13.無知と無垢ゆえの
酒に酔い潰れて介抱された翌朝。最後に一度だけゴゥワーさんの家を訪ねると告げたわたしに、エディは自分も着いていくとやけに強く申し出た。
昨日の昼に村人から聞いた話のせいで、ゴゥワーさんを危険視しているのだろう。彼の心配も尤もなので、「あなたが退屈でないのなら」と頷いた。
実際、わたしも半信半疑ながら、あの話に恐れを抱いたことは間違いない。だから今日を最後に、明日の午前中にはこの村を発とうと彼にも言い添えたのだ。
「本当は、今日の訪いだって私は反対なのだよ」
「それはできないわ。相手がどんな人であろうと、わたしは既に施しを受けた。その対価を返しきらない内に約束を反故にするなんて、蟠りが一生残ってしまうもの」
「そう言うと思ったから、私が着いていくと言ったんだ。それなら何かが起きても最悪、私がグウェンを守ることができる」
腕っぷしは強くないけれど、盾くらいにはなれるよと屈託なく笑う男に頭が痛くなりそうだ。彼が怪我をしたなら、それを治療するのは必然的にわたしの役目になるのだから。
「他人を守ることより、自分の身の安全を考えてちょうだい。もしあなたがわたしの代わりに負傷したとして、歩けないほどの大怪我じゃ、わたしが背負って逃げることもできないでしょう」
「きみは……。私をその場に捨て置いて行こうとは考えないのだね」
「……そんなふうに考えられるなら、わたしはあの雨の日、あなたを家に引き入れたりしなかったわ」
彼がやけに優しい眼差しで指摘するので、わたしは唇を引き結んで村外れに向かう足を早めた。ひとりで黙々と歩くには長い道のりも、他愛のない話をしていればあっと言う間だ。
やがて荒削りな岩を積み上げたような、ゴゥワーさんの家と庭が見えてきた。
生け垣を越えて戸を叩く。まだ午前中の早い時間だったせいか、彼は留守のようだった。午前中は村人に駆り出されて雑用のような仕事をしているようで、日によって戻り時間はまちまちだ。
それでも昼までには帰ってくる筈なので、家の周囲を散策しながら待つことにする。庭の外に生える草花はゴゥワーさんの管轄外なので誰が摘んでも良いと聞いているし、薬草を摘まなくとも景色を見て回るだけで得るものはあった。
ここはわたしの住んでいた山間とは違って、木々は密集しておらず、どこまでも開けた野が続いているから。
この辺りは乾いた芝生が生えているけれど、地図を見た感じでは、もう少し内陸の方に銅鉱床のパリス山がある筈だ。その辺りまで行くと、きっと茶色い岩場が剥き出しになって、緑も少なく荒野が広がっているんだろう。
ゴゥワーさんもたまに銅鉱床の採掘の手伝いに行くと言っていたので、もしかしたらそちらに居るかもしれない――鉱石の採掘は過酷な仕事だと聞くから、そういった仕事をさせられるのはいつだって立場の弱い人間なのだ。
と、そこまで考えて、はたとわたしはあるひとつの疑問に思い至った。
「ねぇ、なんだかおかしくない?」
「そうかな? 雲行きは至って普通だと思うけれど」
「天気の話じゃないわよ。昨日の、村の人の言っていたゴゥワーさんの話」
わたしが突然立ち止まったことで、エディも一歩遅れて足を止める。
彼はわたしの言わんとするところに心当たりがあるのか、顎に指を当ててふむ、と短く唸った。
「それは件のゴゥワー氏が祖父母を焼き殺したと言うにも関わらず、それを村人のほとんどが知っていながら警吏に引っ立てられていない、ということかな」
「そう、それよ。いくら彼に、その、知能的な――あるいは精神的なものかしら――欠陥があるとは言え、人をふたり手に掛けておいて、村の人達はどうして彼を警吏に突き出さなかったのかということ」
