第四話|少年は絶望を知った。
龍刻三千三十年。リュウキは世界を飛び回る。ある時は、北の小国を牛耳るファフニールを、またある時は、南の山岳に住うヒュドラとも戦った。そして、リュウキは依然として無敗だった。殺した龍の数は数知れず。すべてを殺し、すべてを食すその日まで。かの指輪の不思議な力をつかこなすリュウキは、今日も今日とて龍を殺す。
いつからか、ドラゴンスレイヤー伝説なるものが語られるようになっていた。漆黒の剣を携えた勇者が紅く光る指輪と共に現るると。
そんなリュウキは、今、最後の決戦を今迎えようとしていた。最後にして、最強の龍『絶対王者ジークフリート』。かつて王都があったとされる火山地帯だ。これが終われば、リュウキの贖罪も終わるだろう。そう思って、リュウキはジークフリートの元へと向かった。
リュウキがかつて王都だった地に辿りつくと、火山の麓に人々が住んでいた。皆はつい自由になれると歓喜に満ち溢れていた。しかし、リュウキは表情ひとつ変えず、ボロボロになった黒いローブを纏っている。
前夜祭に盛り上がる人々。すると、ある少年がデコボコの地面に躓いて、不味い酒をリュウキにかけてしまう。
「ほ、ほんとにすいません。すぐに別のものを!」
少年の母親と思われる人はリュウキのローブを取ろうとしたその時、リュウキは母親の手をなぎ払った。
しかし、それはもう遅かった。人々はリュウキの醜く変貌した姿を見てしまったのだった。リュウキの身体には所々に灰色になった竜の鱗がある。龍を食すたびに身体が侵食されていたのだ。
思えばそれはテュポーンとの戦いの時だ。油断から決定的な一撃を背中にくらってしまったのにもかかわらず、リュウキは至って無傷だった。そして、背中を触ってみると、ザラザラとした鱗があることに気がついたのだった。リュウキに残されたのは、左目の周りのみ。残りは硬い龍の鱗で覆われてしまっている……
「バ、バケモノ!!!!」
「うちの息子に近づかないで!」
「出て行け!」
リュウキの身体をみるや否、当然の変わりっぷりである。リュウキは追い出されるようにして、その場を去った。
「全ては俺が悪いんだ……」
そして、最後の決戦の日がやってきた。火山の上空に君臨するのは『絶対王者ジークフリート』。そして、相対するのは、ドラゴンスレイヤーの異名を持つ『リュウキ』だ。
「ついにやってキたんみたいだな、ハハハ。待っておったぞ」
どこか嬉しそうに、ジークフリートは笑う。
「まさか、マスティマがこんなコザイクをまだノこしていたとはな、ハハハ」
「……」
「なんでしっているのかって。そりゃあ、ワレがタオしたやつだからな。イチバン、クセンしたがそれでも弱すぎた、ハハハ」
「……」
「なんだ、カテるつもりだったのか。まぁ、キサマがワレにかてるはずがなかろうに、ハハハ。セイゼイがんばるといい」
ジークフリートは余裕の素振りで、リュウキを挑発する。ジークフリートからは、他の龍とは別格のオーラが漂っていた。
しかし、リュウキは臆さない。彼は颯爽とジークフリートに斬り込む。しかし、ジークフリートは余裕とばかりに、ギリギリをあえて避けきった。
「そのテイドか? まだまだだな、ハハハ」
リュウキは、右へ、左へと、機動力を武器に、ジークフリートになんとか斬り傷を負わせていった。しかし、どれも浅く決定打にはならない。
「こんなもん、イタくもカユくもないわ! ハハハ、実に滑稽だ」
ジークフリートはそう言いながらも、不気味な笑みは消えていた。リュウキはそんな言葉が聞こえないほどに、必死だった。とにかく、最後なのだと。ただ、頭にあるのは、怒りと憎しみ、その二つの感情であった。
「絶対に殺す!」
もう十日以上戦いが続いている。先に油断した方がやられる。それは両者共々が感じていたことだった。だからこそ、リュウキはひたすら攻撃し続けた。しかし、だんだんと、少しずつ両者の動きは悪くなっていく。
リュウキはある時、踏ん張り切れず、地面に足を滑らせてしまった。
「これでオわりだ、ダダアダア!!!」
ジークフリートの灼熱の炎でリュウキを燃やす。すると、リュウキの鱗がそんな炎から身体を守り切った。ただ一箇所、左目を除いては……焼き朽ちる左目の痛みに悶えるリュウキ。しかし、これ以上動かずにいると、追い討ちがくる。リュウキは右目のみで戦うしか、選択肢が残されていなかった。
「グ、グゥ、痛い……」
それからの形勢はジークフリートの方へと傾くように思えた。しかし、左目を失ったリュウキの攻撃は、過去十日以上と少しずつずれていた。しかし、ジークフリートはそれに慣れてしまっている。
すると、だんだんと深い傷がジークフリートの身体に増えていく。
「キ、キサマーーーーー!!!!!」
もう終わる。やっと終わるんだ。そうリュウキが思ったその時。ジークフリートの鱗が剥がれ落ちると、脱皮したように新しい鱗に生え変わっていた。
「……」
つまり、リュウキが今までに傷つけた全ての傷が一瞬にして癒されてしまったのだった。
「もしものためにジュンビしておいただけあったヨかった、ハハハ!!!」
ジークフリートは新しい鱗をマジマジと見つめて、勝ち誇った気分になる。もう動かないと立ちくらみするリュウキ。リュウキの心にはただ感情の昂りが現れていた。
ーー憎い、憎い、ニクい。殺す、コロす……
ジークフリートの鉤爪による攻撃に、リュウキは意識せずとも交わしてみせた。
「ニクイ……コロス……」
あれほどまでに衰弱していたリュウキからは信じられない動きのキレ。その時、リュウキの力は普段の二倍にも三倍にもなっていた。
「コロス……」
ジークフリートの次々くる攻撃を全てかわし、今までにない大きな一撃をジークフリートに与える。
「グゥアーーーー!!!」
ジークフリートにもいつからか、全身に傷が入っているのだ。痛みを感じる間もなく、リュウキは次から次へと斬撃を与えていく。
「コロス、コロスーーー!!!!!」
みるみるうちに弱っていくジークフリート、対して速さと力が増していくリュウキ。一瞬で形勢は逆転していた。ジークフリートには、リュウキの機動力に追いつけていなかった。右へ左への縦横無尽の動き、降ってくる斬撃の数々。
「ウゥ、ギァァ」
息をつく暇もなく、ジークフリートとの戦いはついに終わった。リュウキの勝利だ。リュウキはそのままジークフリートを食い、全身に龍の鱗を纏わせた。そして、彼は気を失った。