おやっさん
このアパートに住む101号室の住人の名前は山田重五郎(72)
定年を迎えて年金生活をしてる爺さんで、おやっさんっつー愛称で親しまれている。
28年もこうやって巡回してれば、顔も完璧覚えられてるし、俺は寂しい老人のいわゆる話し相手みたいなもんだ。
「おやっさん、いっかな?」
この時間、スーパーにいなければ大体家にいるはずだが……
呼び鈴を押すも、中から返事はない。
再度、ノックをして呼びかける。
「おやっさん、留守かい?」
……やっぱり、返事はない。
買い物か、と隣の部屋へと行こうとした時、何か違和感を覚えた。
「……カートがあるじゃねーかよ」
カートとは、手荷物を持つのが難しい老人がよく使う、旅行鞄みたいな形をしたローラー付きのカートだ。
おやっさんはいつもそのカートを入り口のドアの横に置いている。
(カートがあるってことは、スーパーじゃない。 でも鍵がかかってる)
スーパー以外の目的でこの時間、おやっさんが外に入るのを俺は見たことがない。
胸騒ぎを覚えた俺は、確認の為に庭の方へと向かった。
(確認だ。 ……何かあったのかも知れない)
俺は入り口と反対方向の庭へと向かい、そこにある窓から中の様子を窺おうとした。
だが、カーテンで遮れている。
「くっそ」
窓の扉にも鍵がかかっていて、動かそうとしても開かない。
こうなったら、と俺は胸ポケットのボールペンを手に取り、ガラスにあてがった。
そして、地面に落ちていた掌サイズの石を手に取り、掌底の要領でボールペンの頭にそれを叩きつけようとした。
「おりゃっ」
「おいっ、何しとんだ!」
「……!」
ギリギリの所で石を持つ手が止まる。
俺は、驚いた様子でそこに立っていた老人こと、山田重五郎を見た。
「おやっさん、アンタ、何してんだよ!」
「それはこっちのセリフだ! 消防士が盗っ人まがいのことしおって!」
「ち、違う違う。 呼び鈴を鳴らしても返事がねぇからさ、おやっさん、中でぶっ倒れてんじゃねぇかって」
「バカもんが。 これを買いに行っとったんじゃ」
おやっさんは、コンビニの袋からあるものを取り出した。
「……へ?」
「お年玉の袋じゃよ」