辺境の村と言って、無法地帯ではないのだ。普通ならば、そのようなことをすれば役人に捕まって監獄送りか、あるいは悪魔憑きだと騒ぎになって教会の手入れが入るだろう。このような田舎の村であれば後者かもしれない。
にも関わらず、ゴゥワーさんは監視されるでも拘禁されるでもなく野放しだ。見たところ、刑罰を課せられているというふうでもない。
庭の畑を耕し、墓穴を掘り、採掘に呼ばれ、羊の放牧を手伝い、たまに薬を作ったり、それを小間物屋に卸したりしている。彼が多くの村人たちから嫌厭されていることを除けば、何の変哲もない生活を送っているようにしか見えなかった。
であれば、昨日の村人が語ったそれは、非常識であれ罪に問われる所業ではないような行い――つまり、彼の祖父母が亡くなったあとで火葬にしたもの――か、あるいは……。
もうひとつの可能性を言葉にするのが恐ろしくて、わたしは開きかけた口を閉ざした。
「いくら彼に肩入れしているからと言って、よその村の事情にあまり首を突っ込まない方がいいよ。ただでさえグウェンは、バンガーの村でも……」
事件の容疑者として目を付けられかけたのだから、とでも言うつもりだったのかしら。それを言われては反論の余地もない。けれど彼の言葉の続きは、背後から小さく聞こえてきた呼び声に遮られた。
「おぉい」
ここ数日でしっかり聞き馴染んでしまった声がする。振り返って遠く、アムルフの村の方を目視すると、のっしのっしとずんぐりした巨体が手を振って駆けてくるところだった。噂をすればなんとやら、だ。
「ゴゥワーさん」
「グウェンさん来でたんだべな」
「ええ。おはようございます。今日はお戻りが早かったんですね」
「んだ。今日は村でミルクさ運んで回る仕事だ。ミルクは絞りだて一番で売るがら、朝早くに終わるんだべ」
なるほど、と納得の声を上げたところで、ゴゥワーさんがわたしの背後を見て体を固くした。その場から去るようなそぶりはないものの、視線を伏せてちらちらと挙動不審にこちらを何度も見る。
初めて会ったときのような反応だ。突然の態度の変化に驚いて背後を見ると、エディと目が合った。そう言えば、今日は彼が着いてきていたのだった。
「ごめんなさい、ゴゥワーさん。驚かせてしまったわね。彼はエディと言うの。わたしの旅の連れ合いよ」
「初めまして。旅の吟遊詩人をしている。いつもは仕事の都合で彼女と別行動だけれど、暫く休業することにしたので着いてきたんだ。邪魔はしないから、よろしく頼むよ」
「んだごで」
そうだったのか、といった意味の相づちをこぼして、ゴゥワーさんはこわごわと止めていた足を動かしだした。そろりそろり、わたしたちのそばを通り過ぎて、やはりちらちらとエディを盗み見ながらも家を指差す。
「んだば、家さ け。今日もおねげします」
入室の許可が出たことに安心して、わたしたちは彼の小さな家にお邪魔した。
▽ ▲ ▽
調薬の指導は、およそ順調に進んだ。始めに言ったようにエディが作業を邪魔することはなく、わたしたちの細々とした動きを壁際で静かに眺めていた。
この日はいくつかのオキシメルや睡眠薬、湿布薬の作り方を教えた。明日にはこの村を発つつもりなので、内容を少し詰め込んでしまっているけれど、既に十近いレシピを教えていたので、この分なら今日で約束は果たせそうだ。
「オキ、シメル?」
「オキシメル。酢と蜂蜜に薬草を漬け込んで作る、シロップ剤のようなものよ。漬ける薬草を変えれば色々な薬として応用できるし、酢も蜂蜜も防腐効果や栄養が高いから長持ちして効きがいいの」
彼の呑み込み速度では下手に様々な薬草を使ったレシピを教えるよりも、こういった、薬草の種類で使い回しの効くレシピが良いだろう。そう思って選んだのだけれど、これがやはり当たりだった。
