幕
「っぐ……」
体が動かない。
俺はしくじった。
柱が持ちこたえられずに、天井から瓦礫が落ちてきて下敷きになった。
「おやっ、さん」
すると、炎が揺らめき、ドクロのフードを被った化け物に姿を変えた。
幻覚か?
手にはでかい鎌を持ち、どうやらそれが死神だということが分かった。
「そんな都合良くいくか。 お前か背中のヤツ、どちらかの命を渡せ。 もしくは両方でもいい」
ふざけんなよ……
こちとら、一度は腹を括った身だ。
おれのいのちを払ってでも、おやっさんを助ける。
「俺が死ねば、おやっさんは助けてくれんだな?」
「……お前のいいなりになるのはつまらん。 やはり、死ぬのはこっちだ」
死神が鎌を振るうと、俺の背の木が燃え、転がり落ちた。
代わりに、炎が気を失ったおやっさんに燃え移った。
「や、やめろーーーっ」
「はっ……」
真っ白な天井。
ここは、病院か?
どうやら、俺は店内で気を失って仲間に救助されたらしい。
傍らにあるテレビが、焼き肉大王で起きた火災を報道している。
「負傷者の数は14名、内、死亡したのは一名。 山田重五郎さん(72)です」
「嘘だろ……」
頭が真っ白になった。
俺の見た死神の光景が、現実になっちまった。
俺は頭を抱え、あ、ア、ア…… と言葉にならない嗚咽を漏らした。
すると、扉から誰かが入って来た。
スーツを着た、たまに見かける顔の男。
消防本局からやって来た課長、只野(55)だった。
「傷は大丈夫か?」
「……」
只野は、ポケットに手を突っ込んだまま、ぼやいた。
「もう後10年で逃げ切れたのにな。 お前は守護神だと本局じゃ評判だったんだぜ?」
「皮肉、ですか」
「さあな。 だが、ツキってのは続かねぇ。 今回の火災で死者が出た。 原因はガス管の老朽化。 責任は店側とお前の指導不足ってことで折り合いがついた。 店は損害賠償を払うと言っているが、ウチの金は世間様の金。 だから、本局は損害賠償の代わりに、お前をクビにすることにした」
クビ。
人命を背負っている消防士の責任は重い。
しかし、俺はその言葉を聞いて少しも動揺することは無かった。
どうやら俺はこれ以上、消防士を続けようという気が無かったらしい。
「貯金はあるか? 無ければ第2の人生について、考えておきな。 じゃあな」
俺の28年間の消防士生活は幕を下ろした。
そして……