当効いたのか、呼吸すらままならない様子で、よろよろと立ち上がった。ゴブリンをミンチにする一撃だ、魔物でもくらえばただでは済まない。


「ぐ、うう、お主はごぉ!?」


 カレンが口を開くより、まだ寝ぼけた様子のサーシャの拳が、腹に直撃する。

 黒い筒を手から落としてしまい、地面に蹲る。床に転がったメイスの打撃でなかったのが、カレンにとっては幸いだろう。もしもメイスの一突きを腹にくらっていれば、内臓が破裂していたはず。

 吐き出しそうな苦悶の表情を浮かべるカレンを見て、サーシャはようやく我に返ったようだ。うとうととした瞳をぱっちりと開き、サーシャは不思議そうな声で言った。


「……お前、カレン。なんでここにいる?」


 首を傾げたサーシャに答えたのは、カレンではない。


「さあ、なんでだろうね? 理由は知らないけど、とりあえず動かないでね」


 部屋の扉を開き、巨大な弓を構えるクロエだ。

 彼女はパジャマに着替えておらず、先程と変わらない調子で、サーシャのように寝ぼけてもいない。代わりに、フォンを二度も狙われた怒りが、白銀の矢に込められていた。


「しかも、フォンの仲間まで……!?」


 ふらふらとよろめき、狼狽するカレンが動く度、クロエの矢の矛先が変わる。足を欠片でも動かせばクロエの矢が放たれると直感が働いているのか、カレンは一歩も動けない。


「先に言っておくけど、あたしは二度も見逃すほど甘くはないよ」


 フォンのように遠慮はしないし、サーシャのように眠りを邪魔されたから迎撃したわけでもない。フォンを狙うなら少しでも遠慮はしないし、こちらから攻撃を仕掛ける気でもある。クロエはフォン以上にシビアでダーティーなのだ。

 そんな相手と、戦闘狂と、忍者に囲まれたカレン。


「ぐ、うう、そんな……悪党に、後れを取るとは……」


「悪党、ね。まだそんなこと言ってるんだ、さっさと始末しよっか」


「サーシャ、同意。こいつ、戦いを挑んできた。死、覚悟してる」


「二人とも落ち着いて、まだ殺すと決めたわけじゃないから、ね?」


「フォンは甘いの。言ってきかないなら痛めつけるか殺す。冒険者の常識だよ」


「うっ……!」


 純粋な殺意を向けられ、カレンは慄く。そんな様子を見て、サーシャは目を細める。


「お前、死の覚悟なしに来たのか? 死ぬ覚悟ない、お前、甘ちゃん」


 カレンは目を背けるだけだったが、答えに他ならなかった。

 今更だが、彼女達は、フォンの為なら己の手を汚す。

 フォンも同じだが、彼と違うのは殺人が最終手段ではない点だ。フォンが殺さないから仲間も自分を殺めないなど、死なないと思い込んでいるカレンの甘ったれた妄想である。

 ようやく、とんでもない敵に囲まれた――敵に回してしまったと気づいたのか、カレンの顔が青ざめてゆく。この場でフォンに許しを請いても、きっとクロエが許さないだろうし、三人纏めて始末しようとすれば、再び手に構えたサーシャのメイスが、彼女の頭を潰す。

 何より、どんな選択であろうと、屈するのだけは認めたくない。

 となると、手段は一つ。


「こ、こうなったら! 忍法・『煙玉』、でござる!」


 よろめく体をどうにか起こしながら、カレンはクロエが頭を射抜くよりも先に、コートの中から掌大の灰色の玉を床に目掛けて叩きつけた。

 すると、ぱっくりと割れた玉の中からもくもくと煙が噴き出してきた。その勢いは凄まじく、たちまち部屋中を覆い尽くした。フォンがかつてクラーク一味から逃げる際に用いたものと、全く同じ忍法だ。


「げほ、ごほっ……煙幕で目晦ましなんて!」


 煙を払おうと必死にクロエが手を払っていると、その間に部屋の窓が割れる音がした。

 どうにか追いかけようとしたが、視界が晴れた頃には、カレンは影も形もなかった。窓を突き破って外に飛び出したのか、窓の向こう側から人の騒めきが聞こえてくる。


「……あいつ、窓の外に逃げた。フォン、どうする?」


 サーシャがメイスを担いで問うが、フォンの考えは決まっているようだ。


「追いかけよう。嫌な予感がする」


 窓から虚空を見つめるフォンは、やはり彼女を捨て置けなかった。


【読者の皆様へ】


お読みいただきありがとうございました!

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