酢と蜂蜜の分量だけ覚えておけば、あとは薬草に応じて微調整を加えるだけで良い。規定の分量に対して薬草何オンス、ニンニクひと玉、ネギが何束。そんなふうに。
刻んで、砕いて、すり潰し、かき混ぜては壷に蓋をする。あとは一日に一回よく振って撹拌し、一週間寝かせれば完成だ。
残念ながらわたしはこのオキシメルの完成を見ることはできないけれど、これまでにも薬を作り煎じてきた彼なら大丈夫だろう。
同じ調子で残りの薬を一通り調薬し終えた頃、ゴゥワーさんはぽつりと言った。
「いいなぁ、グウェンさんの魔法の本。おいらの知らねごとばっかりだ。まんずしったげなぁ」
「魔法の本ではないけれど、そうね。わたしも、いまだにこの本に助けられることばかりだもの」
「眠り薬なんで、おいら、ひとつしが知らねがったよぉ。エールさ使ったモンもあっだんだべな」
「それだけじゃないわ。煮立ったお湯で薬草茶にすれば緩やかに眠気を誘う効果があるし、調合内容や薬草の種類によって効果の強さも変わりますから。でもこの睡眠薬は、絶対に妊婦さんへ処方しては駄目よ」
「なしでだが?」
「ニガヨモギや、ディルや、ヘンルーダを使うから。……知らないの? この辺りの薬草は全部、お腹の赤ん坊が流れやすくなってしまうのよ」
まさか知らずに薬草を扱っていたのだろうかと降って湧いた恐ろしい疑念を裏付けるように、ゴゥワーさんは「あいー」と驚きの声を上げた。こちらの方が驚愕で叫んでしまいそうだ。
薬草の中には、女性の子宮の収縮を促すものも多い。月経痛が重い人や月経不順の人には良い薬になるけれど、そういった過度な刺激で流産する危険もあるので、使い方は危険と紙一重なのだ。
毒ではないものも、こうして時には毒になる。
毒に――。
ちり、と頭の隅が痛んだ。結び付けてはならない考えが、次々と紐付いていきそうで、途端に嫌な震えが背筋を舐める。
ゴゥワーさんを悪し様に言った、あの壮年の村人は何と言っていただろうか。
――妊婦に薬湯さ飲ましたら流産しちまうし、沸かした水さ飲んだ村の若ぇのは全身真っ赤に腫れ上がらせてよぉ。
彼をプレンティン・ネウィードと呼んだ、初めの日に井戸端会議をしていた女性たちは?
――また亡くなったのかい?
――みんな赤ん坊なんだろ? 昨日までは元気に泣いてたのに、朝起きたら眠るように冷たくなってたって話だ。
これまでこの村で聞いた悪い噂が、意識の外に追い出そうとするたび余計に思い出される。
はっ、と息が詰まりかけたとき、背中を穏やかな温もりが撫でた。
顔を上げると、それまでじっと成り行きを見守っていたエディが背をゆるゆると叩いてくれていた。
「だから昨日、もう少し甘えることを覚えた方がいいと言ったのに」
「……エディ」
滅多に口にしない彼の名を、この時ばかりは杖に縋るように呼んでしまう。今は少しだけ、胸を借りよう。これから口にしたことの結果をひとりで受け止めるには、さっきから心臓が騒ぎすぎるので。
確かめなければならないことがある、と、昨日小間物屋の店主から聞いた話を振り返って思い至った。
「そう言えばゴゥワーさん、家の裏で珍しい植物を育てているんですってね。それも薬草なんですか?」
努めて平静を装って尋ねると、彼は驚いた顔をして頷く。「誰かに聞いだが? んだ。今の時期はきれいな花っこ咲ぐんだよ」
ちょうど蕾が膨らみ始めたというその植物は、丸い花蕾を付けるそうだ。恐らくわたしはそれを、初めてこの家に来た時、既に目にしている。
ゴゥワーさんに招かれて、家に足を踏み入れるよりも前。ひとりで薬草を摘み歩いて、偶然この家を見つけた時に。
ただ、遠目だったから気づかなかったのだ。花はまだ開いてなかったし、膨らんだ花蕾も、きっとそれほど大きくなっていなかった。
この家に足を運ぶようになってからはすっかりその存在を気に留めていなかったので、それが何の蕾であるのかなど考えもしなかったのだ。
ゴゥワーさんは言った。睡眠薬はひとつしか知らないと。けれど、彼の庭に根を張る植物の中に、睡眠薬に使えそうな薬草は見当たらない。精々が、心をリラックスさせる効果のあるハーブくらいだ。
ならば、きっと、この家の裏にあるというその植物が彼の言う「睡眠薬」の材料なのだろう。
「見せて頂けませんか。とても興味があるんです」
何食わぬ顔でそう言えば、ゴゥワーさんは喜々として玄関扉を開けた。
大男が小屋の外へと手招く。エディに背中を押されて、ゴゥワーさんの後を追う。
庭側からはあまり見えない小屋の裏手に、その花畑はあった。
綻び始めた花がひとつ、ふたつ開きだしている。多くはまだ蕾だったけれど、開いた花がひとつあれば、その植物が何であるのかを知るのは簡単だった。
何故ならわたしも、それを治療に使ったことがあるから。
「ケシってぇ言っでな、花が終わっだあとにできる、まぁるい実がら取っだ液で、眠り薬が作れるんだぁ。こころぉ落ち着けるちからとか、痛みを鈍くさせるちからもあるっで、じっちゃが言っでた。
寝づきの悪り子を寝がせるのにも、使えっべなぁ」
お椀型に開いた、紫がかった桃色味のある赤い花。その真ん中、雌しべ周りの花びらが濃い紫に色づいているのを見て、それが間違いなくケシの花であることを確認する。
確かに、南部では珍しくもなさそうだけれど、一年のほとんどが寒いこの北部では自生しづらい植物だ。小間物屋の店主が「珍しい植物」と言ったのも頷けた。
わたしだって、母が手を焼いて小屋の近場に植えていなければ、実物を目にする機会もなかっただろう。
同属の近い種類にとても似た見た目のヒナゲシがあるけれど、あれはもっと朱色を帯びた赤になるし、雌しべの周りも紫よりなお濃い黒だ。
わたしが首を小さく横に振ったことに、興奮した様子で花の説明をするゴゥワーさんは気づかない。それに気づいたのは、すぐ側に居たエディだけだ。
彼はわたしをいつでも背後に押しやれるようにか、肩に掛けた手へ力を込めた。強い北部訛りのウェールズ語はほとんど理解できていないだろうに、わからないなりにわたしの緊張感を感じ取ったのだろう。
「ゴゥワーさん」
わたしは尋ねる言葉もまとまらないままに彼に呼びかけた。ひとしきり話し終えた男はぴたりと風の止まった風見鶏のように静かになる。
さわりとも葉擦れの聞こえない静寂が痛かった。
「あなたは、そのケシで作った睡眠薬を、誰かに処方しましたか」
小間物屋に卸していただけならまだ良い。用法の説明さえ違えなければ、後は使うひとの使い方次第だから。まさか赤ん坊にアヘン製の睡眠薬を含ませる親など居ないと思いたい。
まして、そのせいで決して少なくない数の赤ん坊が命を落としているなどと、考えただけでもぞっとする話だ。
けれど、そういった使い方が、わたしの生まれる遥か昔よりあることも確かだった。そしてそれを、薬物を扱う彼が、あるいは彼の祖父母が知っていた可能性は充分にある。
わたしも昔、母から聞かされた。ケシの効能を教えてもらった時のことだ。麻酔や筋肉を弛緩させる効能もさながら、寝付きの悪いこどもに与える睡眠薬としての使い方もある、と。そして何百年と昔から、多くの医者はその薬効に疑問を持たず使い続けているのだと。
母はそれを指して、愚かな医者だと珍しく怒ったのだ。
――赤ん坊にアヘン薬なんてものを使ったお医者さんは、植物の有用性にばかり目が眩んで、危険な毒性に目を瞑っていたのでしょうね、と。
大人だって、常用すればひどい中毒症状に身体がやられてしまうというのに、昔の人々は――今の医者のいくらかも、それを赤ん坊のための極めて優秀な睡眠薬として使ってきたのだ。
彼はきょとりとつぶらな目を丸くして首を傾げた。
「ショホウ?」
「病気の人に、その病気を治すお薬として出すことです」
「んだごて。だぁれもショホウしてねぁ」
彼の答えに、わたしの懸念は早とちりだったかと考えて息をつく。
肩の力を抜きかけた、その後に続いた言葉に今度こそ息が詰まった。
「あれはな、売り歩く前に、ミルクに少しだけ入れるんだぁ。乳が出ないおっかぁはな、乳が出る他のおっかぁに赤ン坊のお乳もらうんだども、おんなじ頃に乳の出るおっかぁがいねと、買ったミルクを赤ン坊にやるんさぁ。
どこのおっかぁもな、夜中に赤ン坊泣ぐがら、ねれねっで困っでたからよぅ。ケシの煎じ薬、ミルクさ少ぉし混ぜるど、赤ン坊の寝付ぎ良ぐなるんだぁ。
赤ン坊が泣ぐから、おっかぁたちはこえぇこえぇで、赤ン坊さ打っだり、投げだりすんだ。赤ン坊が泣がねでいい子になれば、誰もこどもを投げねだ。
赤ン坊だけでね、じっちゃやばっちゃもぐっすりだっだぁ。おかげさんでじっちゃもばっちゃも苦しまねで――」
彼は、何を、言っているのだろう。
ともすれば放棄してしまいそうな思考を努めて動かしても、わたしは彼の矢継ぎ早な言葉をうまく咀嚼できないでいた。
すっかり興奮した様子で話し続ける彼は、それが如何に危険なことかを理解していないようだった。
――ならば、彼は子が捨てられないように、赤ん坊たちをおとなしくさせていたと言うのだろうか。
親が子を捨てる理由など様々だ。
食い扶持減らしのためであったり、望まぬ出産のせいであったり、勿論、子の世話に疲れて放り出す親も居るだろう。あるいは、貧しさゆえに自らでは幸せにできないと身を切られるような思いで手放す親も居るかもしれない。
そんな中、子に原因があると彼が断じてしまったのは、実の親から捨てられたのではないかという、己が境遇ゆえのものだったのか。
いずれにしろ、彼の理論はひどく稚拙で幼い傲慢さを感じさせるものだった。
わたしはこの時ほど、彼を恐ろしいと思ったことはない。彼は、それがどれほど赤子にとって危険なことであるかを認識しないまま、まるで良いことのように笑いながら告げたのだ。
いや、彼にとっては紛れもなく、それが「村の母親たちを助けるための良いこと」なのだろう。きっと、古くから伝わるケシの眠り薬の危険性を知っていれば、赤子が口にするようなものに混ぜるなどと考えもしなかっただろうに。
運が良ければぐっすり眠って親の手を煩わせない優秀なこどもになるだろう。この町でそのまま冷たくなった何人もの赤ん坊たちは、運が悪い方だった。
彼にとっては、ただ、それだけのことなのだ。
無知ゆえの罪。無垢ゆえの残酷さ。
なぜ、誰も教えてあげられなかったのだろうと目眩がした。
力は、使い方を誤れば大変な凶器になる。――それが物理的なものであれ、精神論であれ。
それは以前、エディにドルイドについて語った時、わたしが彼に説明したことだ。形はどうあれ、それとまったく同じことが、今、この場で詳らかになった。
ほら、ご覧なさい。これが薬草の使い方を誤った凶器の切っ先だ。
ケシを使った睡眠薬はかなり昔から存在しており、19世紀のアヘンの横行したヨーロッパでは実際に夜泣きのひどい赤ちゃんに睡眠薬としてアヘンが使用されていたそう。
そのせいで眠るように亡くなる赤ん坊も少なくなかったとか。過失致死なんてレベルじゃない。
因みにアヘンケシではなく、現在の麻薬取締法に抵触しないヒナゲシの花部分を使った、不眠症に良い茶薬なんかもあったりします。




